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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第六章 唯川奏芽
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79話 青と緑と黒と

 徐々に声が鮮明になっていく。

 ああ、また私は倒れて病院か……家に居るのですね。もう何十回、いえ何百回も経験して対応してきた事。直ぐに起き上がる事自体も慣れ、ソファから起き上がる。

 ……ソファ? という疑問よりも、周りがぬいぐるみで囲まれている事に疑問を抱く。裁縫が得意な方なのでしょうか。どれも商品や販売した物では無いです。


「……これ、女性の奏芽さん……」


 一つ不意に持ち上げた物が奏芽さんのぬいぐるみでした。両手で持てるサイズなのに特徴をかなり掴んでおり、本人に見せたら引きそうなクオリティ。


「どう? 奏芽ちゅあん人形? クオリティいいでショ?」

「きゃっ⁉」

「あ、ごめんなサイ。驚かすつもりはなかったデス……」

「あれ、貴方は確か……」


 一回だけ、見た事がある人でした。夏休み前の奏芽さんがまだ例の場所(パラレル)に行く前にお見舞いに来た方だったはず。


「同じ櫻見女の三刀屋碧流さん、ですよね」

「あ、覚えててくれタ? 汐璃ちゃんから聞いたケド、汐璃ちゃんと一緒の学年なんだよネ」

「前の学年では違いましたが、今はそうです」

「じゃあ汐璃のお友達ネ! 多分、何回も会うことになると思うから宜しくネ」


 挨拶が終わったところで、私の頭の整理をする。

 “5W1H”、「When:いつ」「Where:どこで」「Who:だれが」「What:何を」「Why:なぜ」。そして「How:どのように」。この“5W1H”で「いつ、どこで、だれが」までは分かりました。ですが「何を、なぜ」に対して埋まる要素が一つもない。……ここは聞くべきでしょう。


「三刀屋さん、とにかく運んで頂きありがとうございます。ですが、どうして北街に居た私をここまで?

「身長大きくて、可愛いかラ」

「…………」


「なにを、なぜ」→「可愛いから」。

 答えになってない! これに対して一喝出来るほどの声量を上げたいですが、命の恩人なので怒るに怒れません。かつ病み上がり直前のような体力なので、より一喝出来ません。


「……ともかく、用事がありますので早いのですがこれで失礼します」

「あ、もう行っちゃうノ? じゃあコレ」


 三刀屋さんが机の側まで移動して、布で被せていた物をこちらに持ってくる。

 ……私のぬいぐるみ……。倒れて数時間しか倒れてないのに、数時間で作り上げるのは才能の無駄遣いな気がしますが……。


「これ、あげル。寝てる姿可愛かったからチョチョイと作ってみたノ」

「肖像権って知ってます?」

「著作権なら知ってるケド」

「はぁ……」


 この様子だと知らないみたいですね。これに関しては簡易的な説明をすると、私から訴えなければ何の問題も無いので……。


「あとコレ、奏芽ちゃんにもあげテ」


 そう言われて手渡されたのは奏芽ぬいぐるみ。これも肖像権に関わる危ない物なんですが。

 正直、三刀屋さんは奏芽さんにとって“も”危険人物なのでは。


 三刀屋さんに一応お礼を言いつつも大量の自作ぬいぐるみ部屋から出ると「お、起きた?」と一言聞こえた。そこに居たのは――。


「撫川さん」

「汐璃でいいよ名胡桃茉白。北街の路上で倒れちゃってるからびっくりしたよ」

「汐璃さんもこちらまで運んでくれたのですね。ありがとうございます」

「まぁ、運んだのはウチじゃなくて三刀屋先輩なんだけどね。ウチは体格的に無理だから……」


 私から言うのもなんですが、確かに汐璃さんでは私の体を持ち上げてここまで(どこだか分かりませんが)持ってくるのは至難の技な気がします。


「三刀屋先輩が可愛いから持ってきた――」

「はい?」

「え゙ッ。なんでも無い!」

「そうですか」


 ともあれ、そのまま放置されるよりかは助かったので、理由はともあれ助かりました。

 という事にしておきましょう。




          ※  ※  ※  ※




 北街から私の家まで、ぬいぐるみを二つもって移動するのは難しいのでタクシーで帰宅をする。


「それは、どこで売っているんですか?」

「非売品です」


 そんな会話もタクシーの運転手と交わしながら帰宅する。


 一度茉莉さんの様子を見てみるとルリエルさんが撃った麻酔銃がかなり効いているのか、熟睡していました。この一日も半分過ぎて未だ睡眠していると……かなりルリエルさんも気が効いた事をしているのか、或いはかなりの悪意を持って撃ったのか。正直、分量を間違いすぎている麻酔の量かと思われます。


「……奏芽さん、あと5日ですよ」


 ベッドで眠る奏芽さんの意識はまだ帰ってきていない。私は私で出来る限りの事をして間接的にアシストをしている。なのに、苦戦しているのか或いは私の努力不足なのか。奏芽さんの様子はいくら見ても、目を閉じたまま。……これは私が悪いのでしょうか。徐々にルリエルさんの事も疑ってします。


「そうだ、私が動いている事の示唆で――」


 〈魔法箱〉に私を模したぬいぐるみを入れてみましょう。

 これで少しでも早く奏芽さんに気付いてもらって、何かの行動の特になれば私は嬉しい。頭のいい奏芽さんの事だから、気付いてもらえるはず。


「――判定……不可……?」


 ぬいぐるみを入れた所、この箱は『判定不可』という判定を出した。判定を覆そうとぬいぐるみを出し入れするが『判定不可』ばかりの札が上がる。コンパクトフラッシュに関しては奏芽さんの情報が書かれているのだからまだ分かります。ですが、私のぬいぐるみに関してはほぼ()の情報しか無いのだから判定を弾かれる要素が無い。


「どうかなされましたか」

「ルリエルさん、私のぬいぐるみが〈魔法箱〉で転送が出来ないのですが」


 ルリエルさんも頭を傾げた所で、私は察した。

 どうせ解決出来ないのだと。


 一時の沈黙。


 そもそもルリエルさんが用意した〈物〉なのに、どうして答えが帰ってこないのか。私は天使やそれぞれの事象に関して説明も何も出来ない。私が付けている〈物〉に関しても簡略された説明だけされて、実際は効果など体感でしか味わっていないものばかり。段々と奏芽さんの事ばかり優先してルリエルさんの〈物〉を付けてはいますが、もっと疑うべきでは? そんな風にも思えました。


「ルリエルさん、もう〈魔法箱〉の事は大丈夫です」

「おや、よろしいのですか」

「その代わりと言ってはなんですが、ルリエルさん全体……天使とはなんなのですか。そしてどう生まれるのですか」

「ワタクシ達の出生に興味があるのですか。そんな事は過ごして一週間以上、一切聞いてこなかったのに」


 ルリエルさんは一度、法服の裾を伸ばして直し、ぱんぱんと裾の埃をはらう。


「お答えしましょう。ワタクシ達……天使は人間に()れなかった者です」

「熟れなかった……?」


 熟れなかった、と言われると絶妙な意味合いに取ってしまう。そもそも熟れる熟れないという使い方は人間に対しては使わないはず。


「……まさか。天使は人間。そして貴方達は最初から亡くなってる方達……?」

「左様。ワタクシは既に死んでいる人間なのです」

「――生前は名前も持っていて、普段通り過ごしていたということですか?」

「いいえ」

「い……いいえ? そうなると疑問が」

「疑問など無いですよ。言ったではないですか。()()()()()()()()()()と」

「…………」


 考えたくも無かった。

 いいえ、言いたくもなかった。

 そして恐る恐る口にする。


堕胎(アウス)


 医療用語ではアウス。俗語では「堕ろす」とも言われているものです。……妊娠中絶、日本ではお腹の赤ちゃんを諦める法律で許された方法。


「天使は幾千とおります。そうです、ワタクシも奏芽様に付いているニカエルも例外なくこの世に生まれるべくして生まれなかった子達の実態なのです。本来、人は名前を付けられ様々な生活を送り死に至る。ですが天使はそのような人生も送るようなことも無く死に至る。憎い事ですが、そちらの方が大天使にとっても前世の記憶無く思い出す事も無い堕胎したワタクシ達が都合が良いのでしょう」

「そんな不都合(システム)で何も苦痛や悩みもないのですか」

不都合(システム)など無いのですよ。繰り返すようで申し訳ないのですが、記憶は無いのです。ワタクシ達には欲も無ければ前世に対しても悩みも無いのです」

「……ルリエルさん、やっぱり疑問が。どうしてルリエルさんがそのような事を知っているのですか」

「ふむ。それに関しては大天使の口によって教えられるのです。ワタクシ達はどう生まれたぐらいは知っておかないとこうした質問に対して『分からない』等とは言えないのです。中には人間に対して答えを差し控える天使もおりますが、まぁ知識を兼ね備えたいであろう茉白様にはお答えした所存です」

「…………」


 真っ向に否定したくなる解答ですが、一つも言い返しや追加の質問も出来ない解答。次は何処から疑問を投げていいのかも分からない。


「ご尤も多少の事は〈記憶の本〉に書かれたりしますが」

「あの、度々出ている〈記憶の本〉という物は何でしょう」

「これも天使や人間に例外なく所持している物です。〈出来事〉の天使等限定的な人しか見れない物ですが、全ての事が記載されている本です。因みに仮に本人に対して〈記憶の本〉を見せても天使にしか解読出来ない文字で書かれているのでお見せしても仕方がありません」

「本当に全てが書かれているのですか?」

「生命を宿してから死に至るまで。全ての事が書かれています」

「…………」


 嘘を付いている様子は無い。

 貴重な話ではありますが、これを聞いた所で奏芽さんの今に関係する話ではなさそうです。

〈記憶の本〉――解読さえ出来れば、また状況は変わりそうですが。




          ※  ※  ※  ※




 夏の長い昼。15時か、16時辺りと言った所で私はとある人ととある人に連絡を取った。

 一人のとある方は私の側に立っている深緑さん。


「夏風町に着ていただいて申し訳ないです。私一人ではどうしようもないと思ったので」

「んっ。あと。これ可愛い。欲しい」


 深緑さんが持っているのは先程頂いた奏芽さんを模したぬいぐるみ。『女』の子の状態の奏芽さんではあるのですが、見る人が必ず言うのは「欲しい」という言葉の一点です。深緑さんにプレゼントしても良かったのですが、このぬいぐるみは今から会う人にあげることにしたので、残念ながら深緑さんにはプレゼントが出来ません。


「深緑さん、宜しければこれの制作者に一報入れておきますが」

「んっ。お願い」


 即答。この奏芽さんぬいぐるみ、なんという魔力なのでしょう。こんなのたかが模した物というのに、深緑さん等知っている人それぞれが欲しがるなんて。でも私が欲しくなくても、他の人からしたら価値があるのでしょう。――私は別に欲しくはありませんが。


 軽く雑談している内に着いた「神指神社」。そう、ここに着いたならば櫻見女の誰もが分かる。神指葵さん。私はこの人に会いに来た。


「あれ、名胡桃さん。髪を切ったのですか」

「あまり好ましくない事で切ったので諸事情で」


 ()()()で切った事は深緑さん以外には内密にする事にした。絢芽さんと会うのに必要であった。なんてまだ"黒度"を持った皆様に話したら、どういった反発を持つかが未知数なので、髪の毛を話をされたら諸事情にする事にする。


「この前の弁解とかですか?」

「別に感情云々の話をする訳ではありません。何処まで奏芽さんを信じているのかの確認……とかですかね」

「やっぱり奏芽さん関連なのですね。正直8月3日になってまだ意識が無いとなると色々疑ってしまいますがね」

「――ちょっとまって下さい。8月3日?」

「……それが何か?」


 私は違和感を感じて、少し思い留まる。

 スマホで日付を確認してみると神指さんが仰ったように確かに8月3日だった。という事は家を出て気を失って一日は経っていたという事ですか……。つまり。


「残り4日……」

「はい?」

「NM?」


 茉莉さんも麻酔銃で長時間眠っていた訳では無く、単純に寝ていただけ。三刀屋さんの私のぬいぐるみ制作も手早く作っていた訳じゃなく、寝ている姿をじっくり見てクオリティの高いぬいぐるみを作っていただけ。倒れてから一日が経ち、偶然にも倒れた時間から一時間か二時間過ぎたような錯覚に陥っただけ。

 後4日、私は。奏芽さんの役に立たず、ただ寝ていただけと言うの……。だけどするべき事をしなければ、神指さんの"黒度"をどう解決すれば。


「神指さん、奏芽さんは様子を見てて近い内に意識が戻るそうなのですが」

「それは茉白さんの見解ですか? 私は確信を持てて無いので全くと言っていいほど信用は持ててないのですが」

「……私の見解だったら正直諦めてますが、私の姉の茉莉もとい他の意見からして意識が戻る事を推定しています」

「茉白さんの姉さんの事が分かりませんが、医療関係者の言う事であれば間違いは無いのでしょうか?」

「……さぁ、人の命が医者の一言で決まるなら、皆様それを信じて杞憂するでしょうね」

「――個人的に思ったのですが、茉白さん疲れてません?」

「はぁ……」


 動きっぱなしではあるので疲れは出ていますが、そうも言っていられない状態の奏芽さんがいるので私がへばってはどうしようも無い……としか言えませんね。


「…………」

「…………」


 流石に"黒度"の浅い方よりも「ああ、そうですか」といった感じで頷いてくれない。私も疲れからかばっさりと言えず、たじろぐことが多い。

 今考えてみると、奏芽さんが『女』の子として動いて自らの生活を守るために私や堂ノ庭さんへとアピールをするというのは非常に大変な事だと実感します。こうして"黒度"やルリエルさんという天使や、私が表に出していて隠しながら生活をするというのは難しい。本当に奏芽さんがやっている事は命懸けに近い。


「これ以上、用が無いのであれば帰ってもらえませんか? そろそろ稽古もあるので……」

「あ、いえ。話はまだ――」


 ……話が続かない……。

 ここで継続させなければ、神指さんの“黒度”が下がらないまま奏芽さんに影響を与えてしまう。でも、私は一体どうしたら。


「NM、任せて。困ってる事、わかる」


 深緑さんが横切る。


「KA、これ」


 深緑さんは奏芽さんぬいぐるみを手渡し、話を続ける。


「KA、YKを信じて」

「どうして深緑さんが?」

「深緑、あんまりNMの事も皆の事も信じてなかった。でも。NMは皆の事も気を遣って、一人で頑張ってる。だから、見て」


 深緑さんは私の頭上を指差す。

 なんだろうと思い、手探りをするが分からなかった。


「髪切ったの。皆の為に」

「それが何だというのですか。ただイメージを変えたかったのでは無いのですか」

「違う。皆の為に。YKの為に。皆が知らないこと、いっぱいしてる。それがNM」

「そうなのですか……今まで強く当たってごめんなさい。茉白さん」


 私以外でも、解決が出来るとは思いませんでしたが、これはきっと“黒度”の解消が出来たでしょう。

 ……解決できそうに無かったので、深緑さんを連れてきて正解でした。


「大丈夫ですよ神指さん。分かればいいんです」


 何とかなった。

 ありがとうございます。深緑さん。


「では、これで失礼します。深緑さん行きましょう」


 私は深緑さんの手を取って階段をゆっくりと降りる。

 これで0%になったでしょう。私は胸を撫で下ろす。


「NM」

「どうしました?」


 深緑さんが次に指を差したのは私の顔面。


「眼鏡、どうしたの」

「え……」


 そういえば、私は〈黒度の眼鏡〉の着用をしていません。ですが、神指さんの様子を見る限りは大丈夫でしょう。……それに、見たくは無いものまで見える気がしますし、深緑さんの状態をまた見るのも嫌です。今まで着用していてそんな気は無かったのですが、最近に至っては『着用したくない』が強くなっている。


「NM,少し休んだら」

「休むわけには行きませんよ……奏芽さんを救いたくないんですか」

「そうだけど」


「酷い顔」……そう言われても私は後4日間で出来る事を考えると休む訳にはいかない。色々な事に関して私にしか出来ない事が多く、神指さんの事は深緑さんの手助けがあったから解決出来たとしても全体的にはやはり私が動かなければならない。


「……あ、深緑さん。夏で日が長いとはいえ、流石に17時手前ですから秋空市に帰る頃には夜ですよ。私送りますので」

「ん……いい、一人で帰る」

「どうしてですか」

「NM、早く家に帰って休んで」

「そうですか……そう……」


 それ以外の心もありそうで少し疑う。

 ……本当は“黒度”の解決なんか出来てなくて、私は避けられているのでは? いえ〈黒度の眼鏡〉で表記された事は絶対のはず。……“はず”? 考えてみたら最初の頃はルリエルさんから貰った〈物〉に関しては疑いもなく使ってはいましたが、本当は正しい表示なんて一つもないのでは? もし曖昧な表示だったら?

 こんな事一つも考えず奏芽さんを救うための手助けしか目にくれていなかったので考えもしなかった。そもそもこんな〈物〉を頂いても、ちゃんと()()()()()()()()()()()()()のでしょうか。


「NM」

「……ごめんなさい、なんですか」

「休め」

「……はい」


 ――私、深緑さんを正面に見たまま俯いて何を考えてるのでしょう。大丈夫……ルリエルさんや“黒度”を解決した人々は信じていいはず……きっと……。




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