レヴィオール王都戦線 ~英雄たちの居る戦場~(下)
魔術障壁を黒い炎で焼き払って侵入する黒騎士。
漆黒の全身鎧。鎧の隙間から漏れ出す黒い炎。片翼の女神が刻まれた盾。
本来なら両手持ちするサイズの騎士剣を、彼はまるで棒きれのように軽々と振り回す。
剣を交えたことはないものの、グランツが直接その姿を見るのはこれで二度目だ。
本当なら黒騎士は、アレックスみたいな弓使いも含めた実力者十数人で取り囲んでようやく追い返せる相手である。
それがまさか、ほぼ一対一でやり合う羽目になるなんて……。
城壁の上から戦場を眺めていたグランツは、自分の出番が訪れたことを理解した。
王都を守る城壁の上。そこにはバフォメット族の魔術師や弓使いたちや、ドワーフの工兵が待機している。
障壁の中の魔力濃度が変化、自分たちの居場所に上昇効果がかかったことを確認。
グランツにとっては微妙だが……まあ、魔術師や、ここに居るバフォメット族の弓使いなら、それなりに恩恵があるだろう。
何より同時に、これより結界内は特定の相手に対して、行動を阻害する特殊な空間となったはずだ。
具体的には黒騎士の場合だと、彼は普通の炎属性魔術が使えない。無理に使ったところで、魔力が希薄な空間では威力が極端に落ちる。
残念なことに命を対価とする黒い炎は相変わらず鎧の隙間から溢れているが……常に代償が必要な黒い炎を使わなければならないのは、相当な負担となるはずだ。
かつて戦場で見せた広範囲の攻撃手段。それをひとつ封じることができた。
そう考えれば十分である。
「よし、じゃあ行ってくるわ。お前ら、援護は頼んだぞ」
グランツは自分を援護する予定の弓兵たちを激励すると、城壁を出るため階段を下った。
ドワーフの工兵たちの手によって、城門がギギギと軋みながら開く。
扉の前に立つグランツは、まるで闘技場に入れられた剣闘士の気分だっただろう。
そして相手は、限りなく猛獣……いや、怪物に近い存在。
「まったく……老骨には堪えるなあ、こりゃ」
背中には大剣――かつて冬に呪われた地にて斬り落とした、漆黒なる魔獣の尾。
防具は動きやすさを重視した金属と革の鎧だ。
「こちとら、ただの雇われ冒険者なんだがなあ」
とはいえ、アレックス達を見捨てて逃げる選択肢など、初めから存在しないのだが。
グランツが歩み出ると、背後の扉が音を立てて閉じていく。
現在この国で戦える唯一の最上級冒険者、グランツが黒き騎士に挑む。
――突如、グランツを目掛けて飛んでくる黒い火球。
それを魔獣の大剣で斬り払うグランツ。
それは合図も無しに始められた、一手目の攻防だった。
「……おいおい、随分なご挨拶じゃねえか!」
そこそこの距離があるため大声で呼びかけるが、黒騎士からの返答はない。
「どうやら、無駄なお喋りは嫌いなようで」
グランツの役目はアレックスが魔獣を連れてくるまでの時間稼ぎである。ゆえに、ここで話に乗ってくれるような相手だったらすごくありがたかった。
だが、そうじゃなくたって、その時は目一杯に斬り合うだけだ。
その時とはつまり、今のことである。
そしてあわよくば、自分がここで黒騎士を倒してしまうつもりでグランツは戦いに臨んでいた。
ソロで戦うのは久々だ。
一応はバフォメット族の弓兵たちから援護してもらえるとはいえ、この場にて黒騎士と正面からぶつかれる実力があるのはグランツだけ。
ジーノにアレックスにリップ……ここ数年間はずっと、いろんな意味で恵まれたパーティと一緒に行動していた。
しかし今はアレックス不在。ジーノは頼りになるが、魔術を焼き払う黒騎士が相手では本領が発揮できない。ついでに言えば、彼には別の役目がある。待機している他の敵兵を近づかせないよう、ソフィア姫と一緒に障壁を維持してもらう役目だ。
最後にリップは……まあ、論外だった。
実力とかそれ以前に、自分の愛娘たちより若い子供を連れて死地へ向かうなど、グランツにはどうしてもできなかった。
ちなみに遥か彼方の監視塔では、そのリップが声援を送ってくれているが、残念なことにグランツの元までは届いていない。
グランツは武器を構え全身の力を抜き、いつでも回避行動に移れるよう身構える。
人間同士の戦場は何度も経験している。だが、彼は傭兵ではなく、あくまで冒険者だ。
もちろん、ごくたまに盗賊団などを相手取って対人戦もこなすが、グランツは基本的に魔獣専門の戦士である。
――だからこそ、彼には黒騎士とやり合う算段があった。
グランツの鎧が軽いのは回避行動をとるため。例えば質量差がある相手に全身鎧や盾で防御を固めたところで、なんの意味もないだろう。
一発食らえば即終了……そんな分の悪い格上を相手にやり合うのは、なにもこれが初めてではない。
黒騎士の炎は確かに脅威かもしれない。しかし、グランツはそれを躱せないとは思っていなかった。
なぜなら、今まで観察した限りだと、黒い炎は絶対に黒騎士の体から噴き出すからである。
(要は、飛竜とかの息吹と同じだろ? 変則的だが、ちゃんと正面から向き合ってれば、不意打ちはまず食らわねえはずだ)
多少は炎の操作もできるようだが、なにも虚空から黒炎を生み出して操るわけではない。
黒い炎はどんな形であっても、その起点は必ず黒騎士となるのだ。
グランツは体の内側の魔力――俗に言う“気”を高めて身体能力の上昇及び、さらに熱風への抵抗力を高める。
これを怠れば、せっかく炎を避けても熱い空気を吸ったあげく肺が焼けて死亡……なんて間抜けな事態になりかねない。
冒険者をはじめ、戦闘を生業とする者たちの基本技術だ。
グランツがこの状態を維持できるのは、最長でも数時間程度である。戦いが激しければ、さらに短くなるだろう。
つまり、それ以内にアレックスが間に合わなければ――。
「いや、そんなの関係ねえ……!」
そんな他人任せな考え方を、グランツ自身は情けなく思う。
第一、あの王子様はリップよりも年下じゃないか。
まだ元服すらもしていない子供なのに……子供に不要な負担を押し付ける必要はない。
「人間同士の戦争で最強の黒騎士サマと、魔獣狩り専門の俺とじゃあ単純に比較はできねえだろうが……とりあえず最強の座、譲ってもらうぜぇ!」
グランツは己を鼓舞するように吼えた。
その瞬間、再び黒い炎の塊がグランツをめがけて飛来した。
グランツが炎を回避すると、その炎の陰から今度は直接斬りかかってくる黒騎士。
(思ったより速えな!? 全身鎧のクセして、チクショウ!)
不意に距離を詰められ、内心で悪態を吐くグランツ。
しかし、相手の剣筋を見切った彼は、さらに黒騎士の盾側へと逃げる。
黒い炎が噴き出すのは決まって黒騎士の右半身――つまり、騎士剣を持っているほうだ。比較的安全なのは盾側である……その認識は間違っていない。
そしてグランツは、盾ごと掬い上げるように大剣を斬り上げた。
――黒騎士の身体能力の高さは、筋力のみで再現できるものではない。
と言うより、黒騎士に限らず、魔力をはじめとする肉体強化の方法が存在するこの世界では、見た目とパワーが釣り合っていないことなど珍しくない。
だが、その手の力持ちには共通した弱点が存在する。
それは重量だ。
不思議な能力で筋力を底上げしたところで、体の重さは変わらない。
どれだけ外見とかけ離れた怪力を持っていようと、その重さはほとんどの場合において見た目相応なのである。
そして人間は構造上、下向きに踏ん張ることなんてできない。
重力操作でも使えれば話は別だが……そもそも現状、ソフィア姫の結界内では魔術が封じられている。
ゆえに、下から体を浮かせる攻撃は、黒騎士相手にもかなり有効だった。
もっとも、鎧や装備含めて百キロを超える黒騎士を、大剣の振り上げによって宙へ浮かせることができる人間だって滅多にいないのだが。
一方の黒騎士は咄嗟の判断でグランツの攻撃を受け流す。彼だって重量の弱点を把握していないわけじゃない。
もし素直に盾で受け止めていれば、バランスを崩して大いなる隙を生んだだろうが、そんな失態は犯さなかった。
黒騎士は両の足を地につけたまま、続けて次の攻撃準備に入る。
――しかし、何かに気が付いた黒騎士は突然、後方に向かって飛び跳ね、さらに城壁に向かって盾を構え直した。
飛来したのは数本の矢。
何本かは地面に刺さり、残りは黒騎士の盾に弾かれる。
それらは、城壁の上からバフォメット族たちが放ったものであった。
魔術が付与されているとはいえ、黒騎士にとっては取るに足らない稚拙な嫌がらせにすぎないだろう。
そのはずなのに、彼は過剰に警戒している。
(……やっぱり、アレックスの矢を警戒しているみたいだな)
以前、黒騎士は右肩を射抜かれた経験がある。
一度は黒騎士を再起不能直前まで追いやった毒矢――皮肉にもそれが黒騎士とソフィアの出会う切っ掛けとなったわけだが――それを放った人物こそが、何を隠そうヘーリオス王国の第三王子にして太陽の弓使い、アレックス・ミトラ・ヘーリオスだ。
(黒騎士が弓矢にビビるなんて……あまり期待しちゃいなかったが、これはなかなか都合が良いじゃないか)
グランツは内心で、付け入る隙を見つけたことにほくそ笑んだ。
未だこの場に到着しない、三人目の英雄、太陽の弓使いアレックス。
彼のおかげで、普通なら叩き落とされるだけの弓矢が黒騎士に対する有効な牽制となっていた。




