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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第六章 唯川奏芽
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68話 再びの解答そして決意

 目を閉じて、開けると辺りは薄いオレンジ色に掛かり腕時計を見てみると4時を刺していた。コーヒー一杯だけで長居してしまい、誰にも会う事無く一人の時間を過ごすことが出来た。いや出来てしまった。

 寝ていた訳じゃない……とは言えない。何に対しても無意識な状態が続いた、とでも言える。

 今日に対しての負担の掛かり方が異常だった、痛く刺さる言葉、剥き出しの怒りの感情。――見えてしまう黒いモヤ。以前はそんな感情も無かった彼女達は急に変わった。しかも敵意は私。奏芽さんという人を預かってしまったが故に。


「…………」


 冷めてしまったであろうコーヒーに映る私を見る。

 ……私もこのぐらい黒いのでしょうか。この眼鏡で私自身を見る事は出来ない。ガラスや鏡に映った自身を見て確認してみたが、黒いモヤは映らなかった。

 見えたらきっと黒く映る自分がいるでしょう。信じたくは無いですけど。薄くも濃くも黒いモヤが。

 この黒いモヤに関して、喋りたくても喋れない。天使達は別として、奏芽さんを知る人々に話したら余計に黒く染めてしまう。茉莉さんだけには反応しなかったけど、無闇に相談は出来ない。というより天使という存在を今知って理解を得てないから相談が出来ない。

 ――ため息、肩を落とす。

 ルリエルさんからも連絡が来ない状態、一度は来ると言ったものの、音沙汰がない。スマートフォンを机に置いて連絡を待っている状態ではある。けども、アプリの『ルリエル』にもメッセージが何一つ来ない。

 ――これでまたため息、肩をもう一段落とした。


「NM」

「……あれ、厩橋さん……」


 厩橋さんは確か秋空市の方に住んでいるからこっちにはいないのに私の目の前に立っていた。手には袋を下げていて、薄っすらと見えたのがコンビニとかに売っているトルティーヤ。

 あれは……奏芽さんの好きなもの。

 悪寒が走る。背筋を凍らせる。動悸も少し激しい。

 見えたものがその袋と厩橋さんの全体に映った“黒いモヤ”だから。


「こちらに夕方来るなんて、珍しいですね……何しに?」


 一つ一つ言葉を選んで刺激しないように、“黒いモヤ”を濃くしないように喋る。


「YKのお見舞い、夏休み入る前、学校来なかったから」

「そうですか………………」


 堂ノ庭さんや神指さんと違って厩橋さんは“黒いモヤ”が薄い。けども油断は出来なかった。


「NM、良かったら、一緒に行く」

「一緒に……」


 どうして天使もとい神様は、今だけ集中的に私をいじめて来るのでしょうか。

 行かないと行っても奏芽さんの母はきっと私の事を言うでしょう。かと言ってここで「奏芽さんは預かってます」と一言出してしまうと厩橋さんの“黒いモヤ”は濃くなり私に敵意を持つ可能性。どちらの選択を取っても結局同じ道を辿ってしまう。


「あ……あの」

「NM、悩むぐらいだったら、行こ」


 手を取られてしまって、カフェには冷めたコーヒーだけが残ってしまった。

 言い出せなかった、厩橋さんの方が行動が早かった。

 馬鹿だ、私。最悪の展開に持っていってしまった。まだ奏芽さんの家に着かない内に切り出して話せば良かったのに何も言えず、無言で、目の前まで着いてしまったのだから。

 ここに奏芽さんは居ない。


「厩橋です」


 インターホンからの奏芽さんの母の声に続いて厩橋さんが声を出す。私は声も出せずその場で立ち尽くす。


〔奏芽なら、後ろに居る茉白ちゃんに預けてるわよ……茉白ちゃん家まで連れて行ってあげて〕


 嗚呼、結局だった。

 隠しておくべき事じゃないのに、皆の気持ちを知って隠していた事が。厩橋さんにも知られてしまった。


「ご、ごめんなさい! 私隠していた訳じゃないんです! 言い出すのも恥ずかしくて、何か……怒られそうで、でもちゃんと奏芽さんの母にも納得して貰って――」

「NM、大丈夫、顔上げて」


 謝る為に下げていた頭を上げ、顔色を窺う。

 表情は変わっていない、けども……怒っている様子も無かった。


「NM、YKの様子見ていたの知ってる、深緑は納得した」

「厩橋さん……」


 途端な感情変化も無く、言葉にも強弱がない。

 肝心の眼鏡から映る“黒いモヤ”も薄いままだった。

 本当に納得している……。


「行こう、NM」

「はい」


 その後の行動を見ても、冷静だった。

 眼鏡先から厩橋さんを見ても黒くなく。

 今日見てきた人物で一番に信用出来る人間かもしれない。“黒いモヤ”が無い茉莉さんを除いて。


「さ、上がってください。平気です、奏芽さんは今も……寝てますから」

「んっ」


 二階に上がって部屋の扉を大きく開ける。


「や、帰ったか」


 相変わらず茉莉さんはカルテを持って車椅子に乗せた奏芽さんの側に居た。


「どうでしたか?」

「茉白、やっぱり変わらないよ。あのルリエルとやらが言ってた通りこの子の身の保証はされているのかもね」


 変わりませんでしたか。

 でもそれは安心に繋がった。

 何も変わっていない事が今は大事。


「それで、そちらさんは?」

「――厩橋深緑」


 厩橋さんはお辞儀をする。


「お友達ね。茉白も友達増えたねー」

「ば、馬鹿にしないでください……」


 茉莉さんは私が小さい頃から既に居なくて、そこから先の私の成長は見たことがない癖に。


「はいはい、それで厩橋さん。面会時間なんて物は無いからごゆっくりと、ね」

「ありがとう、ございます」


 茉莉さんは奏芽さんをベッドに寝かせ、点滴を刺す。


「YK」


 厩橋さんは奏芽さんの手を握ってじっと固まる。

 一時の沈黙――。


 何か思いを馳せているのだろうか。厩橋さんのこの行動は今回が初めてじゃない、奏芽さんの家でもこうして厩橋さんは奏芽さんの手を握り、じっと5分長くて10分はこのまま。一度は横槍を入れて話しかけた事もあったけど、厩橋さんは一言も話す事なかった。この時だけ厩橋さんは集中している……と私は察して以降は話しかける事は無かった。


「不思議な子だねー、何か安心するんだろうね」

「でしょうね」


 茉莉さんと肩を合わせて遠目に厩橋さんを見る。

 今日はいつもより長く、適当に時計を見ると15分は掛かっていた。

 厩橋さんは自分の中で満足したのでしょう、ゆっくりと奏芽さんの手を置いて一度顔を見る。


「大丈夫……NMも一緒、いつ戻っても大丈夫、YK」


 厩橋さんは立ち上がって私達にも一礼をして「また、来ます」と一言。


「もう帰っちゃうの? もっとゆっくりしても――」

「深緑、これ以上いたら、気持ちが」

「無理強いはしてないから。じゃあまた来てね」

「はい」

「……あ、私が送っていきます。玄関まで」


 特にドタバタとした展開は無く――。


「いつでもいいの」

「はい、いつでも大丈夫ですよ」

「んっ、また来る」


 玄関の扉を開けて出ていった。

 ――そしてまた開いた。


「また、お会い出来ましたね。茉白様」

「はい、おかえりなさい」


 ――ルリエルさん。




          ※  ※  ※  ※




 待望のルリエルさんが帰ってきたのはいいものの、前回会った時と違い、服がボロボロ。顔にもアザのような物が付いており誰かと(あらそ)ったような形跡に見える。いや、間違いなく。


「あの、本題に入る前に服をどうにかしてくれませんか?」

「これはこれは、失礼しました――全く、ワンピースと違ってこの法服は魔法でどうにか出来ない一品なのですから大天使も手加減して欲しかったブツブツ――」


 ルリエルさんにも鬱憤は貯まるのですね……これから先が思いやられます。


「ルリエルさん下にはワンピースを着ているのですね」

「これが天使の正装ですから。今だけここに服をお掛けしても宜しいでしょうか」

「どうぞ」


 ボロボロになった法服をハンガーに掛けて帽子も外し掛ける。


「先日にお話し出来た件ですが、承諾が取れました。お手伝いが出来ます」

「本当ですか⁉ 是非――」

「ただし、私は〈物〉の天使。助ける、助手というレベルまでは承諾が取れませんでした。だから()()()()です。申し訳ございません」

「それでも助かります! ありがとうございます――」

「だいぶワタクシやられましたが」


 ボロボロになってまで私との約束を結ぼうとした事に感謝です。


「さて、欲しい物と言っても分からないでしょうからワタクシ選別しておきました」


 次々と置かれる物達。


「まずは〈死相までの時計〉です。ワタクシは面倒ですので〈死相時計(デッドタイム)〉と呼んでますが」

「これは……?」


 普通の腕時計のように見えるが、針が動く方向を見てみるとまさに“反時計回り”。秒針が反対に回っており、12日という文字が表示されている。


「奏芽様の命の時間とでも言えるでしょう。これを過ぎるとこちらでいう脳死。それを可視化出来る時計となっております」

「でも、このタイムミリットを知った所で私が出来る事とは? これを止める事ですか?」

「これは茉白様の手では止める事が出来ません。その本題は次で。この〈物〉を」


 次の物を手に取る。


「これは――今日私が付けていた眼鏡に酷似していますが」

「新たな眼鏡です。言わば〈黒度の眼鏡〉とでも名前を付けましょうか」

「一つ思ったんですが、こういう物達ってルリエルさんが名前を付けているのですか?」

「お恥ずかしながら、ワタクシが一つ一つ名前をつけていますが」

「…………」


 逆にそこまで清々しく言われると言い返せません。

 商品の名前なんかはどんなに恥ずかしい物でもプレゼンターが頭を捻り出して考えているのですから、笑ってはいけません。その笑いを狙って商品を名立ってる物もありますけど。


「その〈黒度の眼鏡〉で一体奏芽さんの何の助けになるのですか? 余り関係が無さそうに見えますが」

「今日一日ワタクシが先日渡した眼鏡はお付けになっておりましたか?」

「はい。とても酷い夢を見ていた気分になりました」

「宜しい、この眼鏡は人間の黒さを見る眼鏡……そのままですね。それを更に細かくし奏芽さんに対しての黒度となります」

「それが濃い人は感情を表に出しやすくなって、薄い人は安全という事ですか」

「認識上は合っていますが……」


 ルリエルさんは足の付いたホワイトボードを取り出し図にして描く。


「奏芽様が対象もしくは関連した人。家族友達知り合い程度……それら全てが含まれます。人には心があって、今回の奏芽さんが倒れた事による心の反発が今回の黒度へと等しく同じ物」

「心の反発……」

「ええ、心の反発はプラスにもマイナスへも変動する複雑な物です。今まで奏芽様が築いて来たプラスの物が一時的にマイナスへと飛んで行ってしまっている。だから言動も行動も攻撃的になってしまっている……中には壊れてしまっている方もいるかもしれません」


 書いたハートマークにヒビを入れる。

 既に壊れてしまっている……そんなのを想像しただけでゾッとする。


「ここまで言えば茉白様がやる事が見えてくるでしょう」

「心の反発でマイナスになった部分をプラスにする事……あの“黒いモヤ”を取り除く事ですよね」

「……茉白様、ワタクシからはっきり言って容易な物では無いと思われます、自身でしっかり見てきたと思いますが黒度は黒ければ黒い程取り除くのは難しく〈死相までの時計〉の終わりまでにやり切れるとは思えません」

「ですが、最低限取り除くのは可能ですよね。……それにしても、この黒度を減らす事によって奏芽さん自体には一体何が起こると?」


 ルリエルさんは一度口を開いたが、唇を噛み口の動きを封じた。


「…………」

「ルリエルさん」


 ルリエルさんは一回天を見る。何かを確認するかのように顔を左右に覗かせ、確認し終わった所でホワイトボードをやや下に傾かせ書いていく。


[口に出さないで読んでください。この世界に似た世界があります。言わばパラレルワールド。そしてこの世界と同じ人物の行動が変わってきます]

「オホン……!」


 ルリエルさんはわざとらしく咳払いをしてチラチラと私を見てくる。


「なるほど……そこには私もいますか?」

「居ます」

「そこにどうして奏芽さんが?」


 またホワイトボードに書いていく。


[奏芽様は記憶だけその世界に持ってかれています。そこで奏芽様は生きています。奏芽様は条件を付けられ、その条件を達成するのにパラレルの人物が邪魔になっているのです]

「……じゃあ、私も今邪魔になっているのですね……」

「そんな事はありません」

「そう断言されても」

「断言できる証拠があります茉白様、その眼鏡を掛けたまま鏡で御自分を見たことがありますか」

「ありますが……」


 今一度眼鏡を掛けて自室の鏡に立ってみる。


「何も変な物は映らない――黒いモヤも映らないですよ」

「おっとと……ではこの真・〈黒度の眼鏡〉をお掛け下さい」


 ルリエルさんは私に新しい〈黒度の眼鏡〉を渡す。

 そして再び鏡で私を見るが、何も変わらず異常の無い私が映る。


「そこで、丁番という眼鏡の部分をご存知でしょうか。眼鏡の関節部分とでも言いましょうか、そこにスイッチがございます」


 丁番に触れてみると確かに突起している。

 音がするまで押してみるとレンズにパーセンテージが浮かんだ。その他にも情報が沢山乗っている。黒度の変動時間グラフや、私の名前が書いてある。不可思議にBWHまで……要らない情報までレンズに飛び交っているけど、今は集中せねばと鏡に映った私を見る。


「それが茉白様の黒度となります」


 私は息を呑んだ。


「――0%。これは本当なんですか……どうして……なんで……?」

「茉白様、あなたは奏芽さんの記憶の中で恐らく一番()に近い人となります。一番の奏芽様の理解者であり、解決者なのです」


 黒度の変動時間グラフも0%のまま変動していない。

 1時間、いや12時間……24時間以上も。


「私、奏芽さんに苛立ったり、かなりの黒度を発していると思うんですが」

「きっと希望というワタクシに会って全ての黒度が消え去ってしまったのでしょう」


 ルリエルさんに。

 ルリエルさんに会ったから私は今希望を持っている。

 だから前向きに今行動出来ている。

 誰に何を言われてもずっと前向きだった、彷徨く事無く、ずっと奏芽さんを見ていたから。


「――ずっとプラスに転じておりますね、素晴らしい心向きです」

「俄然救える気になりました。ルリエルさんありがとうございます」


 私は心から礼をする。


「茉白様、まだ話が終わっておりません……」

「あ、すみません」


 私が話を終わらせようとしたのでルリエルさんが多少もたもたしている。

 さっきホワイトボードに書いた物を全て消してホワイトボードを仕舞う。


「さて、次はこれです――ふぅ、話すのにも一苦労です」

「これはピアスですか? 耳につけるのはちょっと」


 間違いなくピアス、そう耳に付ける装飾品。

 女子に似合うようにリング状で銀色で赤色の宝石が付いていますが、特に目を張るのは付ける為の金具部分。


「茉白様、これは〈感情のピアス〉と言って、相手の感情を読み取る事が出来ます。かなり便利な物なのですが……正直身に付ける〈物〉としては一番難しい物かもしれません。ですが〈黒度の眼鏡〉ではどの()()から黒度が溢れ出ているのかまでは難しいのです」

「どうして耳たぶに?」

「眼鏡やヘアピン等、体を傷にしない〈物〉を感情を読み取る〈物〉にしてしまうと感度が悪いのです」

「…………」

「茉白様、そこだけ納得してしまえばこの〈物〉はとても重宝します」


 迫真の顔。

 正直、ピアスの穴を開けるということは一生の傷。治らない物になってしまう。

 1分か2分じっくりと考える。その間もルリエルさんはじっと私の言葉を待っている。


「わかり――ました。これも付けましょう」

「申し訳ございません茉白様。ではこれを」


 ――ピアスガン、道具の図書でしか見たことがありませんが覚悟の上です。


「はい、でも開けるのはまた後で。次は――あれ」


 次の物を手に取ろうと思ったが既に出切っていて次の物は無かった。


「まだあります。机にはおけない程デカいですけどっ――ぐうう、ワタクシ〈物〉の中で最大級の重さです――」


 ドシンと置いたのは大きい箱。

 デザインは海賊の映画等で見る宝箱のような色をしている。


「一番これを大天使様に許可を漕ぎ着けるのに大変な〈物〉でした。そして使用は」


 ――奏芽さんとの直輸です。


「えっ? 直輸……?」

「はい、これは()()()()にも同じ箱が置いてあります」

「じゃあ奏芽さんがこの中に入って――」

「性格とは違ってそんな恐ろしい事を考えるのですね――茉白様」

「ちょ、ちょっと思っただけです」

「はぁ――奏芽様も少しそう思ってましたからトンでも――」


 奏芽さんもそう思ってたのですか……。

 って


「奏芽さんと会ったんですか?」

「ええ、どういう人物かを確認しに参ってました。そして茉白様が信頼する程なのですな、とワタクシは納得しました。ですから茉白様の約束を尊重し、必死に許可取りをしました。そして最優秀な〈物〉がこれになります」

「箱、と」


 数々のルリエルさんが取り出した〈物〉を凌駕するレベルの〈物〉……。


「この箱を通して奏芽さんから物をこちらに送ったり、逆に茉白様から送ったりも出来る箱になります。そのままですね。ですが、影響力が激しい物を送ろうとするとそのまま箱に残る仕様になります」

「……影響力が激しい物とはどんな物でしょう」

「んー、なんでしょうね。正直ワタクシが判断して送るシステムでは無いのでわかりません」


 ルリエルさんでも分からない、リスクは無いのですからどれが送れるかは試してみても構いませんね。

 ――一つ送ってみたい物があるので、試してみようと思います。きっと影響力はないですし。


「これで私から茉白様に贈れる〈物〉は以上になります。奏芽様が早く戻れるようにサポートを徹してください、そして同時にワタクシの同期のニカエルも――いえ、なんでもありません。私情が出てしまいました」

「本当にありがとうございます。……ルリエルさんは残るんですよね? こちらに」

「ええ、しばらく居させていただきます」


 ペコリと軽くお辞儀。


「――ニカエルさんとは会ってはいないのですか」

「お会いになれません。ニカエルと奏芽様とはまた別の場所にいるので。ワタクシ天使達、そして大天使でも会えないのです」


 そうでしたか……。


「救う方法は? ニカエルさんも救わねばなりませんよね?」

「……ワタクシ達で出来る事はございません」


 手をグッと固くする。


「じゃあニカエルさんはどうなるんですか。奏芽さんと同様死んでしまうのですか?」

「……言えそうにありません。どうなってしまうのかなど。知っていても教えられない程恐怖なのです。死ぬよりも恐ろしい罰。茉白様が知っても損かと」


 これ以上私は追求もしなかった。

 嘘を付いている感じも無かった。ルリエルさんの癖は見出だせていないので本当に隠しているのかもわからないけど、このような〈物〉を出せる以上リスクも高く背負っているのを察す。


「失礼を、天使がこんな姿を見せては駄目ですね」

「いえいえ、同じ人間――だと思って私も見ているんですから」

「お優しいのですね、茉白様は」

「きっと……傷付ける方法を知っているから私は優しいんです」

「そんな裏腹な事を言わないでください、(まこと)の優しさです。大事になさってください」


 相棒として結成する。

 今だけかもしれませんが、ルリエルさんと共に奏芽さんの救出。

 まさか私も天使と共同することになるとは思いませんでしたが。


「……話終わった?」


 ずっと椅子に座って背もたれに顎を付けて待っていた茉莉さんがしびれを切らして話掛けた。

 長い間待たせてごめんなさい、茉莉さん。


「茉莉さん、あの早速ですけどこれで」

「――ま、私も穴開けてるしね」


 茉莉さんは長い髪をどけて耳たぶを見せる。

 そこにはピアスが付いていた。


「親から体は貰うけど、そこから何をしようが可哀想に思われようが勝手」

「…………」

「大丈夫、それからピアスは魔除けの為に付けるって何処かで見たことがあるし、古人だって付けてるんだよ。消毒とかすれば膿む事もないし」


 茉莉さん、結構ピアスの穴を開けるのに勧めてきますね。


「でしたら、茉莉さん。穴の位置は茉莉さんに任せます」

「はい」


 目を細めて軽く頷く。

 私は椅子に座って、その前に茉莉さんも座る。

 ピアスガンを片手に。そこにエタノール液とガーゼも用意して。


「まぁ、あの。ピアスガンって一度穴開けたら本当はそのままにしないといけないんだけど……」

「別にこの世界()()()()()()()()()()直ぐに〈感情のピアス〉に取り替えても血の表現などは割愛しますよ」

「茉白誰に言ってるんだアナタ……」


 茉莉さんは穴を開ける位置を確認して、グッとピアスガンのトリガーを押し込む。


 パチンッ――


「んっ……!」


 キツく突き刺さる痛み。

 ですがしっかりと真っ直ぐにやってくれたので痛みは直ぐに収まりピアスの穴は開いた。


「よし……と、これで姉ちゃんと一緒」

「初めて茉莉さん自身で言いましたね」

「正直うれしいよ、ちょっと悪い事を共有出来るのって。ああ、長い髪で隠しちゃえば友達とかからは見えないから」


 鏡でピアスを確認してみると、少し大人になった気分。

 一線を越えたら、とてもスッキリした気分。

 清々しい。


「茉白、ビビってた割に気に入ってるじゃない。ファボっていうやつか? ファボ?」

「茉莉さんそれは少し古いです……でもお気に入りです」


 そしてこのピアスを通して茉莉さんが喜んでいるのを感じる。

 私の脳裏に気持ちが流れてくる。これが〈感情のピアス〉の能力なのでしょう。


「あ、そうそう茉白様。それも〈黒度の眼鏡〉同様オンオフが付いております。宝石を触っていただければ脳裏が冷めるかと思います」

「試してみます」


 まずは耳たぶに付いているピアスを探して宝石を一回触ってみる。

 すると、確かに茉莉さんから流れてくる感情が止まった。

 現実的な科学で言うと赤外線センサーか何かで反応があるのでしょうか、つくづく不思議な〈物〉ばかり。


「本当便利ですね」

「ですが不便な物としては一つありまして、対象の人の感情がそのまま直で流れてくるので、強度が調整出来ません。例えば怒りの感情が流れてくると――」

「言われなくても分かる気がします……とても、とても茉莉さんの感情を強く感じたので」

「ならば、気をつけてください。頭が割れそうになりましたら即座にオフに切り替えてください」


 危険に感じたらオフにする。

 これだけは覚えておいて忘れないようにしなければ。きっと、私が私では無くなってしまう。考えただけでもそれだけは怖い。

「茉白様」と呼びかけられ、見てみると先程ルリエルさんが出した箱をトントンと叩き


「如何なさいます、この……うーん〈魔法箱〉に何を入れますか」

「ふふっ、〈魔法箱〉ですか。でしたらコレです」


 私は今日厩橋さんが持ってきたトルティーヤが沢山入った袋を箱を空けて……?


「ルリエルさんこれは? 手紙が入ってます」

「おや、茉白様が使う以前に。そして私が茉白様の前に出す以前に奏芽様が何かを送ったようです」


 ルリエルさんも手紙を凝視している。

 これが……これが奏芽さんからの手紙……。


「んー、どれ?」

「ま、茉莉さんは見ないでください! これは私が一人になった時に読みます!」

「ちぇ」


 でもこれで奏芽さんとこの箱を通して直輸出来る事が分かった。使える、いや他の〈物〉よりもっと使えると確信した。

 私は手紙を読まれないように引き出しの中に入れて改めて〈魔法箱〉を開ける。


「届きますように」


 少し願いを掛けて――

 箱を閉めた。


 ガシャ――


 箱の後ろから看板のような物が出てくる。

 ハンテイチュウ。

 

 漢字読みできっと「判定中」。

 このぐらいなら通過出来るかと思うのですが、この判定中の看板が立っている時間が長かった。

 食料品は衛生上駄目でしたか……? そこまで箱が有能な気はしませんが、ずっと中でズリズリと擦るような音を発して、まるでこの〈魔法箱〉に入れられた物を〈魔法箱〉が不思議がって触れているような……何れにせよ、無駄になってしまうぐらいでしたら〈魔法箱〉に食べられても問題はありませんが。


 チーン――!


「終わり……?」

「どうやら終わりのようです、茉白様」


 ドキドキする。

 ちゃんと送られたのでしょうか。それを確認する為に私は〈魔法箱〉を開ける。


「……無い、ルリエルさんこれは」

「成功のようです」


 私はホッと安心した。

 これでこの〈魔法箱〉の実績と共に厩橋さんの贈り物が行くべき人へと行ったことにもホッとした。


「……そうだ、ルリエルさん。もし失敗した場合はどうなるのでしょう?」

「この世界の郵便物と同様でちゃんと送り主に返ると思います。つまりこちらの〈魔法箱〉へと残った状態かと」

「ならば沢山の実験が出来ますね」

「ええ……ええ」


 ルリエルさんは余り良い顔をしなかった。

 だけど、私はそれを見ただけで今はこの〈魔法箱〉を使える喜びに浸っており、対して気にならなかった。

 ――でも、物を奏芽さんに送るのが私の使命ではない。これは予備(サブ)、こちらから送れる物など無いし時折使う程度でしょう。奏芽さんでも送れる物は限られてくるはず。


「黒度の……解消をせねば、奏芽さんを助けなければ」


 まだ始まったばかり、ここからが勝負なんです。

 この〈死相までの時計〉までに


「奏芽さん――絶対に助けます……!」


 二度決意する。

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