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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第六章 唯川奏芽
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72話 “黒度”薄き彼女達

 正常な人間の大きさから二分の一しかない私の心臓は、バクバクとしていた。嫌な予感がしたから? これからに不安を感じているから? そんなのは何回も感じていたはずなのに。

 これは別に私の持病。スモールハート病が原因ではない。それに繋がる慢性疲労症候群の弊害でもない。それから起立性調節障害ではない、スモールハート病と起立性調節障害の組み合わせは間違いです。私は最初の診断で既に「スモールハート症候群」だった。……姉が私を診断した医者。当時19歳だった名胡桃茉莉が見たんです。

 ……ふふ、櫻見女高校に入った初期は接し方が分からず敬語を使ってない時がありましたね。そんな懐かしい事や奏芽さんが男の人だと知ってからしっかりと敬語を使うようになったのも全て「スモールハート症候群」があったから。


 三人の中で一番会いにいけるのは厩橋さんかと思われがちですが、実は撫川さんが一番会いやすい。

 櫻見女が貸し出している寮に撫川さんが住んでおり、その寮は海街の市場に近い。そこから辿り、次に会えれば古麓さん厩橋さんと行ける。古麓さんとは学校で会うことしか無いので電話番号など連絡を取れる手段を得ていない。なので無理であれば古麓さんとは今度会うことにして厩橋さんに会う。……正直、古麓さんは奏芽さんと接触する事が少なかったからか“黒度”が誰より低い。奏芽さんが居るパラレルワールドでは影響力が無いと思いますから、そもそも会う必要性も無いかと思いますが。()()()()()()()()


「さて、歩きながら話したい事があるのですが宜しいでしょうか」

「はい……奏芽さんのことですか?」


 歩いている道中、珍しくルリエルさんが物申したい事があるようです。

 こちらから話さなければ話さないルリエルさん。かなり重要なことなのでしょう。


「奏芽様が例の場所(パラレル)で何をしているのか。奏芽様の主目的(メイン)は話せませんが、副目的(サブ)ならお話出来ますけど如何ですか?」

「是非とも、一つでも私の行動が変われるのならば、お話して頂きたいです」

「宜しい、その副目的(サブ)。奏芽様の〈記憶音(メモリーノイズ)〉。それを集める事が副目的(サブ)となっております」

「〈記憶音(メモリーノイズ)〉? 記憶の音?」

「そうです、奏芽様はその音を辿って自分自身の記憶を集めているのです。その音は……そうですね、ブラウン管テレビの砂嵐の音とでも言うでしょうか。んー、今はホワイトノイズと言ったほうが正しいのでしょうか」

「ホワイトノイズ……」


 サーと言ったザラザラした物を床とかに巻いた音。もしくは雨の音に近いのがホワイトノイズ。


「どうしてホワイトノイズなのでしょうか。他の音ではないんですか?」

「茉白様は医学を熟知しているのであれば、ホワイトノイズが何に近いのか、わかりますか」


 あのホワイトノイズが何に近い……。


「……! ――成る程、胎内音ですか」

「その通り、ホワイトノイズはその胎内音に置き換えた言葉。そうです、胎内音なのです」

「それが判明した所で、〈記憶音(メモリーノイズ)〉は何なのでしょうか。奏芽さんの記憶なのはわかりました。それを奏芽さんが集めてどうするんですか?」

「〈記憶音(メモリーノイズ)〉を集めなくては奏芽様の重要な記憶が抜けている状態でこの世界に帰ってくる事になります」

「そんな」

「奏芽様は俗に言う『泣きのもう一回』状態、メリット続きな世界ではありません。奏芽様が戻ってきて記憶を『始めから』か『強くてニューゲーム』のどちらかを取るなら『強くてニューゲーム』の方を取るでしょう。それに奏芽様は一度死んだ身と聞きます。〈人物〉の天使ニカエルがいなければ奏芽様はどうなっていたか」

「出血性ショック死……」

「さよう――奇跡中の奇跡。極稀だからこそ救われた今回の件をデメリットだと思えば、これは救い。そして〈記憶音(メモリーノイズ)〉を集める事によって自分を見返せると考えれば奏芽様の一歩の成長だと思えば良いでしょう。良いことばかりではありませんが、悪いことでもないのです」

「……そうですね、奏芽さんがどんな姿で帰ってくるのか。逆に気になりました。……ですが、その〈記憶音(メモリーノイズ)〉の件で何処までの奏芽さんが帰ってくるのかも不安になりました」


「そこは奏芽様次第です」――ルリエルさんは再び着た法服とセットの黒いふっくらとした帽子をギュッと掴み顔を隠す。そう全ては奏芽さん次第。私は結局、この地上という場所で奏芽さんを陰ながら支援することしか出来ない。

 私は――

 私は――諦めないし、めげない。

 やはり希望に向かっていった。どうしてだろうか、ここまで“黒度”が無いから? 気持ちは熱く、体は穏やかに。私は名前の通りに()くやってきたことはない。なんだったらこの間のように神指さんや堂ノ庭さんに本当は悪く言ったかもしれない。

 だけど、横目にガラスに映った私の姿を見る。

 言わずとも、今日の私は真白(ましろ)だった。




     ※  ※  ※  ※




 暑い夏風町の中を500mlのペットボトル一本で凌ぎ櫻見女管轄の寮へとたどり着く。

 こじんまりとして殆ど人が入っていない5階建ての寮の中に撫川さんはいる。郵便ポストの名前がそれを示している。……2つ付けている腕時計の一つを確認すると時間は11時ほど。今の時間で撫川さんはいるのでしょうか? 下手をすればもう何処かにお昼を食べに行っている時間。ここで会えなければ私は待つこと無く次に厩橋さんの家へと向かう。


 夏風町には珍しいエレベーターを利用して4階を目指す。

 4階に着いたら撫川の文字を探す。

 ……ありました、エレベーターから左に出て3つめ。ここが撫川さんの住んでいる部屋。早速インターホンを押し、ベルを鳴らす。


「…………」


 スピーカーと思われる穴からは何も音声は出なかった。

 一方的に見れるインターホンのカメラも付いている訳ですし……居留守は使っていないと信じたい。


「あのー、名胡桃ですー……」


 一言、扉に向かって声を掛けてみたが残念ながら応答はなし。

 諦めて帰ろうとすると、エスカレーターがいつの間にか下に降りており、誰かが乗って上がってくる。

 そしてエスカレーターが着いた先が4階で、私と同じように同じ方向にやって来た。勿論、その人は私と鉢合う。


「こんにちは」

「こんにちは、あれ、えっと……そうだよね。汐璃の友達?」

「ええ、まぁ、まだ知り合い程度ですけど」


 そう言ったこの方も撫川さんのお友達なのでしょうか?


「汐璃いなかった?」

「いないみたいです」

「そう思って帰るとね、何回後悔したか分かんないよ。大体起きて来ないときはね……」


 お友達と思わしき人は慣れた手付きでまずはインターホンを連打して、その後にポスター穴に指を突っ込み「汐璃いるー⁉」と怒鳴るように声を上げる。


「これで10秒して来なかったら……うん、居ないね。じゃナギは帰ります」

「あ、はい、お疲れ様です」


 敬礼をして帰っていきました……。

 たった1分から1分半の出来事でした、先程の人は特に〈黒度の眼鏡〉も反応していませんし、奏芽さんとは全く無関係の人。あの行動もいつもらしく、“黒度”とも無縁。何でもない所で久々に“黒度”が元々無い人間に会う事が出来ました。……そもそも、名前も聞いてませんし〈黒度の眼鏡〉も反応する事無いんですけどね。


「ワタクシ達も向かいますか? 次の場所へ」


 スマホに入っていたルリエルさんはスマホから半分だけ体を出して私に問う。

 口を開いたその同時に扉が開いた。


「すまんすまん凪冴! ちょっと腕が……あ、あれ。名胡桃茉白? なんで?」

「凪冴さんなら先程降りて帰りましたよ」

「あっちゃー……それで名胡桃茉白はなんの用? その……出来れば立ち話で終わるぐらいで済むといいんだけど……」

「立ち話で終わります、というより既に終了していますよ。凪冴さんを追い掛けてはどうですか? 遊ぶ予定だったんですよね」

「あ、うん。そうする。ごめんなんか」


 撫川さんは私に一言謝り走っていった。あれは本当に申し訳無く思っている。〈感情のピアス〉を通してその感情が頭を通った。勿論、通さなくとも顔の表情と一つ流した汗で理解した。

 私の目的は唯一つ。撫川さんの“黒度”が確認出来ればいい。

 そして撫川さんの今の“黒度”のパーセンテージは15%程で思った程の黒さで安心した。心配は無い。


「……茉白様。次に向かえそうですか」

「ええ、厩橋さんの家へ向かいます」


 元々奏芽さんとの接点が少ない撫川さんは想定通り。

 ……でも次はそうにも行かない。

 厩橋さんは、奏芽さんとの接点が多すぎるからだ。




        ※  ※  ※  ※





 乗り継いで秋空市に着いた。

 夏風町からここまでは2時間も掛かり、時計は13時を指していた。お昼ご飯も取らずに移動はしてきたが、お腹は空いていません。……躍起になっている。何か食べないと、とは移動中に思いましたが残念ながら思っているだけで行動には移すことなく。

 そして


「茉白様、お昼は如何でしょう。体に毒ですよ」


 ルリエルさんにも言われるように。

 しかし先程言った通り私はお腹が空いていない……。はたまた私はここ周辺の飲食店を知らない。

 私は少し考えて――


「いえ、厩橋さんに会うまではお昼は取りません」


 こういう事にした。奏芽さんを助けるのに外での無駄な時間が惜しい、とでも言った感じですか。私の今の体はそういう体質に変わっていった。

 厩橋さんの家は秋空市の駅から降りて左、そこから30分の位置と聞いている。

 そう聞いてその場所へと動こうとした所で「NM」と特異な呼ばれ方をして足が止まった。この呼び方で私の動きを止めるのは一人しかいない。


「厩橋さん、丁度良かった。今厩橋さんの家にお伺いに行こうと思ってたんですよ」

「んっ、深緑は出先、お腹空いた」


 そう言って厩橋さんはお腹を押さえる。「私も」と自身も話を合わせる。……先程の話と矛盾があるけど、お昼を取らなかったのは幸運かもしれない。


「お昼、一緒に食べる」

「是非とも。あ、私はここの飲食店知らないので厩橋さんの好きな場所で良いですよ」

「んっ」


 厩橋さんは一言頷き、歩き出す。私も歩幅を合わせて横に付いていく。こうして素直な厩橋さんと共に仲良く歩いているけど、こうしているのが私にとっては不安です。

 何故ならば“黒度”の事があるから。〈黒度の眼鏡〉を掛けて厩橋さんを見るが18%から20%を安定して“黒度”を保っている。そう、あれほど奏芽さんと仲良くしていた厩橋さんがこの黒度を安定させているからだ。奏芽さんと交流が深い堂ノ庭さんや神指さんが高い“黒度”を示している、更に奏芽さんの母でさえ80%と高い数値を示している。にも関わらず厩橋さんは20%代を保っている……私の考えが間違っていなければ交流が無い程“黒度”は低い数値を示す。だからおかしいんです、厩橋さんのこの“黒度”の数値が。

 ……絶対に何かが引き金で厩橋さんの“黒度”が上がる。

 厩橋さんには申し訳無いですが、少し試してみることに。


「厩橋さん、奏芽さんと過ごしていたあの時。本当に仲良くやっていたんですか?」


 意地悪に質問してみる。

 何人か見て、奏芽さんに関する事を話すと激怒したり気をおかしくする。


「YK優しかった。深緑、お世話になった」

「そ、そうですか」

「おかしい?」

「い、いえ。私は奏芽さんと一緒に過ごすのは学校だけですから」


 どうして……上がらなかった? 厩橋さんの“黒度”の変動は一切無かった。それどころか普通に質問に返答を行った。


「じゃあ、奏芽さんが何か悪い事をしたとか。厩橋さんに怒ったとか、そういった奏芽さんが感情をこもった事をして厩橋さんはどう思いました?」

「んっ、深緑ちょっと怒られた事はあった。けども、YKは正しい、深緑が悪いと思って、反省した」

「……厩橋さんは、逆に怒った事は?」

「一回だけあった、でも、その時はYK、悪くなかった。だから深緑、反省した」

「…………」


 話した事によって“黒度”が上がるどころか、下がっていた。だが完全に取りきっておらず最下限5%で止まり再び上昇した。話す事で厩橋さんの“黒度”は取り切れない。もうひとつ行動を起こさなくては取れない……ではその行動は? 私には分からず謎だった。


「厩橋さん」

「NM、言ってばっかり、深緑が言う」

「え、ええ……どうぞ」

「YK、体、大丈夫なの。深緑、心配」

「奏芽さんは私と茉莉さんが責任を持って見ています。心配は要らないですよ、また今度来ます?」

「んっ、出来れば、毎週行きたい」

「毎週……ですか……」


 私は〈死相時計( デッドタイム )〉を確認する。

 ……残り10日間、厩橋さんが来るのはこの10日間の1回のみとなってしまう。厩橋さんの“黒度”からしたら放置しておいても問題は無いと思うけど、やはり不安だった。


「厩橋さん、また今度に厩橋さんの所にお伺いしようと思います。その時に奏芽さんに会いにいきましょう」

「んっ、大丈夫」


 遠回り気味に奏芽さんと離すような言い方をしたが、“黒度”は変動しなかった。奏芽さんと厩橋さんが仲が良いのは嘘と思うほど。でも1年生の頃に3学期丸ごと一緒に生活したと奏芽さんに聞いている。だったら尚更“黒度”は上昇しているはず。

 ……厩橋さんは疑問に思っていない。

 けど私は、話せば話すほど……疑問を持つばかり。


「着いた、ご飯、食べる」

「ご一緒します」


 厩橋さんのお気に入りのお店なんでしょう。とてもお洒落ですが、お昼時なのに人が居ない。私も騒がしい所は好きじゃないので悪くはないですが……ここを選ぶのはどうなんでしょう。

 厩橋さんは店員の案内も待たず自分の好きな席に座る。入口から、もはや窓よりも奥に座る。ここがお気に入りなのでしょうか。

 私は対面に座り、会話を続ける


「いつもこのお店来るんですか?」

「んっ、ある友達、いなくなってから、来てる」


 嫌いな友達でもいたんでしょうか……。


「そのお友達は、いつ頃から?」

「今年の冬」

「結構……最近ですね……」

「んっ」


 厩橋さんは頷いていますけど、それは友達と言えるのでしょうか。もしかして“黒度”と関係しているのでは? ……でも奏芽さんとは関係は無さそうな気がします。なんとなく。

 また一つ、私は厩橋さんの事で一つ問う。


「そういえば、マフラーって何故付けているんです? 夏なのに」

「恥ずかしいから」

「顔、ですか?」

「んっ、でも、やましいこと、ない」


 厩橋さんはマフラーで隠していた顔の下半分を出す。


「正面から見るのは初めてです。恥ずかしがることないのに」

「……でも」

「でも?」

「YK、いなかったら、ずっと顔隠してた」


 厩橋さんは私から目を逸らして話す。

 奏芽さんが何からを解決して、マフラーを外す事に成功したんでしょうね。顔をずっと隠していた頃はきっともっと恥ずかしかったんでしょうね。


「NM、どうして、眼鏡してる」

「あ、ああ。ごめんなさい、最近は目が悪くて」

「――大丈夫?」

「はい、一時的だとは思うので。これ借り物ですから」


 私はもう〈黒度の眼鏡〉を通して厩橋さんを見る事は無いと思って、外してカバンにしまう。

 一日だけ久々に厩橋さんと向き合ってみたい。能力無しに。だから〈感情のピアス〉もオフ……?

 私は元からオンにしていなかったのか、触れた瞬間に微力ながら感情を受け取った。私は勘違いしていた、そう元から()()にしていなかった。

 もしや――今だったら、厩橋さんの事が少しわかるかも。


「厩橋さん、奏芽さんに何か行動して貰って嬉しかった事って?」

「頭、撫でて、貰ったこと」


 ……熱い感情。

 厩橋さんは無表情で感情の無い人かと思いましたが、ここまで熱い感情を持っていて、私に間接的に熱い感情を通すとは。


「そうでしたか。そういえば、マフラーはもう付けないんですか? そろそろ店員も来ますし」

「……付ける」


 恥ずかしがってる。

 微量ではなく明確にはっきりと恥ずかしがってる。

 私も恥ずかしくなってくるほどに。


「ふ、ふふふ」

「どうしたの」

「私、厩橋さんが可愛く思えて来てしまって。一年生の頃にもっと早く知っておけばいいなって思ってしまって」

「…………深緑も、NMの事、YKの事も、早く、知りたかった」


 余計に恥ずかしがった。

 なるほど、奏芽さんも推すほど仲良くしてくれと言うはずです。知れば知るほど可愛く感じるのだから。


「数日後、絶対に来ます。約束しましょう、厩橋さん」

「んっ、約束」


 子供らしく指切りをする。

 ――厩橋さんのように、大人しく皆、素直に行動出来ればいいのに。

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