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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第六章 唯川奏芽
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64話 茉白VS絢芽……奏芽さんが傍にいない

 月曜日の放課後――


 奏芽さんが本日お休み、去年のこの頃にも奏芽さんは風邪をひいて休んでましたね。――SNSで奏芽さん宛にメッセージを送ってみても既読が付かない。ずっと寝ているのでしょうか……。


 私は図書室で待機して鵯尾さんを待つ。

 一つ一つ鵯尾さんに聞きたいことを紙一枚にまとめて熟読する。後から確認しつつ聞いてもいいけど、なるべく頭に入れて直ぐに口に出せるようにする。


「――待ちましたか? 名胡桃先輩」

「いいえ」


 鵯尾さんが図書室に入ってくる。

 私は持っていた紙を四つ折りにしてポケットにしまう。


「お兄ちゃん、いないんだね」

「…………」

「まぁいいや。先輩、勝負内容は?」

「はい」


 ――じゃんけんするだけ。

 鵯尾さんが負ける度に私は一つ質問をする。私が一回でも負ければ鵯尾さんの勝ち。私の勝利条件は聞きたい事を全て聞ければ勝利。勿論、一つじゃない。数個もあるから鵯尾さんは何回でも勝ち目がある。


「よっぽど自信あるんですね、名胡桃先輩」

「話はそれまでで、では行きますよ」


 グーで構えて、出す。

 私は目を細めると、景色がやや遅く見える。――いつから出来るようになったかは分かりませんが、この特殊な事が出来てからは。

 じゃんけんで負けた事がない。


「あら――負けちゃいました」

「では、一つ質問させてもらいます」


 まず厩橋さんの事から。


「鵯尾さん、『トコンシロップ』は何処で入手したんですか?」

「えー、そういう事聞くんですか……」


 鵯尾さんは額に手を付く。

 かなり痛い質問だったようで、頭を掻き始める。

 何度か悩んだ挙げ句――


「まぁ最後の勝負ですしね、いいっか」

「ではどうぞ」

「製薬会社をやっている知人から貰いました。たまに吐きたい時があるっていう嘘付きで。まぁ結果的には厩橋先輩に使わせてもらいましたけどね。リバーシは流石に勝てる気がしませんでしたから」

「……故意にやるなんて」

「ちゃんと説明は聞いて致死量にはしませんでしたけどね」


 それでも劇薬指定されている『トコンシロップ』を使用するなんて……。製薬会社の知人……私のお父さんか、茉莉さんに聞けば分かるかもしれない。


「『トコンシロップ』についてはこれでおしまいです。わたし、急いでるんで。さぁ」

「はい、最初はグー――」


 勿論ここも勝つ。

 次は――神指さんの事をば。


「神指さんとの試合の結果を聞きました。かなり薙刀で打たれていたようでしたが歯一本抜けただけで済み、かつ直ぐに回復したようですね……何か()を使いましたね……?」

「ペインキラー、そう呼ばれている物をわたしは使いました。名胡桃先輩なら薬物に関しては詳しそうですからそこから先は言えません」


 ペインキラー……鎮痛剤。

 一日で治りかつ強力な鎮痛剤ってまさか――


「鵯尾さん、『モルヒネ』ですか……⁉ そんな物を一体何処で……⁉」

「私が何って言ってないじゃないですか? でもそう思うなら勝手に」


 鵯尾さんは顔だけニヤけさせ「そうかもよ」という顔をする。

 それもまた製薬会社の知人から貰ったのでしょうか? ――推測『モルヒネ』や『トコンシロップ』を横流ししているのは許せない行為。


「それではじゃんけんをしましょうか、名胡桃先輩」

「はい――」


 色々な事を聞きすぎて少し集中が――

 でもまだ聞きたい事があるから、ここで負けるわけにはいきません。


「――はい、聞かせて貰います」

「どうぞ、何でも」

「堂ノ庭さんとの試合で、堂ノ庭さん以上の体力を見せましたね。私はその時、貴方がジャージを捲った瞬間下に隠した物を見ました。――注射針を刺した後の絆創膏を貼ってましたね」

「よく見てますね、名胡桃先輩」

「勿論、何かをしましたよね……!」

「そう怒らないでくださいよ、自己血貯血って知ってますか?」


 その“自己血貯血”を聞いただけで分かった。


「……血ドーピング……!」

「そうドーピングしました。そして輸血量を限界まで体に注いで心肺能力を上げてから堂ノ庭先輩との試合に挑みましたよ」

「どうしてそこまでして勝ちたいんですか……!」

「おーっと、堂ノ庭先輩。それは次の質問で。勝てるんでしょう?」


 鵯尾さんは手を構える。

 私も例の特技を使いすぎて――景色が遅く見える時間が短くなっている。

 それでも、私は勝つ。


「本当に名胡桃先輩は強いですね――」

「まだ聞きたい事がありますから」


 勿論、どうしてそこまでして勝ちたいのか。

 もしくは――今日の事、そう奏芽さんの事に関して。

「まぁいいや」なんて声を出さない、友達にしても。ふざけ半分で言うかもしれないけど、それ以上に鵯尾さんは軽々しく放った。


「奏芽さんの事――何か知ってますよね?」

「…………」


 鵯尾さんは腰を擦った。

 ――絶対に何か知っている。私がクセを見逃す訳がない。


「教えて下さい、鵯尾さん……今日奏芽さんが来てない理由をも知っているんでしょう?」

「――チッ、隠しても駄目ですか? 汚い女ですね、名胡桃先輩」

「……早く言って下さい、急いでるんでしょう?」

「はいはい」


 鵯尾さんは机に座って足を組む。そして腕組み口を開く。


「お兄ちゃん、唯川奏芽は死んだ」


 ゾクッ――


「冗談……ですよね?」


 心臓が一気に冷える。

 状態普通なのに、立ちくらみ。奏芽さんが死んでるなんて事、どうして鵯尾さんが知っているのか? 勝ちたいが為に私を動揺させる為の罠。今はそう思うしかなかった。――信じられないもの。


「冗談じゃないですよ。日曜日、確認しましたもん。足なんて肉が引きちぎれて繋がってるかどうかも分からない、腕の骨なんて折れて右手の小指が上向いてましたよ。逆足にはナイフが刺さってて喉元に一発何か刺さってましたね」


 そんなの――本や映画でしか見たことがない。

 でも頭でそんな状態の奏芽さんを想像して吐き気がする。


「血の臭いが――雨で蔓延してましたね」

「うっ……⁉」


 口を押さえる。気持ち悪くなってしまった――


「死体、見てますから」

「嘘ですっ!」

「じゃあ今日奏芽を見てないのは?」

「それは――」

「死んでるから。さぁ続けましょう」


 まだ……聞きたい事があるのに、奏芽さんの事が気になって集中出来ない。「最初はグー」なんて発言するだけで限界。「じゃんけん」の時点で目を細める事も出来ず、鵯尾さんが何を出すのかさえ見れなかった。

 自分は人差し指と中指を真っ直ぐに立てて『チョキ』を出す。


「…………」

「決着ですね。わたしの勝ちです。ま……勝つって分かってましたし奏芽は自由にさせて貰った結果、死んでもらいましたぁ……では――さよなら、名胡桃先輩」


 鵯尾さんはにっこり笑い、手を振る。

 私はカバンを持って鵯尾さんよりも先に図書室を出る。

 確認する為に、奏芽さんの家を目指す。走って時折、電柱や壁に手を付いて息を整えてまた走り出す。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……んっ。奏芽さん……」


 この際、私の心臓なんてどうなったっていい、真実を知りたい。

 体育の時さえ走らない私が今日だけ勢いよく走る。


 奏芽さんの家に着いたと同時にインターホンのボタンに指の腹を付けて押す。


 ピンポーン――ピンポーン――


 誰も来る気配が無く少しだけ奏芽さんの敷地内に入る。


「……っ⁉」


 足元を見てみると血が垂れた跡がこわばりついている……。奏芽さん、本当に何らかに巻き込まれて自力で歩いてきた……? でも足の肉が引きちぎれて……そんな風だったら歩いてくるより匍匐で体を引きずってくるはず。でも血の跡は途中まで、引きずってきたらもっと血の跡が酷いはず。それなのに血の跡は玄関から門まで。


「奏芽さん……」


 私は失礼だと思いつつも、扉のドアノブに手を掛けて捻ってみる。

 開いている――。玄関の床にも血がどっぺり付いている。そこからフローリングは掃除したのか綺麗になっている。


「お邪魔します――」


 ゆっくりと歩いて、まずは階段を上る。私が以前、玄関に上がった時に奏芽さんは階段から来た。私から見てやや左気味に来たから恐らく部屋は左側にあるはず。――部屋札がない、右には部屋が一つ。左には部屋が二つある。


「一番手前……かな……」


 コンコンと扉を叩いて反応を待つ。


「誰……」

「あ、名胡桃茉白です」


 この声は確かニカエルさん。


「茉白ちゃん、入ってきていいよ。だけど部屋の中……鉄臭いから苦手だったらそこから話だけでも」


 鉄……血なまぐさいという事ですか。


「いいえ、入ります。失礼しますね」


 ノブを捻って開ける。

 確かに臭かった。下のカーペットには大量の血の跡。

 そして――奏芽さんはベッドで横になっていた。ベッドも血で真っ赤……いや赤黒く染まっていた。

 時間経過はしているようで、もう黒色で固くなっている所も。


「こんにちは、茉白ちゃん」


 顔を俯かせて斜めで私を見る。


「――何が、有ったんですか……? ニカエルさん」

「私にも分からない、でも奏芽の状態は酷かった」


 そうニカエルさんは言うけど、奏芽さんの状態は至って普通。鵯尾さんが言ったような状態ではなかった。


「その――足が分離していたとか、腕が曲がってはいけない所に曲がっていたとか……」

「うん、確かに――でも私が出来る限り直した」

「でも奏芽さん……とても生きている状態には見えないですよ……」

「大丈夫、今は寝ているだけ」


 ニカエルさんが奏芽さんの胸に手を置くと微妙に上下に動き呼吸していた。――本当にニカエルさんは天使なんだ。


「ここまで一体どうやって持ってきたんですか? 奏芽さんを。血の跡が途中なんですが」

「……皆には言わないでね」


 ニカエルさんの背中にグラデーションの掛かった光が集まる。

 そしてその光が集中して、一つの物体になる。

 創作で見る鳥のような白い羽根になった。


「……私の〈羽根〉で持ってきた。本当は天界に飛ぶ為に使うんだけど――誰も見られないように〈透明化〉してここまで」

「凄い――綺麗ですね。自然界じゃ見られないような物……」


 感動してしまった。

 だがそれも束の間、直ぐにその羽根は消えてしまった。


「余り長くは使えないの、あくまでも天界に飛ぶ為」

「では、奏芽さんの傷はどうやって直したんですか?」

「天使のキ――深く言えないかな」

「そうですか……ならばいいです」


 とにかく、奏芽さんがニカエルさんの手によって回復し、私は無事を確認出来てほっとした。でもまだニカエルさんに聞くことがあった。


「ニカエルさん、一体誰がこんな事を」

「わからないの、私も奏芽にスマホの中に閉じ込められて状況が分からなかったの。……日曜日の奏芽の動きを止める事が出来なかった」

「な、泣かないで下さい」


 私はなだめる。

 ニカエルさんは「ありがとう」と呟いて目を拭く。


「かなりダメージは深いから暫く学校には来れないけど、たまには奏芽の事を見に来てね。今日はありがと」

「はい……奏芽さん、目を覚ましてくださいね」


 今まで触れた事がなかった髪の毛、熱が籠もっていてフワフワしていた。

 ――もし、貴方が目を覚ましたらまずはほっぺたを叩いて、それからギュッと抱きしめます。いつも貴方は無謀な事ばかりして、困らせる事ばかりするんですから。私だってその一人なんですからね……。




          ※  ※  ※  ※




 次の日の放課後も様子を見に行く。

 今日は奏芽さんの母が出てきて迎えてくれる。


「昨日来てくれたみたいだけど私がいなくてごめんね」

「いえ、お構いなく――昨日無断で入った事をお許し下さい」

「そっか――いいよこれから。勝手に入ってきちゃって」

「そんな……呼び出して入りますから」


 奏芽さんの部屋の扉を開けると昨日と違って血液が付いていた物は全て無くなっていた。


「私も忙しくってカーペットとか取り替えるの大変だった。ほら、茉白ちゃん来たよ奏芽」


 奏芽さんの母が揺すって起こそうとするが昨日と変わらず寝息を立てて眠っていた。


「もう、汗掻いちゃってさ……拭くのが大変だよ、奏芽が起きないと……ばか……」

「お母さん?」


 体を拭く動作を止めて奏芽さんの腕に涙を零す。


「日曜日の夜、帰ってきたら家中を血びしゃびしゃにして帰ってくるなんて思わなかった。壁には一滴も付いてなかったけど――何があったの奏芽……」

「警察には届け出たんですか?」

「取り合ってるけど、進展が無い状態なの。少し位証拠が見つかってもいいんだけど」

「そうなんですか」


 ニカエルさんの良かれと思った〈羽根〉や〈透明化〉の奇跡のせいで進展が難しくなってる? でもそこまで警察の技術が軟弱化している訳じゃない。――奏芽さんが倒れた現場さえ分ければ、私も少しは状況理解が出来るんですけど。


「はー……ごめんね! クラスの人には話しちゃった? 明日は学校に出向いて事情を話そうと思うんだけど」

「いいえ、言ってません」

「秘密を言わない主義かぁ。ありがたいねぇ~茉白ちゃんは。……やっぱり家は開けておくから自由に入ってきちゃって」

「でもそれじゃ防犯が――」

「はい、鍵。これだったらいいでしょ」


 この家の鍵を手渡される。

 本当に自由に入ってきていいのでしょうか。

 私は少し躊躇した。


「もし無くしそうとかだったら家の花壇に鍵隠してあるからそれでもいいけど」

「――防犯、しっかりしてください」

「誰もこんなオンボロハウスに泥棒なんて入らないよ」


 そう油断していると入ってくると思うのですが……。


「そういえばニカエルさん。海街ですよね? 現場」

「えっ⁉ 多分、そうだと思う」


 ――もう時間ですから、現場を見てみるのは今度にして、今は奏芽さんが目覚めるのを待ちます。――きっとそんなに遠くないはず。そう信じて。


「……茉白ちゃん、奏芽にまた何かあったら頼むわ。預けてもいいくらいに」

「そんな、それは私より堂ノ庭さんに任せたほうが」

「正直、大雑把な子だから朱音ちゃんは。茉白ちゃんに言ってるの」


 …………信頼されるほど私は強くありません。むしろ信頼してくれた奏芽さんばかりに私は感謝しているんですから、何かあれば私に相談しに来ては私の話相手にもなりましたし。


「では私はこれで失礼します、奏芽さんさようなら」

「じゃあね、また来てね」


 外に出ると私服姿の堂ノ庭さんが待ってました。


「シロちん、カナちゃんどうだった?」

「…………」


 堂ノ庭さんはまだ奏芽さんの事を何も聞いてないからか、陽気に喋る。


「どうしたの~? そんな一大事なの? カナちゃんが死ぬ事なんて無いんだからさ~」

「……奏芽さんは部屋に居ます。お母さんも一緒なので是非確認しにいってください」

「うん、行ってくるよ」


 確認しに行った後の堂ノ庭さんの泣き声が私がいつか出てこないかと外にいる間、そして諦めて帰る間中ずっと止まなかった。その声を聞いて私も少し涙を零してしまった。


「ごめんなさい――」


 私は堂ノ庭さんを傷付けたかもしれない。

 真実を知っているのにも関わらず、友達の堂ノ庭さんに。奏芽さんの幼馴染に全く話さなかった事を。

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