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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第六章 唯川奏芽
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71話 神指葵、来宅

 奏芽さんの死まで残り10日――


 朝目覚めると傍にルリエルさんが立っていた。

 誰かが近くにいるのは久しぶり、朝は一人で勝手に目覚めて、学校に行って……また夜には読書で満足したら一人に寝る。そして一言


「おはようございます茉白様」

「おはようございます」


 そう言われる日々が来るとは思わなかった。この事だけは奏芽さんがこの状態でなければ来なかった日々でもある。

 ルリエルさんから眼鏡を渡されて私はそれを掛ける。


「如何でしょう。精神の調子は」

「特に変わってませんね」


 鏡に映った私を見て“黒度”0%の数字を見る。

 鵯尾雅人に会った事で“黒度”の上昇があったと思ったが、特に時間変動グラフでも0%を維持していた。


「確認出来た所で茉白様、今日の予定はいかがなさいますか」

「まだ休みたい気分なのですが……」

「焦る事はありません、あくまでも茉白様は奏芽様のサポート。結果は全て奏芽様が握っているのです。こちらは落ち着いて行きましょう」

「は〔ピーンポーン〕


 …………家全体にインターホンの音が流れる。朝から用がある人なんていないはず。

 まさか鵯尾雅人? お母さんより茉莉さんより早く私が出ないと。奏芽さんとは関係の無い人が巻き込まれるかもしれない。

 私は急いで階段を掛け下がり、玄関の扉を開く。


「わぁぁ⁉ そんな急いで開けなくても⁉ 奏芽くんの顔見るまでは帰りませんよ⁉」

「はぁ、はぁ、はぁ……良かった」


 神指さんでしたか……。昨日のことで神経質になってました。まだ神指さんなら大丈夫。そう()()ですが、茉莉さんと私が見ている限りは奏芽さんに危害を加える事は無いでしょう。


「朝からごめんなさい、事情で今しか奏芽さんに会うことが出来ないんで」

「いえ、でもこうして朝に会えるのも私が……いえ、茉莉さんが見ているからです」


 頑丈なはずの階段も今は柔らかく沈み込むような感覚に陥る。以前に私は神指さんから悪く見られている。だから言葉に気を付けて少しでも“黒度”を上げないようにする。

 茉莉さんと奏芽さんが待っている扉を開ける。そこは相変わらず寝たきりの奏芽さんと……寝不足なのか、顔が少し痩せた茉莉さんがいた。


「ああいらっしゃい。茉白のお友達?」

「はい、神指葵と申します。どうぞ宜しく」


 神指さんは一度お辞儀。


「これはご丁寧に。名胡桃茉莉です……あぁ」


 椅子から立ち上がろうとすると、茉莉さんは立ち上がれず諦め背もたれに付く。


「茉莉さん大丈夫ですか?」

「ええちょっと……ここ空けとくから茉白の部屋で寝ていい?」

「どうぞ、ルリエルさんもいるので」


「ありがと〜……ごめんね」そのままフラフラと私の部屋へ滑り込んだ。


「今のが茉白さんの姉様?」

「ええ、今は頼りがいのある姉です」


 茉莉さんが座っていた椅子に座ってカルテを見る。

 カルテには様々な項目がある。主訴(CC)現病歴(PI)既往歴(PH)といった特に重要な物から家族歴(FH)社会歴(CH)更には嗜好まで書かれる。これらは勿論奏芽さん自身に聞いたものでは無く奏芽さんの母、唯川美依さんに聞いたもの。茉莉さん自身が唯川家まで動いたものこれらを聞くため。


「奏芽くん、奏芽くーん。……奏芽くんはまだ悪い夢から醒めないんですね」


 いくら神指さんが揺すっても奏芽さんは目覚めることはない。もう医学界では人として扱うが、もう人として扱えない状態。最善を尽くした結果が今の奏芽さん。むごい事です、でも一言で片してしまう「仕方ない」と。この状態になると本人には生も死も選べない。私達には本人が今、夢が現かも分からないこの状態を見ていかなくてはならない。


「奏芽くん、ちゃんと起きますか?」

「私にも茉莉さんにも分かりません」


 私は顔を横に振った。

 私は〈黒度の眼鏡〉の情報を見る。神指さんの“黒度”の変動率はそのまま60%が平均。厩橋さんより上、堂ノ庭さんより下といったところか。

 ――私は思った。奏芽さんもいるこの空間だったら、神指さんを0%にいけるのでは?


「神指さん」

「はいっ?」


〈感情のピアス〉も正常に動作して急に話しかけられたのに対し、驚いた感情が届いた。この感情の伝わりなら奏芽さんの事も聞き出せる。


「一つ質問ですけど、今の奏芽さんを見てどう思ってますか?」

「…………」

「神指さん?」


 私をジッとみたまま、拳を強く握って震えていた。


「急に質問されたと思えば、失礼じゃないですか?」

「え? そんなに失礼でしたか?」

「そうですよ、今の奏芽さんを見てどう思った? 茉白さん、それは逆に茉白さんがどう思っているのかも分かってしまうんですよ。『聞いてみて面白そうだ』とか『私はこの人を恨んでいるし奏芽さん好きだし、だから聞いてやろう』なんて」

「それはあくまでも神指さんの考えの一つです。ただ純粋に……」

「どこが純粋ですか⁉ そもそも奏芽さんが倒れてから茉白さんおかしいですよ。悲しむどころか落ち着いている。まるで感情が無いように!」


 ギリリと歯を食いしばり、私を睨み付けている。話を広げようとしたが、悪い方向へ行って広がってしまった。

 だが……何故でしょう。私は聞きたくなった、神指さんに。


「どうして」

「はい⁉」

「どうして、神指さん()()()()()()のですか? 私をもっと怒りたかったのでは? 良いんですよ、明らかに私は酷い事を言いました。だからもっと露わに怒ってください」

「そ、そんな。抜かした事を……私は怒っています。い、いえ……帰ります!」


 ギュンギュンと様々な感情が私の中を通って、過ぎる。

 そして、神指さんも私の横を通り過ぎ、ドアの閉まる音が聞こえた。

 今の言葉は煽りだった。少し申し訳無いと思って、怒るかと思ったら感情の複雑な入り混じりだった。“黒度”の変動はしなかったが、これで攻略の手口は見出だせた、神指さんの心は壊れていなかった。でも今はこれで良い。

 私は朝にも関わらず、心臓の動きは早く倒れそうになっていた……ストレスが掛かる朝でした。


「大丈夫、大丈夫……奏芽さん。私は誰一人傷付けませんから」


 奏芽さんの手に自分の手を重ねて自分を落ち着かせる。

 私は言葉でいくら傷付いてもいい、皆の“黒度”を無くせるのなら。今の事を抱え込むのは私だけでいい、奏芽さんが戻るためなら。だけどその開いた傷を癒やす時間を今だけ下さい奏芽さん。


「皆、今の状況を信じられてないだけなんです。だから他の人に当ってしまう。それを忘れないで下さい奏芽さん」


 この声が奏芽さんに届いてないのは分かっていても語りかけてしまう。私は()く信じているから。

 そう、この10日間を私は貴方が帰ってくると待ちますから。どんな苦難を乗り越えた貴方だって知ってます。だからこの苦難を乗り越えてくる事を私は知ってます。奏芽さんが知ることの無い私の気持ちを今だけ想います。


「……はっ」

「あ、起きた。あんまり変な寝方するんじゃないよ」


 寝ていた訳じゃないのですが、茉莉さんに変な所を見られてしまった。膝付いて奏芽さんの側にいたらそれは寝ているように見られてしまいますね。私は立って膝を叩く。

 いけない、余り奏芽さんに干渉しすぎたらそれはそれで“黒度”が上がってしまいますね。


「それより寝ていたのでは?」

「いやぁ仕事柄かな。というかルリエルとやらが近くにいて寝れないのが現実」

「茉莉様、ただワタクシは見ていただけですよ」


 スッとルリエルさんが奏芽さんの病室に入ってくる。


「ほらそういうところ! ああもうなんて()を連れてきたの茉白」

「奏芽さんを救う為なんですから悪気ある言葉はやめてください」

「はいはい、じゃあ暫く寝るから茉白は出て行って。あ、ルリエルもね」


 背中押されて私は部屋を出ていった。


「ワタクシは()使()なんですが。さて、茉白様如何なさいますか」

「そうですね……まだ見ていない人はいるはず。それで実際変動する事は分かったので」

「分かったので?」

「裏を書いて撫川さん古麓さん厩橋さんの三人に会いに行きます」


 どうしてそう思ったか、とルリエルさんは首を傾げているが、この三人“黒度”を低いが故に後から恐ろしい事になるのではないかと私は思っていた。実際低いと思っていた奏芽さんの母がああでは全員の“黒度”に疑いを掛けなくてはならない。特に……


「茉白様、予定がお決まりなら実行致しましょう。10日の猶予があるとはいえ、余裕が無くなっては水の泡です」

「はい、参りましょう」


 私の懸念は皆さんを見てからにしましょう。それまで問題は起きる事無いのですから。

 外に出てからルリエルさんに一つ質問をした。


「強い“黒度”を持った者同士が会ったらどうなるんですか?」


 “黒度”はそもそも私にしか見えない物ですが、その見えない者同士が話し合い、絡み合ったらどうなるのか?

 もし今の神指さんとが、逆に堂ノ庭さんが他の“黒度”を持つ者に会ったら……という考えでもある。


「薬」

「クスリ?」

「ええ、薬と一緒です。会う事により改善するか……悪化するか。“黒度”は言わばメンタル。精神の狂いが“黒度”なのですから会う事でどうなるかはワタクシには分かりかねません」


 精神≠“黒度”という事ですか。

 医学的に近いものでいえば精神障害の代表的な「抑うつ」、それは治すには確かに難しい。


「では会っても見た目上は普段通りであり、“黒度”の上下は変わらない?」

「見た目は普段通りではありますが、“黒度”の変動は行われます。ただ言動、行動、全てが“黒度”のまま行われますので改善するか否かは分からないのです。所詮は人の取り方次第なのです」


 私が今まで見たものだと全て改悪に徹する行動に見える。やはり会ってはまずい、“黒度”を持った者同士が。このままでは奏芽さんが助かる道が塞がってしまう。


「……急ぎましょうルリエルさん。夏風町は狭い町、時間の問題です」

「しかし。いえ、ワタクシは差し伸べる者。全ては茉白様の意の中に」


 3人に会わねば。

 会って“黒度”を確かめ、これからの作戦を練り直さなければ。

 ついでに私の行動も最小限になるよう努力しなければ……何故なら心臓の病があるのだから。なるべく倒れないように色々な努力をしなければ……この夏休みは忙しくなります。

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