賑やか過ぎる晩餐会
俺たちが風呂から上がると、晩餐会の支度が完了していたらしい。厨房を担当している仮面ゴーレムが俺たちを迎えに来た。
仮面ゴーレムに案内される冒険者三人と共に、俺も食堂へと向かう。
食堂の扉を開くと、ネコミミの斥候少女はすでに席についていた。
「おっそーい! 待ちくたびれたよ」
椅子に座っているのは、やや行儀悪く尻尾と足をブラブラさせている彼女だけだ。ソフィアの姿は見当たらない。
「あれ? ソフィア姉ちゃんは……?」
弓使いの少年がそう尋ねるとほぼ同時に、厨房のほうから熱そうな鍋を持ったソフィアが姿を現した。
「あ、皆さん。お帰りなさい。もうお食事の準備はできていますよ。どうぞ、お座りになって待っていてください」
俺たちに愛想のよい笑顔を振りまくソフィア。
その姿を見て魔術師のジーノと弓使いの少年はそれぞれの感想を述べる。
「ほう、王家の者が自らが料理とは。これはなかなか意外ですね」
「ソフィア姉ちゃんの手料理……」
しかし戦士の男だけは、ソフィアが家事をしている姿を見て――そして、自分の仲間が椅子に座ってくつろいでいる姿を見て血相を変えた。
「おめッ、リップ! 姫様を働かせて自分は座っているって、お前は馬鹿か!?」
彼が怒鳴った相手はもちろん、斥候の少女である。
戦士にそう言われて初めて、彼女は自分がやらかしてしまったことに気が付いたらしい。斥候の少女はハッとした表情を見せたあと、しどろもどろになりながら弁明した。
「いや、だ、だって、ボクも手伝っていたけど、もうほとんど終わったからって……」
「言い訳しているヒマが在ったら、取りあえずお前も手伝え! すまっ……とんだご無礼を。申し訳ございません。ソフィア姫、残りは我々がやりますので、どうか貴女様のほうこそ、お座りになってお待ちください」
狼狽しながらも、即座にソフィアに向かって謝る戦士。
彼には騎士としての従属経験があるのだろうか。
その所作は意外にも、どこか固い無骨さを残しながら最低限の礼儀を抑えていた。
跪く屈強な戦士に、ソフィアは苦笑しながら答える。
「リップさんのおっしゃっていることは本当ですよ? それに、わたしはもう、王族ではないのですから。そんなにお気を遣いになくてもいいですのに……」
そう口にするソフィアは本当に気にしていない様子だった。
しかし、戦士の男は食い下がる。
「いえ、そういう訳にも参りませんから……」
彼にも立場というものがあるのだろう。傍から見ていても、そのやり取りは平行線だった。
……ああ、懐かしいな。
俺はソフィアが初めてこの城を訪れた時のことを思いだす。
朝起きたら、埃まみれのソフィアが掃除していた――あの姿には吃驚させられたものだ。
もっとも、戦士の態度は単純に身分の違いが前提にあるはずで、ソフィアが家事をする姿に抵抗があるのは仕方ない。
ソフィアがチラリとこちらを見る。その視線は、俺に助けを求めているようだった。
このままでは埒が明かない。
そう思った俺は、ソフィアに助け舟を出した。
「何時まで無駄に遊んでいる。そんなことをしている間に、晩餐の準備を終わらせたほうがまだ有意義ではないか」
突然割って入った俺の乱入に、戦士の男は戸惑いを見せる。
「いや、でもこれは、そういう問題じゃあ……」
「人間の世界の身分など、この冬の城においてはなんの意味もない。お前たちはソフィアの厚意を無碍にするつもりか? 邪魔するつもりが無いなら、大人しく座っていろ」
こんなのは口から出まかせの屁理屈だったが、取りあえず戦士を説得するには十分だったようだ。
何よりソフィア自身の振る舞いが一番の説得材料だった。
「うーん……まあ、状況が状況だし、姫様本人がいいって言ってんのなら……」
せめて自分も手伝う。その条件で彼は、戸惑いながらも目の前の非常識な光景を受け入れた。
「オレも手伝うよ!」
すかさず弓使いの少年も声を上げる。
正直なところ、その姿勢については好感が持てた。
とはいえ、やるべきことなんてほとんど残っていなかったが……仮面ゴーレムも空気を読んでくれたようで、少年たちに身振り手振りで簡単な仕事を頼んでいた。
「……ありがとうございます」
ソフィアが小声でこっそり礼を言った。
「別に礼を言われるほどのことはしてないさ――さて、ここで俺が何もしないと、格好が付かないな」
まさか椅子の上で踏ん反り返って待っているわけにもいかないだろう。
「あっ、その前に……」
ソフィアが厨房に向かおうとした俺を引き止めた。
彼女に促されテーブルの上を見ると、そこには見覚えのあるソーセージが並んでいる。
これは以前、俺が魔女に作らされた蒼シカのブラッドソーセージだ。
「魔獣さん、すみません。さすがに四人も増えると、食材が足りなかったので……」
ソーセージを勝手に出したことについて、ソフィアが申し訳なさそうに謝った。
この城における食糧事情は、放浪の魔女の差し入れに完全依存している。
自給自足できる肉類や白リンゴ以外は、どうしても量が限られるのだ。
ならば量のあるソーセージを客人に振る舞うのは当然の判断だろう。別に謝る必要ないのだが……そのしおらしい姿に自然と口元から笑みが漏れた。
「構わないさ。また作って追加しておけば、魔女も怒らないだろう」
そもそも自分でリクエストした癖に、全然帰ってこない魔女が悪い。
燻製という保存処理は成されているもの、悪くなる前に食べるほうが賢明だろう。
「それより、だいぶ火を使ったみたいだが、今夜の分の薪は足りているか?」
暖房器具が使えなければ、俺以外は凍えてしまうからな。場合によっては新たに薪を採ってくる必要がある。
そのことに気が付いた俺はソフィアに薪の残量を尋ねたが……それは不要な心配だったようだ。
「はい、おかげ様で。皆様の分も含めて、まだ十分だと思います」
ソフィアがそう言うならば、補充する必要はないだろう。
普段から多めに集めていたことが功を成したらしい。
「そうか。ならよかった」
心配事がなくなれば、自然と俺の興味は食べ物のほうへと移っていった。
「……それにしても、美味しそうな匂いだな」
俺の感想に、ソフィアは嬉しそうに微笑む。
「今夜のメニューはクリームシチューですよ。魔獣さん、お好きですよね?」
「ああ――今日もありがとう。ソフィア」
「はい、どういたしまして」
今日も相変わらず、ソフィアの笑顔は美しかった。
いつもなら、仮面ゴーレムを除けば二人きり、多くとも魔女を含めて三人だけの食事の時間。
だが今夜に限っては、さらに四人の来客を交えた賑やかな晩餐会だ。
ソフィアの作った野菜たっぷりのクリームシチューはとても好評だった。
四人の冒険者たちは初めのほうこそ、見覚えのない謎の白い料理を恐る恐るといった様子で口に運んだが、一口食べれば揃って美味しいという感想を述べた。
意外に思うかもしれないが、クリームシチューは俺がソフィアに教えたレシピである。
こっちは地球の中世ヨーロッパに似た文化の世界だし、むしろこっちが本場のように錯覚しがちだが、白いシチューは料理上手のソフィアも知らない新しい料理だった。
今となってはソフィアのお気に入り料理となっているが、まさかこっちの世界にクリームシチューが無いとは思わなかったな。
気になったので魔法の鏡で検索してみたところ、地球でもクリームシチューは日本発祥の料理らしい。
基礎となったホワイトソースは、ちゃんとフランス生まれらしいのだが……それでも中世ではなく近世以降の発明だそうだ。
ならば中世ヨーロッパ風のこの世界にクリームシチューが無いのも納得である。
とはいえ、このクリームシチューが美味しいのは結局、俺が適当に検索したクック○ッドのレシピを完璧以上に再現したソフィアの腕があってこそだ。
俺が真似して作ったところで、ここまで美味しくは絶対ならない。
ソフィアの料理はその手順一つ一つが丁寧であり、俗な表現をすれば、これこそが本当の意味で『愛情がこもっている』料理なのだろう。
要するに、ソフィア万歳ということだ。
美人で可愛くて心優しくて働き者で、おまけに料理上手って――控えめに言って、完璧だな!
……ふと思ったが、クリームシチューって、日本人以外からすれば、マヨネーズを直接舐めるに等しい奇妙な料理なのだろうか?
ともかく、意外なところで異世界らしさを感じる一件だった。
なお、マヨネーズ及び乳化ソースはこちらの世界にも普通に存在している。
俺からすればホワイトソースよりマヨネーズを発明する難易度のほうがよっぽど高い気もするが……異世界の食文化はよく解らんものだ。
また、魔術師のジーノは蒼シカのブラッドソーセージが大層気に入ったらしい。
彼曰く、「魔力の補給に最適な保存食ですね」とべた褒めだった。
放浪の魔女といい、この魔術師の青年といい、魔獣の血肉で作ったソーセージは魔力を重視する職業の人間にとって好みの味であるようだ。
そんな彼の熱意に負け、俺は幾らかのソーセージと、加えてその他の蒼シカ素材を土産に持たせると約束してしまった。
まあ、魔女の指南ありきとはいえ、自分の作ったものがこれほどまでに気に入られたのは、割と嬉しいことである。
……こんなことで気分が良くなるなんて、我ながらお人好しだな。
しかし、下手に言葉を交わしてしまったせいで、もはや簡単に彼らを敵とみなせなくなったのも事実だ。
全く、何が甘さを捨てるだ。午前中の決意はどこへ行った?
俺は自身の甘さに辟易する。
しかしながら、同時にこれはこれで良いかと、諦めの境地に達する自分も居た。
もともと俺は、サイコパスではない普通の人間だ。
一般的に人間は、相手のことを知れば知るほど、簡単に傷付けようとは思えなくなるのが普通だと言われている。
とどのつまり、俺に人殺しの才能は無かったということだ。
もしも、今この瞬間に、この冒険者たち敵対することになったとしても、躊躇なく殺すのは難しくなってしまった。
この如何ともし難い性分。しかし、これはきっと、今後も変わることはないだろう。
これは俺が生まれ持った現実なのだから、受け入れより他はない。
でもそれは、自分の都合や私利利欲のために誰かを殺し続ける何かに成り果てるより、ずっとましだろうと思えた。
――本当に、そうなのか?
脳裏で疑問を囁く、自分自身の冷たい声。
だが、そんな思考のノイズは、次の瞬間には完全に忘れ去っていた。
* * *
そんなこんなで、賑やか過ぎる晩餐会はつつがなく終わった。
大量に焼かれたパンも、ソフィア特製のシチューも、終わってみれば余すところなく皆の胃袋に収まった。
食事を終えた冒険者たちは、デザートに出された白リンゴの甘さに舌鼓を打っている。
さて、シチューやら土産やらの話は、いい加減もういいだろう。
閑話休題、冒険者たちの腹も膨れたところで、俺は話を切り出した。
「では、そろそろ聞かせてもらおうか。お前たちがこの城を訪れた理由を」
ソフィアの知り合いと分かった時点で有耶無耶になされ、そのまま城でもてなす流れになってしまったが……実は現状、彼らが冒険者であるということ以外、何一つはっきりとしていない。
なぜ冒険者がソフィアを探しているのか。
どうやって此処にソフィアが居ることを突き止めたのか。
そして、ソフィアに会ってどうする心算だったのか……。
俺は彼らに問い掛ける。
「念のため言っておくが、下手な誤魔化しや嘘が通じると思うなよ。今はソフィアの客人として歓迎しているが、もし彼女を裏切るようなことがあればその時は――楽には死ねないと思え」
まあ、今さら本気で、こいつらがそんな蛮行をするとは思っていないがな。
取って付けたような脅しの言葉も、今となっては俺自身の甘さに対する、ささやかな抵抗の表れでしかなかった。
問われた四人の冒険者は一瞬、互いに目配せをする。
そして覚悟を決めたのは、弓使いの少年だった。
少年は真っ直ぐ俺を見据えると、その桜色の唇を開いた。
取って付けたような現代知識チート要素。
地球の歴史上でも、説によってはホワイトソースよりマヨネーズのほうが誕生が先だったりするそうです。
ただし、クリームシチューVSマヨネーズならクリームシチューのほうが圧倒的最新……!
これは今後のなろうでクリームシチュー旋風が吹き荒れるのも時間の問題ですね。




