66話 舞い降りない吉兆
私は気になった。
仮に呼ぶとしてAの存在。ケーキ屋さんが喋った第二の交流者。二番目に奏芽さんと親しい大人となったAさん。親しかった筈なのにケーキ屋さんも奏芽さんも忘れてしまった謎の人物。
「奏芽さんが古い話をしないから逆に気になる……」
古い話と言えば奏芽さんは朱音さんとの話以外をしたことがない。私は次回の脳波検査の時の反応になればと思い、とにかく奏芽さんの事を探る。
何時、脳死状態になるか分からない。だからこそ早めの行動が必要。――そこからの糸口が必要だからこそ奏芽さんの記憶を探る。
まずはフィルムの事が頭に過る。
奏芽さんの家、何度も奏芽さんの様子を見に通った馴染みのある家。ポケットの中を探って名札が付いた鍵を取り出す。
(唯川家)と私が鍵に結んだ――
「あれ――」
名札の文字が霞む……。
風景が滲む……。
徐々に空から暗くなる……。
「――まずい――――」
心臓がっ……
ナルコレプシーやカタプレキシーよりも質が悪い私の持病、スモールハート症が……私を押し倒してくる――
「茉白!」
倒れる瞬間に私を呼ぶ声。
偶然にも茉莉さんがやってきた。
私が倒れる寸前に全体を手で支えて、ゆっくり楽な体制になる。
「――まっ、茉莉さ……」
「ゆっくり深呼吸。――アセタノールカプセル持ってきてたから。はい水。飲んで」
口に一錠運ばれて、水が注がれる。
乾いた喉に水を押し込んで――薬が流れるのを感じる。
「ここ唯川さん宅でしょ。少し休ませてもらおっか」
「はぃ――」
茉莉さんに肩を上げてもらい、インターホンを押す。
「丁度唯川さんに用があったんだ。茉白も?」
「はい――奏芽さんの事について教えてもらいたい事があって」
「やっぱり気があるんだ、奏芽くんに」
「そんなこと――」
今は冗談を返せるほどの体力はありません……。
少し横になりたい……。
〔はい?〕
「ごめんなさい、名胡桃です」
〔開いてますのでどうぞ〕
「よし、茉白行こっか」
茉莉さんは奏芽さんの車椅子を押して玄関まで近づく。
私もなんとか自力で歩き、一緒に玄関に入る。
「――あら? 茉白ちゃん大丈夫? 顔色悪いけど」
「美依様ごめんなさい、茉白だけ何処か横になれる所ありませんか?」
「だったら奏芽の部屋が空いてるから、少し休憩していって」
「ぁ、はい……お借りします」
ふらつきながらも奏芽さんの部屋を目指す。
本当だったら奏芽さんがいるべき部屋……そしてニカエルさんもいるべき部屋。その両者が居なくなって今はもぬけの殻というべきか、無人部屋。
扉を開けて確認する。
やはり誰も居ない。でも机の上や他の道具は全て変わらない状態。ベッドの上も乱雑しておらず綺麗になっていた。……奏芽さんの母が整理整頓したんでしょうか。
「……お借りしますね……奏芽さん……」
ぎしと音を立てたベッドに横たわる。
持ってきていたものを私の横に置く。
スマートフォン、鍵、先程貰ったアセタノール。
……そういえばケーキは? ああ、きっと茉莉さんが持っていってしまったんでしょう。あの人、甘いの好きですから二個食べる気でしょうね……。
「う……ん……」
心が深淵に落ちる音がする。
そして次に心拍音が私を囲む。
落ち………る…………。
※ ※ ※ ※
私は目覚めた。
明るい――
「やっと起きた? 名胡桃さん」
「あ……あ……」
奏芽さん? 使い慣れているであろうデスクチェアに腰掛けて、私の様子を見ていた……嘘……。
「奏芽さん!」
「久しぶり」
私は抱きついた――。
両手を奏芽さんの肩に抱きつかせるその手は空を掴んだ。
「そん……な……」
私は落ちた。
グワッと暗闇に、深く無音の暗闇に――
「奏芽さん、また何処かに行っては駄目です!」
縁と思われる部分に手を掛けて奏芽さんを見る。
だけどその奏芽さんは私の手も掴もうとせずこちらを見ているだけ。どうして……助けてくれないのですか、奏芽さん……!
「ごめん名胡桃さん」
奏芽さんはしゃがんで手を差し伸べるかと思いきや。
一指ずつ、縁から離させようとする――
「ち、ちがっ……嫌です! 奏芽さぁぁぁ――」
最後に見えたのは、奏芽さんの真顔。
姿も、奏芽さんの部屋も見えなくなった。
私は何処まで落ちるのだろう――――
「……………………はっ⁉ ――――はぁ、はぁ、はぁ……夢……」
動悸が酷い。バクバクと心臓が私の狭い部屋から飛び出そうとしている。横を向いて丸まり落ち着こうとする。
「奏芽さんは、そんな事しない……奏芽さんはそんな事しない……」
「絶対に助けてくれる……絶対に助けてくれる……」
「笑ってくれる……楽しんでくれる……哀しんでくれる……泣いてくれる……」
真顔じゃない、棒読みじゃない、見捨てる人じゃない。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
「そんな風に私は、思ってないです……」
深く息を吸う――
匂い……また息を吸ってみる。
奏芽さんの匂いがする。
「枕……奏芽さんの部屋だっけ……」
気分が落ち着く……。
嫌だとも思わなかった、他の人からは気持ち悪いと思われてもいい。今だけはこの匂いだけは離したくなかった。今までの夢でこんな怖い思いをしたことは無かったから……。
「奏芽さんを助けられる物があれば……機械でも、アナログな物でも、非科学的な物でも」
ゾンビ化、なんてオカルトな事は嫌ですけど。
PPPPPPPPPPPPPP――
……茉莉さんからでしょう。
目覚めてからもう夕方、私も流石にずっと寝てはいられない。
PPPPPP……PPPP……pp……p――
着信が遅くなっていく?
私のスマートフォンの故障?
寝ている間に私がもがいて、つい破壊してしまったのでしょうか? スマートフォンを確認してみると別に損傷した痕も無い。画面を確認してみると、真っ白――
「よっと」
「きゃああああ⁉⁉⁉」
画面から突如、顔が飛び出して思わずスマートフォンを投げ飛ばしてしまう。
「お嬢様、物は大事にしないと駄目ですよ」
その顔はスマートフォンの画面をするりと抜け出してスマートフォンのサイズから徐々に大きくなり、スマートフォンを受け取り見事な着地をする。
「ふぅ、驚かして申し訳ございません」
ぺこりとお辞儀をした。
黒い帽子を被り、法曹関係者が着る法服のようなものを着ている。髪は長く鮮やかな緑色に所々薄白いが綺麗な色をしている。顔は小さいのか……もしくは帽子が大きいのか。令嬢に付くメイドが語りかけるような声から女の人と推測……いや、女の子。
私は状況の判断がつかず、ベッドの片隅に縮こまり凝視する。
「ファーストコンタクトが悪かったようでご無礼を。ワタクシ、〈物〉の天使ルリエルと申します」
「天使……? ニカエルさんと同じ……?」
ニカエルという人物名を口にしたらルリエルという方に目を丸くされる。
「おお、ワタクシの同期ニカエルをご存知で……? お嬢様、もしや以前にも関わりが……?」
「関わりというか、天使の力を使っていた友人が居て」
「成る程、ご友人でしたか。お嬢様は確かに育ちも良く顔立ちもいい……〈人物〉の天使の力を借りる必要も無しですものね」
「あの……天使が私に何のようで」
「あら、呼び出したのはお嬢様ですよ」
「私?」
「そう、お嬢様。先ほど言葉で『機械でも、アナログな物でも、非科学的な物でも』と……私は〈物〉の天使ルリエル。お嬢様の望む〈物〉を差し上げましょう」
法服のスカートをたくしあげ、膝をややまげて顔を俯かせる。
……天使の力、私は何度もニカエルさんの力を見てきた。奏芽さんを男から女に変える人類学を変えてしまう奇跡。
「ルリエルさん。二つほど質問したい事があるのですが」
「二つほど? 〈物〉ではなく?」
「はい……場所を変えませんか? ここ、私の部屋じゃないので」
「宜しい。私も呼び出された身としてお嬢様の忠実な下僕となりましょう」
「そこまで畏まらなくてもいいので……もっとニカエルさんみたいに」
「すみません、こういう性格な者で。ホホホ……」
――天使というのは何か尖った性格をしていなくてはいけないのでしょうか? これには私も少しやりづらい。
「まずはここの家の人にお礼をしなくてはいけないので、一度スマートフォンの中へ」
「確かに。ワタクシは外からやってきた身、地上では“住居侵入罪”でしたかな? それではお嬢様、お持ちの携帯に失礼します」
ルリエルさんは一度小さくなり、私のスマートフォンの中へと入っていく。
ピコン♪
聞いたこともない音を聞いて一度スマートフォンを開く。
〔アプリ『ルリエル』を勝手ながら作らせて頂きました。削除も出来ますが、一つの連絡手段としてお考えませ〕
「ありがとうございます」
スマートフォンを閉じて奏芽さんの部屋を出る。……次にここで寝る事はもう無いでしょう。次に来る時は奏芽さんが目覚めてからです。
階段を降りてリビングを確認すると明かりが付いている。
ノックをして扉を開く。
「あの、いらっしゃいますか」
「茉白ちゃん! 体はもう大丈夫?」
「はい、お部屋ありがとうございます」
「良かった。そう茉莉さんと奏芽は先に家に帰ってるって。茉白ちゃんはどうする?」
「私も帰らせていただきます。長居する訳にもいかないので」
「そう……今日から一人かぁ……何年振りかな、一人なんて」
「…………」
奏芽さんの母の気持ちを考えると奏芽さんはこちらに居たほうがいいのかもしれない。でも、仕事や家事の事を考えると、茉莉さんに付いて貰った方が緊急の場合でも処置が出来る。母親にとって子供が手が届く所にいないのは寂しいと思う。けど奏芽さんの母はそこを噛み締めて私達に奏芽さんを託した。この気持ちを裏切ってはならない。
「奏芽に何かあったら直ぐ駆け付けるから。それまで……面倒をどうか見てください」
「はい。砕身の限りを尽くします」
これで私も公式に奏芽さんの事を許された。
扉を出る前にまたお辞儀をして出る。
さっきまであったふらつきもめまいも無い、薬がだいぶ効いている。そのせいで夢の幻覚症状にでも陥ったのでしょうか。人は時に現実と夢の差別がつかない時がありますから。……そうならないように自覚心だけは持っていなくては。
ピコン♪
「はい」
「ご、ご無礼を……外でしょうか」
着信を打ったのにも関わらずルリエルさんは画面から半分出てくる。
「そうです」
「申し訳ございません……お昼に頂いたものが……お戻しさせて……いただきます」
ルリエルさんは落ちるようにスマートフォンから抜けて、よたよたと下水道の網の上に立つ。
「お、オロロロロロロ――」
「ルリエルさんっ⁉」
まさかのスマートフォン酔いですか⁉ まだスマートフォンの中に入って数分とも立っていませんのに、とてもキラキラした物を口から吐き、下水道に流れていく――ああ、天使なのにさっそく私は何を見せられているのでしょうか。
「汚い所を見せてすみません……電子潜入は滅多な物で……お、オロロロ――」
「苦手でしたら歩きでもいいですよ⁉ そんな無理しなくても」
「はぁ……はぁ……すみません……」
ルリエルさんの背中を擦って出すものを出させる。
この人、いやこの天使はもしかしたら私より体が弱いのでは?
幾度か経って、ルリエルさんは自前のハンカチで口を拭き、落ち着きを取り戻したよう。
ハンカチをはたいて、空に消える……
「――消えた?」
「〈物〉の天使の特有能力です。ワタクシは〈物〉ならば自由に取り出し使用する事ができます」
「あの――」
「なんでしょう」
手を上げてみたものの、やはりここでは聞き耳立てられると困るので「家に帰ってからにしましょう」と断る。今は忠実になっているルリエルさんは否定もせず「かしこまりました」と肯定する。
「お嬢様の家はお近くなのですか?」
「はい、歩いていけます」
「ならば〈透明化〉の必要も〈羽根〉の必要もございませんね」
「はい、大丈夫です」
「……はて、どうしたものか」
「はい?」
「いえ、全てまとめて家で話す事にしましょう」
私の肩下程の身長のルリエルさんは足早に歩く。
私自身も今気になる事が多く、ルリエルさんの背中を追って早く歩く。
※ ※ ※ ※
玄関の中に入り、茉莉さんがまず出てくる。
「茉白おかえり、体の調子は?」
「はい、大丈夫です。薬が効きました」
「そう……その隣の子供さんは?」
「失礼します、ワタクシ今日からお嬢様の使用人になります、ルリエルと申します」
「……茉白、あなたも冗談を使うようになったのね……こんな子供を連れてきて……」
そういう反応を見せると思いました。
私の母や茉莉さんを騙すには使用人扱いにしようかと思ったのですが、残念ながら騙す事には失敗しましたね……。特に身長が足りない。
「茉莉さん、聞いて欲しい事があるんです。ルリエルさんの件について」
「……! 珍しく聞いて欲しい事があるのね。よし、聞いてあげよう」
7割8割は信用してもらえないかもしれないですけど、天使の存在ぐらいは明かしておかないと……奏芽さんの事も話しづらくなる。
三人は私の部屋に集まる。
――いえ、奏芽さんも含めて四人でした。
「椅子足りないから持ってくるね」
「いいえ、お嬢様。椅子ならここに」
何も無い所から唐突に椅子がもう二つ出てくる。
「いつの間に……気が効くね使用人」
「君あるがため、です。〈物〉であればなんなりと」
「じゃあ、ケーキとかマカロン」
「では私も」
物であれば取り出せると言ったけれども、ルリエルさんは唇を大きく噛み締めて「うぐぐ……」と声を上げる。
「お嬢様方……ワタクシ、ルリエルは食物だけは取り出せないのです……他に植物、動物と言った生物類は取り出せないのです。ワタクシが屈する〈物〉だけは、どうか今後お願いしないで頂きたいのです……」
「ねぇ茉白、この子何を言ってるのかしら。作ればいいのに」
ルリエルさん、まだ茉莉さんにはルリエルさんが天使だって事も伝えていないのですから、口走らないように。
「茉莉さん、これは奏芽さんのある事に関します。なので――」
「いいよ、茉白が言う事ならば事実と捉えて私は聞き入れる」
「……そう仰ってくれるとありがたいです」
「嘘付かないのは知ってるから」
フフンと茉莉さんは足を組んで聞き入る体勢に入る。
同時にルリエルさんも咳払いをして真っ直ぐ立つ。
「では、茉白様。……で宜しかったですかな?」
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私、名胡桃茉白です」
「これはこれはワタクシ一方的で失礼しました。では改めて――茉白様。聞きたかった二つ以上でも構いません。質問をどうぞ」
ルリエルさんは手のひらをこちらに向けて、先導権を渡す。
「では、私がルリエルさんから〈物〉を貰うにあたって、デメリットはありますか?」
「デメリットですか……正直気にするほどでも無いでしょう。何せワタクシ達〈物〉の天使は〈契約〉を持たざる者」
「持たない……?」
「そう、〈契約〉を持たない。というより持てないのです。茉白様が知っている〈人物〉の天使ニカエルは〈契約〉を結ぶ事により人間に対して強力な力を与える事が出来る。……勿論、軽い何かであれば〈契約〉は必要ありませんが」
「では、ルリエルさんが一番に考える私達に対してのデメリットは?」
「時間制なのです。つまり地上で言うに、ワタクシはレンタルビデオ屋の店員と言った所でしょう。ワタクシの能力の一部をレンタルして使用する。そしていずれ返す、と言っても消滅ですがね」
レンタルビデオ屋……借りたものを返す、奏芽さんのような男から女の子に変わるような強力な能力で無いから変わりに時間制だと。ルリエルさんをレンタルビデオ屋として考えたら、少しは気軽に借りれるようにはなるかもしれません。
「そうそう、個数には制限がございませんが、エネルギーが強いものであるほど長くは使用出来ませんのでご注意を」
「あの……借りたとして最短時間はいくつなのでしょう」
「今まで地上界で貸したもので短いのはハンコ。12秒で終わりました」
「はぁ……ハンコ……」
「というのは日常なのでワタクシ、ルリエル自身〈物〉の時間の限界を感じた事は無いのです」
「経験が無い?」
「そういう事になります。だから気にするほどではないと」
エネルギーが高い物ほど長くは使用できないといったものの、ルリエルさんは以前に〈物〉を貸して時間制限まで行ったことがない。つまり半永久無制限。……気軽に借りれるのも分かる。
「さて、閑話休題。……いえ、ワタクシから質問です」
「先程躊躇した事ですね。どうぞ」
「では失礼ながら質問させて頂きます。――茉白様。あなたワタクシら天使について何処まで知っていらっしゃるのですか?」
「何処までって……そんなには知らないです」
「そうはいきません。茉白様、あなたは電子潜入や〈透明化〉や〈羽根〉の事をワタクシの口から聞いても驚きも疑問も抱かなかった。――茉白様は天使に多少の関わりがあるとはいえ、ワタクシも喋ってはいけない事もあります」
「――ルリエルさんが喋ってはいけない事は私も恐らく聞いてはいないかと。私は嘘は付きたくないので正直に言うと、ニカエルさんに聞いた事はそれまでです」
「……〈最終審判〉」
「はい?」
「……いいえ、ワタクシの独り言です。忘れてください。さて質問をどうぞ」
ルリエルさんは咳払いをする。
「単刀直入に、この人をルリエルさんの〈物〉の奇跡で救えますか?」
「薄々は感じておりましたが……ふむ、これはこれは……厄介」
ルリエルさんは奏芽さんの目を見て、ぼそぼそと喋る。
「天使との契約者……しかも〈人物〉の天使ニカエル……契約内容は分かりかねませんが……それはニカエルの〈記憶の本〉を見ればよいこと……条件未遂からまだ1日……ですか……」
「ルリエルさん、どうなんですか」
ルリエルさんは悩んだ顔をする。
「茉白様、助ける事は可能です」
「それなら――」
「が、入り組んだ事情により天界との折り入った相談をしなければなりません」
「そんな……助けてくれないんですか……?」
「いいえ、現れたからには助けます。が、茉白様のお願いを聞くには1日時間を下さい。次の夕方にまた連絡を致しますので」
「…………」
「――そうですね、何も渡さずにさようなら。だなんていきませんね」
ルリエルさんは手のひらを天井に向けると一つの物が出てくる。
「意味は明日まで教えられませんが、この特殊な眼鏡を差し上げましょう」
「これは……」
黒縁の眼鏡を手渡される。
早速眼鏡を掛けてみる……度数付きではない、ただのダテメガネ?
「たまたま思いついたのが黒縁でしたが、白い髪に黒い眼鏡はお似合いですね」
「一体何の意味があるのでしょう?」
「ほほう、ここには何も無いと」
「何も無い? 何か見えるんですか?」
「茉白様、意味は明日まで教えできません。なので自らの手でその眼鏡の意味を探って下さい」
ノーヒントでは私も探るに至って探り切れないと思うのですが……。
「私からもいい? ルリエルさん」
「茉白様の姉様。どうぞ」
「姉様って……茉莉よ。それで奏芽くんは病気なの? 怪我なの?」
「痛い所を付きますね、茉莉様。ですがお答えします」
――事故です。
――この奏芽様自身が起こした事故です。
「事故? じゃあ怪我じゃないの」
「そういう判断してしまいますか。ならば惨事とでも言いましょう。この奏芽様の状態は惨事です、〈人物〉の天使にとっても奏芽様にとっても」
「はぁ……まぁいいわ。惨事であればもう医者の出来る事ではないのね」
「申し訳ありません」
ルリエルさんは懐中時計を取り出し時間を確認する。
「さてと、24時間後にまた会いましょうお二人方」
「……羽根っ⁉」
茉莉さんはびっくりして椅子とルリエルさんから離れる。
私はこれで二度目なので特にびっくりはしない。
「やはり茉白様は見たことがありますか」
「はい……ルリエルさんも素敵な〈羽根〉をお持ちですね」
「お褒めませて光栄です。というより初めてです、〈羽根〉を褒められたのは……それではー」
ルリエルさんは窓を開けて〈透明化〉して飛び去っていく。
音も影も無く。
「あーあ、私はオカルトもUMAも信じない口だったのに……変なのを見た気分だわ」
私よりも長い髪の毛を全部掻きまくる。元からボサボサなのに、更に膨らみ綿飴が部分的に付いているような髪型になる。
「信じられないわ……信じられないわ……」
「まぁまぁ茉莉さん。世に見えている本や物が全てじゃないって事ですよ」
「いやでもさ……うう、茉白の言ってる事は信じられるけど、やっぱり目の前の出来事は信じられないわ……」
「ふふふ、私も初めは信じられませんでしたよ」
「また来るの? あの人」
「天使です。きっと来るでしょう、助けに」
「――これで私の出番は終わり、か」
――怪我や病気で無ければ確かに茉莉さんの出番は終了。
だけど……
「茉莉さん、私まだ茉莉さんといたいです。久々に来たんですから、もっとゆっくりして下さい」
「茉白……そうだね、私の夏休みもまだあるし、夏風町で夏を過ごすわ」
「ありがとうございます」
正直に言ってみた。
共有の知識を持っていなければ私が詰まった時に相談も出来ないのもある、今回の奏芽さんの惨事は流石に私一人じゃ解決出来ない。
「……いい眼鏡ね、私も黒縁眼鏡にしようかしら。ちょっと貸して」
「どうぞ」
茉莉さんは黒縁眼鏡を掛けて……直ぐに外した。
「背景が歪む程の強い度数ね――私、これは酔う」
「え……?」
再び私が掛けてみると特に問題は無かった。いつもどおりに見えますし……ダテメガネなのに、茉莉さんにとっては酔うレベルの度数が入っている。――恐らく人に与える〈物〉の意味ではない。私自身が使って意味を探さなくてはいけないみたいです。
決して難しい使用方法ではないはず、日中掛けて意味を探ってみないと――もしくはルリエルさんが帰ってくるまで使用しないのもアリですが、奏芽さんに関する情報もこの眼鏡に含まれているはず。
――ようやく、奏芽さんに関しての行動が私自身でも出来るようになってきた。
ルリエルさん、必ず帰ってきて下さいね、でないと始まらない……。




