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優しさを踏みにじる物語(下)

 ……――目が覚めると、そこは俺の部屋だった。

 気絶している間に冬の城まで運ばれたようだ。

 意識が朦朧(もうろう)としたまま薄く目を開いて、俺は周囲を見回した。


 俺を囲むようにソフィア、魔女、そしてクソウサギと全員がそろっている。ついでに仮面ゴーレムたちも部屋の中だ。

 どうした、勢ぞろいじゃないか。

 これほどまでに心配されていたと思うと少し嬉しくなる半面、非常に申し訳なくなる。


 俺の意識がはっきりとしだしたところで、それに気が付いたソフィアが、いの一番に声をかけてきた。

「魔獣さん! よかった……気分はいかがですか? どこか痛いところはありませんか?」

「う……ああ、大丈夫だ。心配かけたな、すまない」

 気付けば首に刺さっていた剣は抜かれ、欠損した腕も尾も治っていた。

 体に異常はなさそうだ。

 窓の外を見れば真っ暗闇。完全に日は落ちていた。


「魔獣さん、ごめんなさい、わたしのせいで……」

 次にソフィアの口から出たのは、なぜか謝罪の言葉だった。

 俺には彼女が謝る理由が分からなかった。

「なぜ、ソフィアが謝る?」

「だって、わたしがここに来なければ、クロードもこの城を訪れることはありませんでした。それなのに……わたしのせいで、魔獣さんがあんなことに…………」

 罪悪感がそうさせるのか、とうとうソフィアはうつむいてしまった。


「……あの騎士と戦ったのは、俺が勝手にやったことだ。あいつは……そう、あいつは俺の縄張りを荒らしたのだよ。いずれにせよ、戦いは避けられなかったさ」

 そう、俺はこの冬の城に住まう魔獣の(あるじ)として当然のことをしたまでである。そんな態度でソフィアに接した。

 それでもなお下を向いたままのソフィア。俺は彼女を慰めようと、その頭を尻尾で撫でてやった。


 ただ、戦いは避けられなかったとは言ったものの、ソフィアがここに居たからこそ黒騎士もこの地に来たのだという肝心な部分は否定できていない。

 冷静な批判はなしの方向で頼む。

 苦しい言い訳なのは自分でも理解していたが、俺はとにかくソフィアのせいだとは思っていないと伝えたかったのだ。


「……やっぱり、魔獣さんは優しいですね」

 ソフィアはうつむいたまま、ぽつりと言った。

「魔獣さんが無事で、本当によかったです……また、わたしのせいで、誰かが居なくなるかもって、そう考えたら、不安で、不安で――……」

 ソフィアの手の上に、(しずく)が落ちた。

 手の甲を滑り落ちたそれは涙の雫だった。

 ソフィアはポロポロと涙を溢して泣いていた。

 その姿を見て、俺もとても悲しくなってしまった。


 俺は泣いているソフィアを見ていることしかできなかった。


 ああ、どうしてこうなってしまったのだろう。


 ソフィアを泣かせたいわけじゃなかったのに。


 ただ、ソフィアを守りたいだけだったのに――。


「……ソフィーや、今日はお主も疲れたじゃろ。もう夜も遅い、ゆっくりと休むのじゃ」

 見かねた魔女が助け舟を出してくれた。

「……そうですね。では、お言葉に甘えます」

 ソフィアは涙を拭いて、魔女の提案に従った。


 立ち上がったソフィアは、精神的な疲労のためか、ふらりとよろける。

 倒れそうになったソフィアを、仮面ゴーレムが支えた。


「あの、それでは……ドロシー様、魔獣さん、お休みなさい」

 ソフィアは部屋を出て行く前に、力なく挨拶した。

 クソウサギがそんなソフィアを見ながら心配そうに、クゥと小さく鳴いた。

「フフッ、ウサギちゃんも、お休みなさい」

 最後にソフィアは小さく笑うと、ドアノブに手を掛けた。


 その笑い方にも、いつものような元気はなかったが……笑えないよりはましだと思った。

 クソウサギよ、今回ばかりは褒めて遣わす。

 やはり、可愛いは正義だということだな。少しでもソフィアの心を癒せるなら、どんなものでも大歓迎だ。




 仮面ゴーレムたちも、ソフィアに付いて行くように部屋から消えた。

 どうやら仕事に戻るようだ。

 しかし、そのうち一体はこの部屋に残り、暖炉の炎を世話していた。


「……なあ、俺はどのくらい寝ていたんだ?」

 俺はさっきからずっと気になっていたことを尋ねる。

「そうじゃな……だいたい、半日ぐらいかのう」

 魔女はそう答えた。

 部屋の中にはお湯の入ったタライと、たくさんの清潔な布、そして何種類もの薬草と、それを(せん)じるための調理器具が並んでいた。

「もしかして、その間ずっとソフィアは……?」

「お主のくせして、察しが良いのう。想像した通りじゃよ。ソフィーの看護がなければ、三日三晩は火傷の苦しみにのた打ち回りながら寝込んでいたじゃろうな」

 ソフィア……今は彼女こそが一番辛いはずなのに……。

 俺は昼間の黒騎士が語ったディオン司祭の現在を思い出した。

 ソフィアの優しさに感謝する一方で、なんともやるせない気持ちになった。


「だいたいどういうことだ、魔女。以前あんたは言ったよな? ここに居ればソフィアは安全だって」

 俺が八つ当たり気味に文句を言うと、魔女は困った様子で返す。

「儂にとっても、奴がこの地を訪れたのは想定外じゃよ。仮面の嬢ちゃんが教えてくれたからなんとか間に合ったものの、もう少し遅ければ取り返しのつかんことになるところじゃった」

「仮面の嬢ちゃんって……仮面の魔女のことか?」

 仮面の魔女と言えば、この城で働いている仮面ゴーレムたちの製作者だったはずだ。

「そうじゃ。あのゴーレム共を通じて、お主らの危機を知ったらしい。慌てて儂に連絡をよこしたのよ」

「そうか……」

 なにはともあれ、あの仮面ゴーレムたちと、その向こうに居る面識もない魔女には感謝しないといけないな。

 そう思って暖炉のほうを見ると、自分の話題だったからか、部屋に残った仮面ゴーレムがじっとこちらを見ていた。

「……今回は助かったよ、ありがとな」

 仮面ゴーレムはこくりと一度だけうなずいて、また作業に戻った。


「ところで、結局あの黒い騎士が、例のクロード将軍とかいう奴なんだよな?」

 俺は本日の出来事――黒騎士に話題を戻した。

 しかし一応は尋ねてみたものの、俺の中であの黒騎士がクロード将軍であることは、ほぼ確定した事実だ。

 そして予想通り、魔女はその事実を肯定した。

「そうじゃ。魔術を焼き払う黒き炎――あれこそまさに、裏切りの騎士と呼ばれた英雄、ニブルバーグの血じゃよ」

「魔術を……焼き払う?」

「左様。あれは魔力そのものを(かて)にして燃える憎悪の炎じゃ。あの炎にとって、世に存在するあらゆる魔術が燃料にすぎん」

「おいおい、とんでもない反則(チート)能力じゃねえか」

 異世界転移したのは俺なのに、ヘタすれば俺なんかよりよっぽど主人公している。

「……ああ、そうか、それでか」

 ソフィアの結界魔術があっさり突破されたのは、黒い炎に焼き払われたからだったのだろう。

 俺は一人で納得した。


「黒い炎だけでもやっかいなのに、加えてあの森も焼き払う爆炎の魔術……本当に危なかったな。あれを使われるだけで、やり方次第でソフィアが殺されていてもおかしくなかった……」

 しかし魔女は困ったような表情を見せると、重々しく口を開いた。

「残念ながら、と言うべきか分からんが……それは、無用な心配じゃったと思うぞ」

 その、いやに言い切る口ぶりに、俺は聞き返す。

「どういうことだ……?」

「あの黒騎士は、儂が駆けつけた時点で、森を焼き払うほどの大魔術は使えんかったはずじゃ。これはお主に教えるべきか迷ったが……」

 魔女は(ふところ)から砕けた紅い宝石の欠片を取り出した。


「それは……」

 確かあの黒騎士の籠手に付いていて、俺が噛み砕いた紅い宝石だ。

 黒一色の武骨なデザインの鎧。その中で一ヶ所だけ目立っていたから、よく覚えている。

「これは、悪魔の瞳(バフォメット・アイ)と呼ばれる宝石――高純度の魔石じゃ。森を焼いた大魔術も、これを利用して放ったのじゃろうな」

 魔女がそう解説した。しかし、俺は宝石の説明よりも、その名前が気になって仕方がなかった。

「なあ、()()って、もしかして……」

「……こいつの正体は、儂が語らずともわかるじゃろ?」


 バフォメット・アイ。


 その語感から、俺はバフォメット族の第三の目……ソフィアの額にある宝石を連想した。

「――これが、今のメアリス教国じゃよ」

 魔女が言外に、俺の想像を肯定した。


 ああ……ソフィアは、なんて過酷な運命を背負っているのだろう。

 砕かれた宝石の紅い色が、メアリス教国によって流された血の色に見えた。


 レヴィオール王国。ディオン司祭。そして、悪魔の瞳(バフォメット・アイ)

 俺はこの時、本当の意味でソフィアを取り巻く世界の闇を理解した。


 しかし、それを知ったところで、俺に何ができる?

 黒騎士にも負けて殺されかけた俺に、いったい何ができる?


「俺って弱いんだな……」


 人間だった頃よりずっと力が強くなり、動けるようになり、魔術も使えるようになった。

 そして何より、どれだけ怪我しても治ったし、死ななかった。

 だからいつしか俺は、自分が無敵だと勘違いしていたんだ。


 だが結局、俺は不死の再生力に胡坐(あぐら)をかいていだけだったのである。

 あの黒騎士を相手にして俺は、その現実を思い知らされた。


「今さら気が付いたか、この阿呆(あほう)め。」

 魔女が呆れたような表情をした。

「そうじゃな、お主は不死なだけで、強いわけでもなんでもない。それこそ、あの黒い炎でなくとも……例えば、そうじゃの……」

 魔女は思案するように、視線を上に向ける。

「例えば、強酸のプールにお主を放り込んで二、三人で見張らせれば……まあ、死なんにしても、無力化するには十分じゃろう」

「……どこかで聞いたことのある収容プロトコルだな」

 なんとなく、どこぞの財団に収容された不死身のトカゲを思い出した。


「魔法も含めれば、それこそ無限に方法があるわ。魔女と称される者なら、お主をどうにかできる手段の一つや二つは持っていると考えておいてよいかもしれんの」

「マジかよ……」

「儂だってその気になれば、(そら)の果てか、次元の狭間にでもお主を打ち捨てることができるぞ?」

 なるほど。それは創作においても、不死身の悪役に対する解答の一つである。

「おう、えげつねえな……」

 俺は魔女と呼ばれる者たちの恐ろしさを再認識した。

 ……ただ、魔女の向こうで仮面ゴーレムが必死に首を横に振っているように見えるのはなんでだろうな?


「とはいえ、あの黒い炎がお主を本当に殺せたか、儂からすれば(はなは)だ疑問じゃがな」

「なんだよ急に、言ってることが真逆じゃねえか?」

 いきなり魔女が妙なことを、今度はさっきまでとは正反対な意見を口にしだした。


 だが現実に、あの黒い炎は魔術を焼くことができるのだ。

 ゆえに、あの黒い炎で焼かれれば、その部分の再生力は鈍くなる。

 それは俺にかけられた魔獣化の魔法――俺を不死たらしめる力の(みなもと)が焼かれてしまうからだ。

 そこから延長して考えれば、黒い炎で全身を焼かれれば、一切の再生ができなくなるという結論に辿り着く――(すなわ)ち、死ぬのだ。


 その論理の組み立てには何一つ、おかしな矛盾点はないように思える。

 しかし、魔女は唐突に、重々しい雰囲気で言った。


「忘れとるようじゃが……お主の不死は、罪に対する()()じゃ。()()()英雄ごときに、()()()()()()()()なんて、都合の良いことは考えんことじゃな」

 魔女はじっと、俺の胸の内を見透かすように見つめた。


「……なにを言ってんだ……俺は別に、そんなこと考えてねえよ」

「そうか。ならいいのじゃ。では……儂はそろそろ行くとしよう」

 俺が否定すると、重苦しい空気は霧散する。

 そして魔女は(おもむろ)に転移魔法の転移門(ゲート)を開いた。


「……またか、急だな。次はどこへ行くんだ?」

「とりあえずは、鎖の魔女のところかのう……相変わらず星詠みは見つからんし、ディオン司祭のことも――本当は干渉しちゃいかんのじゃが、こうなってしまうと放ってもおけまい。それから今回の件で他の魔女にも話を通しておかんと……」

 どうも聞いていると、今回の件に関して他の魔女関係者に話を通して回るのが(おも)らしい。

「……あんたも、大変なんだな」

 俺が言うと、魔女は少し疲れた表情で笑った。

「元はと言えば、儂が勝手に首を突っ込んだことじゃ。お主も気を付けるんじゃぞ? それから、ソフィーにも優しくの」

 それだけ言い残し、魔女は部屋から姿を消した。


 魔女が居なくなると、部屋が急に静かになった。

 俺以外でこの部屋に居るのは、なにもしゃべらない仮面ゴーレムと、黙々とリンゴを食べているクソウサギだけだ。


「……そう言えば、お前も駆けつけてくれたんだよな」

 むしろ一番ヤバいタイミングで、危機一髪で助けてくれたのはこのウサギだった。

「正直、意外だったぞ……助けてくれて、ありがとな」


 クソウサギはリンゴを食べる手を止め、俺の傍に駆け寄る。

 そして照れ隠しのように、寝そべる俺をゲシゲシと蹴りつけた。


 * * *


 夜が()けても、俺は考え事に浸っていた。

 窓の外は昼間から相変わらず雪が降っている。もはや朝はすぐそこまで近づいているはずなのだが、空は未だ暗いままだった。


 俺は今日の出来事について考えていた。

 もし俺がもっと強い力を持っていて、あの黒い騎士を余裕で追い返していれば、きっと今頃は昨日と同じく平和な一日が終わっていただろう。


 少なくとも今日だけは、ソフィアが泣くことは無かったはずだ。

 俺はただ、自分が情けなくて悔しかった。


 しかし、俺にできることは何もない。

 俺は、悲しいほどに弱い。

 不死の魔獣になったにもかかわらず、俺はたった一人の少女の笑顔も奪われてしまうほどに弱い存在だった。


 いくら不死であろうと、このままではただ死なないだけだ。

 永遠の命があろうとも、弱いままならば、永遠に奪われ続けるだけの存在となってしまう。


 まるで――生涯搾取され続ける側だった、人間だった頃と同じように。


 しょせんこの世は弱肉強食。

 奪う側に回らなければ、一生奪われ続けるだけなのだろうか。


 ――今まさに、心優しき少女のなにもかもが奪われているように。


「強く、なりたいな……」

 二度と誰にも、何も奪われないほどに。永遠に奪い続ける側で在れるように。

 俺はそう願った。


 ……願って、しまったのだ。


 そしてこの願いが(かな)ったとき、俺は()やみ切れない後悔をすることになる。


 気が付けば、紅いバラの花弁が、また一枚散っていた。




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