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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第六章 唯川奏芽
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75話 周りの正直

 目を開く。

 私、何を……? また知らない部屋。

 体を起き上がらせたらフラつく……私、やったみたいですね。

 おでこから湿らせたタオルが私の足に落ちる。


「夏風商店街……甘い匂い……」


 嗅覚や視覚が徐々に戻ってくる。

 タオルには夏風商店街と書いてあり、奥から漂ってくる匂いはケーキの匂い。

 それに関連するのは一宇治柑奈さんのお店。そうケーキ屋です。

 カフェで立ち上がった所までは覚えているのですが、そこからどうなったのかが覚えていない。


「はーい、ありがとうございましたー。又来てね」


 聴覚も戻ってくる。

 静かにざわめいているこの場所は間違いなく商店街だった。

 そしてこの場所はケーキ屋の二階で場所は広かった。

 下は畳で十二畳分ある。ケーキ屋さんから聞いた話の通り、二階はかなり広いようです。

 しかし殺風景とまでは行きませんが、旅館のような設備しか無いのは何故でしょう? 私が寝ている場所は布団で……テーブルは和室に合わせて低い物で四つの座布団。様々な部屋を見てきましたが、ここまで旅館の一室みたいな部屋は初めて見ました。


「駄目……ずっとこうはしていられない」


 まだ戻って間もない感覚を押し切り私は立ち上がる。両目の視線も定まらない、耳もまだらに聞こえてくる音のまま見える階段まで歩く。秋空市までゆくって決めているんです。

 壁に手を添えて階段を一段ずつ降りる。グラグラと揺れていますが、とにかく転ばないように私は一弾ずつ降りていく。白く明るいあの場所までゆっくりと。

 ゆらりと最後の段を降りるとケーキ屋さんが見える。


「柑奈……さん」

「ん? 茉白ちゃん大丈夫? あの後、倒れたから」

「ええ、大丈夫です」


 ゆらつきながらも、ケーキ屋さんの下まで歩いてきますが、流石に大丈夫までとはいかずケーキ屋さんに抱きつくように倒れる。


「大丈夫じゃないじゃんちょっと! いま美依さん呼ぶから!」

「いえ、ちょっとフラついただけです……もう歩いて行くので……ありがとうございました」

「駄目だって!」

「いいんですいいんです……! 今だけのことなので……扉まで連れて行ってくれません?」

「だったらもうちょっとだけ「大丈夫ですから!」


 一刻も早く鵯尾絢芽に会わなくてはいけない。

 いつまでも人に甘えていてはいけない、このフラついている一秒でさえももったいない。


「……何処まで」

「ケーキ屋さん、札を『CLOSED』にしてまで何を?」


 私の手を掴みながらぎゅっと離さない。


「見てらんない、青ざめてまで何処に行きたいの?」

「駅まで、駅まででいいんです」


 ケーキ屋さんと共に外に出ると朝で青いはずだった空は既にオレンジ色に掛かっている。

 私はまた長い間寝ていたようです。


「茉白ちゃん、朝のあの人、誰なの?」


 ケーキ屋さんは誰だか知らないのですか。

 私は少し驚きながら、その人が誰だかを教える。


「鵯尾雅人。奏芽さんの……父親です」

「――んっ⁉ あの人が⁉」

「やっぱり、知らなかったんですね」

「奏芽くんはお母さんとしか住んでいるのを知らないし、なんでまた……ええ……」


 三角頭巾を掻きながら、目がキョロキョロと左右に動いている。

 動揺は隠せていないようで、繋がれている手も少し震えている。


「一発、殴ってやるか」

「ケーキ屋さん⁉」

「冗談冗談……もっと知ってからね」

「それでも駄目ですって」


 これはいずれ鵯尾雅人は殴られるでしょうね、誰からでも……。

 特に奏芽さんからは。




          ※  ※  ※  ※




 秋空市――?

 あきぞらし……akizoracity……その文字だけを見て判断して歩き出す。

 やはり無理に立ち上がって何分も休んでいないからでしょうか……。

 フラついている。


「茉白様……」

「ルリエルさん大丈夫です」

「いえ、もう夜になりますよ」


 上を見上げてみると確かにオレンジ色掛かっていた空がゆっくりと青黒くなっていく。……今日は流石にここまでですか……。


「お泊りになられたほうが」

「そう……ですね。不本意ではありますけど……くっ」


 ぐらりと来て街灯の柱にもたれる。

 何処かを探そうにも土地勘がなく、そこからただ周りを見るだけ。


「このままではマズいですね、誰か頼れる方は居ませんでしょうか」

「……厩橋深緑さんにお電話出来るでしょうか?」

「かしこまりました」


 ルリエルさんは私のカバンからスマートフォンを取り出し深緑さんに電話を掛ける。

 そして私の耳元に添えてくれる。


〔NM、どうしたの〕

「深緑さん、今日一泊……私を泊めて頂けないでしょうか」

〔分かった、何処にいるの〕

「駅前……あそこにベンチがあるので座っています」

〔んっ〕


 そこで通話が途切れる。

 少し安心しました。流石に電話先では“黒度”がどうなっているのかは分かりませんが、話している限りは大丈夫なようです。


「果たしてこの広い秋空市で絢芽さんは何処に……」


 見ている限りはあの桃色の髪型をしている人は見かけない。

 明日にでも探しましょう……何故私はこんなに焦っていたのでしょう。〈死相時計(デッドタイム)〉の残り時間を見ても残りは八日間も残っている。先程介抱してくれたケーキ屋さんには申し訳ない事をいました……こんなにも不断になるとは思っていませんでした。


「ルリエルさん……私の行動って」

「大丈夫です、貴方が進もうと思った事に不安を感じてはいけません。どんな結果であろうとも逃げなければその道が正解だったと思うものです」

「悪い風には言わないのですね」

「申し訳ながらワタクシは“天使”なもので」


 スカートの裾を掴み膝を落とす。

 ……今の私に否定をしてほしかったのでしょうか、それとも肯定してほしかったのでしょうか。どちらとも捉えられない言葉はほしくなかった。


「…………」

「それより、茉白様。コーラはいかがでしょう?」


 近くの自販機でルリエルさんが購入してくる。

 私は手に取り……封も開けず横に置く。


「そろそろ深緑様が着く頃です。さて、ワタクシはスマホの中においとましましょう」


 ルリエルさんはスマホの中にスッと入っていく。

 最近は慣れたのでしょうか……いえ、そういう訳ではなく無理して入っているんでしょうね。

 相変わらず残念な部分が多すぎますルリエルさん。


「NM、来た」

「深緑さん。すみませんこんな所まで」


 ぐったりとした姿をお見せするのは初めてですね。

 何を思っているかは分かりませんが、〈感情のピアス〉を付ければ……分かる。嗚呼、心配させているようで少し重く苦い物が通っている。


「NM、行こ、布団用意してある」

「ありがとうございます」


 ……そういえば初めて私は正式に人の家に泊まる。

 普段は私のが倒れて知人に運び込まれてベッドに寝ている事が多いですから。


「NM、どうしてこっちに」

「絢芽がいると聞いたのでこっちに。深緑さんは何か知っています?」


 尋ねてみるが、深緑さんは顔をふいふいと横に振る。〈感情のピアス〉からも嘘を付いているような感情は取れなかった。深緑さんが知っている範囲には居ない……とも見れる。それであれば逆に深緑さんが知らない範囲を調べ尽くせばいいだけ。


「深緑、今日のNM、少し怖い」

「私が……? 大丈夫ですよ、疲れているだけですから」

「……違う、疲れてるだけじゃない」

「そうですか?」

「んっ、でも、後で聞く」

「いいですよ」


 私は深緑さんの後ろ姿を見ながら付いていく。

 ――密かに〈黒度の眼鏡〉を掛けて、深緑さんの後ろ姿を見る。


「どうして変わってないの」

「…………?」


 明らかに深緑さんは“黒度”を持っているはずなのに、上下していない。他の人にも感情的になってしまうはずなのに深緑さんは安定して“黒度”を留めている。


「眼鏡」

「はい、私は()()なのでたまに付けているんです」

「深緑、目は良い、必要無し」

「でしょうね、羨ましいです」


 私も目は悪くないですが、流石に何かしらの理由は付けていないと変に思われるので嘘を付いてしまいました。現に私は沢山の人に嘘を付いている気がしますが。

 ……? なんでしょう。深緑さんの気持ちに変動があったようで〈感情のピアス〉が反応している。私の眼鏡の話で、悲しみというより少し暖かな気持ちが伝わってくる。

 もしかして、眼鏡が羨ましい? 私はスマホアプリの『ルリエル』にメッセージを送る。


〔眼鏡を発現出来ないでしょうか?〕

〔どうしてでしょうか〕

〔深緑さん用に。伊達メガネでいいので〕

〔承知しました。お似合いになるように緑で作らせていただきます〕


 スマホの画面からルリエルさんの手と共に眼鏡が出てくる。

 ナイロールタイプの上ブチが無い緑の眼鏡を渡される。

 私は早歩きをして深緑さんの肩を叩く。


「あの深緑さん、これ」

「っ⁉」


 深緑さんは目を丸くして驚く。

 当っていたようで「ぉ……ぉ……」と小さくつぶやいている。


「どうして」

「深緑さんこそ、私に分からない事は無いですよ」

「深緑、目いいから、ちょっと掛けてみたかった」


 私の手から深緑さんの手へ。

〈感情のピアス〉から伝わる感情は、困惑した中から湧き出た温泉のように温かいものが溢れ出ていた。

 ――相当嬉しかったのでしょう。深緑さんは直ぐに掛け、スマホの黒画面を鏡に見立てて自身を見ていた。


「少し、借りてて、いい?」

「構いませんよ。ね?」

〔一日だけであれば〕


 複数に借りさせる事も出来るらしいです。


「一日だけであれば。ちゃんと返してくださいね」

「んっ」


 私はルリエルさんの言葉を復唱する。


「――似合う?」

「とってもお似合いです」


 ルリエルさんの物を選ぶセンスはいい。

 深緑色の髪より明るい緑色の眼鏡はより顔を明るく見せた。


「YK、目が覚めたら、眼鏡、また借りる」

「うーん、それはまた考えましょう………………はぃ……」


 ゆっくりと体と意識が別れていく。

 意識上では歩いているのに、体はそれを嫌がるように崩れていく。

 深緑さんには無理を掛けますが……いえ、これは言わないと……私はなんとか二本足で体を支え、深緑さんの手を取る。


「深緑さん、私が動けるのはここまでです……私の体を御宅まで持っていって下さい…………」

「……んっ、安心して」


 その言葉は温かく、強かった。

 ピアスから通して出てくる感情も言葉と同様に熱い。

 “黒度”が低いからこそ出る言葉なのかもしれない……。

 そして、何も聞こえなくなった。



          ※  ※  ※  ※




 一日に二度倒れるのは不覚でした。

 私は目を開け、目の前に見えた背が低い机に手を掛けてゆっくりと体を持ち上げる。周りを見渡す……小さな部屋に私は布団に座っている。机の上には私の荷物が纏めて置いてありました。


「深緑さんの部屋……ですよね」


 中には深緑さんらしくないものが多くあった。フルフェイスヘルメットにメイド服。深緑さんはそういうアルバイトでもしているのでしょうか?


「ルリエルさん?」


 私はスマホを開き声を上げるとアプリの『ルリエル』が反応した。


〔お呼びでしょうか〕

「私はちゃんと厩橋深緑の家に着いたのでしょうか?」

〔勿論です、深緑様は買い物に行ったかと思われます〕

「分かりました、ありがとうございます」


 私はスマホをスリープモードに戻す。

 また周りを見渡して立ち上がる。深緑さんらしく小さく纏まりがある部屋。私の部屋とは違い、本棚も椅子も無いただ無垢な部屋。私から一歩先にある扉を開くと暑い風が向かい、3mしか無い廊下の間に二つの扉と狭い台所がぽつり。


「ワンルーム……」


 これがワンルームという物ですか。駅から30分程、更に学校からは2時間程? 立地も悪い場所にどうして深緑さんただ一人ここで過ごしているのでしょうか。

 私は更に奥に進み、トイレとお風呂も確認。特に物珍しいのも置いていなくやはり無垢な女性の部屋でした。

 ただ……


「ヘルメットとメイド服はなんでしょうか」


 私は元の位置に戻り、遠くを見るようにこの2つを見る。メイド服には手入れがしてあり、埃1つ付いていない。逆にヘルメットは何度か使っているのか、掠れ傷や空気中のチリがバイザーに付いている。そして思いの外深緑さんの頭より大きく、すっぽり入ったとしても余裕がありそうな感じです。大丈夫なのでしょうか。


 私がいくつか部屋を眺めている内に、テレビの横にあるゴミ箱に興味を惹かれ覗いてみる。

 ……お菓子の包みがいくつか入っており、中には外国製のお菓子の包みもあった。しかも1つや2つではなく、数え切れない程多く。

 そう少しいくつか見ていると先程の廊下のいずれかの扉が開く音がした。きっと深緑さんが帰ってきたのでしょう。――少し待つと見慣れた人がやってきた。


「深緑さん、先程はありがとうございます」

「んっ、もう大丈夫?」


 私は静かにうなずく。


「NM、調子悪そう、だから、うどん」

「夏なのにうどんですか。冷やしうどんですか?」


 深緑さんは顔を横に振る。


「温かいうどん、冷たいのは調子、悪くなる」

「いいですよ」


 私は四季に関係なく温かいものでも冷たいものでも食べれるのですが、実は冷たいものの方が良かった。


「あ、私も手伝いますよ」

「んん、深緑、一人でやる。大丈夫」


 深緑さんは料理に自身があるのか、まな板と包丁を取り出して早速ネギを切る。……しかし、私が思った以上にネギが雑に切られていく。そもそも……


「深緑さん、ネギはちゃんと洗いましょう。それから包丁の持ち方も違いますよ」

「あっ……」


 私は深緑さんの後ろに立ち、深緑さんの手を持ちレクチャーする。


「駄目、NMは戻って」

「駄目です。深緑さんはちゃんと料理を教わったことがありますか?」


 私は深緑さんの手を離さず、1つ1つ高い身長を使い上からトントン拍子でやっていく。


「それから今日は私がお世話される人間なので、後ろからで申し訳無いのですが料理やっていきます」

「…………」


 いくつか工程を通すと深緑さんとついに立場が代わり、深緑さんが傍に立つようになっていた。


「どうしてうどんなんですか?」

「うどん、YKが作ったうどん、美味しかったから……その……NMにも」


 深緑さんはマフラーを掴み、床を小さく軋ませる。


「……好きですか?」

「それは」


 それ以降、深緑さんは口を謹んでしまい。話さなくなってしまった。

 不覚にも私は〈黒度の眼鏡〉を掛けていなく、それが影響していたのはわからなかった。でも……深緑さんの「それは」の一言は余りにも正直過ぎて甘い。その「好き」はきっと……うどんの事では無いでしょう。

幾度も更新が遅くてすみません。最近はyoutubeでの活動も始まり、私生活を送りながらも動画編集と執筆作業を繰り返しております。こちらも終わらせる気持ちで書いているので、期待して待っていただければなと思っております。余裕ができ次第に投稿はし続けますので宜しくお願いします。

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