発展と業の聖堂(下)
流血表現はありませんが、残酷すぎたり不快に思われる表現があるかもしれません。
ご注意ください。
真っ先に目に飛び込んで来たのは、並んでいる生首だ。
それらは虚ろな目をしたまま、ガラスの容器の中で、透明な防腐剤に漬けられている。
褐色の肌に白い頭髪、ヒツジのような角に額の宝石。
その生首は、バフォメット族のものだった。
そこに在った標本は一つだけではないし、並んでいたのは首だけでもない。
喩えるなら、学校の理科室に並ぶホルマリン漬けのカエルやフナと同じような、そんな感覚で並ぶバフォメット族の死体サンプル。
ご丁寧にも、性別と大まかな年齢できちんと区分されている。
いくつか並ぶリアル人体模型の隣には、前頭葉の一部が宝石と化している脳の標本。
そしてさらに奥には、バフォメット族の胎児と思われる肉塊の標本も、成長過程順に並んでいた。
まるでホラーゲームの精神病院のような雰囲気。
あるいは、悪の錬金術師の研究室か――いや、これはあながち間違っていないのかもしれない。
これがホラーゲームなら、わざと部屋の中を荒らしたり、あるいは壁に血糊を付けたりするのだろう。
しかし、その部屋はむしろ清潔で、整頓されていて、猟奇趣味ではない真っ当な研究室のような雰囲気を醸し出していた。
そして、その事実がますます狂気を感じさせた。
動物の死体なら、今まで食事のたびに、いくらでも見てきた。
人間に近しい生き物の、それこそ臓物を開かれたグロテスクな死体だって、俺が元いた情報化社会ではその気になればいくらでも見られた。
初めてではない。
珍しくもない。
にもかかわらず、不快感以上の、何か得体のしれない感情が俺を襲う。
俺はこみ上げる吐き気を抑えながら、作業台の上にあった手書きの資料に軽く目を通した。
結論から言えば、先ほど抱いた俺の感想は正しかったらしい。
研究内容は、『悪魔の瞳の兵器利用、養殖及び人工生成について』。
どうやら、悪魔の瞳の安定供給や新たな利用方法の確立、他にはネズミやブタの脳を人工的に魔石化する方法を研究しているようだ。
やはり此処は、ただの宗教的な建物ではなく、軍事的な研究施設だったのである。
そして、この施設の地下には、そのための実験施設があることも分かった。
――その後、俺は地下に続く階段を探していた。
俺が今、地下の実験施設に行く必要があるのかと問われれば、明確な理由はない。
ただ、それでも俺は、見ておくべきだと思ったのだ。
理由なんて分からない。
あえて言えば、今までずっと、目を逸らし続けてきた……いや、見過ごしてきたツケが回ってきたのだろうか。
ちなみに、他の部屋も一応覗いてみたものの、特筆すべきことは何も無かった。
強いて挙げるなら、そのあとも兵器開発、あるいは魔道具開発の研究室と思しき部屋が続いた。それだけだ。
それらの部屋の一つに、前頭葉を魔石化する実験を受けたネズミやブタの死体が保存されていたが、それらはバフォメット族の標本ほど俺を動揺させることはなかった。
我ながら、清々しいほどの人間贔屓である。
だがこれでも、以前よりはましになっているのだろうか――かつて俺が人間だった頃は、ネットで同族のグロ死体画像を見ても、不快感以上の感情は無かったのだから。
俺は間違いなく、ソフィアと出会って変わった。
なのに、変化した結果がこの自分本位とは、あまりにも皮肉だ。
俺だって本質は、メアリス教徒の人間と同じということなのだから。
ただ、彼らとは、越えられない境界線が異なるだけ。
それでも実験動物にされたウサギの死体には思うところがあったあたり、俺は自分で思っていた以上に、身内に甘い性格なのだと思う。
しかし、それと同時に、メアリス教国の罪悪をどこかで受け入れている自分も居て、俺は自分の心が分からなくなっていた。
……そうか。だからこそ俺は、この施設の地下に行こうと思ったのだろう。
喜ばしくない感情が――それでも、絶対に見過ごしてはならない感情が、この先にある気がするのだ。
厳重な鉄製の扉を凍らせて砕き、俺は前へ進む。
どうやらこの通路が正解だったらしい。
地下へと続く階段を見つけた俺は、意を決して降りて行った。
明かりの無い階段を下りて行く。
漂ってくる不快な臭いの空気。
魔獣の嗅覚がその中に血の匂いと死臭を感じ取る。
あらゆる国の神話で、黄泉の国や冥界は地下にあるものだとされているが、その理由が分かった気がした。
階段を下りた先に再び立ち塞がるは、重い鉄の扉。
何かを逃がさないように厳重に閉じられたそれを、俺はまた凍らせて、砕いて押し通った。
地下は、無人だった上と違って人の気配があった。
聞こえてくる声は様々だ。
すすり泣く声。
苦痛に呻く声。
壊れたような笑い声。
魘されるような金切り声。
ひたすら何かの懇願を繰り返す声。
扉が砕かれた音を聞いて、パニックにでもなっているのかと思ったが……そういうわけではなさそうだ。
そして何より、予想はしていたが、それらの声は例外なく女性のものだった。
声がするほうに向かう。その先にあったのは地下牢のような場所だった。
並ぶ鉄格子の部屋。ざっと見たところ、それぞれ牢の中に、大体二人か三人の人影がある。
換気が悪いその空間には淀んだ空気が漂っており、例えるなら家畜小屋……よりは幾分か清潔な、実験動物の飼育スペースを連想させた。
この暗闇の中、彼女たちからは俺の姿が見えていないはずだ。
それでも何か大きな生き物の気配を感じ取ったのか、比較的まだ正常な者たちは、必死で存在を覚られないよう息を殺している。
いや、よく考えたら、彼女たちはバフォメット族なのだ。
彼女たちの額の宝石には、恐ろしい魔獣が闊歩している姿がはっきりと映っているのかもしれない。
試しに牢屋の一つを覗いてみる。
やはり俺の姿が見えていたようだ。
俺の注意を引いてしまったと思ったのだろう。中ではバフォメット族の女性が二人、びくりと身体を強張らせ、震えながら部屋の隅の寝床の上で縮こまっていた。
プライバシーに対する配慮が一切見られない鉄格子の部屋。
その中に閉じ込められた少女たちは、ソフィアと同じくらいの年齢に見えた。
彼女たちは当然のごとく角を斬り落とされ、鎖に繋がれている。
身に着けているのは、二枚の布を縫い合わせただけの粗末な検査着のみ。
手足の不自然な動きから察するに、腱を斬られているらしい。どうやら彼女たちが逃げ出せないよう、念入りに処置されているようだ。
そして何より悲惨なことに、見間違いでなければ、彼女たちの下腹部は丸みを帯びて膨らんでいる。
そう。彼女たちは――妊娠していた。
地上で見た紙の束。
論文か報告書か知らないが、この施設での研究内容についての記録。
それに記されていた、『悪魔の瞳の兵器利用、養殖及び人工生成について』の研究――要するに、ここで行なわれているのが養殖実用化に向けた実験なのだろう。
牢屋の前に掲げられたプレートには母体の年齢や体質、投与した薬品や施した魔術的処置、そしてこれまでの出産回数や推定着床日などが事細かに記載されていた。
息を吹き返したダーク系タグ。
あまり楽しくないシーンなのでスキップ気味に進めています。




