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シンゾウ兵器  作者: ネコパンチ三世
狂いだす隣人
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三話 「眠っていた答え」

 目覚めた康平は白い天井を眺めていた。康平が目覚めたのは十分ほど前だが全く動けなかった。体は嫌にだるいし、頭も時々チクチクと痛む。一応周りを見てみたが自分の寝ているベットの他には、パイプ椅子が一つと部屋の隅に三段ボックス、そして体に繋がれた管の親玉のような訳の分からない機械があるだけだった。


 窓からは温かな日差しが差し込んでいて思わず目を細める。どうやら昼間の様だ、白に統一された病室は病的にも思えるほど明るかった。


「よお、目ぇ覚めたか」


 声がした方を見ると入り口の戸が開いており、無精ひげを生やし髪がぼさぼさの三十代ほどの男が一人立っていた。男は扉を閉めるとずかずかと部屋に入ったかと思ったら、あっという間に康平のベット脇に置かれたパイプ椅子をきしませながら座る。体を起こす康平を男は支えてくれた。


「無理はすんなよ、体の具合はどうだ? なんせ二日も寝っぱなしだったんだからな」


「二日も……それにあなたは……」


 二日も眠っていた事実に素直に驚きながらも康平はその聞き覚えのある声に耳を傾けた。男の声はあの黒衣の男と同じものだ。


「あの時、助けてくれた人ですよね?」


「ああ、もっとも俺の出番は少なかったけどな」」


「え? あなたがその……良子さんから俺たちを助けてくれたんじゃないんですか?」


 男は先ほどの康平に負けず劣らず驚いた。『あの力』を初めて使った時に意識の混濁や記憶が少し混乱する話は聞いたことがあったが、丸々忘れてしまうなどという話は聞いたことが無い。男は事実を伝えるべきか悩んだが後から知る事になるだろうと思いあえて何も言わなかった。


「いや……んん……まあそれはいい、お前どこまで覚えてるんだ?」


「ノブがあいつに捕まって……そこからは……そうだ! ノブは? あいつも無事なんですよね!?」


 ベットから落ちそうになるほど体を乗り出してきた康平を制止し男は優しく肩に手を置いて、


「大丈夫だ、けがはしたが命に別状は無い。今は別の病室にいる」


 と言って安心させてくれた。


「そう……ですか」


 肩の荷が下りたような感覚になり、全身の力が抜けるのが康平には分かった。もしノブの身に何かあれば康平はどうにかなっていたかもしれない。ほっとしたのも束の間で男が真剣な顔つきになっているのが目に入った。


「それでだ、剣崎康平。お前に言わなくちゃいけない事がある」


「言わなくちゃいけない事?」


 男の雰囲気は次に放たれるであろう言葉が自分にとってどれほど重いものであるかを康平に容易に想像させた。男も言いたくなどなかった、こんな子供が命のやり取りをしなくてはいけないなど神もどれほど残酷な事をすれば気が済むのか男には疑問だ。


「お前には選んでもらう『トクジュウ』に入隊するかどうかをな」


「なっ……どういう意味ですか!? 『トクジュウ』ってなんなんですか!?」


 訳が分からない、その言葉が康平の頭の中を埋め尽くした。『トクジュウ』などという聞きなれない言葉もさることながら、突如として日常に戻れないなどと言われれば大抵の人間は混乱するだろう。康平もそんなありふれた中の一人にすぎなかった。


「右手を見てみろ」


「これは?」


 右手にはあんな目に合うまでは無かった十字が刻まれていた。オーソドックスな十字架を逆向きにしたようなデザインでもちろんこすっても落ちるわけがない。事情を知らない人が見れば「ああ、こじらせちゃったんだろうな」と思うだろう。だが残念ながら康平はこじらせてもいなければ闇の力に目覚めたわけでもない。


 それは深く深く右腕に刻み込まれていた。


「お前は選ばれちまったんだよ、くそったれな神にな」


「いったいこれは?」


「それは証だ、『神造兵器』保有者のな」


 男の話す言葉はどれもこれも現実離れしすぎていて、康平はただただ混乱するばかりだ。男の話に出てくる単語はおそらくこれから先の人生で普通に生きている限り聞くことのない、いや聞かなくてもいい言葉だったろう。


「いったいあなたは? 何者なんです?」


「悪いがそれはお前がトクジュウに入ったら教える、さあ選んでくれ。トクジュウに入るのか入らないのか」


「……先にノブと話をさせてください」


「分かった、病室の場所はここだ。それと、お友達の記憶は少しばかりいじらせてもらった。あの事はもう忘れてるが、何がきっかけになって思い出すか分からん、なるべくその話題は避けてくれ」


「はい……」


 康平は体を重そうに引きずって男から渡されたメモを持って病室を出て行った。男は一人椅子に座ったまま、深いため息を吐き目元に手を当ててうなだれた。男は自分がこういう役回りが得意ではない事を誰よりも知っている。


「辛そうだね、士狼しろうくん」


 男……改め士狼に声をかけたのは糸目の天然パーマの男で口元には笑みが浮かんでいる。


「……ずっと聞いてたんですか? あんたも趣味が悪いですね」


 士狼の皮肉を込めた言葉を気にすることなく糸目の男は手に持っていた茶封筒を差し出した。何の飾り気も無い封筒をみた士狼は目を細めて嫌悪感を露わにした。


「それは、あいつの過去の記録でしょう? 見ましたよそんなもんは」


「おや、ずいぶんと仕事が早いじゃないか。なら分かっているだろう? 彼はもう入隊するかどうかを決めているはずだ」


「それでも選ばせてやるのが人ってもんでしょうが……それにまだそうと決まったわけじゃない」


 話し続ける士狼の顔色はどんどん悪くなっていく、士狼は康平が眠っている間に彼の過去の記録の『全て』に目を通していた。幼い頃『あんな事』があったというのに神はどれだけこの少年をなぶれば気が済むのか?

 顔色が悪くなる士狼とは対照的に糸目の表情は全く変わらなかった。


「君はほんとに優しいねぇ、まあいいさ。結果が出たら教えてよ」


 そう言い残し、糸目は部屋を出て行った。一人残された士狼はまた大きく重い鉛のようなため息を吐いた。


「ったくよ……あんな子供にまで十字架を背負わせるこたねぇんじゃねえか? 神様よ」


 そう言って椅子の背もたれに寄り掛かりながら自らにも刻み込まれた十字架を恨めしそうに眺めた。



 ノブの病室の前に立った康平は、ドアを開けてからの展開を一人でずっと考えていた。どう声をかけるべきか? どういった態度で接すればいいのか? 最後の記憶はあのおぞましい記憶しかない、ノブとふざけあっていた日々が康平には遠く遠く感じる。


 --なんて声をかければいい? 俺のせいで巻き込んだも同然なのに……それに俺は何をあいつに聞くつもりなんだ?


 そうこうしていると、病室のドアが突然開き、康平の顔に直撃した。かなりの勢いで開けられたドアに負け、康平は廊下に尻もちを着く。


「あっ、すいません……って康平かよ。悪ぃ悪ぃ」


 いつもの調子のノブに安堵しながらも康平は最初の一言がなかなか口から出て行かない。今まで幾度となく繰り返したくだらない話は重く分厚い棘の鎧をまとって康平の喉に引っかかっている。


「ノ、ノブ……あのさ」


「悪い! 先に便所!」


「え」


 康平の曇った心を吹き飛ばすようにノブはトイレを求めて駆けて行く。取り残された康平はただただ唖然とするばかりだった。


「で? どうしたんだよ? 改まって」


 用を済ませ、帰ってきたノブはベットに腰かけそれと向かい合うように康平は椅子に座る。二人の間には微妙な雰囲気がそこはかとなく漂っていた。


「お前に言っておかなくちゃいけない事があるんだ」


「おう」


「俺、ちょっと遠くに行かなくちゃいけない。それに学校もいけなくなると思う」


 一度喋り出した康平の口は不思議な事にすらすらと言の葉を紡ぐ。喋っている間、康平の心は静かで落ち着き何度も何度も同じ言葉を繰り替えしてきたかのように喋ることが出来た。


「ふむ……それでどこに行くかも理由も教えてくれねえのか?」


「ごめん……」


「訳ありか……」


「で? お前は何を言いたいんだ?」


 ノブの言葉はいきなり康平の耳に飛び込んできた、それはある意味予想できていた言葉と言えたが康平は驚かずにはいられない。その言葉にはいつもと違う雰囲気が込められている。


「何って……」


「お前さぁ、それ悪い癖だぞ? 間違ってたらわりい、でもさーその感じだとお前もう答え出てんだろ?」


「それは……」

 

 康平は何も言えなくなる、すでに答えは出ていたのだ。病室で選択を迫られた時よりもあの日、刀を握った時からか、いいやそれよりも前から康平の中で『答え』は眠っていたのだこの日の為に。


「いっつも、お前は正しい答えを出してんのに周りに気を使って間違った方に行くんだよな」


「お前はもっと自分に正直になっていいんだぜ? お前の選んだ道がどんなものであれ俺は応援するし、進み続けてりゃどっかでまた会う事もあんだろ!」


「……ありがとうノブ」


「おう!」


 椅子から立ち上がり、康平はドアに向かって歩き出した。それはノブとは親友とは違う道に続いていく一歩だ。それでも康平は歩き出した親友に背中を押されて。


 病室に戻ると男はまだ椅子に座っていた。康平に気づくとゆっくりと椅子から立ち上がり康平と向き合った。


「答えは……出たみたいだな」


「はい、俺は『トクジュウ』に入ります。それが俺の選んだ道だから」


「……分かった、俺は神谷士狼かみやしろうだ。よろしくな剣崎康平」


 士狼は握手を求めて手を差し出し、康平もそれに応えた。二人は固い握手を交わす。士狼の手は鍛え上げられゴツゴツとしているのにどこか優しく温かみを感じさせる、それはかつて父の手を握ったような感覚に似ていた。

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