冬の世界の夜明け
「……この状況で、『はい分かりました』って、俺が目を閉じると思うか?」
俺は警戒したまま、星詠みの魔女へ問いかける。
すると、彼女はその手の中に水晶のバラを取り出した。
「ちゃーんと、貴方のバラはお返ししますよ。安心してください♪」
……もうひと悶着ぐらいはあると思っていたが、意外とあっさりだった。
「本当はステラちゃんに閃光を使わせた時点で、お返しするつもりだったのに……」
「もう、人の話を聞かないんですから!」
どうやら、そういうことらしい。
二人の星詠みの魔女はプンプンと、あざとく怒る仕草を見せた。
「誇ってもいいのですよ? 貴方は間違いなく、ステラちゃんに一矢報いたのです」
「喜んでもいいのですよ? 貴方は見事、ステラちゃんの想像すら超えて、文句なしに未来を勝ち取ったのです♪」
「でも、ステラちゃんたちは祝福しません。なぜなら、その先にある過酷な運命を知っているからです」
「貴方にだって、報われない結末は、見えていますよね?」
「そう。それは、獣になるよりも、冬に閉じ込められるよりも、そして死を奪われるよりも重く……誰もが抱きかねない幻想」
「かつて、数多の犠牲たちに課せられた、優しき者ほど矛盾に苦悩する救い無き呪い……」
「見ず知らずの人間たちから呪われ、乞われ……そして、多くを殺し続け、同時に多くを救い続ける――貴方が望まなくとも、待ち受ける運命からは逃れられません」
「それでも本当に、本当によろしいですか?」
またしても交互にしゃべる魔女たち。
しかし、その内容は全て今さらなものだった。
決して彼女たちを信用したわけではないが、いい加減埒が明かないのと、増殖した魔女が二倍騒がしかったので、さっさと瞳を閉ざしてしまうことにした。
「……はい、もう大丈夫です」
本当に、一瞬だった。
再び目を開くと、そこには水晶のバラを胸の前に携えた、たった一人の星詠みの魔女がいた。
「どうです? ちょっぴり惜しいんじゃないですか? せっかくの美少女ハーレムだったのに♪」
なんてふざけたことを言っている彼女の手を見ると、甲の傷はきれいさっぱり消えている。
どうやら存在が不確定というのは、その状態についても言えるらしい。
どんな自分を再現するかは自由自在で、その気になれば常に完全な自分を維持できる。
それは俺の再生能力にも匹敵……いや掛かる時間を考慮すれば、それ以上にとんでもない強みだろう。
いや、それ以前に――今見えている姿が、本当の姿なのか? それすらも疑わしくなってくる。
気にしたところで無駄なのかもしれないが。
「……そんな魔法を使うなら、二つ名は“分裂”かなにかのほうがお似合いなんじゃないか」
小馬鹿にした態度の魔女に、俺は皮肉を叩きつけてやった。
ただ、俺からすれば、ちゃんと一人に戻ってくれたのは大歓迎だ。
いい加減、全方向に及ぶ目まぐるしい視界で脳は疲労し始めていた。もとから顔にある二つの目以外は、もはや必要ないのでここで閉じさせてもらう。
「キャハ♪ 言い得て妙ですね。でもその二つ名は、あまりかわいくないので却下します!」
別に“星詠み”の二つ名だって、可愛くはないと思うが……彼女なりのこだわりがあるのかもしれない。
「それに、ステラちゃんが増えるのだって、ちゃんと占星術の応用なんですよ?」
そう言って彼女は不意に歩み寄り、俺の顔を覗き込む。
無駄に不自然なほど整った顔が――そのキラキラ輝く瞳が弩アップで、俺の目に移りこんだ。
「存在が不確定なのは、あくまで生まれつきの体質。ステラちゃんの魔法は、この目による観測の発展形なのです♪」
彼女が指さした自身の瞳。それは相変わらず宇宙を内包しているように、中で星屑がキラキラと輝いていた。
「ステラちゃんは目に映ったものを、自分自身の現実として扱うことができます。そして、ステラちゃんの目はいつだって、この世界に存在しない偽りの星空を観測し続けているのです」
「偽りの星空って……要するにそれ、ただの妄想か幻覚だよな。なんの意味がある?」
「ありますよ! その観測結果を占星術に組み込むことによって、ステラちゃんはなんと! 運命にこっそり介入できちゃうわけです!! どうです? 占星術って奥深いと思いません?」
「おい、なんだよそのトンデモ理論は……」
つまり彼女の瞳のキラキラは比喩や誇張じゃなくて、ある意味では本物の星空と同じだったということだ。
その出鱈目な説明に、俺は呆れ返ることしかできなかった。
「星という燃え盛るエネルギーの塊。それらは観測されることによって、観測者にとっての意味を持ち、いつしか逆に観測者たちへ影響を及ぼすようになる――これこそが、占星術の基本的な考え方です」
なんとなく地球のオカルト知識と一致しそうではあるが、俺にはさっぱりである。
「当然のごとく、一人ひとり考え方や感じ方、認識のし方は異なります。なので、最終的には自分の世界の押し付け合い、世界の奪い合いになるのですが……」
「御託はいらん。それで、結局何がどうなって分身に結び付くんだ?」
占星術講座に興味が無かった俺は結論を急かした。
星詠みの魔女は話を遮られたにもかかわらず、特に不満もなさそうな様子でにっこりと笑う。
「要するに、ステラちゃんの目は自分で映した幻も現実として扱えちゃうわけです。そこで瞳にステラちゃん自身の姿を映して、それを現実に反映すると……? あら不思議! 存在が不確定だからこそ使える裏技です♪」
俺は理解することを諦めた。
「もちろん、他に強力な観測者が見張っている領域だとそんな暴挙は許されないので、“誰も見ていない”という条件が必須となるわけですが。ね? 簡単でしょ♪」
結局最後までチンプンカンプンだった。
ただ一つ、それは明らかに、人間が持つには過ぎた力である。そのことをはっきりと理解できた。
「正直なところ全然理解できなかったが……ひとつ訊かせろ」
目の前で美少女の皮をかぶって佇む怪物。俺は彼女に問いかける。
「お前は、いったい何だ?」
おどけた調子な星詠みの魔女。
怪我していた手の甲を、「さっきお見せしましたよね?」と言わんばかりに見せつけてくる。
「……ステラちゃんは、ちゃんと人間の母親から生まれた、赤い血の流れる普通の女の子ですよ?」
一見するとなんでもない表情だが、その言い回しは妙に婉曲的だ……少なくとも、俺にはそうとしか思えなかった。
「分かった。今日のところは、その答えで納得しておいてやる」
……何かを隠している。それでとりあえず充分だ。
これ以上突っ込むのはよしておこう。
「おや、紳士的ですね。ありがたいですが、どうせなら初めから女の子の秘密を暴こうとしないことをお勧めします。ステラちゃんだって、必要以上に嫌われたくはありませんし♪」
星詠みの魔女は俺の内心を見透かしているかのようにクスクスと笑った。
「それに、ステラちゃんから言わせてもらえば、観測や認識の力なんて、多かれ少なかれ誰でも持っている力なのです。肉体を持つ生物――貴方たちが生きているというのは、それだけで計り知れないエネルギーが燃えていることを意味するのですよ♪」
強大な力の代償なのか、誰かに見られていなければ、その存在を確立することすらできない希薄な魔女。
ただの生命賛歌な綺麗事も、彼女が口にすると変な説得力があるように思えてしまった。
「……そろそろ、夜が明けますね」
見上げれば、頭上だけぽっかりと穴が開いた雲。そこから覗く空の色はすでに白み始めていた。
だんだん明るくなっていく空に、星がまた一つ見えなくなる。しかし目に見えなくとも、星はいつだってそこにある。
その星々が吉兆なのか凶兆なのか俺には分からないが……星空に挑むなら、彼女から目を逸らしてはいけないのだ。
「さっきステラちゃんは『夜が明けても暗雲が晴れるとは限らない』と言いましたが……余計な忠告だったようです」
「……ああ、そうかもな」
現に俺は、暗雲すら地に落とす力を持っている。
「そう、貴方は実際に、暗闇の雲が塞ぐ空を壊し、見えるべき星空を自分の力で変えました」
ヒラリと衣装を翻す星詠みの魔女。
「――もしかするとそれは、未来を暗示しているのかもしれませんね♪」
突然の彼女の言葉に、俺は目を瞬かせる――その視線が途切れた瞬間に、星詠みの魔女は眼前から姿を消し、水晶のバラは俺の鼻面の上に置かれていた。
「今夜貴方に逢えたのは、思っていた以上の収穫でした」
背後から聞こえた声に俺は振り返る。
「……てか、やっぱり瞬きでも転移できるのかよ」
今さら驚くほどではないが、だいぶ手加減されていたのだと思い知る。
「当然です。貴方だって、終わりのほうは警戒してましたでしょ? それでこそ、ドロシーちゃんに無理を言って役目を譲ってもらった甲斐があったというものです♪」
「あっ、そう言えば……!」
薄情かもしれないが、あの萌木色のドレスを着た小さな魔女のことを、俺は今の今まで忘れていた。
まあ、今さら心配する必要もなさそうだが……。
「一応訊いておくが、あの魔女……お前じゃないロリババアのほうは無事なんだろうな?」
「はい。今頃お城で貴方の帰りを待っているはずですよ♪」
帰ってきた答えはなんとなく、予想していたものと同じだった。
俺はまんまと一杯食わされた気分になる。
「つまり結局、お前たちはグルだったということか……」
「いいえ、それは違いますって! 本当ならドロシーちゃんが来るはずでしたが、無理を言って役目を譲ってもらったのですから」
星詠みの魔女はなぜか全力で否定した。
「もう、本当に大変だったんですよ! ドロシーちゃんもそうですが、ガチモードのレヴィさん相手に説得しながらの大立ち回り……あんな修羅場は二度と御免です」
よほど苦労したのだろうか。いつになく熱弁を振るう星詠みの魔女。
「これだけ頑張ったのですから、少しくらいステラちゃんを労ってくれたり……?」
「いや、そもそも誰だよ、レヴィさんって……」
「ああ、それはレベッカさんの愛称――“鎖の魔女”の本名です。かつて彼女たちがバフォメット族を集めて建てた国だから、レヴィオール王国って言うのですって♪」
その時、一陣の風が吹き、舞いあがった雪に思わず目をつぶる。
次に目を開けると、もう彼女の姿はどこにもなかった。
「――さて、もっとおしゃべりしたいのですが、名残惜しくも、お別れの時間なようです」
姿は見せず、彼女の声だけが聞こえる。
「最後に一つだけ、忘れないでください。たとえ世界を憎んで手に入れた力でも、その使い道を選んだのは……紛れもなく貴方自身だということを」
「……うるせえよ」
まるで取って付けたように、いい話風でまとめやがって。
覚悟は決めたんだ。もう言われなくても、とっくに分かっている。
「ではでは、また近いうちに――次の星辰が揃う夜に、お逢い致しましょう♪」
最後に彼女の声が、どこからともなく夜明けの雪原に響いた。
祝(?)百話目です。
以前どこかで百話以内に終わらせる~的なことを書いた記憶があるのですが、初めて書く小説なのでだいぶ伸びてしまいました(汗)
まあ、上下で分かれている話は本来一話カウントなので……。
とりあえずあと二話で、最終章突入予定です。
追記)
やっぱ童話タグはおかしくね? ってツッコミがあったので、100話記念に(?)ハイファンタジータグへ変更しました。




