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シンゾウ兵器  作者: ネコパンチ三世
新天地
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五話 「基本は体力づくりから」

 朝早くから康平は起きていた、早く起きていたというよりも眠れなかったというのが正しい。

 眠れなかった、眠れるはずが無い。寝ようとして目を閉じると津波のようにあの現実離れした体験が襲ってくるからだ。それを紛らわすために部屋の荷物を片付けていると窓から朝日が差し込んできてしまった。



 ーー結局眠れなかったな……。


 片付けを終え、カーテンを開けると朝日が差し込んできてその眩しさに目が少し痛む。慣れてきた目をゆっくりと開け、朝日をぼんやりと眺めていた。

 

 すると玄関のドアをノックする音がした。ドアに向かい開けるとそこには士狼が立っている、どうやら起こしに来てくれたようだ。


「おっ……! 早起きだな……って言うより眠れなかったのか」


「はい……すいません……」


 康平の目の下には、はっきりではないにせよ不健康そうなくまができているのを士狼は見逃さない。


「まぁ……無理もねえか。とりあえず朝飯を食いに行くぞ。軽くでもなんか食っとかねぇと体持たないぞ」


「はい……」


 少し気だるい体を引きずって士狼と共に食堂に向かう、昨日のエントランスを右に行くとかなり大きな食堂がある。メニューはかなり豊富で中華や洋食はもちろん和食もあり、ご飯類だけで二十種類以上ある。中には一体誰が食べるのか分からない味も見た目も全く想像がつかない料理名もある。


 --イマーム・バユルドゥ? トライフル? ト……トナカイのクリーム煮!?


「すごいだろ? ちなみに特獣の職員は表示価格の半額で実働部隊の俺たちは無料で食べれるんだ」


「へえ……」


 訳の分からない料理に目を奪われるが康平は大人しくサンドイッチを食べる事にした。士狼はバランスのとれた生姜焼き定食を選ぶ。二人で開いている席を探し向かい合う形で座った。


 サンドイッチは驚くほどふかふかのパンにみずみずしいレタスとチーズハムが均等に挟まれており、今まで康平が食べたサンドイッチの中で一番おいしかった。


「足りるのか? それだけで」


「はい、あんまり食欲がないので……でもすごい美味しいです」


「だろ? ここの料理は一流だからな、何食ってもはずれない」


 そう言いながら生姜焼きをほうばる士狼も心なしか表情が明るい、白米からは湯気が立ち味噌汁も浮かんでいる豆腐やわかめと言った食材が程よい大きさにカットされ浮かんでいる。


「それで今日は何をするんですか?」


「今日は体力測定をするぞ」


「え?」




「おーいラスト一周だぞー」


「は……はい」


 朝食を食べた後、康平は士狼と共に地下のトレーニングルームを訪れていた。何がなんだかよくわから無いまま連れてこられた康平を待っていたのは文字どおり『体力テスト』だった。何の変哲もない誰でも受けた事のあるものばかりで、握力測定や立ち幅跳び、反復横跳び等その他である。


 平凡で何一つ特別な事などしていない、そんな事をこの千五百メートル走も測定可能なほど広いトレーニングルームで康平は士狼と二人で黙々と取り組んでいる。


 千五百メートル走を走り終え、康平が天井を見上げるとやたら上にある照明の眩しさで余計に疲れてしまった。


「お疲れさん、これで一通りのメニューは終わりだ」


「……はい」


 久しぶりに走る、飛ぶを伴う動作を行った康平は息をするたびに気管がざらついて痛みを感じ、更には血の味までにわかに口の中に広がっていた。足は生まれたての小鹿のようにがくがくと震え、汗でべっとりと肌にへばりついたシャツで余計に体が重くなってしまう。


 地面に転がり息を切らし、顔を歪める康平とは別に士狼は眉間にしわを寄せ困惑と驚愕の入り混じったような顔で康平の体力テストの結果を眺めている。


 --どの種目も平均的で突出しているものがない……おかしいな……。


「どうかしたんですか?」


「いや……とりあえず今日の所は終わりだ。帰り方は分かるか?」


「ええ……まあ」


「じゃあ一人で帰っててくれ、俺は少し用事ができた。明日も同じ時間に行くからな」


「分かりました。お疲れ様です」


 

 頭を下げエレベーターに向かう康平を見送った後、士狼は一人である場所へ向かう。あまり行きたくなどないのだが。


 特獣本部の施設は大きく分けて左右に分ける事ができる。中心に本部のビルがありその左手に駆逐係の入っている建物や寮、先ほどまでトレーニングをしていたビルがある。


 そして右手にあるのは研究棟だ。堕獣の生態や行動パターン、対策等を研究している。士狼はあの研究施設の独特の雰囲気が苦手だった。妙に白さが目立つ壁も小ぎれいな廊下も、漂う消毒液と薬品の匂いを嗅いでいると鼻腔が刺激され眩暈がするのだ。


 更にこれから会いに行かなければならない人物の存在が眩暈に頭痛と気だるさをトッピングしてくる。まさに精神的かつ肉体的苦痛の盛り合わせなのだ。


 --だるいな……会いたくねえなぁ……。


 そう思いながらも体を引きずりながら研究棟の特別研究室に足を踏み入れた。


「おお! これは……ふむふむ……」


 凄まじい独り言がひじ掛け椅子の向こう側から聞こえてくる。声の主は来客の訪問に全く気付かない、士狼は声すらかけたくないが意を決して声をかける。


「おい由利、久しぶりだな……士狼だ」


 声をかけると同時に椅子がこちらを向く。


「おやおや、これはこれは……士狼君じゃないか。なあに君に会うのは六十七日ぶりだ、私の中では久しぶりと言えるほどの期間ではないな」


 --相変わらずだな……こいつは。


 このめんどくさい喋り方をするのは増田由利ますだゆり、この研究棟を管理する最高責任者であると同時に堕獣研究の第一人者である。それだけでも中々の肩書だがそれ以上にこの人物にあった人間は誰しも同じような疑問を抱く。


 --最高責任者? 堕獣研究の第一人者? 本当にこんな『少女』が?


 そう、この増田由利の見た目は幼い少女その物だ。ぶかぶかの白衣をずるずると引きずり長い袖で隠れた手で器用にキーボードを打つ。身長は百四十センチあるかないか程、いつもどこか人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、サイズの合っていない眼鏡の奥の目は何か面白い事をいつも探しており、モーベット色の髪は腰まで伸びて首にはいつもヘッドホンをかけている。


「それで? 私に何の用なのだね? 私は姿を消すことのできる堕獣の研究で忙しいのだがね。それよりも面白い物をもってきたのだろうな? ん?」


「面白いかどうかは知らんがこいつを見てくれ」


 そう言って士狼が手渡したのは今日取ったばかりの康平の体力テストの結果用紙だ。それを由利は士狼からひったくるように受け取ると一瞥したのちに深いため息を吐く。


「全く冗談はよしてくれないか? この何の面白味もない物を見せて一体何がしたいのかね?」


「あんたはそいつをどう見る?」


「はっ……どう見るかだと? なあにこいつはなんて事は無い、『何の変哲もない高校生の体力テストの結果』だろう? 性別は……男か……なら平均的……いや種目によっては平均を下回っているな。実につまらんね……要件がすんだなら帰ってくれたまえよ」


 そう言って、士狼に用紙を突き返すと由利は背を向けてパソコンに向かい始めてしまった。だが次に士狼の放った言葉が彼女の興味を刺激した。


「俺んとこに新人が入った話は聞いてるか?」


「ああ、聞いているよ。それがどうかしたかね?」


「この記録はな……そいつが出したものなんだよ」


 その言葉と共に由利の動きがぴたりと止まる、数秒の沈黙が続いた。


「お前の所の? 新人?」


「ああ」


「神造兵器保有者だろう?」


「ああ」


 椅子がこちらを勢いよく向いた。由利の目は新しいおもちゃを見つけた子供のように輝く。


「神造兵器保有者でありながらこの結果しか出せないだと!? ふふふふふ……ざわつくな。本来であれば神造兵器保有者は若干の差はあれどそのほとんどが常人よりも優れた身体能力を持つはずだ! 腕力や脚力は勿論、傷の治りが早いと言った体の防衛機能も高い……それがどうだ! 結果を見る限りこいつはまるっきり、()()()()()じゃないか!」


 余程興奮しているのかもしれない、由利は基本的に良く喋るタイプだという事は知っていたがここまで饒舌な姿を士狼は見た事が無かったので驚きを隠せずにいた。


「士狼君……でかした、この剣崎康平という奴のデータを全て私に渡してくれたまえよ」


「全てといっても……あいつがここに来てからそう日は立ってないぞ?」


「たわけ、『全て』といったろう。生まれてから今日に至るまですべてのデータだ、新しく入った情報も逐一渡すように」


「分かったよ……じゃあデータは後で送っとく、何か分かったら教えてくれ」


「任せておきたまえよ」


 そして士狼がいなくなった研究室で由利は笑いが止まらなかった。


 --神の力の一端に触れながら人間としての形を残している……ふふふ……ざわつくじゃないか。




「おはようございます」


「おう」


 次の日も康平は士狼と共に朝食を取った後、トレーニングルームに来ていた。士狼の考えてきた体力づくりのメニューを午前中は淡々とこなしていく。黙々とトレーニングに励む康平に士狼は昨日の話を伝えられずにいた。いずれ知る事だから言わなくてもいいと考えていた。だがそれは逃げてしまっていたのかもしれない、康平にその特異性を伝える事を。


「士狼さん? 士狼さん? どうしたんですか?」


 汗を拭きながら康平が呼びかけていたが、それに全く気付いていなかった。


「おっ……悪いちょっとな」


「一応メニューは一通り終わりましたよ」


「そうか、なら突然だが今日から体力トレーニングと並行して神造兵器の発動訓練をするぞ。お前あれから一回も神造兵器を使ってないだろ」


「そうですね……何もかもさっぱりで」


「これからは自在に発動させなきゃいけない、そのための訓練だ。心してかかれ」


「はい!」


 勢いよく始めたはいいが大変なのはここからだった。最初からできるとは二人とも考えてはいなかった、だが始めてから二日……三日……四日……一週間経っても全く発動させることが出来ない。


「コツみたいなもんは無いからなぁ……とにかくイメージするんだ。自分にとっての強さのイメージと言ったらいい、武器でもなんでもいい。だが俺が前に見た時は日本刀を使っていたぞ?」


「刀ですか……」


 --イメージ……イメージしろ……思い出せ、あの時を……!


 その時、康平の胸から柄が現れた。それは見間違えること無く刀の柄だ。康平の抱く力の具現化、神の力の一端がそこにある。


「で……でた!」


「そのままだ! そのまま引き抜け!」


 そうして勢いよく引き抜いた刀の姿は二人を落胆させた。引き抜かれた刀は錆びていた、なまくらも良い所といった見た目で一振りした瞬間にぽっきりと折れてしまいそうだ。


「これは……」


「どうすりゃいいんだ……」


 二人はその言葉と共にその場で固まってしまった。




 そんな頃、春樹の机の前に見た事の無い人影があった。


「久しぶりだね、今回の任務はどうだった?」


「そうさな……まあまあと言ったところだ」


 人影の声は聞く者の耳にすっと入ってくるような透き通った声だ。


「あはは……階層B3の群れの駆逐をまあまあって言うのは君くらいなもんだよ」


「そう言えば、他の連中の姿が見えないな」


「みんな任務だよ。あ、でも士狼君は新人を連れてトレーニングルームにいるよ」


 その言葉を聞いて人影の口角が上がった。


「ほう……あ奴め、物を教える立場になったか」


「まあー中々大変みたいだけどね。よかったら見てきたら?」


「そうだな、行ってみるか」


 人影は入り口に向かって歩き出した。その後姿に春樹が慌てて声をかける。


「鏡花さーん、あんまり無茶はしないようにねー!」


「分かっているさ、だが久しぶりだからな、加減を忘れてしまっているかもしれんよ」


 そう言って鏡花と呼ばれた人影は部屋を出て行った。


 --士狼君……康平君……ごめん、余計な事言っちゃったかも……。


「もう一回だ! もう一回!」


「はい!」


 康平と士狼は諦めずに発動訓練を続けていた。

 極大の試練が近づいていることを二人はまだ知らないーー。

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