表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第一章 名胡桃茉白
9/91

8話 『男』の素晴らしい二日

 朝、俺は昨日に名胡桃さんと約束した通り休む事にした。まだ入学して数十日しか経っていないのにもう休むなんて俺としたことが。――他の人にも移さない為には病気を持っている俺がここ自宅で安静にしていなくてはならなかった。

 起きて俺はまずお母さんの下へと行った。俺はリビングの扉を開けてお母さんに朝の挨拶をする。フラフラの状態とはいえ、しっかりと現状を教えなければ休む事なんて出来ない。それと明るい時にお母さんの反応も見たいし。


「お母さんおはよう……」

「やっぱり、夢じゃないのね。おはよう奏芽"ちゃん"……」


 火照った体で俺は今のお母さんの心境を理解する。やっぱりお母さん受け入れてくれた、俺は鼻のツラさで来る涙とこの『ちゃん』付けされてちょっとした安心の涙が同時に来る。よく分からんな本当に――。


「体温計ある? 熱とか測りたいから。後俺ご飯は要らない……」

「そう、分かった。お母さんの方から学校に伝えておくね。今日はゆっくり休んで」


 「ありがとう」と言ってから俺はリビングを出た。やっぱりニカエルの言った通り、お母さんの心境は気にすることは無かった。たまにはニカエルの言うことを聞くものだな。天使のささやきというの?

 部屋を開けて直ぐにベッドにのめり込む。上から乗る掛け布団は冷たいな、この冷たさが今は心地が良い。俺は早速上を脱いでタンクトップ一枚になってワキに体温計を差し込む。


「私、奏芽に付きっきりだから」

「……風邪移したのお前だからその責任義務だな」

「そうだね~私が悪いもんね」


 ニカエルもお母さんにバレたからか普通に巨大化して椅子に座って俺のスマホでゲームを遊んでいた。


「そういえば……発信と」

「お――気遣いありがとう」


 ニカエルは『ヤサニク』に着信して俺を『男』に変えてくれた。やっぱり家に居るときは男の方がやりやすいなぁ……十六年も『男』でいただけあるな。


 ピピピピ……体温計は三九度と高かった。昨日は、シャトルランとかで体力測定もやったし、体に負担掛けることをしてきたからな、今日は本当に休まなくてはならない。そして今日休めば明日明後日は土日で休みだからもっと休養できる。

 朝の俺の楽しみである名胡桃さんと話すという事が出来てないからか、喋る相手がニカエル以外に居なくて寂しい。


「今日はー奏芽はーお休みですっ」

「何分かりきった事を……」

「タイムラインに書いておいたからー」


 SNSのタイムラインにそんな事を書くな。


「はい、名胡桃さんから連絡」

「マジ……?」


 俺の前にかざされたスマホを見てみると――「元気になってくださいね」とヒトコト帰ってきてた。その言葉、実に嬉しいな。早く俺も治さないとな……。俺は目を閉じてゆっくりと眠りに落ちる。




「お願い! 奏芽! でないと私――!」


 頭の中でグルグルとこの台詞が回っている。風邪だから変になるのは普通か、しかし誰の言葉なのだろう。俺は寝ながら考えてみるがどれも思い当たる節がない。

 ……ん、体が動かない。シャトルランで体を痛めたかな……といっても壁側の手足だけが動かないのは不思議だ、そして外側の手足は動く。そんな部分的な金縛りもあるのだろうか。

 近くにいるはずのニカエルも部屋を見回しても居なかった。何処かにいるのだろうか? いや、俺達には『契約の結界』があって15m以上離れられないからこの家の中にはいる。下の階にでもいるのか?

 俺はこの片手足が動かない理由を突き詰めようとした、掛け布団の上には誰も居ないし、ちょっと無理して動こうと思ったら少しは動ける。

 ……まさか――⁉ 俺は布団を開けてみた。


「すぅ……すぅ……」


 ニカエルが俺の片手足を枕にして寝ていた。コイツは病人の上に被さって何してるんだ。


「ニカエル、ニーカエル! 重い……」


 俺はニカエルの背中を軽く叩いて起こす。


「ん……奏芽暖かいからまだこのまま……」

「チッ――せめて横にはズレてくれ、俺の手足痺れちゃう」


 確かに俺の体は今暖かいが、それは俺の本来の暖かさじゃないし……。何回退くように指示してもニカエルは退かなかったので俺は無理に手足から引き剥がしてワキを掴んで俺の顔の前まで持っていく。


「きゃ……」

「全く、何分ここの中にいたんだよ。体中ベタベタだぞ、顔ぐらいは出してねろ」

「か、奏芽……顔近い」


 ニカエルにそう言われて俺は余計に顔を真っ赤にする。


「や……お前がこの中にいるから……」


 俺は顔の向きを変えてニカエルの顔を見ないようにした。

 ニカエルは頭を俺の背中に付けて――


「心臓……この音落ち着く……奏芽は私の事嫌いだっけ?」


 なんて言ってきた。嫌いな訳ないだろう。

 俺は再びニカエルと正面を向く。


「はー……呆れた。全く、お前って――⁉」


 俺はニカエルにおでこをキスされた……。

 急にされた行動で俺は頭が真っ白になる。え? お前……俺に……何してんの……? 唇じゃないとはいえ俺だって動揺はする。


「奏芽、今日学校休んだから特別だよ? いつも私に優しくしてるから……じっくり眠って」

「え? あ? うん――」


 もうニカエルの行動が分からなかった。俺どうしてキスされなきゃいけないのか? これって天使の役割じゃないよな……。俺はキスをされた後、徐々に眠くなってきた。更にニカエルが強く抱き締めてきた感覚……段々と意識が遠のいていく。



          ※  ※  ※  ※



 フワフワとした感じ、もう何十年も寝ている感覚。俺は最後にニカエルにキスをされた後眠くなって……ん? 鼻が詰まった感覚も無いし、熱も引いてる。

 俺は目を開けて体を起こす。ニカエルも横で寝てるし、何が変わってるかと言うとまだ日が差していて時計の針が正午を差していただけだった。あれからまだ一時間ぐらいしか経ってないのか。


 体温計は三十六度、驚く位に回復が早かったな……俺が察するに、これはニカエルのキスが効いたのだろうか? という事はまたニカエルに風邪を移したんじゃと思って俺はニカエルのおでこに手で触れるが……熱とか伴っていなかった、寝息も綺麗だし。――天使は不思議だな。魔法はもっているんだろうけど、そんなにニカエルの事を聞いた事が無いからどんな魔法を持っているのかは分からない。けどもその魔法は実感している。俺が『女』になったり、風邪が数時間で治るのもお陰だし……。

 ……やっぱり、感謝すべきなのは俺だな。


「ありがとう、ニカエル」


 聞こえてないだろうけど、ニカエルは寝ながら微笑んでいた。




 俺は下に降りて、リビングの扉を開ける。


「お母さん、もう治ったよ」

「あら早かったわねー」


 俺はピンピンしている姿をお母さんに見せる。


「たったの三日・・で治るなんてね。何かニカエルちゃんにして貰ったのかしら」


 俺はその三日というワードに引っかかりを感じた。


「お母さん、俺が風邪になったのは昨日だよ……ちょっとボケてるんじゃないよ」

「奏芽。私はまだ若いし、ボケる年齢じゃないわ。だって今日は曜日でしょ、奏芽こそボケてるんじゃないの? 昨日からずっと寝てたじゃないの」


 ――土曜日、だと? バカな、今日は金曜日だったはず。俺は急いで階段を登って部屋の扉を開けてスマホの曜日を確認する。……確かに土曜日だ。俺は恐怖を感じた、あれから一日中寝ていたって言う事なのか? もしかしてこれニカエルのキスの効果?


「ふあぁ……あれ? 奏芽どこ~?」


 丁度ニカエルも目覚めた、都合のいい展開だ。


「ニカエル、こっち」

「あ! 奏芽、もう大丈夫?」


 俺は笑顔を見せた。

 そして、ニカエルに例のキスに関して説明をしてもらった。


 『天使のキス』またストレートなネーミングだが、これはキスされる事で元々の人間の治癒能力にニカエルのキスによって天使の補助が加えられて、驚異的な回復が出来るといった効果。だけど、人間の本能で回復を早める為に眠くなる……今回は一日中寝ていたけどこれは一番短い方で、重症とか元の人間の治癒能力が低かったら長くなると聞いた。それから調子の悪い所の近くでキスをしなきゃ効果がないから今回はおでこにキスをして効果が出たという事。つまり症状の根が分からなきゃこのキスも使えないという強力な変わりに使い所も難しい能力だ。


「いつものように質問。名胡桃さんとかのスモールハート症候群とかも治せないの?」

「ううん、あの時に何も出来ないって言ったけど本当に出来ないの。このキスは契約した人としか――」

「そっか、俺達は契約を結んだ事によって俺と一緒にいるもんな。納得した」

「へへーん。でも日中使ったら学校行けなくなっちゃうから金曜日とか休みの日しか使えないね」


 「フッ、そうだな」俺はいつものように答えた。

 今日は土曜日か――。風邪も消えて無くなったし、何をしようかと考える。この町で大した事は出来ないし、正午だから昼時……また前の土曜日みたいにご飯にでも出掛けようか。


「ニカエル、ご飯だ。何が食べたい?」


 ニカエルは目の色を変えて頭の中で色々想像してるみたいだ。――この調子だと直ぐには決まらなそうだな。参ったな、俺は頬を掻くと指が何かに引っかかる。鏡で確認してると俺は未だに名胡桃さんに張ってもらったピンクの絆創膏をそのままにしていたか。――明日にでも剥がそうか、既に二週間は貼り続けてるぞ。




 ラーメンが食べたいという事なので、この街で人気のあるラーメン屋に行くことにした。感覚としては一日振り、実際は二日振りの外出だ。やっぱり両方の鼻の穴で吸う春の空気は気持ちがいいな。あまり実感しすぎて花粉も吸わないようにしなきゃな、また病気になる。


「どんなラーメン屋なの?」

「そうだな……味噌ラーメンで美味しいぞ」


 そのヒトコトでニカエルは何ミリリットルのよだれを出すのやら、さっきから想像しすぎてダラダラと垂れすぎだ。


「じゅるる……美味しそうだね」

「お前、食べ物だったら何でもいいだろ……」


 これから暑くなる時期の前にラーメンを食べるのはこれで最後になるかな。

 そういえば、家系ラーメンっていうのは風邪に良いらしいな、最近テレビやSNSで回ってきたが誰か検証したことがあるのだろうか? これから行くのは味噌の札幌系に入るけど、俺はどうしてもこの家系ラーメンが気になって調べた……ニカエル、使いすぎて電池の残量が少ないぞ。遊びすぎだし、どうして充電スタンドに差さなかった。


「奏芽、危ないよ……」

「ん、わっと……ごめんなさい」


 ニカエルが危機を教えてくれたが、敢え無くぶつかってしまった。


「いえ、怪我は……歩きながらスマホ見てたら危ないですよ」


 この耳に刺さるような声に


「あ……キヲツケマス」


 俺は一気に顔が固まるし声もカチカチ、同じクラスの墨俣さんだ。

 墨俣さんは一枚メモ帳を出して俺に見せてきた。俺が一番に見覚えがある漢字だった。


「あの、ここらで唯川っていう人の家はありませんか」

「えッ⁉」


 どうして墨俣さんが俺の家に用があるのか。そして『男』の状態だから目の前にいるのが俺だと分かっていない、これはある意味ラッキーだったかも。


「知らなかったらごめんなさい」

「あの、その人の家に行って何をするつもりなんですか?」


 とりあえず、墨俣さんに理由を聞いてみる。


「……プリントとかを届けるのに私が着任で、別に家に用があるわけではなくポストに用があるんです」

「そうですか……あの、その人の家だったら――」


 俺自身の家だから分かってるから道をしっかりと教えてあげた。墨俣さんはお礼を言って俺の横を通っていった。日中は俺に対して冷たく当たってるハズなのにどうして墨俣さんが……しかも、今日は学校無いんだけどってプリントってアレ……一日遅れで?


「奏芽行こう。お腹空いた」

「あ、そうだな……行こう」


 墨俣さんの心情が気になったが、ニカエルにひと押しされて俺はまた歩き出した。




「ズズズッ……美味し~い」


 駅から少し離れた所にあるラーメン屋で注文をして食べているのはいいのだが、ニカエルはこれで替え玉二玉目だ、俺はまだ一杯目が終わってないし店主も二玉目と聞いてビビっている。悪かったな、彼女こういうもので。最近は何か物を買うという事をしない――というか出来ない状態ばかりだからお金が有り余っている。何処行こうにしてもニカエルと行動しなくては行けないから同棲っていうのは……ん⁉ 同棲に……なっちゃうのか、こういうのって……。俺は余りにも無頓着かもしれない、今までこの同棲というワードが出なかったばかりに居候だの色々言ってたけど俺は今天使と同棲してるのか……。だが天使本人はそんな事を思っているのかというとそんな事も無く、ただ麺をすすっていた。


「麺、おかわり~」

「ニカエルおよし」


 俺はニカエルにラーメンストップを掛けるが――


「いいじゃねぇか彼氏……好きなだけ食わせろよ……」


 俺はコイツの彼氏じゃないから。

 店主はこいつの腹底の深さを知らないからそういう事が言えるんだよ……。でもとっくに麺を茹でて水を切っていた。もう知らないぞ、その替え玉の皿が無くなるまで続くぞ……。


「はいお待ち」

「ありがと~ズズズッ……」


 こうしてニカエルの幸せの顔を見ると落ち着くな。そこの天使といった所なんだろうな。もうニカエルが来て一ヶ月は経つんだっけ? もっと長い時を過ごしている感じがする。

 ニカエルが食べてる時に俺はスマホのメモ帳『条件』と書かれたのを開く。――一学期毎に『男』というのをバラす……もう一ヶ月が過ぎてしまった。そしてお母さんにバラしたがそれは条件外で達成にはならない。バラした事によるショックを考えたらクラスの誰にも言えなくなってしまった。……夏休みに入るまで後三ヶ月、長いとは言えどうもな――これだけじゃ短くも感じる。そして、一学期毎ということは最低でも九人にはバラさなきゃ行けない訳で、負担が重い。

 ――もしこのままこの三ヶ月が過ぎたら俺はどうなってしまうのだろうか、それをニカエルは言ってくれない。『女』の子になれなくなるという罰はともかく、他にも重い罰が課せられると言ってたしな……今更ゾクッと来た。


「奏芽? 帰ろう?」

「終わった? 会計」

「はいよ」


 かなり高い値段になったな、これだったらステーキハウスでレジェンド食べて貰ったほうがマシだったかもしれない。でも、ニカエルが満足に食べてしまったからには俺も仕方なくこの値段を払う。遠慮というのを知りなさいニカエル。


「やっほーカーナちゃん」


 ラーメン屋を出て帰ろうと思った時に朱音に会う。また久々だな、『男』として会うのは。


「最近はどうだ?」

「どうだって言われても、カナちゃん休んでたし」


 朱音の眉が下がってかなり残念そうだ。まぁカナちゃん学校に来てなかったしね。俺は適当に相槌を打つ。


「それで、カナちゃんのお家まだ知らないし、前の時お母さんうるさいってお邪魔しなかったし……心配なんだ」


 そうか、まだ朱音は『女』の状態の俺の家を知らないんだったな。というか教えられない……教えたら本当に驚くだろうし、来られてもマズいし。


「……同じ名前なんだから、カナちゃん何か知らないの?」

「はっ? ――おれそのカナちゃん知らないしな、海街の方じゃないの?」


 朱音は何か閃いたみたいで口を開く。


「そうかなー。いつもこっちで帰ってるからこっちかと思ったんだけど……ニカエルちゃんは何か知らない?」


 次はニカエルに質問するのか……。


「私は知らなーい、こっちの奏芽の事だったら色々知ってるけど?」


 ニカエルは俺に抱きついてくる、幼馴染の前でそういう事はよしなさい。あくまでも朱音は『女』なんだから気を使わないと気まずくなってしまう。


「そっか……まぁいいや、あたしお家帰るねー」


 走っていってしまった。――結構俺が居ないと皆寂しがるもんだな。墨俣さんもああして行動してるし、朱音からも本音が聞けたし……俺が櫻見女に休まず行くっていうのも増えたな。まだ皆に会って一ヶ月なんだけどな、こんなにも心配してくれている人が多いとは思わなかった。




 海側に来て、暫く寄ってなかった神指さんが居た神社に行く。神指さんは前の事は覚えているだろうか? 俺はその確認もあって、神社に行く。

 屋台のたこ焼きを買ってる……ニカエルよ、いい加減歩き食いをするのは止めにしないか? 俺の財布の中の野口さんが小銭になっていくから――。


「奏芽ーたーべる?」

「一個な……はぐっ」


 俺は一個たこ焼きを食べたが予想以上に熱くてハフハフする、よくこの熱いたこ焼きを余裕で食べれるな。


「奏芽が面白い事になってる、あはは」

「こんな……あふっ、あふい状態で渡すから……」


 熱すぎて涙まで出てきてしまった……、俺は猫舌だからこれは酷い拷問だ。ニカエルは笑い転げまわってるし。――熱が冷めてきてようやく飲み込む、ごちそうさまでした。

 そんなこんなで目的の神社に辿り着いた。俺は舌を火傷してジンジンしている、これから熱いのは暫く食べれんな。逆に熱いのを直ぐに食べれる人が羨ましい。


 神社というのは普段来ないし、見つけたとしてもスルーしがちだが、こうして何十年も神社として残ってると歴史好きな人とかは無視出来ない存在だろう。俺は歴史に関してはあまり深く知らないから参拝ぐらいしか出来ないんだが。

 早速神指さんを探してみる。――神社の掃除をしている訳じゃないし、他の場所にいるのだろうか? 本殿の中に入るのは申し訳ないから、この周りを見てみる。


「参拝ですか?」


 俺は後ろから誰かに話しかけられてビクッとなる。振り返ってみると俺が探していた神指さんだった。俺は会釈をする。こうして神指さんの巫女姿を見ると仕事中に申し訳ないけど『萌』えるな。そういう服装に思いがちだけど、これが正式な服装なんだから人間というのは罪だな。


「はい、なんというか暇で……」

「ふふ、お暇でもいい心掛けですよ」


 巫女さんの仕事というのは普段掃除がメインなのだろうか? 今回もほうきを持って何処か掃除してたみたいだ。俺はとりあえず五円玉を投げて参拝を終える。


「ここ静かでいいですよね。波の音も聞こえて」


 俺は神指さんと話がしたい為にここに来たのだから雑談でもしようと思った。


「ふふ、静かなだけ日中参拝しに来る人も来ないですけどね」


 地味に地雷を踏んでしまった。失礼な話、儲けが少ないのだろう。やっぱり何処の場所でも人が必要でお金の出処が必要なのだろう。それで、俺の五円でもありがたい人という事だ。神は人に感謝をして人は神に感謝するという相互関係……なんだこれは。

 神指さんの言葉を聞いて、俺は御札所と書かれた建物で御守を買うことにした。色んな御守があるけど効果が分からないな……。


「御守ですか?」


 俺はうんと頷く。


「そうですね――最近は何かありました?」

「えっと、風邪に掛かったり、厄ばかりで」


 特定の人物が厄を持ってくる訳なんだけど――


「なるほど」


 神指さんは悩みもなく、赤いのを取ってくれた。


「健康と無病息災の御守とかどうですか?」


 巫女さんによる説明を聞いてしまったら俺は買いざるを得ない。俺は財布を取り出して早速それを買う。


「五百円です、お収め下さい。――彼女さんは何を買います?」


 神指さんの次の標的はニカエルになった。やっぱりお金を落としてくれる大事な人物二人の内の一人が何も買わないでたこ焼きを延々と食べている訳にはいかないよな。


「はぁ……ニカエル、何を買う」


 ニカエルはこっちに来て御守を見てみる。


「そうだね~……恋愛成就の御守でも」

「なっ……⁉」


 ニカエルはピンクの可愛い御守を指差した。それを神指さんは手にとって紙に包んでいる。


「仲が良いんですねお察しします、お収め下さい」

「え……ええ、どうも」


 お察ししてもその察し通りじゃないから神指さん……俺とニカエルはデキてない。神指さんに恋愛の御守の料金を手渡す。俺の御守は五百円なのに対し、ニカエルの買った恋愛成就の御守は八百円とか少し高い。一体何の為の誰の為の恋愛成就なのか――。




 神社内のベンチで暫く耳を澄ます。波の音とか電車が通る音とかが聞こえる、神指さんも忙しく手を動かしている――掃除だけど。

 やっぱり、知ってる人が働いている姿を見るとカッコいいと思ってしまう――ただ掃除しているだけだけど、これも仕事の一環だからね。


「貴方はこの街に住んでいるのですか?」

「え? はい、あっちの商店街近くに」

「そうですか、という事はあちらの神社によく向かうでしょ?」


 図星。元旦とかに向かう神社は商店街の方の神社だからこっちの神指さんの働いている神社には向かわない。


「でも、こっちの方がうるさくなくって好きですよ」

「――ありがとうございます。今後も来てくださいね」


 神指さんは笑顔を見せてくれた。今後もか――神指さんのこの顔を見る為に何度もここに来たくなるな。

 俺は立ち上がってそろそろ帰ろうとする。


「あの、またここにいます?」

「はい……用が無ければ私は土日はいつものように、日中は居ないんで……わわっ」

「おっと、危ない!」


 コケて倒れそうになった神指さんの手を掴んで阻止する。掴まれてプラーンとなる神指さん。そんな石畳の参道でコケる要素が無いのにスルッと滑るのを見て良かった。俺は神指さんのお腹の部分を持って持ち上げる。


「大丈夫ですか?」

「あっ――わっ――」


 持ち上げた時に俺の顔面に神指さんの顔が近づいたからか神指さんは顔が真っ赤になっていた。


「あっの……ありがとう……ございます」

「いえいえ、このままコケたら綺麗な顔に傷がついちゃいますよ」

「そんな……綺麗だ……なんて……あの……また来てください!」


 神指さんはメガネの位置を直して小走りで神殿の方へと行った。ついにニカエルと二人ぼっちになった自分達。そんな恥ずかしそうな神指さん見たの初めてだな。いつも接客してるハズなんだからそんな様子見せないハズなのに……。


「奏芽ーそろそろ帰るー?」


 下に行く石段からニカエルが話しかけてきた。――もうここに居るのも飽きたのだろう。


「帰るよー」


 俺は神社から出る。今日は神指さんと話が出来て良かった。前回は逃げてしまって全くお話にならなかったからこれで満足だ。――そういえば、前の事は一切話さなかったけど、もしかして忘れてるのかな。それだったら俺も気にせずにここに来れるな。俺は御守を取り出して御守全体を見る。

 ……コウザシ……神指神社⁉ 神指さん名字のままの神社だ。アルバイトとか思っていたけどまさか神指さん自体の神社とは思わなかった。なるほど、土日はいつも居る理由はこれでわかったな。海街に来た時は寄るように癖を付けるか。儲けを気にしてるようだし。




 ピロピロピロピロ……

 俺のポケットのスマホがバイブレーションと着信音で響く。俺は携帯を取り出して相手の名前を見てみるとお母さんだった。


「もしもし?」

「あ、奏芽? ごめんねお母さんこれから仕事入っちゃったからご飯は外で適当に食べてもらえる?」

「分かった、気をつけてね」


 俺は電話を切る。……もう電池が危ういな。ニカエルにはちゃんと言っておかなきゃならないな。ゲームするんだったら充電しながらやれと……本当は充電しながらやってはいけないんだけどさ。


「ニカエル? 外でご飯だ。ラーメン以外で何処がいい?」


 また目の色変わってよだれが出ている。お前ってやつは――


「おしゃれなレストランで食べたいなぁ……イタリアンってやつ?」


 イタリアンか……うーん、俺は考えてみた。おしゃれとは言えないけど遠い所にレストランがあったな。格安で美味しいイタリアンレストラン。


「ニカエル、行くよ」

「うん!」


 俺は久々にニカエルの手を握って歩く。

 ――ニカエルの手は冷たいんだな。病み上がりでまだ俺が暖かいだろうな。

 ……そういえば、外でニカエルの手を握ったのはこれが初めてだな、何度か手を握られた事はあるけどこうして繋いで歩くのは初めて。一ヶ月、一ヶ月でここまで仲良くなるのもやっぱり好感が持てるからだろう。



          ※  ※  ※  ※



「ニカエル、止めてくれ~注文を止めてくれ~」


 ATMから俺の小遣いを出してきて正解だった。だけど、金は無限と思っているのかニカエルは注文を連続でして食べている。


「いいじゃん~別に。三九九円とか五九九円とか安いし量あるんだから」


 安いレストランとはいえ、塵も積もれば山。高いので九九八円だけど、ピザとかパスタとかをバグバグとニカエルは食べている。俺はもうドリアとプロシュットとたらこスパゲティで十分なのに。


「あ、すみませ~ん。デザートいいですか?」


 これで最後かな。俺は安心一息。追加オーダーで何十枚にも重なって倒れそうな伝票。俺はそれの最新の伝票を見てみる。……ああ、払える。なんか安くて良かった。……でも、俺の小遣いはニカエルの口の中に全部逝ってしまった。――でもこのニカエルの満足そうな顔よ。俺はその余裕そうな顔を見ると逆に笑いが出る。


「ん、どうしたの~?」

「いや。お前の食べる姿も好きになってきた」


 「ありがとう」また天使に感謝された。金を払っているだけで天使の微笑みが見れるとか安いものだな。最初はこの食事量に驚いたけど今は見ても驚かないな。こいつはこの食べる量は一生変わらないだろうし、俺もこうなったら金を用意するだけになってきたしね。段々ニカエルが居る恩恵もありがたいものになってきたし、ニカエルの事が――イカンイカン、人間が天使に恋するとか罰が下りそうだ。この感情だけは抑えておこう。


「ゴクン……奏芽行こう!」

「食べたか、外出るぞ」

「うん……ごちそうさま!」


 こう普通の会話が出来るだけ俺は今のままでいい。

 そう、今の生活がこのままずっと出来ればいいな――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ