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シンゾウ兵器  作者: ネコパンチ三世
新天地
7/14

六話 「鮮血と覚悟」

「だめか……少し休憩にしよう」


「すいません……」


 諦めず前に進み続けるというのは中々にきついものがある。康平はいまだに自分の力を掴めずにいた、どう頑張っても出来上がるのは錆びついた刀だけ。


「くそっ……なんでだ……」


 ドリンクをがぶ飲みしてから康平は一人で悪態をついている。焦りと危機感ばかりが積み上がり、加えてこんなダメな自分に付き合ってくれている士狼に対する罪悪感も混ざり合いはっきりとした力のイメージを掴めなくなってきていた。


 士狼はこの一週間ずっと遅くまでトレーニングに付き合ってくれている、なのに全く結果を出せない自分が嫌で嫌で仕方ない。士狼は、


「焦るなよ、そんな簡単にできるもんじゃないからな」


 そう言ってくれた、だがその優しさが余計に辛かった。


 --どうすればいい? 俺にはこれしかないのに……。



「おーい続き、始めんぞ」


「はい……」


 立ち上がる足が重い、心が重い。のろのろと立ち上がった時だった、士狼の後ろに人影が見えた。


 --あれは?


「どうした?」


「久しぶりだな、士狼」


 その声を聞いた瞬間、士狼は体中の毛穴から汗が噴き出した。背筋に悪寒が走り心臓の鼓動が早くなった。


「……嘘だろ」


「私は嘘が嫌いだが?」


 何かの間違いであってほしいと振り返った士狼の淡い期待はあっさりと裏切られた。


「姐さん……」


 そこには目を見張るほどの美人と言っても過言ではない容姿の女性がいた。

 身長は百七十センチはあるだろう、切れ長な目が凛とした雰囲気に拍車をかけ、肩のあたりまで伸びた黒髪は美しく整えられている。そしてその豊満な肉体は世の男性なら誰もが二度見してしまうものだった。

 これだけならば、『綺麗な女の人』くらいの認識で済むが纏っている特獣の黒いコートと腰に交差する形で収められている二本の剣がこの女性が特獣の関係者であることを嫌でも教えてくる。


「いつ戻って来たんですか……?」


「ついさっきだ、春樹の奴がお前がここで新人を鍛えていると聞いてな」


 --隊長……余計な事を……。


「なんだその顔は、私が来ては何か不都合でもあったか?」


 姐さんと呼ばれるこの女性は完璧に士狼圧倒している、それは康平にもすぐに分かった。突然の事に康平が呆然としているとこちらに気づいたその女性は近づいてきた。


「お前が新人か?」


「はい、剣崎康平と言います」


片桐鏡花かたぎりきょうかだ、よろしくな剣崎」


 鏡花はそう言って康平に手を差し出す、少し驚いたが康平もその手を握り返した。握手を終えると鏡花は唐突にこう言った。


「ふむ……突然で悪いがお前の力を見せてくれないか?」


「その……実は……」


 康平の言葉を遮るように士狼は大声を出した。


「姐さん! 今日は康平の奴は調子が悪くて……また後日って事……」


「士狼、お前は黙っていろ」


 空しくも鏡花の殺意のこもった一瞥で士狼は一切の発言を封じられた。


「で? 実はどうだというのだ」


「使えないんです、発動させる事は出来るんですが錆びついた刀しか出てこなくて」


「出してみろ」


 言われるまま、発動させるが出来上がるのはやはり錆びついた刀だ。それを見た鏡花はにわかに笑う。


「なるほどな、だが剣崎……これは悩むほどの問題ではないぞ? 簡単に解決することだ」


「え? 本当ですか!?」


「ああ、嘘はつかんさ」


 その言葉に康平は希望を見出した。ようやく力を掴むことが出来るとーー。


「康平!」


 その瞬間、胸が急に熱さを帯びた。何が起きたか急には理解できないだがとりあえず認識できたのは自分の胸のあたりから流れだす血だった。


「は……?」


 鏡花の目にもとまらぬ一振りは康平の右脇腹から左肩にかけて真っすぐに切り裂いた。胸に手を当て、手の平をゆっくりと見る、自らの右手を赤く濡らしているのが自分の中から出てきたものだと認識した時ようやく痛みが襲ってきた。


「うっ……!」


 --何故……?


 康平はうずくまり動くことが出来ない、脳が痛みに完全に支配され額に脂汗がにじみ始めた。


「姐さん! いくら何でもこのやり方は……!」


「お前は相変わらず甘いのだ士狼。中途半端な力をつけさせたところで死ぬのはこ奴だぞ?」


「どうして……こんな」


 苦痛にのたうち回りたい衝動を必死に抑え、痛みの波に煽られながら尋ねた康平を鏡花は冷たく見下ろした。その瞳の冷たさに一瞬だが康平は胸の痛みを忘れてしまう。


「どうしてか? 簡単だ、この方法が一番手っ取り早く神造兵器を発動できるようになるからだ」


「どういう……意味ですか?」


「人の力の本質とは死に一番近づいた時にこそ現れる、ただそれだけだ。力を真に望むなら立て」


 激痛の中で康平は思い出す、十年前の夜をあの日の出来事を。


「うっ……ぐ」


 どうにか立ち上がる事は出来た、だが流れ出す血は小さな血だまりを足元に作り上げ目もかすみ始めてしまっていた。


「康平! 無理だ! その傷はお前が思っている以上に深い! 無理に動けば死ぬぞ!」


「さあ、今持てる力を全てぶつけてみろ」


「う……うおおおおおおお!」


 手に握られた棒切れにも劣る錆びついた刀で鏡花に切りかかる、当然のように躱され新たな傷が体に刻まれる。それでも康平はがむしゃらに刀を振り続ける、だが鏡花はそれを容易く躱し躱すたびに康平の体に一刀ずつ切り込む。


 もはや康平は痛みなど感じていなかったのかもしれない。体に刻まれた傷が五十を超えたあたりで康平の体は限界を迎えた。


「はあ……はあ……はあ」


 体が震える、今になってようやく自分のすぐ隣に『死』が迫ってきていることを感じた。


 --死ぬ……? ここで?


「震えているな、今になって死を感じ始めたか」


「康平……」


 士狼の声が遠くに聞こえる、足のふらつきは先ほどよりも激しくなり意識も薄れていく、息を吸って吐くだけの事がこんなに辛い事だと生まれて初めて康平は思い知った。


「はあ‥…はあ……」


 呼吸が荒い、体はもう痛みを感じないなのに不思議と寒さだけが体にまとわりついてくる。逃げ出したい今すぐに。


「逃げても構わんぞ? 剣崎」


「何を言ってるんですか……今更……」


「確かにな、だがもしお前が逃げ出したいと本気で思うなら私は止めはしない。何かを成せるだけの力を持ちながら逃げ出そうとする臆病者の事など誰が引き留めるものか」


「私の言動は常識と照らし合わせれば大きくずれているだろう。だがなお前が踏み込もうとしている世界は、いやすでに踏み込んでしまった世界は今までの常識など足枷にしかならん」


「さあ選べ、この世界と向き合うのか逃げだすか。逃げ出せばそれまで……もう二度と会うことは無い、だが向き合うというならその手を離すなよ? お前の手の中には希望がある、それを捨てるも抱くもお前次第だ」



 手を離すな、その言葉が明確に康平の怯え切っていた足を止めた。思い出すのはあの日の事、全てを捨てて逃げ出し無様に生き延びた自分に後退など許されるはずが無い。



 柄を握る手に力が込もる、康平の目ははっきりと鏡花の姿を視界に捉えた。


「いい表情かおになったじゃないか。ならば私もお前に答えよう」


 その瞬間、鏡花から放たれたのは純然たる『力』だった。圧倒的で絶対的、自らとは遠い場所にいる者だけが放つ事の出来る力に康平はたじろぐ、だがその足が退くことは無い。


「この一刀にてお前の真価を計らせてもらう、悪いが加減は……しないぞ?」


「……お願いします」


 そして振り下ろされた一刀、あらゆるものを切り裂き断ち切る絶対の『死』がそこにある。康平の死は確実だった……先ほどまでの康平ならば。


 --俺はまだ……死にたくない。俺が死ぬのはここじゃない!


 そして死は振り下ろされた。鮮やかに鋭く。


「合格だ、剣崎」


「はぁ……は……はぁ……」


 康平の手には刀が握られている、それはもう錆びた刀などではなく刀身に美しい輝きを持つ刀だ。それが鏡花の一撃を確かに止めていた。だが鏡花が剣を下げると康平の持つ刀の刀身は鏡花の刃を受けた辺りから折れてしまう。


「強度はまだまだだな。だがまあひと先ずは十分だろう」


「やったな康平! 良くやった……本当に……」


 士狼は自分の事のように喜んでいる、下手すれば泣き出してしまいそうな様子だ。


「ありがとうござ……」


 そう言いかけて康平はその場に倒れこんだ。無理もなかった、体中を切られ流れ出している血はどう見ても楽観視できる量ではない。慌てて士狼はスマホを取り出す。


「医療班! 地下トレーニングルームだ! 大量に出血している急いでくれ!!」


 連絡してからすぐに医療班がストレッチャーを押しながら駆け付け、康平は輸血されながら急いで運ばれていった。


 トレーニングルームには士狼と鏡花だけが残された、士狼は意を決してため込んでいた思いを鏡花にぶつける。


「姐さん……いくら何でもやりすぎですよ! 康平を殺す気ですか!」


「何、問題ないさ。医療班は優秀だからな」


「そういう事を言ってるんじゃありません! あれだけの傷……」


 語気を強め、息を荒くさせる士狼に鏡花は全く動じることなく淡々と喋り続ける。


「結果として発動させる糸口は掴めたはずだ、それとあ奴……剣崎から目を離さない方がいいぞ」


「……どういう意味ですか?」


 その言葉に鏡花は呆れ顔でため息を吐く。


「それはお前が自分で気づかなければならない事だ。また近いうちに任務がある、その時に会おう」


「お疲れ様でした……でも最後の一撃で康平に手心を加えてくれてありがとうございます」


 胸にしこりを残したまま士狼は引き下がるしかない。どれだけ問い詰めたところで鏡花が言葉の意味を教えてくれない事を士狼は知っている。


 だが鏡花が最後の一撃の時に少し手を抜いてくれたことは素直に感謝していた、でなければまだ特獣に入って間もなく加えて神造兵器の力が宿ってから一か月もしない康平が鏡花の一撃を止められるはずが無い。康平の容態も心配なので早々に士狼はトレーニングルームを出た。


 一人残った鏡花は先ほどまで使っていた剣を抜き眺める。


 --手加減したつもりは無いんだがな。


 先ほどの一撃は正しく全身全霊で振り下ろした。どんな相手でも覚悟を決めた相手には手を抜かず全力で立ち会う……それが鏡花なりの相手に対する敬意の払い方だ。だからこそ先の一撃も全力でそれこそ康平を『叩き切る』勢いで剣を振った。


「ふむ……とんでもない奴だ」


 まじまじと剣を眺めている鏡花のスマホが声を上げ始めた。ポケットから取り出すが鏡花は上手く扱えない。


「む……こいつはどうも慣れんな……こうか?」


 極度のメカ音痴のためスマホを人差し指でたどたどしく扱う鏡花の姿は中々お目にかかれない。鏡花自身もあまり人に見られたくはないため、緊急の用事以外は人前で機械を使わないようにしていた。八コールほどしてからようやく通話を始めることが出来た。


『鏡花さん何かしてた? 何かあるなら先にそっちを終わらせてからでも……』


「構わん、どうした?」


『次の任務が決まったんだ、頼めるかな?』


「内容は?」


鉄錆山てつさびやまの調査だよ、まず間違いなく堕獣がらみだと思う……どう?』


 鏡花は少し考えてから人知れずにやりと笑う。


「春樹、今回の任務は士狼と康平に行かせろ」


『ええ? それはいくら何でも早くないかな?』


「いつかは通る道、それが早いか遅いかだけの話だ。それに私の弟子も来るから力試しには丁度いい、それに士狼がいるならまず問題無いだろう」


『……分かった、考えておくよ』


 そう言って、通話が切れた。鏡花の思惑は本人にしか分からない所にある。

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