「神様っていると思う?」
この作品には一部残酷な描写があります
朝がやってくる。世界の終わりを告げるために、他の誰かが喜ぶ希望の朝は彼らにとって絶望の朝。
静かでひどく悲しいほど落ち着く静寂はもう終わってしまうのか、世界に二人だけ取り残されたように感じるほど完璧で完成された夜だったのに。少年は性懲りも無く顔を出し始めた太陽が憎くてたまらない、出てくるなと、お前はいらないんだと心の中で叫ぶたびに自分にその言葉が向けられているような気がして心はすり減って行くのに。
「ねぇ、神様っていると思う?」
少年の傍らに寄り添っていた少女がそんな事を唐突に聞いてきた。少年は困惑するしかない、少女と少年の一緒にいる時間は短いはずなのに、幾度となく少年は少女の不思議な言動に振り回されている。だが少年はその質問を無下にはしない、なぜなら少女の言葉に意味のない事など一度だってありはしないのだから。
--いるわけないよ。
少年の答えに首を傾げた少女の細い首が服からのぞく。少年の答えは少女の期待していたものではなかった。それでも少女の顔には優しい笑顔が浮かぶ、その顔を見ると少年は少年は酷く悲しい気持ちになる。小女の笑い顔は脆くすぐに壊れてしまいそうだから。
「はずれ! ……神様はいるんだよ。たくさんね」
わけが分からない、それが少年の素直な気持ちだった。神がいるという話だけでも驚きなのにたくさんいるとはどういうことなのか? 少年は次の言葉を待つ、必ずそこには何かがあるという確信があったから。
「逆にどうしていないと思うの?」
予想外に質問で返され少年は驚いたが、心はすぐに落ち着いた。答えなどもう決まっていたのだから。
ーーもし本当に神様なんてものがいるのだとしたら、僕らをこんなに痛めつけるはずはない
神とは弱者を救済するものではないのか? 誰にでも平等では無いのか? この世界には理不尽と不平等と救いようのない現実なんてものがいつだって望んだ未来を踏みつぶしていく。少年にとって自分と彼女の人生こそが神などこの世界にいない証明だった。
「そういう見方ももちろんあると思うよ。でも私は神様がいると思えて仕方ないんだ」
「私と君が会えたことを神の導きと言わないで何といえばいいのかな?」
少女の言葉は少年の心をつかんで離さない。するりと体と心に入り込んでくる言葉は少年の黒く濁った心に溶け込んで、白く染めようとしている。
「私ね本当は神様って私たちの事だと思うの」
「この世界に生きている誰もが神様になれるんだよ」
「理不尽も不平等もどうしようもない現実だって、変えていけるのは今を生きている私たちだけなんだから」
憎らしい太陽が少女の後ろから顔を半分以上出してしまった。少女の白く美しい髪は朝日に照らされきらきらと輝いている。それなのに少年の目は少女の手足に向けられた足に着いたままの鎖はまだ彼女をとらえて離さない、白いぼろきれのような服は泥にまみれて元の白さを失っていた。山の中で過ごした一晩は二人に凍えるほどの安寧と動けなくなるほどの疲労を惜しみなく与えていたのだ。
「そろそろ、お別れかも」
「でも大丈夫、次はきっとこんな別れ方にはならないように私は祈るから」
やって来る、大嫌いな朝がやって来る。世界を壊しにやって来る。完成された静寂で完璧な世界は結局幻でしかなくて、少女を守る力がない事を少年は知っていて、それでも離したくない離れたくなんてなくて。
聞こえた、破滅の足音が。理不尽な現実の歩いてくる音が。
「ありがとう、私はあなたに救われた。あなたもきっと救われる日が来るから……大丈夫そんな顔しないで?」
「また会えるから……」
その言葉に少年はすでに百度殺されても生き返れるほど救われていた。まさにそれは天啓に等しい。
そして現実という名の理不尽は少年から救いの神を奪った。赤いゆりかごに抱かれ少年の神は口元に笑顔を浮かべ眠る。
少年の心は黒く染め上げられ、もう一点の白さも残ってはいない。少年の頭上に『死』が振り上げられる。その時少年の心は不気味なほど落ち着いていた。
--僕も祈るさ、神様がほんとにいるとするならば、僕自身が神様だったとするなら。
--僕の願いは救いじゃない。僕は救われなくてもいい……だからこの世界から……僕と彼女以外を。
--消してくれ、神様。
少年の願いは聞き届けられたのか? それが分かるのはもう少し後のお話。
これは未来の物語? いいやこれは過去の物語。
これは勝利の物語? いいやこれは敗北の物語。
これは幸福の物語? いいやこれは不幸の物語。
これは希望の物語? いいやこれは絶望の物語。
これは人々の物語? いいやこれは神々の物語。