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【完結】 強靭不死身の魔獣王 ~美女の愛はノーサンキュー~  作者: ナナシノネエム
第二章 亡国の姫君と冬に閉ざされた平穏
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魔女の思惑

 前話後半部分の魔女視点です。

(これは不味いのう……)

 放浪の魔女は、魔獣となった男が狩りをする姿を見てそう思った。


 彼女たちは朝食のあと、鹿の血抜きを教えるという名目で枯れ木の森に来ていた。

 その教材となる獲物を狩る役目は当然のごとく魔獣だったのだが――忘れてはならない。彼は呪いで姿を変えられた、元人間だ。


 彼の狩りの方法は至って単純(シンプル)である。

 獲物の位置を察知したら、ひたすら走り、獲物の喉笛に喰らい付く――実際には獲物との間に駆け引きがあるのかもしれないが、それを踏まえても、結局は不死性に頼った力技な狩猟方法であることに変わりない。


 その姿はどう好意的に解釈しようと、理性ある人間が(おこ)なう狩りの姿ではなかった。

(思っていた以上に、魂が獣に近づいておる。昨日狩りを成功させたと聞いて、もしやとは思っていたが……)

 危惧していた以上に、男の魂は獣の姿に馴染んでいた。


 本当のことを明かせば、昨日魔獣に食糧調達を頼んだのは魔女の作戦であった。

 ちなみに当初の予定では、狩りに失敗した魔獣を(なぐさ)めつつ、人は一人では生きていけないことを悟す心算(つもり)だったのである。

 そうすることで、誰かと足りない部分を(おぎな)い合って生きていく生き方に魔獣の意識を誘導していく……ありきたりだが、悪くない作戦だろう。

 もちろん、彼と生涯を共に過ごす伴侶はソフィアの予定だった。


 ところがだ。この魔獣が狩りを成功させてしまったがために、その計画はおじゃんとなった。

 こうして直接目の当たりにしてみれば、それはまるで「自分は独りで生きていける」と、そう証明しているかのような荒々しい狩り。

 それは魔女にとって想定外の手違いであった。


 それにしても、さっぱり分からない。

 どうして、ほんの一か月前まで普通に人間をやっていた男が、シカの喉笛を目掛けて躊躇(ためら)いなく喰らい付けるのだろう?

 幼い外見とは裏腹にそれなりの人生経験がある魔女。そんな彼女でさえも、この男の精神性は異常に感じた。


(魔獣化が進行した影響か? いや、バラが散るまではまだ余裕があるはずじゃ。なのに、なぜここまで……?)


 ――そんなことを考えている間に、男は狩りを成功させてしまったようだ。枯れ木の森に、悲鳴のようなシカの鳴き声が響く。

 転移魔法で駆けつけてみれば、ちょうど彼がその怪力を()ってシカを押さえつけ、(あご)の力で首の骨をへし折る瞬間であった。


 その情けや容赦のない姿、まさに獰猛(どうもう)(けだもの)だ。

 魔女の背筋を冷たいものが走った。


 この血に飢えた有り様。もし仮に、実は彼が人間であると伝えられたところで、それを信じてくれる者がはたしてどれだけ存在するだろうか。

「三回に一回……成功率は三割といったところか。優秀じゃな。昨日が初めてだとは、とても思えんの」

 彼女は預かっていた魔法の鏡を魔獣に返しながらそう評価した。


 狩りの成功率が三割強。

 野生動物の世界ならば、これはなかなかの数値である。

 例えば優秀な狩人として知られているオオカミ。彼らでさえ、その成功率は二割程度だとされている。

 つまり、この魔獣はすでにオオカミよりも優れた肉食獣(プレデター)であると言えるわけだ。


 しかもこの数値は発展途上のもの。魔獣の動きは今なお洗練されて続けており……このままいけば、最終的な狩りの成功率はさらに上がるだろう。

「要望通りだ、傷付けず仕留めたぞ」

 魔獣の言う通り、シカの蒼味がかった毛皮には傷一つない。昨日以上に完璧な仕事であった。


 この魔獣は日々進化している。

 少なくとも魔女が見た限り、明らかに一か月前よりも……気のせいでなければ昨日よりも、体が大きくなっていた。

 四肢には筋肉が付き、そのしなやかさも段違いだ。

 この魔獣が枯れた木々の隙間を駆け抜けるその様は、まるで黒い風のようであった。


「で、次はどうすればいいんだ?」

 尋ねてくる魔獣に、魔女はとりあえず返事をする。

「……そうじゃのう。とりあえず、冷やしながら城まで持ち帰るとするか」

 持ち運びやすくするため、魔女は獲物を簡単な魔術で浮遊状態にする。その(かたわ)ら、魔女は頭を悩ませていた。


 自分が魔法で魔獣に変えた男。その彼の魂が人間のものでなくなりつつある。

 なんとしてでも、彼を救わなくてはならない。

 それもできるだけ早く……その魂が、完全に魔獣へと堕ちてしまう前に。


「……やっぱ便利だな、魔法ってやつは」

「こんなのは、ただの魔術じゃよ。大して難しい技術ではない」

 無邪気に魔獣が声をかけてくる。それを聞いて、ますます魔女の良心が痛んだ。


 こうなったのは、自分の責任だ。

 魔女はこの魔法を通じて魔獣を絶望と孤独の中から救い出したかったのであって、今の状況は彼女の望むものとは正反対なのだ。


 絶望と孤独に突き進んでいる現状をどうにかしたい。

 だが、彼を救うためにはどうすればいい?

 そもそも彼自身が、人間に戻ることに対して積極的ではない。

 ならばやはり、まずはそこから改善するべきか――。


「…………ウィンガーディ()ム・レビオーサ」

 魔獣が小声で奇妙な言葉を口にした。


「なにを言っておるのじゃ、お主は?」

 思考を乱された小さな魔女は、(いぶか)しげに(たず)ねる。

「し、小説に出てくる浮遊呪文だ……そういえば、この世界の魔術には呪文とかは無いんだな」

 魔獣はなぜか恥ずかしげにして誤魔化した。


 ちなみに魔女からすれば、小説の呪文を詠唱するのは恥ずかしくもなんともない行為である。

 この世界では想像(イメージ)さえしっかりしていれば、物語に登場する呪文でも効果があるのだ。

 むしろ、神話や伝説の英雄を真似るのは、魔術を学ぶ際の練習方法としては正統な部類であった。


「ふむ……それは人それぞれじゃな。唱えて威力が増すなら好きに唱えればよい、そんな扱いじゃの」

「呪文の有無で威力が変わるのか?」

「そりゃそうじゃ。ただ知識やセンスがないと逆に弱体化するからのう。発動も遅くなるし、儂はあまり唱えんな」

「へぇ、それは興味深い話だ」

 そう言うと魔獣は何か思案するような顔になる。かと思えば、時々楽しそうに牙を剥いてにやけていた。


 隠しているつもりかもしれないが、彼が何を考えているのか魔女には丸分かりだった。

 おそらく、独自(オリジナル)呪文(スペル)でも考えているのだろう。


 それはこの世界でも、年頃の少年が一度は経験する通過儀礼のようなものだった。

 魔女は少しだけ微笑ましい気分になる。

(全く、随分と楽しそうにしおってからに。男子は(いく)つになっても子供だと言うが、それは本当じゃのう――)

 ふと、魔女の頭の中に良いアイデアが浮かんだ。

 もしこの男が魔術を使えるようになったら、今のような野性味あふれる野蛮な狩りは(ひか)えるのではないだろうか。


(ふむ……試してみる価値は、アリじゃな)

 もちろん人間以外でも魔術やそれに類似する力を使う存在は珍しくない。多少の魔術を扱えたところで、それが人間である証明とはならないだろう。

 だが、本能のままに獲物の喉笛に喰らい付く現状よりは、魔術を巧みに扱う姿のほうが幾分か理性的であるように思えた。


「そうじゃ! お主、これを機に魔術を学んでみんか?」

 思い付いたら即行動だ。さっそく魔女は魔獣に提案した。

 なるべく明るい声で、だがあくまでも自然に……相手の魔獣に、不安を覚られないように。

「幸か不幸か、その姿のお主なら十分な魔力もある。ちょいと儂がチャネルを開いてやれば、お主にも使えるようになるじゃろ」

「チャネル? よく分からないが、それを開けば俺も魔法を使えるのか?」

 魔獣は予想通り食いついてきた。

 これならいけるかもしれないと、魔女は内心ほくそ笑む。

「魔法が使えるかまでは知らんがな。じゃが、この地で練習すれば……そうじゃな。中位の凍結系統の属性魔術ぐらいなら、すぐに習得できるはずじゃ」

「そうか。なら是非頼む!」

 そう答えた魔獣は、思っていた以上に乗り気だった。




 魔術を教えると言ってから、魔獣は目に見えて機嫌が良かった。

 油断していると、鼻歌でも歌い出さんばかりのご機嫌ぶりだ。


(お気楽なものよ。儂がどれだけ気を揉んどるかも知らないで……)

 魔女は心の中で思う。

 しかし、何もかもが思い通りにならない現状、楽しげにしている魔獣は魔女にとっても心の癒しであった。


(卑屈で捻くれて自己評価が極端に低いが、その本質は真面目でお人好し。やや人間不信気味じゃが、それを差し引いても酒には溺れず博打も打たず、おまけに女遊びもせん……うむ。危ういところもあるが、十分優良物件じゃな)


 もし魔獣がその心の声を聞いていたなら、その不当なまでの高評価に「ハードル低いな!」とツッコミを入れていただろう。しかし、魔女は割と本気でそう考えていた。


 そもそもこの世界、ごく普通に盗賊や荒くれ者が跋扈(ばっこ)しているのだ。平均的な日本人の道徳観があれば、それだけで十分に善人であると言えた。


(これで気立てのよい()()()村娘でも来てくれれば、まだ(いく)らか楽だったんじゃがのう。もちろん、ソフィーも良い娘ではあるんじゃが……)


 片や異世界の労働(どれい)階級、もう一方は祖国を失えども高貴なる血筋。

 夫婦となるにはあまりにもアンバランス過ぎる組み合わせなのだ。


(運命に選ばれた相手である以上、互いに良縁であることは間違いないはずなのに……なんとも上手く噛み合わん二人よ)


 たとえ本人同士の相性が良くても、魔法が解けた(あかつき)には、また新たな問題が生えてきそうである。

 本当に世の中、なんとも上手く行かないものだ。


 それに、ソフィアを取り巻く環境には不穏な空気が漂っていた。

 魔女の称号をもつ彼女が不用意に干渉することは許されないが、冬の呪いに守られた世界の外では再び大規模な戦争が始まろうとしていたのである。


 その中心にあるのは、宗教国家のメアリス教国だった。

 そして、ソフィアの故郷であるレヴィオール王国を滅ぼしたのもメアリス教国。


(必然とはいえ、あまりにもタイミングができ過ぎている……やはり一度、()()を問い詰めるべきか?)

 魔獣がすでにソフィアと縁を結んでいる以上、もう全くの無関係ではいられないだろう。

 だが()たして、その戦いと運命を交えた先には何があると言うのか。


 魔獣とソフィアを巡る運命は、どこに繋がっているのだろうか。

 星を()むことのできない放浪の魔女には分からない。

 しかし、何かが致命的に自分の思惑と食い違っているような、そんな不安感が(ぬぐ)いきれずにいた。




 魂までも獣に近づいていく魔獣。タイプ:ワイルドですね。


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面白くて一気読み途中です。 異世界(日本)の奴隷階級って中々なワード...笑
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