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はて、と佐奈子は顔に手を当てて考えた。ここまで来るのにかけた時間や交通費のことを考えれば、そう簡単にすごすごと引き返すわけにはいかないのだ。時間はいくらでもあるわけだが、お金はそうもいかない。佐奈子は独身貴族であるから貯蓄があるにはある。しかし、アラサーの女性の再就職が簡単ではないことは承知していた。ものの試しにと来たものだったが、やはり無駄にはしたくなかった。
ともすればさっさと入ればいいものを、しかし漂う雰囲気がためらわせる。
「あんた、何やってんだい」
とん、と背中を叩かれて、佐奈子は縮こまった。
ドアノブに手を伸ばしては引っ込めを繰り返していた佐奈子は、傍から見ればそれは怪しいものだった。通りかかった近くの住人が、見かねて声をかけたのである。
「い、いえ、何もありません」
佐奈子は立ち去ろうと足の向きを変える。だがふと、ここで帰ってはいっそう怪しさを増してしまうと考えがよぎった。
思い切りドアノブを捻ると、鍵はかかっていないようだった。意を決して、佐奈子は逃げるように飛び込んだ。