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孤独の選択(下)

 言い得て妙だと、俺は思った。

 悔しいが、もし自分の人生に題名(タイトル)を付けるなら、確かにそれが相応(ふさわ)しいかもしれない。


「今日まで、貴方は自分を否定(ころ)し続けました。

 それは無力だったが(ゆえ)にそうせざるを得なかったのか、(みずか)らそうすることを選んだのか……ステラちゃんには、分かりません」


 振り返れば、いつだってそうだった。

 何かを受け入れるために自分を殺すしかなかったり、他人を肯定するために自分を否定するしかなかったり……そしてその結果、何も成せてないのだから、そう言われても仕方がない。


 俺はただ生きているだけだ。

 もしくは死んでいないだけで――自殺するまでもなく、俺は初めから自分の人生を“生きて”なんかいなかった。


「そして、自分を否定するために、必死で英雄たちやソフィア姫から、人間のあるべき理想を見出します。

 その理想を通して、貴方は人間の(さが)を無条件に肯定するのです」


 自分が弱く、醜い存在である自覚があったからこそ、他人(にんげん)の美しさを信じたかった。

 自分が苦しくて悲しいのは、自分のせいだと信じたかった。


 俺の考えは全部、悲観主義の被害妄想で――本当は、世界はとても美しいのだと信じたかった。


「同時に、貴方は自身を通して見ることで、人間を否定しています。

 自分が嫌いだからこそ、その醜さを他人にも見出してしまうのかも知れません」


 自分なんかより、さぞや素晴らしい存在であるはずの他人。

 自分の全てが嫌いだったからこそ、他人の姿に醜さを見出したとき、俺はより深い憤怒と憎悪に駆られた。

 ただでさえ醜い自分より、さらに醜い奴らには――もはや、存在する価値すらないと思っていた。


 自分を愛せなかったから、他人を(ゆる)すこともできなかった。


 そして粗探ししていくうちに、この世の全てが醜く思えてきて、全てが嫌いになって、全ての存在価値を否定するようになっていった。


「肯定と否定はやがて現実(ろんり)理想(こころ)乖離(かいり)させ、致命的な矛盾が生じ、やがて不信や拒絶といった結論を導き出しました」


 優しさが無味乾燥したものに思えた。

 愛という言葉が信じられなくなっていた。


 皆死ねばいい、何もかもが滅びればいい。

 独りで死ぬのが怖くて、そんなことすら願ってた。


 そして、そんなことを考える自分の醜さが、さらに自分を否定する材料となった。


「それでも貴方は内心をひた隠し、人間を()()()きた。おそらく、今まではそれで、なんとでもなったのでしょう。

 貴方に必要とされた“善”とは、人格を消して、他人の都合に合わせながら生きることだったはずですから……貴方が貴方である必要はなかった。

 自己否定さえすれば、全てが丸く収まったのですよね?」


 だから、俺はある意味、自分の意思で生きることを恐れていた。


 俺に求められていたのは、都合の良い人形(よいこ)であり続けること。

 肯定と否定の無限ループの中で、報われることのないまま、変わらない日々を、何かに追われるように過ごしていた。


「しかし、本来『死』とは、終わりであると同時に始まりであるべきです。

 なのに、貴方の『自分殺し』は、新しい変化を否定し続けました」


 変化は必要なかった。

 俺は変化することが嫌いだった。

 あるいは、怖かったと言い換えてもいいだろう。


 何かが変わったところで、どうせ今が一番()()なのだ。

 俺の未来に希望はない。自分が得られる幸福なんて、ありはしない。そう思いながら、自分を殺し続けてきた。


「否定と肯定、永遠に同じ場所を回り続ける思考のループ。

 一種の自己防衛だったそれは、何時(いつ)しか『何かをしない言い訳』から『何もできない理由』へと変わっていったのです」


 何もやらないくせに、できないくせに、隷属することと、諦める言い訳ばかりが上手くなる。


 その結果が、ブラックIT企業での社畜人生だ。


 この世界に無数にいる、誰でもいい存在。いくらでも代替が()く奴隷。

 流され続けて、ずっと俺は何者にも()れないでいた。


 どうでもいい話だが、ループと聞いて俺は“メビウスの輪”を連想する。

 矛盾した肯定(おもて)否定(うら)を永遠にぐるぐると回る……まさに(ひね)くれた無限ループだ。


「ですが……これ以降の運命(シナリオ)に、『魔女に(だま)され続ける(あわ)れな魔獣』なんて必要ありません」


 メビウスの輪から抜け出せず、同じ場所(ふゆのせかい)を永遠に駆け(めぐ)る魔獣に、星詠みの魔女は告げる。


「いい加減、お気付きですね? 世界に貴方が望むような意味(イデア)なんか、どこにも無い。

 善も悪も、正義も道徳も、誰かの都合にすぎないのですから」


 ……ああ。そんな事、とっくに気が付いているさ。


()いて、この世に正義なんてものがあるとすれば――その在り処は、それぞれ今を生きる者達(あなた)の胸の中にだけ……しかし、それは絶望ではなく、希望なのです」


 いつの間にか俺の隣まで歩み寄っていた星詠みの魔女。彼女は俺の(たてがみ)を、そっと()でる。


「その“不死”の根幹をなす、あまりにも深すぎる自己嫌悪……ですが、それが必要だったのは、しょせん過去の話。

 今の貴方を否定しているのは、他ならない貴方自身ですよ?」


 俺は沈黙のまま、自分が何をしたいのか考えた。今回は血で汚れた自分を否定せず、ちゃんと最後まで考え直してみた。


 しかし、その答えは――とっくの昔に出ていたものだった。


「なぜ貴方は、まだ迷っているのですか? (チカラ)こそが正義――そして、既に未来を選ぶための“正義(チカラ)”を、貴方は手に入れているはずです」


 たとえば、それは『夢』だったり、『やりたいこと』だったり、『どんなふうに生きたいか』だったり……(いず)れにせよ、自分でやるしかない。


 結局のところ、どれだけ理由をこじつけたって、自分が望むように生きられるのは、自分しかいないのだ。


 自分にとって大切なものを守りたいのなら、大切なことを(つらぬ)きたいのなら、その現実から目を(そむ)けてはいけない。


 どれだけ汚れたって、傷ついたって、逆に傷つけたって、自分で最初の一歩を踏み出すしかないのだから。


 そんな当たり前なことすら知らずに育った事実が、俺は今さら恥ずかしくなった。


「誰かから肯定されないと、前に進めませんか? 皆に認められないと、前へ進めませんか?

 必要なら、ステラちゃんが肯定してあげますが……もう、貴方はそれに意味がないことを知っているはずです」


 他人が嫌いだったはずなのに、世の中が嫌いなはずだったのに。

 悪党になれずとも、聖人や正義の味方にだってなってやるつもりはなかったのに。

 弱者を(しいた)げる(チカラ)を手に入れてなお、俺はそれを嫌だと思ってしまった。


 やっぱり俺は初めから、不要なものを捨てることができない、矛盾に満ちた出来損ないの怪物だったのだろう。

 しかし……今だけは、その矛盾した性根も悪くないと思った。


 ただ一つ付け加えるなら、今度は彼女を泣かせたくない。

 ふと、最初の狩りの夜に言われた、放浪の魔女の言葉を思い出す――大丈夫さ、今度は自分のことだって、不要に傷付ける真似はしない。

 俺は心にそう誓った。


「そう。最後に必要なのは、貴方自身の覚悟。手に入れた正義(チカラ)で、貴方はこれから何を成すのでしょうか?」


 星詠みの魔女は問いかける。


 自分の未来は、自分で決めろってことか。

 俺は目を閉じて思い出す。守りたかった少女を、救いたかった者たちを。


 そして、そのために俺は自己進化(ひてい)を繰り返し、何もかもを喪失(なく)してしまったんだ。

 でも、何もかもを(うしな)ってなお、譲れないものがある……それを皮肉にも今夜、彼女によって気付かされた。


 ――報われなくても構わない。

 最後にもう一度だけ、幸せそうに笑う彼女の顔を見たいんだ。


 俺はやっと、心から自分が望んでいるものに向き合うことができた。


「……真面目な話は疲れますね。さて、ステラちゃんの昔話はここまでです。この運命(ものがたり)の続きは、貴方自身の意志で選んでください♪」


 ここまで(しゃべ)りつづけた星詠みの魔女は、ふうっと小さくため息を()く。

 (たてがみ)を撫でていた星詠みの魔女の手が、静かに離れた。


 閉じていた(まぶた)を開くと、水晶のバラを持つ星詠みの魔女が正面に映る。


「さあ、(なげ)きの季節は終わりです。そろそろ前に進む覚悟はできましたか?」


 そうだ。何一つ成し遂げられないままでは終われない。

 無力な奴隷のままでは終われない。


 この世界は、残酷である。

 あらゆる存在が、俺たちを奴隷のように支配しようと、野蛮な(チカラ)()って(しいた)げてくる。

 でも、それに屈して、なんのために生きたいかすら自分で決められなくなることは――それ以上に悲しいことだ。


 現実では、無力な者が何を言っても、それは結局踏み(にじ)られるだろう。

 だが、俺は人間でなくなって、その理不尽を跳ね返せるだけの(チカラ)を手に入れた。


 だから、俺には正義を(かか)げる権利がある。

 俺の正義を行使する権利がある。


 この考えが傲慢(ごうまん)で独善的で、自分本位なのは理解しているさ。

 でも、そんなの俺だけじゃない。これ以上卑屈になり過ぎる必要はない。


 それに、冬の城で世界を憎みながら、永遠に(なげ)き続けるよりは……よっぽどいいだろう?


「俺は……ソフィアを、助けに行く」


 これは、これだけは、俺が自分で“やる”と決めたことだ。

 他人の都合で回っていた世界を、これからは俺の“都合(チカラ)”で回してやる。


 正義の味方だなんて、大層なことを言う心算(つもり)は無い。

 ただ、せっかく(チカラ)を手に入れたのだから、俺は俺なりに、超越者を演じながら、後悔しないよう、格好良く生きたい。


 これからはもう、理不尽な世界や弱い自分を言い訳に使えないし、逃げることはできない。

 自分以外の全てが、敵になるかもしれない。


 でも、本気で生きるってのは、きっとそういう事だから。


 俺は自分の“正義(あい)”を(つらぬ)く。

 その覚悟は、出来ている。


 この世界は“(チカラ)こそ正義”。

 そして、俺は“冬の王”。


 永遠を生きる、強靭不死身の魔獣王だ。


 文句がある奴はそれでいい。俺だって、万人に理解されようとは思っていない。

 立ちはだかる敵には、全身全霊を()って相手をしてやろう。



 だから、その時は――命を賭けて、掛かって来い。



「……どの未来を選ぶか、覚悟は決まったみたいですね」

 星詠みの魔女が、口を開いた。


「ああ。時間をかけて、悪かったな。でも、やっと心が決まった――俺は、(チカラ)も、心も、どちらも捨てず、魔獣として永遠を生きる!」

 俺は進むと決めた未来を、星詠みの魔女に告げた。


 星詠みの魔女は俺の答えを聞くと、そっと微笑(ほほえ)んだ。


 そして、彼女が水晶のバラを(かか)げると――そのバラは彼女の手から、煙のように姿を消した。






 …………姿を消した?


 いや、なんでさ。

 訳が分からない。消えちまったぞ、おい。


 数秒ほど沈黙が流れた。だが彼女は微笑(ほほえ)むばかりで、俺はどうすればいいのか分からない。


「な、なあ……なんだよ、この()は? バラを返してくれるんじゃ、ないのか?」

 俺は戸惑いながら、なるべく穏やかな声音で(たず)ねてみる。


「え? 返す? なぜですか? ステラちゃん、一度でもそんなことを言いましたっけ?」

 (とぼ)けた調子で返す星詠みの魔女。

 これは……冗談のつもりだろうか? まったくもって笑えない。

 俺の覚悟とか迷いとか、あとさっきの昔話の下りとかも、なんかもう色々と台無しであった。


「……なあ。ふざけるのも、大概にしろよ。せめて、時と場合を選んでくれ」

 急に老け込んだような気持ちで文句を言う俺……なんて言うか、新たなる旅立ちの出鼻をくじかれて、がっかりとした気分だ。


 しかし、星詠みの魔女は言った。

「いいえ、ふざけていませんよ? 最初から素直に返してあげる心算(つもり)なんて、ありませんでしたから♪」


 ヒラヒラとした衣装を(ひるがえ)す星詠みの魔女。同時に感じる、得体の知れない重圧(プレッシャー)

 俺は本能的に後方に跳ね、彼女から距離を取り、前傾姿勢で身構えた。


「……どういうことだ?」


 止まない雪の中、緊張の(はし)る枯れ木の森。

 俺が問いかけると、彼女は見えない星空を仰ぐように両手を広げた。


「だって、ステラちゃん的には、このバラを(あきら)めてほしい場面ですし? 貴方は未来を選ぶ前提条件を、やっと満たしたにすぎないのです」


 ――確かに、彼女は“俺がバラを諦める未来”がお(すす)めだと言っていたな。

 俺はそのことを思い出す。


「まっ、このままでも予定通りと言えば、そのとおりなのですが……ステラちゃんの思惑は、また別なので♪」


 微笑(ほほえ)む顔は相変わらずだが、明らかに彼女の雰囲気が変わった。

 いや、むしろ笑みはますます深くなり、今は悪戯(いたずら)を仕掛けようと企んでいるような、にやける表情になっていた。


「それに、さっき貴方も納得してましたよね? より強い者が、望む未来を手に入れる。それが当たり前のお話だって。と、いうわけで、そろそろ再開いたしましょうか♪」


 全力ではないが、本気――星辰から未来を読み解き、運命を操る星詠みの魔女が、俺の前に立ちはだかる。


「なにより、今の貴方では、弱すぎます。このままでは、黒き騎士(ニブルバーグ)末裔(まつえい)にすら、あっさりと殺されちゃうかもしれません」


 星詠みの魔女はクスクスと笑った。


「未来を勝ち取りたいのですよね? でも、(みずか)(もっと)も過酷な運命を選ぶのだから……せめて一矢くらい、ステラちゃんに(むく)いてくれませんと!」


 周囲から彼女の下へ魔力(マナ)が集う。俺が知る限り、彼女がこれほどの魔術を行使するのは初めてだ。

 どうやら、この戦いもまた、避けられないらしい。


 こうして、俺が再び立ち上がるための、再誕の試練が始まった。




 結局行き着いた先は「力こそ正義」。しかし、その意味合いは以前と違うはず。

 そして、ラスボス前に隠しボスと戦う羽目に。


 ご愛読ありがとうございました。

 俺先生の次回作「呪われて魔獣になったら星詠みの魔女の下僕にされた件」にご期待ください♪

(注:仮にそうなってもタイトル変更はございません)

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトル回収しましたね... [一言] 感慨深いです。これから彼がどんな未来へ向かって行くか見守っています。
[一言]  「完全な正義」は絶対的な力を持つ個人が行使することによって初めて成立する。  現在の法も結局突き詰めれば「危ない奴リンチすんべ」って言うもんですからね。さっすがわかってる~。
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