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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第六章 唯川奏芽
82/91

70話 接触

 奏芽さんの死まで残り11日――

 カチカチと逆に回る時計を見る。


 次に向かった場所は唯川家。

 目的は二つ、唯川美依さんの“黒度”を確認そして出来れば0%に近づける。もう一つは前にケーキ屋さんが言っていたあの存在。そうケーキ屋さんと奏芽さんが知っているはずのもう一人の存在。前は私が倒れてしまったばかりに聞きそびれてしまった。


「ここはワタクシも一回来てますね。成る程、奏芽様の部屋があるのですね」

「はい」


 ルリエルさんがまだ奏芽さんを認識する前ですから、知らなかったも当然ですか。

 インターホンに手を伸ばし、音を鳴らす。


〔どうぞ、茉白ちゃん〕

「お邪魔しますよ」


 いきなり来ても奏芽さんの母はこの一言です。

 勝手に入っても良いみたいですけど、それは余りにも失礼なので私は一回はインターホンを押す。

 中に入ってリビングまで移動すると、いきなりタバコ特有の臭いが私の鼻を突き刺す。

 つい鼻を押さえてしまう。


「あー茉白ちゃんごめんね。すぐ消臭スプレーするから」


 奏芽さんの母は溢れんばかりに吸い殻が突き刺さった灰皿をゴミ箱に捨てて、消臭スプレーを部屋全体に掛ける。その後は念を押してなのか空気洗浄機まで稼働させる。


「お母さん、これつまらない物ですけど」

「あーあー! ケーキね、最近食べてなかったから嬉しいよ」


 そして席に座り目の前に置かれた黒いケーキ。


「あー……茉白ちゃん焼いた?」

「いえ、ケーキ屋さん曰く“黒ごまケーキ”ですって」

「あの人も変なのしか作らないなぁ。まったく」

「…………」


 その黒いケーキもですが――

 どうして、お母さん。貴方も黒いんでしょうか。

 唯川美依さん、何故80%も……80%も黒いんですか……!

 一番黒くなってはならない、一番信じなきゃいけない人が奏芽さんに対してそんなに黒くなっているんですか。――心が!


「奏芽の様子どう? 最近そればっかりだけどさ」

「あ……そうですね、変わらないですよ。たまにはお母さんも来てくださいね」

「そっか、ううん大丈夫。変わらないんだったら茉白ちゃんと茉莉さんに任せるよ」

「…………」


 なんでそんなあっさり答えてしまうんですか……。


「そうだ、私花壇に水やってなかった。茉白ちゃんもちょっと手伝って」

「え、私もですか」

「一人じゃやりきれないかもしれないからさ。ちょっとね」

「…………?」


 花壇に水やりぐらいなら一人でもやりきれる気がするのですが――ここは奏芽さんの母の気分と受け取って私も外に出る。

 こまめに管理はしているのか、綺麗だった。


「右から順にあさがお、月下美人、デュランタ。よく咲いてる」

「最後、開いてるスペースは?」

「ひまわり」


 奏芽さんの母はそこまで移動する。少し土をならして軽く水を掛ける。


「ここには二つ、スペースが無いからね」

「…………」


 悲しい、ひまわりが埋まっている場所に奏芽さんの母が近づいたら悲しい気持ちが〈感情のピアス〉から伝わってくる。まるで重い鉛を体に入れられたよう。


「どこで間違えたんだろう、私達って」

「お母さん?」

「茉白ちゃん、何処で間違えたと思う? ――私達」

「考えないほうが良いと思います。その考えは奏芽さんも望んでないかと」

「そっか。悲観的だったか。でもね……明るく生きていけないよ」


 余計に重くなる。ずっと奏芽さんの母は一人。三ヶ月もの間、ニカエルさんも奏芽さんも誰もいない状態を苦痛に暮らしてきた。

 むしろ、この状態で80%は抑えた状態だったのかもしれない。もっと感情が入り混じっている訳でもない、悲しさが反発して“黒度”になってしまった。

 ずっと奏芽さんを見ていて、助からない気持ちという長い時間を過ごしてしまったからこそ、信じてあげられなくなってしまった……。


「一つ、二つ、三つ、四つ……思い返せば思い返すほど、間違った気がするんだ」


 ちょろちょろと、じょうろから水を出して順に花達に水をやる。


「芽は出てくる。新しく、育って、いずれかは枯れる。何処もタイミングは分からない、私は水をあげるだけ――そう、美依としてね」


 ……81%、増えてしまった。


「お母さんとして何も教えられなかったぁ。馬鹿だね、私」


 奏芽さんの母は立ち上がって背を伸ばす。

 その顔には涙が一粒流れていた。

 ――私、何も出来ないのでしょうか。

 考えて、考えて、考えて――。

 考えて、考えて、考えて――も“黒度”の根本の原因も分からない。その原因に関しての私の行動も分からない。原因究明。不可。


「ちょっとお母さんトイレ借りても」

「うんいいよ。場所は……分かるよね」

「はい、ルリエルさんちょっと」


 ルリエルさんも連れてトイレに一緒に入る。


「茉白様、お花を摘むのにワタクシは必要ですか?」

「いいえ、一つ質問をしたいが為のトイレです。別に用を足す訳じゃないです」

「別に奏芽様の部屋でも宜しかったのですが――まぁ、どうぞ」

「奏芽さんに関する事での“黒度”ですよね?」

「ええ、それは間違いないですが?」

「奏芽さんの事以外で“黒度”が上がる事もあるのですか? 例えば――妹、その妹に関する事で“黒度”が上がるとか」

「茉白様、存じ上げる限り無い筈です。何を疑っているのかと」


 見る限り真っ直ぐな目を見て――私は顔を横に振った。


「奏芽様に妹がいないのは証明されてるも同然でしょう。居ないのですから、母様の奏芽様への思いは今全て“黒度”に変わっている。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のです。茉白様は〈黒度の眼鏡〉と〈感情のピアス〉で今見抜けない物は無い。疑いかぶりにも程がありますよ。では失礼」


 ルリエルさんはトイレから出ていった。

 狭いトイレで圧迫感があった今でもルリエルさんは知る限りを話し、脅迫じみてもなく私は突き付けてもしっかり話した。〈感情のピアス〉は何も反応しなかった、私に対する怒りもどうして疑ったのかの悲しみも無い。


「他の天使も見てみたい――」


 トイレの便座に座って天井を見る。




          ※  ※  ※  ※




 結局――答えは出ないまま夕方で帰った。

 その間も奏芽さんの母の様子を〈黒度の眼鏡〉を通して見てみたけど、上がった1%は下がり、そこからまた上がることも下がることも無いまま、また謎を残した。


「……あっ」


 聞きそびれたことも残して。


「ああああ――」

「茉白様?」

「奏芽さんが4、5歳の頃のカメラフィルムを貰うの忘れてました――何の成果も得られず、ああ私は何の為に奏芽さんの家に……」

「フィルムと言うのはこれですか?」


 手から出したのはその通りの〈物〉。カメラのフィルム……。


「現像している可能性――フィルムを保存している可能性――存在している可能性――」

「はい?」


 Aの存在は奏芽さんとケーキ屋さんが知っていたとしても、奏芽さんの母が知らなければ()()()()()()()()()が無い。カメラフィルムには保存期限があり、完璧な保存をしたとしても劣化は免れない()()()()()()()()()()()()()()が無い。そして最悪、カメラマンの奏芽さんの母だとしても劣化したものは商品として扱わず破棄してしまうでしょう……そのフィルムが()()()()()()()()()。三つをクリアしなければAの存在を突き詰める事ができない。奏芽さんに聞けないケーキ屋さんも分からない状態では、その重要なAの存在を知る事が出来ない。


「もし、Aと奏芽さんの母が結べる存在だったら――80%という“黒度”を引かす可能性だって…………」


 無い。

 ルリエルさんが言い出した『奏芽さんに関する事』以外に入る。

 Aの存在はケーキ屋さんと奏芽さんとの関係が結べる存在だと思われる。


「フィルムの存在をどうして考えるのでしょう、茉白様」

「探しているフィルムに可能性があると思ったのですが、なんでもないです」

「奏芽様に関する事であれば何でも追求すべきかと思いますが、そのフィルムが存在するのであれば〈魔法箱〉もあるのですから送ってしまえばまた奏芽様にヒントが届くのでは」

「あればいいですけど――奏芽さんの母は持っているのでしょうか。そのフィルムにはケーキ屋さんと奏芽さんが知っている事しか……はっ」

「茉白様、フィルムに関しての閃きが出ましたか」


 ――考えてみたら、Aの存在を奏芽さんの母が知らないはずがない。そう、Aの存在を撮影したのであればその当事者。もっと噛み砕くと『奏芽さんに関する事』になる。ずっとケーキ屋さんと奏芽さんとの関係()()結ぶ物だと思っていたが、一方的な関係じゃない。奏芽さんも、ケーキ屋さんも、奏芽さんの母も知っていればAの存在と四角関係となる。


「ルリエルさん、ありがとうございます」

「さて? ワタクシはお礼を言われるような事はしていませんが」

「ふふ、無意識に良い事をするのですから天使なのです。お礼には慣れていないのですね」

「――分かりかねませんが、お礼は受け取っておきます。ではお先に家に帰らせて頂きます」


〈羽根〉を使って飛んでいく。ああ見えてルリエルさんは照れているのかもしれません。〈感情のピアス〉は反応しなくても、今のを見てるとやはり感情は薄からずあるのかも。

 手を振って送る……〈透明化〉してませんが、今の時間なら空を見る人もいないでしょう。


「失礼」

「ひゃっ⁉ ご、ごめんなさい邪魔でしたか」

「いえ、唯川の家から出てくるのを見たので」


 私に話し掛けた男の人は私と同等の身長でニットタイの黒ネクタイを結んだ黒スーツの人。眼鏡もまた黒く、目を据えて見ると度が入ったレンズ。

 ――何処か、何処か、見覚えのある目。いいえ、顔のパーツ何から何まで。

 私はこの人と何処かであったことがあるのでしょうか。


「……私、あの家に用があっただけで」

「そうでしたか。唯川美依をご存知でしたか」

「貴方も用があるのですか?」

「ええ、私は美依とは古い付き合いでしてね。通り掛かった所、貴方様が出てくるのを見たので少し様子を見てから話し掛けようかと思いまして――お時間は大丈夫ですか」


 腕時計を確認――今は〈死相時計(デッドタイム)〉。改めてスマートフォンで確認すると、夕方とはいえまだ日は浅い。


「短い時間ですが、大丈夫ですよ」

「ならば商店街のカフェで」


 その男は私の横を通って先に行く。

 この人も奏芽さんに関係する人であれば是非とも話したい。――私は少し疑いを持ち、2m程離れて付いていく。私、一人で歩いていて襲われる事などありませんが、この人に関しては特に私に対して襲う感じも見えません。――名前は聞いていないから〈感情のピアス〉と〈黒度の眼鏡〉は反応していなくてもそれだけは分かる。本当に話を聞きたいのでしょう。


「コーヒーで良かったかな」

「はい、それで結構です」


 椅子に座って男は注文を取りに行く。

 私はその間も男の背中を見てまた既視感を覚える。

 不思議に――そう、不思議に。


「おかわりもどうぞ、いくらでも」

「いえ一杯だけで大丈夫です」


 特に疑いも無くまずは口に付ける。

 うん、普通の味。


「美依の様子はどうでしたか?」

「そんな元気では無さそうです」

「ふむ、どの程度で?」

「どの程度ですか……難しいですね、色で言うとコーヒーぐらいですか」

「成程」


 黒く、100%ではないですがコーヒー程黒く染まっていました。


「貴方と美依の関係ってどういった者でしょう? 私は貴方と会った事が無いんでね」

「私とですか? 奏芽さんと関係があるっていうぐらいで。――奏芽さんをご存知ですか?」

「知っているも何も、私は父親でね」

「わ……そうでしたか」


 父親でしたか。奏芽さんの口からは聞いた事が無い父親の存在。


「そんな事も知らずに疑いを持ってしまってすみませんでした」

「ああ、いえ。お互いに知らない状態でしたから持って当然です。これは何かの縁です、名前を」

「失礼しました。私は名胡桃茉白です」

「私は()()()()です」


 鳥取さん、殆ど居ない珍しい名字。


「今、奏芽は何をしていますかね。姿を見なくて」

「え……」


 つい、言葉を詰まらせる。父親なのに奏芽さんの状況を知っていない?


「ご存じないのですか?」

「名字の通り、私は美依とは離婚した身でね。残念ながら同時に奏芽の状況も分からずでね。――葬式はいつに」

「え……え……」


 葬式? 分からずと言ってるの同時に、どうして葬式の話まで出るのでしょう。

 簡単に奏芽さんは今預かっているのを話そうと思ったのに、状況を知らないのにいきなり葬式の話はない。


「名胡桃さん?」

「あ……そういった身内の話は美依さんとしたほうが良いかと。込み入った話ってこんな私とするべきじゃないと思うんです。私は奏芽さんとは1年2年の付き合いなので」


 うまく回避したつもり。

 少し間が空いて鳥取さんが口を開く。


「美依とは会うつもりが無く、たまたま名胡桃さんが出てくるのを見たんで話掛けたのですが……正直、離婚した後だと殆ど会う機会が無くなるもんでね。こうして話をしてるんですよ」

「そうですね」

「奏芽とは数ヶ月前に会ったきりで、ここ暫くまた会わなくなったのでね」


 急かしすぎて、また矛盾が生まれた。


「あの鳥取さん、何を焦っているのですか?」

「別に焦っているわけではないんですが、奏芽がどうなったのかが分からないもんでね、数ヶ月前に――」

「本当は知っているんじゃないんですか?」

「何を」

()()()()()()()()()()()()()

「――そんな馬鹿な」


 鳥取さんは腕を捲って俯いてしまった。

 はたしてどっちの『そんな馬鹿な』なのでしょうか。

 生きているのを知っているからなのか……死んでいるから、なのか。


「嘘を付いている訳じゃないんでしょうね。奏芽が亡くなったのは」

「ええ」

「何も聞かされていないから貴重だ。これはこれは……」

「友人としてはショック受けました」

「気持ちとしては難しい物です、人が亡くなるというのは」


 段々、鳥取さんの真意が分からなくなる。

 葬式の話はする、会った会わなかったと話はする。これは何かしらの嘘は付いている。

 そしてもう一つに気付いてしまったのだ。確実な嘘に。


「美依さんの元夫なのは事実ですか?」

「ええ」

「ではこれから確認しに行っても良いですか? 今なら夕方ですし間に合いますし」

「それは――」

「駄目ですか? 私、どうしても気になることが」

「私の話せる範囲であれば」

「貴方……鳥取裕人(その名前)嘘ですよね」

「はは、そんな」


 話しててすっかり忘れていた。

 全く持って反応しなかったんです、〈黒度の眼鏡〉。


「だから確認しに行こうと思ったんです。貴方の言ってる事が全て嘘に聞こえたので」

「仮にこの名前が嘘だとして、どうするんです? もし本当の事を言ったら貴方はどうする」

「ちゃんとしたお答えを聞くまでは私も嘘を付きます」

「――肝が据わった女だ、良いでしょう。私のこの鳥取裕人というのは嘘です」


 現に知っていること。私が聞きたいのはそこじゃない。

 そう、本名。奏芽さんに関係しているのは事実なのだからこの人の“黒度”が知りたい。どのぐらいの関わり合いがあるのかも“黒度”が示している。名前さえ分かれば私も偽名・鳥取裕人の“黒度”を取り除く事が出来る。


「ですが名前など容易い物。まずは奏芽の現状を知りたい」

「奏芽さんは昏睡状態です。四ヶ月前のままずっと、死んだように生きています」

「そうか――その状態なのか。成程、時期には死んでしまう状態なのか」

「いいえ、必ず奏芽さんは助かるかと」

「自信があるようで。その根拠は」

「私が助けるからです」


 静かに強く言葉を発する。


「面白い人だ貴方は。――私の名前は鵯尾雅人。奏芽の元父です」

「鵯尾……雅人……」


 景色が遠く見え、目の前の鵯尾雅人さんにしかピントが合わない。

「ひよどりまさとにきをつけて」……まさか、奏芽さんが伝えたかった危険な人物は自分の親であるとは。この人一体……。


「……!」


 “黒度”が深い。眼鏡のレンズ一帯に広がる最大規模の“黒度”。誰よりも大きく膨らみ濃い。

 丁番の突起を押して更に情報を見てみる。


「うっ、わっ……」

「どうかなされましたか」


〈黒度の眼鏡〉が悲鳴を上げている。パーセンテージが199~200%を交互し、時間変動グラフもまだらに上下に動く。耳に付いている〈感情のピアス〉からも様々な感情が流れていて、私が壊れそうになる。

 熱い、煩い。暗く重い感情が流れ込んでくる。


「さて、――貴方の調子悪そうですから帰らせて頂きます。また次回に」


 鵯尾雅人が立ち退いた瞬間に


 ピキィ――――!


〈黒度の眼鏡〉にヒビが入る。

 ついに限界を超えて計測が不能になってしまったようだ。欠けてレンズが落ちる。

 パラパラと、ヤスリで削った木片みたいに。普通のレンズでは到底ありえないような欠け方をする。

 そしてフレームだけが残った。


「奏芽さん。貴方のお父さんと何があったんですか――」


 底知れぬ因縁があるのでしょう。 

 けども、私はその因縁も分からない。親と喧嘩したことなど無いし、実の父ともそんな因縁になったこともない。

 なんででしょう、唐突に涙が出てしまった。

 結局、何も出来なかったから? いえ、あの鵯尾雅人に対して何も出来そうにないと確定してしまったからでしょう。そう、あの“黒度”と複雑な感情を見て感じてしまったから。消沈してしまった。


「でも、あの人をどうにかしないと――奏芽さんに――でも、私には何も――」


 独りで口に出してしまうほど、悩んでしまった。

 グチグチと今現在の状況を吐き出して整理する。




          ※  ※  ※  ※




「そんな事が。天使の〈物〉を破壊出来る程の“黒度”があるとはワタクシの想定外です。失礼しました」


 家に帰った後、ルリエルさんに〈黒度の眼鏡〉を破壊してしまったことを謝罪したが、逆に謝られてしまった。〈感情のピアス〉は正常に動くが、流石に〈黒度の眼鏡〉は大事なレンズが壊れてしまったことにより使い物にならなくなってしまった。


「茉白様にお怪我はありませんでしたか。レンズの破片が目に入ってしまったとか」


 私は顔を横にふると安心したようで一息ついた。


「あの、怒ってないんですか?」

「〈物〉はワタクシ自身であればいくらでも発現出来ますが、茉白様自身は一つなのです。付いたワタクシとしては貴方が大事です。ほら、新しい〈黒度の眼鏡〉です」

「でもまた壊してしまったら――」

「もう抜かったような事はしませぬ。200%以上も計測出来るように致しました」


 新しくなった〈黒度の眼鏡〉を受け取る。


「どこまで計測出来るようになりました?」

「余裕を取って400%までは。鵯尾雅人……油断なりませんな」

「ええ、本当に」


 まさか奏芽さんに関係大アリなのに深い“黒度”を持っているとは……しかも身内とも言える父親。恨みのようなものさえ感じたあの時、〈感情のピアス〉でさえ困惑していた。どのように表現していいのかと。


「その“黒度”のレベルになってしまうと茉白様でも救えないレベル。ここは諦めるしかありません」

「下げる事が出来ない?」

「いいえ、下げる事は出来ると思えますが奏芽さんの〈死相時計(デッドタイム)〉14日間では解決出来るレベルではありません。そして奏芽様のお体と会わせてはいけませんね」

「ええ、わかりました」


〈黒度の眼鏡〉の起動チェックをする。周りを見るとすぐ傍まで茉莉さんが寄っていて思わず声を出してしまった。


「あれ、実の姉が近くに居ることも分からなかった?」

「いえ……ルリエルさんと話し込んでいたので、私の部屋に何かようですか? ノックもせずに」

「奏芽くんの容態。気になるでしょ」

「はい」


 ルリエルさんが颯爽と用意した椅子に座り、次々と今の容態を語る。


「まずは点滴を抜いてからの容態だけど、栄養は何処からか取ってるのか分かんないけど大丈夫」

「良かったです」

「――これで本当に私の出番は終わりってこと。奏芽くんからも何も触らないでって言われたし」

「帰るんですか?」

「いやいや、私の夏休みはまだあるし。満喫はさせてもらうわ~。自由にさせてもらっていい?」

「良いですよ。ご自由に夏風町を満喫して下さい」

「どうも~。じゃ」


 茉莉さんは報告を上げたあとに自分の仮部屋に戻っていった。結局何があるといけないから奏芽さんの体もそっちに置いたままだから、なんだかんだ言って様子は見るようだ。


「茉白様」


 静かになっていたルリエルさんが口を開く。


「精神的に疲れているでしょう。まだ夕方ですがお休みになったほうが宜しいです」

「……ええ、そうさせていただきます」


 ベッドで横になる。


「貴方自身が今回の事で“黒度”を上げることがありませんように、おやすみなさい」

「はい――おやすみなさい」


 最後に見たルリエルさんの姿は部屋の電気を落とす姿――あの小さい体に強い力があることを思うと、私はまだまだと感じる。私自身ももっと強くならなくては。

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