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駅から十分ほど歩いたところにある、人通りの少ない住宅街。築二十年ほどは経っているであろう、壁の黒ずんだ家屋が建ち並び、ちらほらとシャッターの下りた小さな商店が見える通りの中に、それはぽつんと佇んでいた。
シャワー・マイスター、と。外壁のところどころに蔦が這っている2階建ての建物の、正面に掲げられている薄汚れた看板には、剥がれかけのペンキでそう書かれており、そこが自分が探していた目的地であることを示している。しかし。
人の気配が全く感じられない。
わざわざ都心から二時間もかけてやって来たのに、既に廃業していたか。定休日はちゃんと調べて来ている。スマホのマップ画面と看板を二、三度、目で往復した後、三木佐奈子はため息をついた。
ここ1ヶ月のことである。仕事で佐奈子の小さなミスがきっかけで、得意先との契約を無くしてしまった。そこから全くうまくいかないようになった。
前は無かったようなミスが目立つようになり、上司に叱責されることが増えていった。お姉さんキャラで、常に仲間の先頭に立って働いた佐奈子であったが、入社時から苦心して築き上げた職場での地位は、あっという間にガラガラと音を立てて崩れ落ちてしまったのである。そのうちストレスで体調を崩して会社を休みがちになり、とうとう退社。家で夜な夜な何を見るでもなくネットをさ迷っていたところ、偶然ここの広告を見つけたのだった。
──悩みを聞き、リラックスできる時間を提供します──
と、それだけ。いかにも怪しげである。架空請求サイトにでも飛んでしまいそうで、誰もが警戒する。しかし、何を食べても戻してしまい、夜は寝付けない日々を送っていた佐奈子は、それをタップしてしまうほど、追い詰められていた。普段なら画面の端にちょこちょこと出てくる広告など、うっとおしいということ以外で気にかけたことなど無いのだが。
マッサージやアロマといったリラクゼーションの類いは苦手で、落ち着けたことがない。何かに身を預ける事が出来ず、美容院のシャンプーでさえ嫌っていた佐奈子だったのだが、藁にもすがる思いである。とにかく試してみようという気になった。幸い覚えのない登録料を請求されることも急に警告音がなることも無く、その怪しげな施設の場所や営業時間を調べて、今に至るのである。