表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

魔女ラクトアのお取り寄せシリーズ

もし缶詰を異世界の人(王様)がみたら

作者: 紅葉

「陛下、ラクトアからこのようなものが送られて参りました!」


 侍従が血相を変えて王の間に駆け込んできた。侍従は手に携えていた薄い紙を王の隣に控える側近の男に手渡した。側近はそれに書いてあるものを一瞥し、眉をしかめる。


「なんじゃ、デンピョウにはなんと書いてある?」


 王はラクトアの名を聞くとウキウキした様子を隠すことなく玉座から身を乗り出した。


「オチュウゲンか? オセイボか? ばれんたいんでぇとかいうやつか?」


 側近は、そんな王の様子を何か言いたそうにみると、取り繕うように咳ばらいをひとつした。


「いえ、此度はお見舞いというものだそうでございます」


 それを聞くと、王は首をひねった。


「はて、ラクトアに見舞われるようなことがあったろうか」

「お言葉ながら、先週より王女様が高熱で寝込んでいらっしゃいます。陛下はご存知あそばしませんでしたか」


 それを聞くと王の太い眉はへにょりと情けなく下がった。


「そうじゃったの……王女付きのナニーメイドが妃ちゃん付きのメイドに報告し、それを離宮付きの侍女頭が恋人だそうな王子付きの騎士に話し、それを仕官学校時代の同期だというワシ付きの侍従くんにピロートークしたのをさっき教えてもらったばっかりじゃ」


 側近の男はその騎士が職場という狭い世界で大胆にも二股をかけていることに気付いたが、どうでもよいと受け流す。それよりも夫婦であるはずの二人の間にそれほどの耳と口を仲介しなければ子どもの大事が伝わらない状況に戦慄した。


「僭越ではございますが、王妃様のお怒りはいまだ……?」

「そうなんじゃ。なんとか謝り倒して実家帰りはやめてもらえたんじゃが、王子と姫を連れて離宮で寝起きしてるんじゃ~。もうかれこれひと月は愛しの妃ちゃんに触れてないんじゃぁ」

「それはおいたわしや……(棒)」

「ラクトアとは何の関係もないんじゃと説明しても、どうしてそんなに贈り物が来るのか、ラクトアがワシのことを好きなんじゃないかと拗ねるんじゃ。拗ねた顔も可愛いんじゃが」


 延々とのろけそうになる王そっちのけで側近の男は身振りで侍従に合図を送る。すると侍従は二人がかりで大きな紙の箱を部屋に運び入れた。


「君たちご苦労。陛下、今回の見舞いの品とはこれのようでございますが、中を検めますか。それともこのまま離宮に運ばせましょうか」


 王はさっと顔色を変えて、慌てたように叫ぶ。側近の男は薄く微笑んだ。


「いやいやいやいや! ラクトアから送ってきたものを中も改めずに離宮に持っていくことはならん。もしとんでもなくうまいもの……ではなくて、危険なものが入っていないとも限らん。ワシが妃ちゃんたちを守らずして誰が守る」


 今も衛兵たちや侍女たちが守っておりますが、と思ったが側近の男は慇懃に礼をした。


「陛下の温かいお心遣い、王妃様にもきっと届いていることと存じます。では」

「うむ」


 床に置かれた紙の箱を頑強な鎧に身を包んだ騎士が剣先でひっかくようにして開封した。呪いも攻撃魔法も発動しない。王を守るように配置されていた魔法使いたちも、前線に立って開封した騎士もほっと緊張を弛める。


「毎度ここまでせずとも、ラクトアの事を信用してもよい頃合いではないか?」


 王の言葉に側近の男は渋面を作り、首を横に振った。


「なりません。陛下が王妃様方をお守りになるように、私どもも陛下をお守りせねばなりません。代替わりをした際にも父にはこの点はきつく言い渡されており……」

「わかった、わかった。もうよい。で、中には何がはいっておったのじゃ? タイヤキか?」


 鎧を付けた騎士が箱から取り出してみせたものは妙な形をした金属の塊だった。円筒形というのだろうか。貴族の家にあるそれではなく、貧しい労働階級の小屋についている煙突を輪切りにして蓋と底を付けたような形。そんな形状の金属の塊が六つ入っている。側面には見たことがあるような、しかしこの世界には存在しない果物様の絵画が描かれていた。


「これは食べ物だと思うか」

「食べてみないことにはなんとも言えませんが」

「そち、ちょっと齧ってみよ」

「はっ? わたくしがですか?」


 側近の男は目を剥いた。たらりと冷や汗が首筋を伝う。


「いえ、王立科学捜査研究所か王立魔法研究所のものにさせましょう。さ、持っていきなさい」


 側近の男の一言により、金属の塊は再び紙の箱に戻され、二人がかりで王の間から持ち出された。


☆☆☆


 それから二日後。側近の男は、片眼鏡を押し上げながら報告書に目を落とした。


「陛下、ご報告申し上げます」

「うむ、待ち遠しかったぞ」

「まず拷問中の罪人に齧らせてみたところ、奥歯八本を除くすべての歯が欠けました。そこでこのままでは食べられないことがわかりましたので、王立魔法研究所に依頼し透視魔法をかけますと、どうやらこの金属は薄い金属の板を加工したもので、ちょうど容器のような役目を担っているとのことです。問題はこの金属容器のなかからいかにして食物を取り出すかということなのですが、継ぎ目らしきものはあれど、捻っても叩いても開く様子はありません。これが異界の技術とすれば大変なことです。汁もこぼさず食物を保存できるのですから」

「うぬ、確かに目を瞠る技術じゃ。で、開いたのか?」


 王の問いかけは聞こえていない側近の男はさらに熱っぽく語った。


「王立科学捜査研究所に依頼し、ありとあらゆる開封の方法を試しました。火の中にくべたり、氷結魔法で凍らせてみたり、強く振ってみたり、筆頭魔法使いの杖で叩いてみたりしましたが開封には至りませんでした」

「そうか、残念じゃの」


 王は目の前に並べられた金属の筒の数を目算した。明らかに減っている。疑いようもなく、何度数えても減っている。王の目の前には桃色をした丸い果実のような絵を描いた金属の筒がひとつっきり載っているだけだった。


「しかし、しかしです。画期的な開封用法を見つけました」

「ほう、開けられたのか」

「はい、新しいことをなす場合、尊い犠牲は付きもの。この金属の容器もあと一つになってしまいましたが、御前で披露させていただいてもよろしいでしょうか」

「うむ、くるしゅうない」


 では、と側近の男は王に向かい一礼すると合図を送った。いつぞや紙の箱の開封を任された騎士と同じく、甲冑に身を包んだ屈強な男が王の間に微かな金属音を鳴らして入室してきた。

 甲冑男は王に向かって一礼をした。腰には大きな剣をはいている。


「御前にて帯剣、抜刀の無礼をお許しください」

「よい、それがこの筒の開封に必要とあらば、帯剣と抜刀を許す」


 側近の男と甲冑男は頷きあった。すらりと腰から剣を抜く。それは山男が持つような厚みのある大剣だった。王の間の水晶照明の光が反射してぎらりと鈍色の光を放つ。動かないように筒を頭の上で支え、身を屈めている若い侍従が半泣きの表情で己の身の安全を神に祈る。


「いざ」


 甲冑男が大剣を振り上げた。王の間にいた誰もが悲痛な顔をして目をつむった。

 一閃ののち、金属の筒は上部五ミリのところを横に斬り削がれた。勢いで缶の中の汁を一部被るはめになった侍従は腰を抜かし座り込み、顔の穴という穴から体液を流して神に感謝の言葉を捧げた。

 側近の男は座り込んだ侍従に歩み寄ると、優し気な微笑みで労り、頭上の缶を受け取った。そして王の玉座へと引き返す。甲冑男はすでに大剣を鞘に戻し、部屋の隅に控えた。


「何が入っていたのじゃ」

 側近の男が缶の中身を硝子の鉢に移す様子を王は逸る気持ちで見ていた。透明の汁とともに鉢に流れ出てきたのは、淡黄色の二つ割りになった果肉のようなもの。果実が完熟したときに発する濃厚で甘い香りが漂う。王はコクリと生唾を飲み込んだ。


「毒見はせずともよい。早く持って参れ」


 側近の男は、驚いた顔をみせた。その表情に王も怪訝な表情になる。


「かしこまりました。ただちに離宮へと持って参ります」


 王はものすごく悲しそうな顔になった。この世の終わりが来たような落ち込みぶりだ。側近の男は吹き出しそうになるのを頬の内側を噛んでこらえた。


「お戯れが過ぎまして申し訳ございません。王女様へのお見舞い品ですので、すべてを差し上げるわけにはいきませんがお召し上がりください」


 王の前によく冷やされた硝子の器が置かれた。淡い金色の汁に浸かった果肉は丸く月のようだ。


「本当に食べてよいのじゃな。本当じゃな」


 王はフォークで月のような果肉を刺すと、口に運んだ。想像していたよりも硬く、歯ごたえがある。果肉を齧り取れば甘い汁が口の中に広がり、口角から顎へと汁が伝った。


 ☆☆☆


「ラクトア様、桃の缶詰気に入ってくれたようですよ」


 ルーは水晶玉で一部始終をみていた。


「あ~らら、王ちゃんったら娘ちゃんのお見舞い食べちまったのかい? 食いしん坊だこと」

「そのようですねぇ。ま、ラクトア様には王様も言われたく……そういえば! ラクトア様、缶切りは一緒にお取り寄せしなかったんですか」

「そんなものが必要かい?」


 ラクトアは細長い容器に詰められたシャーベットを口にくわえながら、テーブルの上に置いた桃の缶詰に魔法をかけた。すると、リング状になったツマミが立ち上がり、ペリペリと樹の皮を剥がすように缶の蓋が開く。空中にふわりと浮いた缶がひっくり返り、ガラスの器の中にダイス状にカットされた黄色い果肉と、シャーベットになった缶汁が雪のようにふんわりと盛り付けられた。


「そんなことができるのはラクトア様だけですよ」

「まあ、あたしぐらいになるとこんなことは朝飯前だけどね。開けるだけなら人間でもできるだろうよ。爪が傷つくからあたしゃごめんだけどね」

「あ、ラクトア様! それボクのパピコ! カルピス味!」

「ケチなことをお言いでないよ、ルー」

「一日の労働の後の楽しみに取っておいたんですよぉ」

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ