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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第六章 唯川奏芽
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76話 覚悟の上

 奏芽さんの死まで残り7日――


 この行動不可なスモールハート症さえ無ければ順調の筈なのに、私は昨日も下手に行動してしまいました。今日の行動は既に決まっているのでまだ動きやすいですが、ここで鵯尾絢芽を見つけるのに時間が掛かってしまっては、奏芽さんの死を早ませてしまうだけ。この広い秋空市を行動するには深緑さんの助けが必要。……もしかしたら、この行動は正解なのかもしれませんね。

 ……しかし深緑さんは


「ウチは知っとるようで、なんも知らんで。茉白はんのほうが知っとるとちゃうんか?」

「はぁ……」


 関西弁で口が回っている。どうしたらこうなるのでしょう。


「……ん。茉白はん今ウチの事おかし思ったやろ?」

「え。いえ決してそうは」

「そんな顔しとった。イチから説明したるで」


 いつもと違い流暢に話す深緑さんは初めて見ます。

 しかも説明も面倒だと感じている深緑さんが自己紹介かのように深緑さんを紹介。


「ええか? ウチはな? コーラを飲むと甘さと炭酸で気持ちが浮き過ぎて記憶が飛ぶんや。しかもな、ウチのオカンは関西の生まれで、そこからウチはこの口調になるんやで。因みにオトンは青森の出身で、オトンの言ってる事がよう分からんくなる」

「そうですか」

「そいでな、翠がそれや。翠はジンジャエール飲むとこうなるんや。ホンマに何言っとんのかわからんくなる。ウチが友達で良かったな茉白はん」

「ええ……」

「まぁ一時的な記憶昏睡や、戻ったら大体覚えてないんやけど」


 これはお酒に酔ったのと一緒の類いでは? アルコールのような物はコーラに含まれていませんが……カフェインで酔っているのでしょうか? 私が医学的な理論が発言出来ない点でこれは茉莉さんに見てもらい解読できれば賞が貰えるんじゃないでしょうか。


「そいで、ツテは一応あるんやけど」

「急に何の話を?」

「あれや、鵯尾絢芽。あのアホ」

「知っているんですか……?」


 今の状態の深緑さんじゃ期待が出来ないと思い、話を続けさせる。


「あのな、志苔っつーアホがおるんや。初犯バカが」

「ちょっと待って下さい……罪を犯した人に会うんですか⁉」

「今は保護観察ちゅーや、安心せぇ。何もしてこん」


 とは言われましても……。

 深緑さん含め、私達は鵯尾絢芽に殺されかけた人間。

 その状況を踏まえ怖く感じる。


「とりあえず、行くで。あ〜ほ〜ん〜だ〜ら〜」


 深緑さんは口ずさみながら玄関へと向かう。


「あ、せや」


 深緑さんは振り返りぶつかりそうになる。


「わぁっ⁉ どうなさったんですか⁉」

「これや。返す」


 昨日貸したメガネが深緑さんの手元に。私は渡される。


「よし、いこうや。ぬ〜か〜す〜な〜や〜」


 ……一体、何の口ずさみなのでしょうか?

 とりあえず、危害は無さそうなのですが、その志苔さんは深緑さんの友達なのでしょうか? それにしても不思議な関係すぎます。でも何か起こるのだとしたらルリエルさんが飛び出してくるでしょう。きっと私を救うために。


「あっ、待ってください。眼鏡かけてません」


 一旦、私は後ろに下がって眼鏡をかける。


「あれ。こんな感じでしたっけ?」


 細かい違和感に気づいたが、何処が変わったかが分からない。

 余りにも細かすぎる違和感、何処が変わったかを目を動かして〈黒度の眼鏡〉の情報の違和感を探す。

 鏡に私を写して左右上下、右上のパーセンテージ。左上の変動時間。何ら変わりの無い、いつもの情報たち。


「NM、何ぼったっとんねん。はよ行こや」

「あ、待って……本当に待って! 止まって!」


 右上のパーセンテージは変わらない。

 けども、深緑さん。ようやく貴方の“黒度”の証明が出来る気がしました。



          ※  ※  ※  ※




 秋空市の中心街にやってきた。深緑さんが酔った勢いでただここにやってきたのでしょうか? それとも、本当にここに“ツテ”である志苔さんがやってくるのでしょうか?


「いた、NM、あれ」

「探している人ですか?」


 深緑さんが指差す方向にまた探す人。あれが志苔さん? 黒髪で少し小太りした女性の人がまた誰かを探している。……私はその志苔さんと目が合い、会釈をする。そして近づいてくる。


「どもっす、深緑さん。えーと、そのご友人さん」

「私は名胡桃茉白です。深緑さんの話を聞いて参りました」

「ああご親切にどもっす。深緑さん、何のようで」


 私はキョトンとする。聞いていた話だと保護観察中の人間らしいのですが、とても罪を着た人間だとは思えませんでした。


「志苔、鵯尾絢芽、見つけた?」

「見つけましたよー、一応念の為だけど、報酬は……」

「んっ、1万」

「どもども、すみません。自分も保護観察の上で行動が不可解になると目ぇつけられちゃうんでっ。ええ、ごめんなさい。とりあえず、住所までは突き止めたのでこれでー」


 志苔さんは深緑さんから渡された1万を受け取り、一枚の紙を深緑さんに受け渡す。


「あの、志苔さん」

「はっ? なんです?」

「私の個人的なものなんですけど、どういった経緯で捕まったのですか?」

「んえ? ええーと、まぁ……聞きます?」

「個人的な趣味なんで別に言わなくても良いですよ」

「まぁ隠せるものでは無いので言うのですが……深緑さんを傷つけ、恐喝したと言うか……」

「…………」

「まぁまぁまぁまぁ! そんな顔しないで、あの『男』の顔を思い出しちまうんで! ひぃ怖い怖い」


 志苔さんは怯えながら私達の下から離れる。

 あの男とは一体誰なのでしょうか。そんなに私の顔とその人との顔を合わせてしまう程に似ているのでしょうか。私にはその男の顔が浮かばなかった。


「とにかく、これ以上の情報は要らないですよね? えぇえぇ、帰りますよ」

「んっ、ありがと」


 志苔さんは手を振って駅の方向へ行く。


「深緑さん。場所はわかりますか?」

「これは、もっと奥、志苔に感謝」


 深緑さんも探すにも探せない状態なのは、深緑さんも身元や家族構成も身バレしているからでしょう。なので関係が割れにくい志苔さんに事前に頼んだ。といったところでしょう。


「余り触れたくはない話なのですが、志苔さんとは何時の付き合いなのですか?」

「中学校ぐらい」

「ぐらい?」

「忘れた」


 そうですか。ということは奏芽さんとは会ったことも無いでしょうね。

 一応の確認で聞いといて良かったです。


 私はまた深緑さんと歩き始める。


「深緑さん、明日に奏芽さんの所に行ってみませんか?」

「どうして」

「私がやるべきこと、必要な事に深緑さんが必要なのです。だから明日に」

「大丈夫」

「ありがとうございます」


 深緑さんの“黒度”は恐らく明日に解決する。今日は鵯尾彩芽の居場所を確認する事で終わる。それ以上の行動は恐らく私にとって“毒”。疲れ果てては倒れを繰り返し、ろくに回復するような事を行っていない。この後は、何もしないで休まないと疲れが溜まりきってしまう。……スモールハート症で倒れてしまう事以外で倒れたくはない。

 ここ最近は派手に動きすぎてしまった事には反省している。奏芽さんの死が掛かっているとはいえ、私の行動を抑えなくてはならない。そう夏風町は今も鵯尾雅人が動き、情報を探っている。


「NM、どうしたの」

「はい? どうかしました?」

「鵯尾絢芽、近く」


 反省している間に目的地周辺に近づいていたようです。

 周りを見ますが、ただの閑静な住宅街。ここだけは夏風町の住宅街に似ています。周辺の名札を見てみますが、鵯尾という文字は無い。少なくとも一軒家ではないですね。


「住所が書いてあるんですよね? ここのどのあたりでしょうか」

「…………」


 私もチラとメモを見ますが大雑把にここと思わしき住所が書いてあり、建物の詳細等が書いてありません……。残念ながら自力に近いレベルで鵯尾絢芽を探さないと駄目みたいです。


「志苔さんに任せてはいけなかったのでは?」

「言ってた、保護観察中、仕方ない」


 ここまで突き止めたのは凄い事、とでも言いたいのでしょうか。


「と、とにかく探しましょう」


 私は探す一心で歩き出すが、そこで深緑さんに手を掴まれる。


「NM、一人で言ったら駄目、YKみたいになる」


 よぎる。

 確かに奏芽さんが鵯尾雅人に殺害された際も、閑静な住宅街での出来事。志苔さんの情報とはいえ、裏で手を打っている可能性もある。ここは深緑さんの言うとおり二人で行動するのが最善の手だと思われます。……広範囲に情報が拾うのは無理ですが今は身を守ることの方が大事。


「……よく名札を見て人を見て探しましょう。私は確認が出来ればいいです」

「んっ、行こう」


 ――ピコン♪

 私のスマートフォンに通知が走った。この音はルリエルさん。

 確認をすると〔ワタクシもお探ししましょうか〕とお手伝いに申し出ていた。私は〔いいえ、人手が多くなると絢芽に勘付いてしまいます〕と送った。正直難しい判断でしょうが。


 引き続き、辺りを見渡し名札と鵯尾絢芽の姿を探す。

 日中の日差しに負けじと歩き、左右を見る。

 ――暑い、早めに見つけて涼みたい。

 陽炎をも立つ住宅街の中で体が倒れそうなのをぐっと堪える。


「本当に此処らへんなの……?」


 もう少しだけ待ってから行けば良かった。

 そして体が我慢できず……横に振られる。

 なんで、予防を出来るように水も飲んでいたのに。

 いえ、違いました。これは倒れる感覚ではない。もっと体が気持ち悪くなる筈だけど、深緑さんが手を引っ張り日陰に体を持っていかれてました。


「みろっ……⁉」

「しっ、いた」


 私は深緑さんに口を抑えられ、指差す方向を陰から確認する。


「……!」


 悠長に歩くあの桃髪の憎き人がいた。私達が歩いていた後方より鵯尾絢芽は歩いていたようでした。深緑さんが気付いていなければ鵯尾絢芽が先に気付かれていて、また消息が断ってしまうところでした。


「まず、後ろを取る、それから家を把握する、NMやりたいのは、それでしょ」

「はい」


 深緑さんはいつもよりもかなりトーンを下げて私に話かける。

 憎しみという心を抑える為でしょう。独り歩きしないように。

 鵯尾絢芽に見つからないように、まずは陰に潜み通り過ぎた所を確認して後ろに付く。

 そして私は深緑さんより身長が高く早く動けない為、万が一の事を考えて更に深緑さんの後ろに付く。


「……誤算だった……」


 この距離だと〈黒度の眼鏡〉が反応しない。次第に使い方を知ってはいましたが、距離までは測ってはいませんでした。


〔ルリエルさん〈黒度の眼鏡〉の距離は?〕


 私はアプリ『ルリエル』に問う。


〔話せる距離であれば〕


 そんな……! つまり2〜4mの距離まで近づかなければならない……!

 そこまで近づいたら、鵯尾絢芽に見つかってしまう。


 ……不意に鵯越絢芽はマンションに入っていった。

 ゲート開場型ロビー……! マズいです! この時を逃したらマズい……!


〈黒度の眼鏡〉で鵯尾絢芽の“黒度”を確認する事は不可能。あの距離まで近づく事は不可能。家を確認する事で終わりたくはない。残り一週間を私は無駄にはしたくはない。考えなければ、考えて……名胡桃茉白!


「待って!」

「は、はい! 何か用です?」

「落としませんでした? これ」

「は、ハンカチ? 落としたかな? こんなの? えっと、ありがとうございます。拾ってくれて」

「必死に後ろから追いかけたんですよ。足早くって」

「わざわざどうも……後ろポケットに入れてたのかなぁ」

「では」


 鵯越絢芽はロビーの奥に行った。

 胸がまだ痛む、こんなに頭を素早く使ったのは初めてでした。


「NM、どうして」

「茉白様、その度胸。お見事です」


 深緑さんは驚き、ルリエルさんは帽子のツバを持ち顔を隠す。

 私はあの間で()()()()()じゃなければ良いと考え、まずはツバ付き帽子とマスクを考えた。声はいくらでも変えようと思えば変えられる。後は髪の毛です。私の髪の毛は白で目立つ。カツラも考えたがあの状況じゃ用意は出来ない。

 ――一度も考えてはいませんでしたが、ルリエルさんに切ってもらった。その二人の後ろには私の髪の毛が散乱していた。ルリエルさんの手元にはカミソリ。ハサミでは時間が掛かると思い、カミソリで思い切った。

 背中の真ん中まで伸ばした髪の毛は首筋が見えるまでに切ってしまった。前髪だけを調整していた私の長髪は今日で終わってしまいました。


「深緑さん、明日は奏芽さんに会いましょう。待ってます」

「……んっ」


 これでいいんです。私はそのまま深緑さんと別れて、スマートフォンのインカメラで確認する。


「私、奏芽さんになんて言われるでしょうね。どうしたの? って言われるでしょうね」

「短髪の茉白様もお似合いだと思います」

「そうですか」


 淡白に答えるほど、私はほんの少し後悔していた。

 メモに書いた鵯越絢芽の“黒度”が想定通りの%でしたから。

 ――98%、奏芽さんに何らかの恨みを持っていたから心の反発が大きかったのでしょう。……少しの後悔どころか、大きな後悔かもしれません。


「でも明日は深緑さんの“黒度”は0%に出来る自信がありますから……」

「相当な自信ですね」

「ええ、この〈黒度の眼鏡〉のもう一つの操作が分かりましたから」

「あら、そんなのありましたか」


 意外、という顔を見せていたルリエルさん。


「持ち主なのに知らなかったのですね。ではお教えします」

「……持ち主とはいえ、全て試してはおりませんので」


 発現してから試すのは意外でした。


「丁番の右は詳細情報。これはルリエルさんが教えてくれた物でしたね」

「丁番の右……?」

「そうです、では左は」

「何もありませんでしたが」

「右を押した後に左を押すと、その人の変動時間情報が変わるんです」


 インカメラで私を見たまま変えてみる。

 基本は二十四時間ですが、左を押すたび三日間、五日間、七日間と変わる。一週間先まで確認する事が可能でした。


「それで深緑さんの“黒度”の変動で行動と一致する物が分かったんです」

「それが奏芽様ですか?」


 私は頷く。


「その時が恐らく、0%に近づく時です」


 ルリエルさんは「成程」と口を軽く抑える。


「しかし、その〈黒度の眼鏡〉の仕組みを知ったのは何処で?」

「深緑さんに手を引っ張られ、左手で眼鏡を掴んだ時です。私はたまたま右の丁番を押したまま就寝していたのでしょう。違和感に気付いたんです」


 偶然が錯誤して、大きく場が動きました。知る情報が多くなったという事は良い事。希望に傾きつつ、また行動出来る。

 次の日から奏芽さんが戻ってくるまで、勝負です……!

忙しい中、書き上がりました。毎回待たせて申し訳ないです。出来上がりはゆっくりしていたので密度が高めですが、暇な時に読んでくれると幸いです。大変な年ですが楽しめるよう次回も頑張ります……!

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