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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第六章 唯川奏芽
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77話 深き変動

 奏芽さんの死まで残り6日――


「帰り遅いと思ったら、イメチェン? バッサリカットしたねー」

「似合わないでしょう」


 深緑さんとルリエルさんの次に見られたのは朝になってからの茉白さんでした。大胆に大雑把に切った髪の毛は夜にほんの少し調整を行い真っ直ぐ整えた。うなじに風が通り、寒さまで感じるのは初めて。長い髪の時に行っていた前に来た後ろ髪を背中に持っていく動作を行ってしまう癖、これが止められない。


「いいや、茉白似合ってるよ。私はこの茉白も好きだね」

「そんなお世辞を言わなくても」

「お世辞じゃないよー。自分に自信ないの? ほらほら」

「…………」


 手鏡で私を写し、褒める。

 見てて恥ずかしい。


「茉莉様、お止めください。茉白様が困って顔を赤くしております」

「うわっ⁉ いつの間に! ……じゃあさ、あんたはどう思ってんの?」

「それは……返答は出来ません。何れにせよお困りですから」

「逃げた」


 ルリエルさんも返答に困る程ですから似合ってはいないのでしょう。正直、女性の言葉より男性の言葉……そう、奏芽さんの言葉が欲しいです。他に知っている男性の友達がいませんし、いきなり街頭アンケート等も出来る心持ちをしていません。


「……それより、今日は奏芽さんを連れていきます」

「何処に?」

「奏芽さんのご自宅です。そこで深緑さんを待ちますから」

「まぁいいけど……奏芽くんの体は大事にしてよ。出ないと魂の帰る所が無くなっちゃうんでしょう?」

「もちろん、慎重に取り扱います」


 茉莉さんから許可を貰い、奏芽さんの体をベッドから車椅子に移し替える。前に持った時と体重は変わらず、あちらでも頑張っているようですね。


「ごめんね、私は運転免許とか持ってなくて」

「いいえ、別に茉莉さんを責めるつもりはありません」


 一つ茉莉さんから謝罪の言葉を頂いて、奏芽さんと一緒に家を出る。確かに茉莉さんが車を運転出来たとしたら安全性はグッと上がりますが、反面に皆と会う機会が無くなるかもしれません。そうなると私の目的が無くなってしまう。


「茉白様」

「はい」

「以前に柑奈様から聞いたフィルムの件をこの際に聞くのは如何でしょう」

「そうですね……時間もありますし」


 忘れていたAの存在を。

 フィルムを貰って奏芽さんと接触がありそうなのかを確認する。ただのケーキ屋さんの勘違いなのか、もしくは……。



          ※  ※  ※  ※




 奏芽さんの家に上がらせてもらい、リビングで一休憩する。

 私はもう慣れましたが、まずは髪の毛に関して話題を振り奏芽のお母さんは微笑む。

 そこからはそれまで通りの会話。


「今日は奏芽を連れてきてありがとうね」

「いえ、こちらも約束なしに来てしまってすみません」

「いやいいよ。今月は毎日家にいる予定だしね」

「……それから、一つお聞きしたい事がありまして」


 私はルリエルさんから貰った空のフィルム入れを取り出して間髪入れずに話し出す。


「奏芽さんとケーキ屋さんと一緒に撮った写真あるいはフィルムを貰えますか?」

「随分前の写真を要求するんだねー。纏めて取ってあるけど……そのフィルム入れは要らないかな」

「――? 写真があるのですか?」

「写真は無いよ」


 奏芽さんのお母さんは棚の中からケースを取り出し、机に置く。


「奏芽にも話した事無いんだけど、昔はカメラショップで働いていてね。大学時代は常に最新な物を購入してて……部屋の中も汚かったんだけど、これだけは貴重に取り扱っててね」


 古そうな一眼レフカメラと大きいバッテリーのような物を置く。


「なんでしょうこれ」

「もう知らないかー。コンパクトフラッシュカード」

「コンパクトフラッシュカード……?」


 電気機器には疎く、スマートフォン以外に触ったことが無い私は知らないものでした。


「今で言うSDカードかな。512MBから4GBまで」

「こんなに大きかったのですね。それで当時の物は?」

「ちゃんと書いてあるんだよねー、これ」


 奏芽さんが4歳かつ、ケーキ屋さんの写真集がこれらしいです。


「一応、PCで見れるけど何の写真が欲しい?」

「それごとほしいのですが、貴重ですもんね……現像して貰えますか」

「写真だったらいいよ。さ、どれ?」

「奏芽さんとケーキ屋さんと……もう一つアルバイトの方が写ってるもの」

「そんなの……あったかな」


 奏芽のお母さんはコンパクトフラッシュカードをパソコンに刺して探す。

 目が上下に動き、特定の場所で止まる。


「あっ……た……茉白ちゃんどうして知ってるの?」

「ケーキ屋さんから頼まれたので、その写真だけ欲しいと」

「でも、なんでだろう。この顔を見るだけで懐かしい気も……現像するね」


 プリンターで出てくる一枚を私に渡す。

 これがAの存在……ごく普通の女性の方で、奏芽さんに懐かれているのか手を繋いでいる。特徴的なのは髪の毛が橙色を少し薄くしたような色をしている。


「……なんで忘れてたんだろう。この人は奏芽が好きだった人だよ」

「そうなんですか」

「そう……なんだけど、よくは思い出せない」


 ケーキ屋さんも奏芽さんのお母さんもよくは知らないらしいですが、Aの存在がこの世に確定した。いずれは探さないと例の場所(パラレル)で影響が掛かるかもしれません。


「名前とかって思い出せます? 知りたいのですが」

「名前かぁ……確かね……ねいろ……ねいろちゃんって呼んでた」

「ねいろって、音に色とそのまま書いて?」

「うん、音色ちゃん。上はね…………」


 お母さんの動きが止まった。

 上は珍しい名字なのでしょうか、それとも日本によく見られる鈴木や高橋等の類の名前でしょうか。


「あ……とにかく、“あ”から始まるのは思い出した」

「“あ”ですね? ここ周辺を探せば」

「多分もういない」

「いない?」

「最後ね、遠い所に行くって言って……夏風町にいない、外国に行ったみたいな事をケーキ屋さんが言ってた」


 “あ”から名字が始まり、名前は音色……これだけではまだ一般的で探すのが難しいかもしれません。これは一度ケーキ屋さんに尋ねる必要があるかもしれません。


「――あっ」

「…………?」


 奏芽さんのお母さんを見て気付いた。これは本当に音色さんを訪ねた方がいいかもしれません。

 何故ならば、お母さんの“黒度”が40%までに下がっているのだから。


「また音色さんの事が分かったら教えて下さい」

「うん、分かった。――それより、今日は予定があるから深緑ちゃんはまだかな?」

「そろそろ来ると思います。この時間に約束をしているので。では上に奏芽さんを連れていきます」


 一礼をしてリビングから出て上で待機する。

 ここだったら茉莉さんや皆に話を聞かれずにほぼ一対一で話が出来ると思い、ここに決めました。私はコンパクトフラッシュを手に持ち見る。カードには「2000年奏芽の思い出」と書かれて無機物な物だが落としたら大変な物。


「ルリエルさん」

「お呼びでしょうか」


 口を押さえてルリエルさんが出てきた。


「これをコピーする事って出来るでしょうか」

「やってみましょう」


 ルリエルさんは手に持ち、試みようとする。


「…………」

「ルリエルさん、どうでしょう」

「何故でしょう。〈物〉のコピーなど容易い物なのですが、これに関しては能力が掛からない。今までも機械物のコピーも出来たのでこれも出来るはずなのですが」


 ルリエルさんは一度コンパクトフラッシュカードを置き、奏芽さんの物であろうゲームのメモリーカードを手に取り二つにする。


「まるでこのコンパクトフラッシュカード自体にプロテクトがあるように」

「コピーが出来ないと」

「ニカエルは〈人物〉の天使、かと言って他の天使の干渉は無い。自然として出来たプロテクトのようですね」

「……Aの存在」

「音色様ですね」

「上手くは話せませんが、音色さんが何らかの天使と干渉していた場合、それはどの天使になるのでしょうか」

「ありえない天使と〈契約〉している事となると思います」

「ありえない天使?」

「〈出来事〉の天使と言われる者達になります。しかし――ワタクシ〈物〉の天使は〈契約〉をしない話をしましたね」


 それはルリエルさんと会った最初の日に『何せワタクシ達〈物〉の天使は〈契約〉を持たざる者』と説明している。その中に含まれる人達なのでしょう。


「では、その〈出来事〉が――」

「残念ながら基本的に〈出来事〉の天使は人間と干渉してはいけない事になっております。更に簡単に人を変えられてしまう存在なので大天使自ら〈契約〉を出来ない仕様にしているのです」

「では、説明が付きませんね」

「なので自然が起こしたプロテクト。いわゆる()()ですね」


 自然界に起こるバグ――いわば特異点と呼ばれる物でしょうか。


「やっぱり、音色さんに聞いてみなくてはいけませんね」

「と言った所で、また茉白様のスマートフォンに失礼します」


 何も言わずにせっせと隠れてしまった。何かと思いましたが、それは深緑さんがこの部屋に近づいていたことをルリエルさんが気付いたからだ。深緑さんとは接してはいませんし、あの時に外に出たルリエルさんは面白い事に半透明化して私にしか気付かない存在になっていたとか。天使はかなりの芸当が出来るみたいですね。


「おまたせ」

「おはようございます深緑さん」


 私は様々な〈物〉の起動をする。

 まずは〈黒度の眼鏡〉を起動し、深緑さんの情報を確認する。

 最初に“黒度”が確認出来た日に情報を合わせると、小さく横ばいになりながらも跳ね上がる部分があった。それは奏芽さんを確認した時に跳ね上がる。

 つまり深緑さんの“黒度”のトリガーは奏芽さんを見たとき、このタイミングが“黒度”を0%にするキッカケが生まれると考える。


「深緑さん、単刀直入に――奏芽さんの事は不安に思わないで下さい」

「…………」


 そして心が揺さぶる言葉を出し〈感情のピアス〉の起動をする。

 深緑さんの顔は動いていなくても感情は出ていた。

 奏芽さんが以前に言っていたように、確かに深緑さんは思いの外に誰よりもわかりやすく出る。


「NMに……任せたって……YK……帰ってこない……」

「大丈夫です、皆が信じていれば奏芽さんの意識は帰ってきます」

「NMが一番知ってると思う……けど……」


 感情が混じる。

 私に期待はしたいけど、奏芽さんはこの状態だから怖く、不安になる。

 それでも私を信じて欲しいと思いたい、けども確証が持てない。それは私がどんな方法を持って信じて欲しいと言っているか分からないから。


「深緑さん、じゃあ次の話をしましょう」

「次?」

「奏芽さんの意識が帰ってきたときの事です。いっぱい色んな事したいと思うんです」

「遊びたい」

「でしょう。奏芽さんは今もこういう会話を聞いていると思うんです。だから深緑さんが明るくなきゃ、奏芽さんも悲しい気持ちになってしまうと思います」

「んっ……でも……」


 深緑さんはやっぱり奏芽さんを見て“黒度”が上がる。


「深緑さん。じゃあ奏芽さんの胸に耳を当てて聞いてみて下さい」


 深緑さんは少し戸惑い、耳を当てる。


「今まで、手ばかりを触って分からなかったと思いますが、奏芽さんは死んではいません」

「……んっ」


 徐々に“黒度”が減る。ですが限界点で0%にならないで留まる。

 実感を得ないと納得も消滅も認められないですか。私だけではどうにもならない、また深緑さんは“黒度”を上げる。


 ピコン♪


「……?」

〔茉白様、貴方様の解決ではありません。奏芽様が軸なのです〕


 私はルリエルさんのを見て気付いた。

 今、私は自身の正当と信用を得ようとしてしまった。


 一呼吸入れて、奏芽さんの胸に耳を当ててる深緑さんの肩に手を置く。

「奏芽さんを信じて」――。ただ一言。

 私はただ一言、茉白じゃない言葉を囁くように。


「奏芽さんの母はこの後、用事があるようなので――」

「深緑、信じる。唯川奏芽を信じる。NMも信じてるから、深緑も信じる。また喋りたいから」

 私はその言葉を聞いて〈黒度の眼鏡〉を見なくても分かった。




























































 ――0%だと。

 私はすっかり、自意識が高かったと、奏芽さんを連れている道の中心で反省する。ただ信じてほしいと願うばかりで難しく考えてしまった。私情を混ぜての話をいつの間にか口に出してしまう。もう少しだけ深緑さんが思うことを聞いてからゆっくりと話すべき。この反省を今後に活かして、次も解決に向かいましょう。


 それから、奏芽さんのお母さんに約束をしてコンパクトフラッシュカードを借りました。別にこれを持ち出して失くすような事はせず、家で保管すると約束を付け、一度試してみたいことをする。


「茉白様」

「なんでしょうか?」

「そちらは家の方向ではありません」

「商店街ですることがあるんです」


 家へ向かう前に現像してもらった写真を持って、ケーキ屋さんへ向かっていた。何処へ向かったのか? この人はどういう人なのか? それらを聞きたく歩いていく。


「この写真を見る限りは優しそうな人ですね。奏芽さんとも仲が良さそうです……これだけ仲が良さそうだと逆に“黒度”の上昇幅も大きそうですが」


 そこを懸念している。

 今回の一件は奏芽さんに関わっている人物全員が対象。なのであれば、関わり合いが大きい人ほど“黒度”が大きい。古い人言えども問題視外には出来ない。なのであれば、この短い日数中に解決をしなければ。


「茉白様の中でどのくらいの“黒度”の大きさだと思われますか」

「恐らく50%……いえもっと大きいでしょうか。ともかく会えるのであれば会いたいですね」

「どうでしょう」


 話している内にケーキ屋の前に着く。

 一見して間もなく扉のベルを鳴らす。今日も暇なのか奥の部屋からケーキ屋さんが出てくる。


「ども、茉白ちゃん。お、奏芽くんも一緒! いいね思い出話する?」

「その思い出の1ピースを持ってきました」


 私は一枚の写真をケーキケースの上に置く。

 ケーキ屋さんは驚愕の顔でその一枚を受け取る。


「この子! 顔を見れば思い出した! 音色ちゃんだ! そうだそうだ……」

「はい。名字とかも思い出したりします?」

「珍しい名字だったんだけど、なんだったかなぁ? “あ”から始まるんだったかな」

「そこまでは奏芽さんのお母さんから聞けたのですが、その“あ”からは覚えていないと」

「皆が『音色ちゃん』って言うから中々名字は聞かなくて。でもね『奏芽が奏でるから私は“音色”の名前』だなんて少し姉みたいな事言ってたね」

「特に血縁関係は無いですよね?」


 ケーキ屋さんは顔を横に振る。

 当然、血縁関係があれば簡単に忘れたり、お母さんも覚えがないと言う筈が無い。ですが、その意味深な言葉は気になる。単純に作ったような名前ではないような気がする。


「他にも何かあります?」

「後は……とにかく奏芽くんの事は気に掛けてたね。バイトしにきて、奏芽くんが来ては遊んでたね。休憩時間の時も奏芽くん連れて暇にならないようにしてくれたり、面倒見が良かったね」

「…………」


 本当に姉弟(してい)関係のような存在に見える。


「『取り残された子供だから』……」

「……?」

「写真を見てると色々な言葉を思い出すよ。……でも、罪を感じてるかのような言い方が多かったかもね」

「不思議な人だったんですね」


 言葉だけでの想像にしか過ぎないですが、独特な言い回しが多かった人のようですね。本を多く読む私とどれくらいの語彙力があるでしょうか。


「うーん、後は思い出すの難しいなぁ。ごめんね茉白ちゃん、もっと思い出せたら電話なり掛けるよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 一礼して外に出る。

 有力な情報は無かった。Aの存在の解明は難しい。関係した人の記憶を抹消してこの世から消え去ったかのような行動。そして奏芽さんに関係するかのような発言と気に掛け方。あの場所(パラレル)での影響力は高いと思われます。

 何処に行けば会える? 誰が一番知っている? この世にいるのか? 全てが解らず仕舞いで終わる。そんな気配を感じます。


「ルリエルさんルリエルさん。音色さんは生きているのでしょうか」

「まさか、〈記憶の本〉の事も聞いている……?」

「それは分かりませんが、なんとか干渉出来ないでしょうか」

「難しいかと思われます。一つ目は他人の記憶である事。もう一つは……」

「もう一つは?」

「偽名の可能性です。ここまでレベルの高い全員の記憶の無さ。これは消滅に近いのです。ワタクシが仮に音色様を調べた所で有力な情報が出るかと言われると、非力な情報しか出ないかと」


 偽名……なのでしょうか。

 奏芽さんに聞くべき物なのでしょう……。

 ここまでですか……。


「もう追うのはやめましょう。追いかけても奏芽さんの助けにならないと判断して次に進みたいと思います」


 私は奏芽さんの車椅子を押して家に帰る。

 このAの存在の解決手段はもう無い。奏芽さんに影響は多々ありますが、こちらでは手の施しようが無い。初めて諦めるしかない……。

 ですが、兎にも角にも収穫はありましたので、新しい情報があったら平行的に進めましょう。残り6日の内に奏芽さんがこの世に帰れるように……。

投稿までに時間が掛かって申し訳ないです。Youtubeの動画投稿やライブ配信で大変なのです……。

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