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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第六章 唯川奏芽
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69話 一つの歩み

 夜――

 茉莉さんも一時的に睡眠を取っている間に私は〈魔法箱〉に入っていた手紙を広げてみる。直ぐ側に昏睡している奏芽さんがいるのにリアルタイムで奏芽さんの手紙が届くのは不思議な事。まずは流し読んでみる。本当に奏芽さんからの手紙なのか否かを。

 …………。


 日付の合致、奏芽さんの癖がある文字、そして何より奏芽さんは足りないと思ったのか文章の最後には拇印まで押してある。


「間違いなく、本物――」


 私は頭の中で読み上げる。


[お()さしぶりです。元気に……してないよね、俺は()うやく目覚めたかと思ったら()うやら三ヶ月も眠ってて、その間ずっと名胡桃さんが見てたんだって? 今も俺の体を病院から取()匿って見ているんだって、ある人から聞いてジンと来たよ。……お姉さんも見ててくれてありがとうござい()す。でも余り変な事はしないでくれるとありがたいです、()らに言っておく()、点滴も要らないので抜いて下さい。痛いので。今、俺の体()関する事は何も問題は無いです。そっちの体の状態は分からないけど、俺は健康でいます。……まだまだ書きたい事いっぱいあるけど、この箱をこの手紙が通るか分からないからまた今度送るのでこれぐらいに。名胡桃さん、体に()()()()()過ごしてください。いつか俺も戻れますように]


 ――唯川奏芽。


「貴方は馬鹿です、皆の事をもっと書いてあげて下さい……空白が余ってるじゃないですか……! ふふっ、全く、貴方って、人は……心配させるのが、上手です……」


 クスクスと私は笑いながらも、手紙に涙を溢す。

 嬉しくて、心痛くなって、泣いて。

 溢れる気持ちがいっぱいに感情となって涙となって、奏芽さんを感じとっている。

 短い文章なのに、本を一冊読んだレベルの満足感もある。


「でも……」


 何度か読んでみると、一つの違和感を感じた。

 文字の一部が太く書いてある。それが一つでは無く、何個か細かく刻んで。特に「気を付けて」だけは連続で太文字。

 気を付けて……どうしてここだけは意図があるかのように太く書いてあるのでしょうか。私に対しての強調とした「気を付けて」とも読み取れますが、それだったら読みやすいようにもっと他も大きく描くはず。

 私は太文字で書かれた文字だけを別の紙にピックアップして書く。左上の文の初めの太文字から最後の「気を付けて」の強調した文字まで。


「ひ、よ、ど、り、ま、さ、と、に、気を付けて」


 ひよどりまさとに気を付けて……。

 ひよどりという名字に見覚えがあります。

 私達の憎き人物、鵯尾絢芽。

 彼女は私との対決の後は行方が不明となった。松前先生を通して彼女が学校に来ない理由を聞いてみたけど、休学して貰った……との事。一度だけ堂ノ庭さんが夏風町で彼女を見たと言っていましたが、今は一体何をしているのかも分からない。

 その鵯尾絢芽の恐らく父が鵯尾マサト。気を付けて、と言われましても顔も知らないですし……隠し文としては明らかなチョイスミス。奏芽さんが昏睡してからの三ヶ月もこの鵯尾マサトという名前も聞いたことがありません。

 でも用心しなければ……奏芽さんが危機して私に教える程なのですから。会わなければいいのですが。


「成る程、〈魔法箱〉を騙して掻い潜るとは奏芽様も中々頭がキレる者ですね」

「そこを狙ったんですかね。こういう使い方も出来ると」

「果たして関係があるのか、無いのか。ワタクシには知らない事です」

「――手紙、私も書きますかね」


 手紙で文通するなんて初めて。

 茉莉さんともSNSを通して書くだけで、手書きはしたことがない。

 こうして、書いてるだけで手汗が紙に付かないかだとは気遣いをしてしまう。

 また字が汚くないかとか……ちょっと変になってしまいます、書いてるだけで。


「う~~」

「ははぁ、〈物〉の天使ルリエル、茉白様が何を思っているのかはわかりました。これでしょう」


 書いてる横でルリエルさんは物を置く。


「いえ、別に電子辞書は要らないです。義務教育で習った漢字は意味も書き方も全て覚えてますし」

「はて? 何を悩んでいるのですか」

「ふふ、天使には分からない事かもしれません。こういうのって気持ちと感情が必要なんです」

「ただ書くだけでは駄目なのですか? 奏芽さんは文だけを考えて書いてるのでは」

「隠し文も抑えつつ、ちゃんと書きたい事を書いているのですよ……そして、こういうのって手軽に書けないものです……スマホのメッセージとかと違って」


 ルリエルさんにも見られつつ、私は文章を綴っていく。

 私が書き終わった頃には深夜の一時を回っていた。




          ※  ※  ※  ※




 夜にエアコンを作動させてなく、暑いまま寝てしまった。

 私は机に俯せたまま、じっと寝てしまっていた……薄いブランケットが一枚私の肩に乗っていて、誰かが掛けたみたいです。


「…………」


 顎から一滴汗が落ちる。

 窓を開けていただけで他は締め切り、部屋の中もじっとりとしている。

 ルリエルさんも茉莉さんもまだ寝ている……今の内に手紙を送らなくては、内容を見られては少し恥ずかしいですから。

〈魔法箱〉を開けて手紙を一枚入れると、昨日と同じく「判定中」の札が上がる。


 チーン――!


 今回は早い、物量によって判定の長さが変わる可能性があるのでしょうか。

〈魔法箱〉の中身を見てみると、無かった。これで奏芽さんに手紙が届いた。後は私が世界(ここ)で出来る事をやるだけ。


「んーおはよう、茉白」

「おはようございます」

「茉白、手紙見ちゃった」


 そういえば机に置いてあった奏芽さんの手紙が無くなって、茉莉さんの手にあった。


「勝手に見ないで下さい」

「ごめんごめん、点滴も必要無いとかで。これからは健康状態だけ見ればいいのかね、私は」

「それだけでいいかと。奏芽さんが望んでないんですから」

「今は私もヤブ医者みたいな事やってるしねー、許可得ずこういう事出来ちゃうのよ、っと」


 奏芽さんの腕からプツッと点滴の針を抜く。


「そしてついでにーっと」

「…………茉莉様、どうしてワタクシに点滴の針を刺すのですか」

「いや、何も食べてないように見えたから。ガリだし――あんた食欲とか無いの?」

「五感の内の味覚を持っておりますし、お腹の空腹感や満腹感もありますが、天使は欲だけはありませんよ。そもそも欲を持つ事は禁止。欲を持ち、その欲を満たす為に行動すると――堕天します」

「堕天……ルシファー的な?」

「ルシファー……ですか」


 ルリエルさんは帽子をギュッと掴みツバで顔を隠す。


「〈記憶〉の熾天使と呼ばれた者です、今では過去形ですが」

「熾天使……大天使の上ですか」


 私も話が気になり口を挟む。


「私は〈物〉の天使、そして〈人物〉の天使ニカエル。他にもありますが、その最上位が〈記憶〉の熾天使となります。全てを纏める天使と考えて良いでしょう」

「では今は誰が纏めを?」

「堕天し今、各大天使が纏めております。……話は面倒なのでヤメにしましょう。ワタクシ〈記憶の本〉を大天使に見られたらお終いですし」


 ふぅとルリエルさんは一息付いて――


「欲を持つ事と言っても現在では反逆に繋がる欲を持つ事は禁止であって、その他の欲は持っても良いかと」

「良いかとって、結局ルリエルは欲を持ってないの?」

「言った通りワタクシは欲にする事を持ってはいません……食欲はもちろん性欲、睡眠欲……稀に最初から欲を持った天使も生まれるようですが、危険とされるようですよ。だから疎外するようで――まぁ別に天使は寝ようと思えば寝ますし、起きようと思えばずっと起きてますし、食べようと思えば食べますし?」


 こうして聞いていると、天使の世界もまた人間の世界に似ている。

 社会がある、人間性といって良いものがある、個体差がある。

 不思議な力を持ったとしても、根本的な物は変わらない。

 天使もまた人間。


「さてさて、ワタクシの話はこれまでとして。如何なさいます。茉白様、茉莉様」

「私は茉白と違って何も出来ないから奏芽くんの様子を見る事しか出来ないから、ほい茉白頼んだよ」


 茉莉さんは軽くトンと背中を押す。


「まずは“黒度”をなんとかします。これが主目的ですよね」

「ええ、“黒度”は下げれば下げる程奏芽様が有利になっていきます。どうか頑張って」


 そしてルリエルさんはスッとスマホの中に入っていく。

 ――恐らく数十分後には外に出ていると思いますが、結果としては思った通りでした。

 しかも数十分どころではなく、家を出て電柱近くで。


「ぐ、グエエエエエエ――グエエエ――」

「る、ルリエルさん。ちょっとそれ……ふふっ、前の吐き方の方が良かったです」


 特徴がある吐き方で笑いが出てしまった。


「申し訳ございません……やはり電子潜入(エレクトロダイヴ)は駄目です。外で宜しいでしょうか」

「大丈夫なんで、ゆっくり行きましょう」


 どうして介抱するのが私なんでしょう、これは逆なのでは。

 ――小休憩を挟みつつ、誰から攻略すべきかを考える。


 まずは神指さんや、堂ノ庭さんといった人物から考える、あの二人が一番“黒度”が濃く、次に濃さから言うと天と地程の差で厩橋さん、撫川さん、古麓さん。特にこの三人は奏芽さんがいる世界では影響が無いと言って良い程。そう五人は。範囲内はこれだけではない、奏芽さんに関係する人物、家族も含まれる。

 追加、ケーキ屋さんと奏芽さんの母。

 こうしてメモ帳に書き写す。


「――本当にこれだけですか? 茉白様」

「…………居ますね」


 そうだ、鵯尾絢芽も追加する。

 これで恐らく全員、簡単には行かない人物だらけだけど、とにかく1%でも減らせれば奏芽さんの負担が掛からなくなる。


「メモ帳に書き写されていない事となると、奏芽様の母方とケーキ屋……様? そして鵯尾絢芽様ですか。これらの“黒度”の様子を見に言ってはどうですか?」

「そうですね、誰が一番高いかを見なくてはいけないですからね」

「茉白様、鵯尾マサトは?」

「――余り関係は無いんじゃないのでしょうか。重要では無い気がします……奏芽さんも書きはしましたけど“黒度”はよくて10%多くて20%かと」


 根拠はあった、同時に鵯尾絢芽も奏芽さんの件で“黒度”の変動は逆に行っているのでは? 心の反発でマイナスの反発はプラス。プラスであれば“黒度”のパーセンテージは上がらない。


「その考え、間違いで無ければ良いのですが」

「会ってからまた考えを改めればいいんです。まずは奏芽さんの母とケーキ屋さんに会いましょう」


 鵯尾絢芽とそのマサトは行方が知らないので、無視。

 まずはケーキ屋さんに会いましょう。




          ※  ※  ※  ※




 商店街――


 早速、ケーキ屋の扉を開くとベルの次にケーキ屋さんが出てくる。そしていつもどおり「いらっしゃいませ」と笑顔の後に「お、白いネーチャン」と続いた。


「どうも、ケーキ屋さん……あの、名前教えて貰えませんか。いつまでもケーキ屋さんは私が申し訳ないので」

「ケーキ屋さんが慣れてるからいいよー。白いネーチャン」


 出来れば私の名前ぐらいは覚えてほしい……。

 ルリエルさんから補足で言われたのが〈黒度の眼鏡〉でパーセンテージを出すには名前を知っておかないといけないらしく〈黒度の眼鏡〉を起動しても何も表記されない、それどころか“黒いモヤ”さえ出ない。


「私は名胡桃茉白です。さ、名前を」

「……一宇治(いちうじ)柑奈(かんな)……奏芽くんにも教えた事無いのに。……ちょっとふざけてるの自覚してるからこんな可愛い名前っ……嫌でさ恥ずかしいのよ」


 緊張の痛みと恥ずかしさの甘い感覚が〈感情のピアス〉を通じてやってきた。


「いい名前だと思いますよ」

「よしてよ? ()()()()()、いつも通りケーキ屋さんでいいんだから。一宇治さんなんて呼ばれた時には痛い目見せるよ? 目にグラニュー糖注いで鼻にはクリーム突っ込むからね?」

「ふふ、大丈夫ですよケーキ屋さん、そこまで恥ずかしがるのならケーキ屋さんのままです」


 これで〈黒度の眼鏡〉に情報が出るようになった。

 一宇治柑奈、B85……いえいえ、BHWが目に入りますが要らず、黒度のパーセンテージを見る。


「――30%前後」

「ま、平均的ですね」


 ボソッとルリエルさんも口にする。長い付き合いの中でこれは中々に抑えられている。これは攻略が容易と思われます。


「ん、眼鏡女子流行ってるの? 夏風町にブーム来た?」

「ああ、いえ。なんでもありません」


 必要な情報を見てカバンの中に〈黒度の眼鏡〉をしまう。


「ルリエルさん、この眼鏡のレンズに浮き出てる情報って正面の人に見られたりします?」

「いいえ、ワタクシと茉白様以外に見る事は出来ません」


 それならば焦ってしまう必要が無かった。私は今、この情報を見られたと思って反射的にしまってしまい、ケーキ屋さんから見たら不自然な行動に見えたかと。


「…………」

「…………」

「茉白ちゃん今日はどうしたの? ケーキ欲しいんでしょ?」

「そ、そうですね。じゃあお二つ程」

「もしかして〜…………見た?」

「…………!」


 ルリエルさんに顔を向けて再び確認してみる。見えているんじゃないか、と。だけどルリエルさんは「決してそんな事はない」と顔を横に振る。


「正直に言ってみてよ、ね?」

「……く、黒い物です」


 私はごまかしつつ黒と連想するように言ってみる。


「ほほう、見えちゃったか……」

「…………はい」

「ワタシだってそんなつもりじゃないんだよ? わざわざ聞き出す程落ちぶれてない。察し力が」


 ――ドヤ顔をする。

 もしかして、ケーキ屋さんって何らかの天使の力があるのでは? 自分で理解出来るほどの“黒度”が出ているのにも関わらず、どうして消さないのでしょうか。


「ワタシは試したよ、何回も何回も――」

「出来なかったんですか?」

「いいや、挑戦は何回でも出来るからね。でも増える一方」


 ケーキ屋さんは何度も試した結果、“黒度”が増える一方……自らを犠牲にしてまで、奏芽さんの役に立ちたかったんでしょうか。この人には何らかの天使の力がある。

 そう決心して私もルリエルさんに今力を借りてる事を口にする――


「あの――」


 口にしようとした時、ケーキ屋さんは何か物騒な物をケーキケースの上に置く。


「この()()()()()()、何回やっても美味く出来ないのよー」

「…………」

「あれ、どうしたの?「なんか、違う」みたいな顔して」


 全く、その通りです。

 深刻な顔して、声のトーンを落としてたので頑張っていたと思えば、ケーキの事ですか。恐ろしく察しが宜しいかと思えば、この()()()()()()の話と私の“黒度”の話ですれ違っていただけ。


「多分、一番美味しい」

「…………」

「大丈夫だって味は保証するから。ささ、持っていって」


 もう箱に詰めていて後に引き返せない状況までに。

 さっき美味しく出来ないと言ったばかりなのに曖昧に「多分」と付けて一番美味しい黒ごまケーキを出される。私、正直言って味付け……調味料の類が嫌いなのです。胡椒や塩――七味も好きじゃありません。ごまもその中に含まれてて一番に好きじゃないかもしれません。コーヒーもブラックで飲んでます、砂糖も好みではありません。


「――分かった、茉白ちゃん」

「は、はい⁉」

「ケーキ嫌いでしょ⁉」

「……ケーキ屋さんの私ってどんなですか……」

「んー、真っ白」


 ストレートな言葉、ありがとうございます。

 私はケーキ屋さんのこと、ケーキしか知らない未開人だと思っています。


「――どう、奏芽くん。体とか大丈夫?」


 ケーキ屋さんは声のトーンを下げて奏芽さんの容態を伺う。

 私は一度〈黒度の眼鏡〉を付けて“黒度”の様子を見つつ話掛ける。


「――今も寝てますよ、ずっと」

「そっか、心配だね。茉白ちゃんも見てて大変でしょ」


 ケーキ屋さんの感情からはじっとりとした寂しさと、ギリギリとした悲しさが伝わってくる。“黒度”は変わらず30%を維持している。


「私以外にも医者をしている姉がいるので、何か悪化してもちゃんと見られるようになってます。だから私はこうして」

「成る程ね、じゃあ別に茉白ちゃんが見てるわけじゃないんだ」

「…………」


〈感情のピアス〉から何も伝わってこなくなった。


「ケーキ屋さん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「うっ⁉ ――ぴ、ピンポイントに今……今、私が思ってたこと当てたね……」


 ギクリとケーキ屋さんは固まる。

 当てられないはずがない、〈感情のピアス〉から通じたこと。私に対して()()()()()()()()


「言うけど茉白ちゃんは奏芽くんの為に今は何してるのかな?」


 顔は怒っている。だけど〈黒度の眼鏡〉と〈感情のピアス〉の前ではお見通しです……顔は怒っているのにも関わらず暖かな気持ちが〈感情のピアス〉から流れてくる、これは私と喋っていて実は喜んでいる? そして〈黒度の眼鏡〉では30%から29%、僅かですけど奏芽くんの話題になってから1%減っている。


「ごめんなさい、逆に聞きます。――話相手、いないんですよね?」

「今日の()()()()()()()は鋭いね……ははっ、そうだね。普段は奏芽くんが遊びにきて、他愛も無い話が楽しかったね」


 また1%減った。

 ケーキ屋さんと奏芽さんの日々はこうして毎日話すのが日常だった。どんな話でもケーキ屋さんは楽しんで話して、また奏芽さんもケーキ屋さんのどんな話でも対してツッコミを入れてくれたから、楽しくてケーキ屋さんは話し相手として尽きる事が無かった、と言った所でしょうか。


「きっと奏芽さんが帰ってきた日にはこんな話をすると思いますよ。『ただいま、ケーキ屋のお姉さん。ちょっと心配させちゃったけど、色んな経験出来たぜ』と、私は奏芽さんじゃないですから定かではありませんが、今も奏芽さんは色んな夢を見ています。だから、また話が出来る日を祈ってくれませんか? 信じて貰えませんか。――眠っている奏芽さんに約束出来ませんか?」

「…………」


 じっと私の話を聞いて、出た感情は明るい光を見て驚いたような感情――わっ、というより初めて光る物をみたような感情です。


「――凄いね、私が嫌って嫌い続けても茉白ちゃんは真っ直ぐにワタシを見て来そうだね、いや見てくるね。まるで先生か親みたい……約束するよ茉白ちゃん、それから約束してよ。奏芽くんの()()は戻ってくるんだよね?」

「はい! それは約束しましょう。()()()()()さん!」

「くあーっ! もー、()()()()()ちゃん!」

「ふふふふ――」

「あははははっ……でも、その名前は奏芽くんの前とか友達の前ではヤメてね?」


 最後に〈黒度の眼鏡〉の情報を見た時にはその数字を見て私は眼鏡を外した。






























 ――0%


 30%から一気に0%へと。

 奏芽くんに対する黒い思いは無くなった。いいえ、消えました。


「茉白ちゃん、かっこいいね」

「いえ、私はかっこよくありません。奏芽さんがくれた勇気です」


 私は少し笑ってケーキの箱を持って出る。

 チリンとなったベルの音が柔らかく、そして温かみのある音に聞こえた。


「茉白様、貴方のお力はワタクシが思っている以上にとんでもない物かもしれませんね……天性のモノ、〈言葉〉の天使に相する力をお持ちですね」

「ふふ、もしかしたら私の前世はその〈言葉〉の天使だったのかもしれません」

「それはありません――が、地上に堕天したのであれば有り得る話ですね」


 帽子を掴んで顔を隠す。

 一つ、私が分かったこと。天使に対しては〈感情のピアス〉が反応しない。最後に放ったルリエルさんの言葉の真意が分からなかった。私が堕天した天使だと言いたかったのでしょうか……?


「ルリエルさんの私ってどんなですか――?」

「さあ、今は尽くす事しか考えておりません。パートナーに感情(それ)を持ち込む事はありませんよ」


 ピッと〈感情のピアス〉に触られ、力をオフにされる。


「ワタクシ達を知れば知るほど――後悔しますよ」


 ルリエルさんは堅苦しくも、知られないように気遣っているのでしょう。

 でも……もし教えてもらおうと思えば……いえ、気遣っているのであれば聞かないのが礼儀でしょう。私が真相を知ることはない。

 天使の事は、知ってはならないのでしょう。

 先を行く〈物〉の天使ルリエルの背中は黒く見える。法服だからではなく、影が出来ているからではなく……黒い〈物〉を持っているような背中が見えたから。知ることはない、知ってはならない、重く熱い物を始めから持っているのでしょう。

 天使は。

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