束の間の休息(下)
城の外に出ると冷たい空気が全身を包む。
流れる冷たい風に、チラチラと舞い落ちる雪。
雪が降っているということは、当然空には雲が広がっているということでもあって……つまり星の明かりも月の明かりも頼りにできない外の世界は、必然的に真っ暗闇の中だった。
「灯りが必要だな」
俺は夜目が利くが、他の者はそうもいかないだろう。
中から魔石のランタンを持ってくるか。
そう思っていると徐に魔術師のジーノが何やら呪文を唱え始める。
「夜の闇を照らす光よ」
詠唱が終わるとその手の中に光の球が生み出され、周囲を明るく照らした。
「……ま、こんなもので充分でしょ」
ジーノは生み出した光の球を頭上に飛ばしながら、自信有り気な顔をした。
「悪いな、ジーノ」
戦士グランツは礼を言う。
そして弓使いのアレックス少年と中庭の中央に出た。
「よし……じゃあ、始めるとすっか。準備はいいか?」
「うん。もう、大丈夫」
弓使いの少年は流石に立ち直ったようだ。稽古のために剣を構える。
彼らが使っている武器は、飾られていた甲冑から拝借したものだ。
「ならいつも通りだ、好きに打ち込んで来い」
その言葉を皮切りに、二人の模擬戦が始まった。
さっきまでの落ち込んだ様子とは打って変わって、軽い身のこなしで舞うように剣を振るう弓使いの少年。
一方、戦士のグランツはその剣をひたすら見切り、躱し、受け止める。
稀に繰り出す反撃も、弓使いの少年がギリギリ避けられる程度の速さだ。さっきの戦闘と比べれば、明らかに手加減しているのが見て取れた。
やはり弓の扱いはともかく、近接戦闘だと圧倒的な実力差だな。
その内容は模擬戦と言うより、息の合った剣道の掛かり稽古に近い。
弓使いの少年は遥か格上の戦士に向かって、一心不乱に攻め続けていた。
「なあ、実際のところ……お前たちの強さは冒険者の中でどのくらいのものなんだ?」
俺は隣にいた魔術師のジーノに、ふとした疑問を尋ねる。
ジーノは少し考えるそぶりを見せた後、ざっくりと答えた。
「うーん、そうですね。それぞれ得意分野が異なるので、一概に比較することはできませんが……まあ、普通にトップクラスですよ。アレックス君やリップさんも、上位一割以内に入っていると思います」
もっとも、冒険者ギルド内の功績を基準とした目安に過ぎませんが……と、ジーノは付け加えた。
「そうか。それだけの実力があるのに、さらにあの特訓とは……あの弓使いは強くなることに貪欲だな」
俺は目の前で激しい打ち合いをする二人を眺めながら、感想を述べた。
その力への渇望は、いったいどこから生まれて来るのだろうか。
「アレックス君の場合は、文字通り英雄になる必要があったのですよ。第三王子という血筋が霞むくらいのね」
「……それはどういうことだ?」
「本人は王族の身分を捨てたつもりでも、周囲は放って置かなかったということです。悪意を持った人間はもちろんですが……善意ですらも、アレックス君にとっては自身を絡め捕ろうとする障害だったでしょう」
だからこそ、少年には実績と、それ以上の力が必要だった。
その柵から逃れるための、戦う力を。
「そうか……あの少年も、なかなか苦労しているんだな」
たとえ世界を敵に回しても、ソフィアを救って見せる……晩餐の折に確認した少年の覚悟、その裏付けを見せつけられたような気がした。
ほぼ完ぺきな美少年の、頬に残る深い傷跡。今の俺にはそれすらも、戦い続ける覚悟の証に見えてしまう。
かつての俺は、そんな覚悟を持つことができただろうか?
少年の生きざまと、過去の自分を比べてみる。
俺はどちらかと言えば、周囲に流されて生きてきた人間だった。
溺れないようにするのが精一杯で、流され続け、気付けば流れ着いた先は社会の底辺だ。
流れ着いた先に、自身の幸福は無かった。
誰かのために頑張って、誰からも認められることはなく。
自分であることに意味は無く、自我を持つことは許されず、“まともな”社会人として搾取され続ける。
それでも、ただ生きてもいいって許されたくて、人並みの人生を送れる保証が欲しくて、周囲の無責任な言葉に従っていた。
もし、覚悟を持って一歩を踏み出せていれば、何か違った結末を迎えられたのだろうか。
全てを捨てて冒険者となった、この弓使いの少年のように。
「いやー、ああも自己研鑽を積まれると、あっという間に追い付かれそうです。先輩冒険者としましては若い才能に戦々恐々ですよ」
ジーノが冗談めかすと、打ち合いしている二人のほうから声が飛んでくる。
「いや、お前も十分若いだろ!」
どうやら俺たちの声が聞こえていたようだ。
向こうで戦士からツッコミを入れながら、少年の剣を弾いていた。
あれから三十分ほど打ち合いは続いただろうか。
少年の限界が見えてきたところで掛かり稽古は終了となった。
特訓を終えた弓使いの少年は、へとへとになって雪の上に座りこむ。
対して戦士のグランツは殆ど疲れていない様子だった。
「明日もあるからな、このぐらいにしとくぞ。あとは疲れを残さないようにゆっくり休め」
そう言いながらも戦士グランツは自分の――俺がくれてやった代用の大剣に持ち替え、素振りを始めていた。
その底なしの体力に、俺は戦慄する。
流石は冒険者としてトップクラスなだけあって、魔法で不死の力を得ている俺なんかよりもよっぽど化け物染みているな。
一方で、魔術師のジーノは戦士の振るう大剣のほうに注目した。
「おお、それが噂の……!」
その大剣は俺が斬られた尻尾を変形させて作った大剣だ。
鰐の皮膚のような質感で、甲虫の殻のように並ぶ漆黒の鱗。
しなやかに曲がるそれは戦士が振るたびに切っ先から鋭く風を切る音がする。
規則的に並んだ刃物のような刺がこの武器の凶悪さを増していた。
一部残った獣の毛皮がもともと俺の体の一部だったことを証明しており、斬り落とされた俺の魔力を内包したそれは殆ど魔剣と化している。
「素晴らしい、魔獣の素材を活かした装備品で、これほどの業物は間違いなく国宝級でしょう」
魔術師のジーノは過剰なほど褒めてくれるが、斬り落とされた自分の尻尾が評価されても複雑な心境だ。
異世界に行った者が現地人からチヤホヤされる物語の展開はよくあるが……読者が求めているのは決してこんな持ち上げられ方じゃないだろう。
「有り合わせを渡しただけだ。帰路の間に合わせにはなるだろう。それはもうお前のものだ。不要なら売り飛ばしても、なんだったらバラして素材にしてくれても構わない」
素材という単語にジーノの目が輝くが、戦士グランツはそれを制す。
「いや、これで十分過ぎるぜ。有り難く最後まで使わせてもらう」
戦士グランツが改めて礼を言った。
「そうか。慣れない武器で大丈夫か?」
「大丈夫だ。正味問題ねえ。護衛対象も細い見た目してなかなか肝っ玉が据わっているし、最低限の場数は踏んでいる。むしろ帰りは、思ったよりも楽できそうだ」
「場数……?」
確かにソフィアは最低限戦う術を得ているはずだが、この戦士がどこからそう判断したのかが気になった。
「あの姫様は戦いを知っているってことだ。なにせ、出会いがしらに水の球で脅してくるぐらいだからな」
おそらく、最初に会った時の話だろう。
「なるほど、そんなやり取りがあったのか」
どうやら流石のソフィアも、最初から友好的に接していたわけではないらしい。
なんとなく不謹慎な気もするが、少しだけ安心した。
「それにしても……お前ほどの戦士相手に、水の玉程度が脅しになるのか?」
水の玉は黒騎士が襲来した時もソフィアが使っていた魔術だが、バケツの水をひっくり返す以上の威力があるように思えない。
俺の質問に対して、戦士は一瞬ぽかんとした顔をする。
そして、その直後には堪えきれないといった感じで、笑いながら言った。
「ククク……そうか、お前さんには効かないのか」
「む? どういう意味だ?」
疑問が解けない俺に、戦士は解説する。
「オイオイ、魔獣さんよぉ……普通の生き物には、窒息死っつうのが在るんだぜ? 知ってるか? 人間は、息ができないと、死んじまうんだ」
「な、なるほど……!」
あの魔術は、そうやって使うものだったのか。
凍った泥に足を固定され動けなかったはずの戦士グランツ。そんな彼に対して、なかなかえげつない脅し方だ。
意外と殺意の高かったソフィアの戦い方に、今さらながら戦慄した。
ソフィアさんの得意戦術は「水の玉を相手の顔に固定して窒息させる」です。
相手がもともと呼吸していなかったり、数があまりにも多かったり(オオカミの群れ)、魔術を無効化(黒騎士)されない限りは大抵これでなんとかなります。
主人公はソフィアがあまり戦えないと思い込んでいますが、今までは相手が悪かっただけですね(だからと言って、ソフィアが強いというわけでもありませんが)。




