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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第五章 鵯尾絢芽
75/91

63話 『男』は……『女』は……

 夏風町に戻ってくる。

 意外な事もあったけど、皆は思い思いに過ごしていて安心した。

 スマホで時間を確認……おっと、電話が一件入っている。見知らぬ電話番号。市外局番から始まってる訳じゃないからダイヤルすべきだろう。


「……もしもし」

「えっと、電話入ってたんですけど」

「私だ。()()()()、だ」

「あっ、どうしたの……」


 この電話番号はお父さんの物だったようだ。


「今日、そっちに行くが……何時だったら美依はいる?」

「土曜日は非番だからずっといる」

「分かった。夕方から出向く事にするよ」

「うん……じゃあ」


 絢芽からは近日中に来ると聞いていたから事前の身構えは出来ていた。この事、お母さんにも伝えておかなきゃ。俺の用は午前中になんとか終わったから今直ぐに行かな……


 ドンッ――


「うわっ……ご、ごめんなさい!」

「おう、気を付けろ」


 町内でも余り見ない悪い人達にぶつかってしまった。

 二人で居て駅の方へと向かっていった。……トラブルにならなくて良かった、俺も厄介事に巻き込まれてお父さんが来るまでに俺が来れなかったらヤバい事になりそうだからな。


「奏芽大丈夫? 転ぶ勢いでぶつかって来るなんて酷い人達だね」

「二次災害が無いだけ俺はいいよ」


 当たりが強かったのは確かだけど、うかうか気にしていられなかった。


「お父さん、来るんだね」

「ニカエルは別にスマホの中にいてもいいからな」

「ありがと、でも今日は出てるよ」

「いいのか?」


 早歩きしていたのだが、ニカエルの意外な言葉で早歩きを止める。絢芽とお父さんが家に上がった時以来、全く顔を合わせようとしなかったニカエルは今回なぜ?


「嫌じゃなかったっけ」

「ちょっと……おかしいもん、また訪問してくるのが」

「おかしいか?」

「うん」


 俺はお父さんが訪問してくるのはおかしいとは思わないけど、ニカエルは疑問に思っているよう。お母さんがいるし、猫子もいるから、おかしな事は出来ない。


「何かやろうとすんなよ、ニカエル」

「そんな事しない。むしろあっちだよ」


 時折お父さんの話に関しては変になることが多いからニカエルの事は信用ならない。感情有りきにしても同情は出来ない。


「ふぅ……着いた」


 商店街の中を歩いてて数人に声を掛けられたけど、無視してできる限り最速で家まで着いた。玄関入って靴を確認してみても、まだお父さんは来ていなかった。夕方と言っても三時が夕方と言い張る人もいるわけだし、時間を曖昧に言われると俺は準備を急ぎたくなる。

 リビングへの扉を開けると、相変わらずお母さんはソファに深く座り、タバコを吸ってテレビを見ていた。


「早いおかえり! ――ご飯かっ⁉」

「違う、お父さん来るって」

「…………一番聞きたくなかった答えだわ」


 お父さんを嫌っている人物その2、お母さん。

 まぁ離婚までの経緯は搦目さんから聞いているから嫌うのも分かっている。

 まだ半分しか吸ってないタバコを灰皿に押し付け、立ち上がり背伸びをする。そして深くため息を付く。


「奏芽、今日の事は覚悟しておいた方がいいかもよ」

「それなりには覚悟してる」

「大ッ喧嘩するかもね」


 ツバを飲む。

 分かっている、お母さんは破天荒だと。優しいお母さんは今日変貌するだろう。躑躅(つつじ)大学時代、全盛期の姿に……これも搦目さんから聞いた話ばかりだけど。気に入らない事あると相当暴れたんだって……カメラフィルムを手で破ったり、三脚を膝で折ったり……酔っていたとはいえ、お母さんも頷いていたから事実らしい。


「あのお母さん、家の物は……壊すなよ?」

「机とソファは壊さない」


 それ以外は壊す可能性ありって事かよ……。

 でも四十代でタバコ吸ってるからそんなには動けないだろう……。多分、俺が止める程にはならないと思う。



 午後五時頃――


 三時間は経った。

 お母さんも準備は良く、既に迎え入れる準備はしている。早い時間だが一緒に食べる気らしく夕飯を用意していた。そして――貯まる吸い殻、その吸い殻を捨てている灰皿の横にはタバコの空箱が三箱も……これら全て今日吸った物だ。20本入りだから……60本は吸ったのか……しかも新しい箱に手を出しており――


「お母さんもう止めなってタバコ、三時間の間で吸いすぎ!」

「んぁ〜? だって来ないもん雅人」


 はぁ……つい前髪を掻き上げてしまった。

 お父さん早く来てくれ。出ないとお母さんの肺がとんでもない事になっちまう。


 ピーンポーン――


「来たね……」

「洗い終わったフライパン構えない。俺出るから」


 戦闘準備は良いらしい、俺は玄関に向かう。

 お父さんは開いてると分かっていたらしく、もう靴を脱いで廊下に立っていた。気の早い人物だ……家の人じゃないんだから外で待ってろよ。


「お邪魔する。奏芽、美依は奥にいるのか」

「……待ってるよ、三人で」

「三人で? 誰だ」


 俺が次にリビングに向かうと長方形の食卓の席が少し変わっていた。まずお父さんが一人になるようになっていて、その反対にはお母さんが座っていて隣は俺の箸が置いてあるということは俺の席。そしてもう一席は唯川家と鵯尾家の中間のようにもう一面の場所に置いてある。そこはニカエルの席になる。


「いらっしゃい雅人、今日は奏芽に強く言われたから暴れる気は無いわよ」

「ああ、ここに座らせてもらう」


 一人離れた席に文句も無く座る。

 座ったと同時に、食卓に一つのビニール袋が置かれる。


「何か持ってこないのも悪いんでな。美依、プレゼントだ」

「気が効くじゃない、薄っすらと見えたけど。カウンターに置いといて」


 お父さんはビニール袋からそれを取り出す。

 ……タバコだった。しかも十箱入りと書いてあるのを五つも。タバコってコンビニで見ると450円とかするけど、それを五十箱も買ったのか……五百円で計算しても2万5千円の計算。相当高い買い物だ。


「ふん、当分の間買わなくて済むわ。ありがと」


 だがお母さんは不機嫌に感謝する。


「端金で買ったものだ。気にするな」

「あら、よっぽど儲かっていらっしゃるみたいで。新薬でも完成したんですかねぇ」

「別に。仮に出来たとしても儲からんがな」

「はぁーん……ま、いいか」


 少し気まずい空気にはなったけど、なんとかお母さんも気が持ったようだ。セーフという判定で良いだろう。


「それから、客人……前にも居ましたね。名前は?」

「……ニカエル」


 うつむきながらも目だけはしっかりあわせ、嘘偽りなく名前を語る。


「外国人でしたか。こちらにはホームステイですか? チンケな家でしょう。リビング近くには美依の部屋。そして息子の部屋に私の部屋。他には倉庫でしたかな? 後は使われてない応接間がありましたが……今も使ってるのか? 美依」

「説明に質問を合わせないで。写真現像室にしてるわ」

「……との事です、今日はこんな感じですが夕飯はごゆっくり」


 お父さんはニカエルに向かって一礼する。


「…………」

「あまり日本語は分からないようで……失礼を」


 ニカエルは〈万物の言葉〉という魔法を持っているから言葉はしっかりと聞いて理解しているだろう。


「あの……私に構わず、自由に……会話してください」

「客人、貴方も家族同然と考えていいんですね?」


 こくこくと顔を頷かせ、了承する。


「――さて、貰おうか」

「どうぞ勝手に」


 お父さんはネクタイを緩めボタンを一個外し、割り箸を持ってまずは目の前にある肉じゃがに手を付け、口に入れる。


「相変わらずだな、料理は」

「下手なほうで? それともお上手なほうで?」

「美味いほうでだ」

「褒めたって明日にあんたに作る料理はないわよ」


 お母さんは変わらず喧嘩腰でお父さんの会話に返答する。今だけ見るとお母さんが原因で離婚したようにも見えるが、全てお父さんが悪いと言っていた。……この二人の事はよく分からない。けども、良いお父さんに見えないのも確かだ。


「そうイライラするな」

「イライラしてない」

「しているだろう」

「あー今イラついたわ」


 お母さんの目のシワが寄った。

 それだけの違いなのに変貌した目つきに見えてしまって、箸の動きが止まった。――俺の知っているお母さんじゃない……鬼が出てきた……!


「今日なにしに来たのあんた。まさか唯川家を無茶苦茶しにきたんじゃないわよね?」

「そうだな……少し話をしようと来たのだが、想定外に夕飯が出てきたものでな。浸ろうと」

「なーにが浸ろうよ、ボケ。単刀直入に、私に用があるの? それとも奏芽?」

「そうだな……まず、美依。お前に話がある」


 割り箸を机に置いてネクタイを締める。


「前回は挨拶が出来てなかったからな、夏風町に再び住むことになり、娘……鵯尾絢芽は櫻見女に通わせる事になった。幾度かはここに絢芽も来ることになるかもしれないが、よろしく頼む」


 ゆっくりと一礼する……が、頭を下げきった所でお母さんは机の向こうからお父さんの頭を鷲掴みし、思いっきり上げる。……ついに手を出してしまったか。破天荒なお母さん始まった……。


「どうしてあんた絢芽って名前にしたの……」

「考えた名前がそれしか無かったものでな」


 お母さんはお父さんの髪をより強く握る。


「それしか無かった? 嘘言うなんてね、やっぱり浮気者だわ。……奏芽、名前の理由を言ってみなさい」

「ええっ、えっと。……んな急に」

「初めはかなのみだったのよ。だけど、『男』の子に奏のみはおかしいと思った。それから“芽”を付けたの。奏芽、良い名前になった。随分と気に入ってくれたわよね……でも別の『女』と結婚して“芽”を付けるのはおかしい話だわ」

「…………」

「何か言ってみなさいよ」

「気に入ってるのは事実だ、そして絢芽という名前は私が付けた」

「認めたわね……! この野郎」

「ちょっと! お母さん!」


 お母さん、お父さんの頭を机に叩きつけようとしたので俺とニカエルが止めに入る。流石に怪我させたら駄目だろう……頭を鷲掴みしている時点で駄目だけど。


「はーっ……はーっ……ごめん、高揚しちゃって」

「別に構わないがな」


 お父さんは眼鏡の位置を指で直して他の乱れを直す。


「絢芽という名前を付けるのに奏芽を意識したのは確かだ」

「そっ……今更名前を変えろなんて無理だからね、子供には罪は無い」


 冷静になって椅子に座り、深呼吸してタバコを一本取り出して火を付けた。食事中だから止めてほしいが、今回はイラつきが積もり爆発しそうだから文句は言わなかった。


「それで、本人は?」

「絢芽はまだ帰ってきてなくてな。電話しても連絡付かずだ」

「大丈夫なの? もう五時半よ」


 学校も無い日なのに絢芽は何処に行っているのだろうか? しかも電話して出ないのもまたおかしい。


「いずれは帰ってくるだろう」

「そんなあっさりしてて大丈夫なの? あんたの娘でしょ」

「遠くまでは行ってない、久々の土曜日なんだ。羽根を伸ばしてゆっくりして貰った方が俺は嬉しい」


 どうしてそんな心配しない。誰かに襲われたりとかも考えたり……絢芽。俺は心配になる。ああ見えて意外と弱かったりするものだ。


「……で、絢芽という名前はなんで」

「そうだな……あやめる。からだな」

「あやめる……」


 奇抜な理由でぞくっとする。『あやめる』……そこから関連する漢字は二つある、けども一つの漢字しか出なかった。『殺める』……そんな闇を感じさせる名前だがお父さんはお母さんや俺の反応に動揺さえしなかった。――マジなのか、そんな理由で名前付けされている絢芽にも、それは失礼だ。


「あんたっぽいわ、それで絢芽兼あんた……誰を殺める気?」

「それは――」


 スッ――

 指を指した先は……俺だった。


「えっ……」

「ふん、さてな。しかし――同じ芽は二つも要らない、特に最初に出た芽は切り取られる運命だ」

「その言葉の意は知らない。けども……俺は死ぬ気も無い、殺される気もないよ……」


 お父さんの目を見る。……冗談じゃなかった。まばたきもせず、俺との視線も逸らさず目を合わせる。お父さんとの日々の思い出も無いから何の感情も生まれない。一つ芽生えるなら“怒り”だけ。どうしてそこまで俺は嫌われるのか。分からなかった、その意も知らない。


「肉じゃがだけ食べたら帰る。話をしに来ただけだからな」

「帰れ帰れ。もう私らは用ないんだから、会う事も無いわ」


 お母さんも一本吸い終わり、綺麗になった灰皿に押し付ける。


「昔と変わらないね、雅人」

「お前もだ、美依」

「だけど、結婚したのは間違いだった、それだけは言える。浮気ばっかしやがって。今でも何人か付き合ってるの」

「もう俺も歳だ。四十ともなると二十の時のようにいかない」

「本当、嘘ばっか。絢芽の母に失礼だわ」

「もう絢芽の母は亡くなった」

「え……」


 絢芽は十歳の時ぐらいだったか、病気で亡くなったらしいな。


「病院で治療を施したが、救えなかった」

「製薬会社やってんのに?」

「製薬だからといって、人の命が救える訳ではない。〇〇だから……等とプロとアマチュアを混ぜたような言葉を出すな」

「……それは申し訳なかった。それで浮気は止めた訳?」

「語弊があるようだが、もう歳だ。女性と付き合うのはもう止めた」

「ふぅん……十六年以上前に止めてたら私もまだ離婚してなかったかもね。雅人」

「そうかもな」

「ブレない」


 色々な話が聞けて俺的には収獲。これでもかとお父さんとお母さんとの対話も聞けたし、絢芽やそのお母さんの話も聞けた。……本当に収獲が多い。


「……さて」


 お父さんは腕時計を確認して立ち上がる。

 俺も立ち上がり、お父さんの事を玄関まで送る。


「長居して悪かったな。もう家には来ない。奏芽、お前とはもう一度だけ会うだろう。それで最後だ」

「ああ……うん、じゃあね」

「そうだ、一つ。――美依、いやお母さんか。宜しく頼む」

「…………」


 玄関の扉がゆっくり閉まる。

 結局、お父さんも少しはお母さんの事を気にしていたのだろうか……。少し顔を緩めて「宜しく頼む」と言った。眉間にシワを常に寄せていたけどお母さんの事になったら少し緩んだ。


「どっちなんだよ」


 髪を手で掻く。

 結局、お父さんが何を考えているのかが分からなくなってしまい、リビングまで戻って席まで戻る。


「少し喋ってたみたいだけどなんて?」

「宜しく頼むって」

「ふぅん――」


 お母さんもお父さんが何を考えているのかが分からなくなっていたみたいだった。


「奏芽、多分雅人が指を指したのは……いや、言うのは止めとく。今日は疲れたわ……」

「俺も……」


 ほんの数十分の出来事のはずなのに一時間、二時間に膨張した時を過ごした。

 ニカエルもその間、箸に手も付けず俺達の会話を聞いていただけだった。

 ――俺の今日が終わる。

 ――そう、一番に軽く、重く、印象に残った今日。




          ※  ※  ※  ※




 正午――


 天気予報の通り、雨だった。しかもザーザー降りで地方番組だと海はシケって、近づかない方が良い、はたまた船も出せない程。この時期だとまだ海で泳ぐ人も居ないし、人気ひとけも無いプライベートに近い海だから忠告出しても――と言った所だが。

 お母さんはこんな雨でも仕事に出て行った。車だから問題は無いけども、お母さん本人は凄い嫌な顔をしてカメラを持って出て行った。「今日はスタジオ行くよりデスク作業がいいわ……」と愚痴っていた。

 そして俺は部屋に籠もって窓から外の様子を見ていた。――久々過ぎる雨で、気持ちが持っていかれていた。

 ニカエルもまた、雨を初めて見るような目でぺたんと地面に座り窓から外を見ていた。


「凄い雨だね――」

「うん……ん……?」


 PPPPPPPPPPPP――


 電話が鳴った、名胡桃さん? 朱音? 神指さんか? 電話する人やメッセージを送る回数は友達が多くなるにつれ頻繁すぎるから色んな人物の名前が思い浮かぶ。手に取って名前を確認してみる。


「絢芽……」


 昨日の夕方、お父さんからはまだ帰ってきてないと言っていたけど帰れて連絡が着いたのだろうか。

 出ない訳にも行かず、着信ボタンを押してスマホを耳に当てる。


「もしもし」


 スピーカーからは雨の音が聞こえた。

 ザーザーとしたノイズにも近い音から吐息が聞こえる。走った後なのだろうか、かなり大きく聞こえる。


「お兄ちゃん……助けて……」

「絢芽?」

「知らない人に……昨日から……追っかけられてるの……!」

「なんだって……? 今何処にいる!」

「えっと……電柱……電柱番号……」


 絢芽の口から電柱番号が言われる。その番号を頼りにアプリで検索してみると夏風町内と分かった。――かなり人気のない場所で追いかけっこをしているようだ。


「ひゃあっ⁉ お、お兄ちゃん、はや――」

「絢芽……? 絢芽!」


 途中で電話が切れた。不審者と思われる人に見つかったようで急いで電源を切ってまた走り出したのだろう。最後の最後でぴしゃぴしゃと水たまりを踏み走る音が聞こえたからだ。


「くそ……!」


 俺は玄関に向かうが――


「奏芽! 行っちゃ駄目な気がするの……!」

「なんでだよ! 絢芽が危ない目にあってるんだぞ!」

「私には分かる! 確かに絢芽ちゃんが危険な目にあってるかもしれない、でも……何かおかしいの」

「何がおかしいんだよ!」

「おかしいの……だから言っちゃ駄目……」


 怒りにも見えた顔は悲しんでいる顔にも見えた。

 でもこんな電話を貰ってあっちの状況だって伝わっている。それでもニカエルは言っては駄目というのか。今日だけはニカエルがおかしく見える。もっとおかしく見える。

 無視して行こうとするがニカエルは俺の手を強く握って顔を横に振る。


「駄目なんだって……こういう事は警察に……」

「うっさいな! 天使ごときが人間、俺の感情が分かるか! スマホに戻ってろ!」


 スマホに無理矢理入れ込む。

 それでもアプリ『ニカエル』を通じて何個もメッセージを送りまくる。


「……うっせぇ!! 黙ってろ!!」


 ついに電源をも消して完全に閉じ込める。

 こうにもなればニカエルはスマホからも出てこれないし、事が済むまではそこで大人しくしててもらう。今日はヤケにしつこかったが、お父さんの事や絢芽の事を嫌っているから嫉妬でもしているのだろう。――ニカエルとお父さんとの過去に何かあったとしてもそれはそれだ。


 傘を二本持って外に出る、絢芽は昨日から追いかけられていると言っていたし傘を持っていくべきだと思った。

 頭の中の地図を頼りに絢芽の現所在地を割り当てる。――雨の中で余計に人気が無いうえで更に人気が無い場所へと入っていく。商店街からも離れ、駅からも離れ、海街の公園最寄りの場所へと着く。かなり入り組んでいる場所に絢芽は入っていったようだ。


「絢芽ー。絢芽ー」


 追いかけられているとも言っていたし、なるべく小さめの声で絢芽を呼ぶ。もう一度電話もしてみようと思ったが潜伏して犯人から逃れていると思ったら着信音で位置がバレてしまうのではないか。それからニカエルが出てきてしまう、と考え自分の目で探す。

 こんな平和な夏風町で犯罪級の出来事が身内に起こるなんて思っていたなかった。『女』の子になると普通に起きてしまう出来事なのだなと痛々しく思う。


「どんな奴が絢芽を探しているかも分からないし、どうすりゃ――」


 車一台しか通れないような通路まで着く。

 電柱番号を探し、一致した場所から再び周りを見渡す。


「絢芽ー。何処にいるんだー」


 また小さく声を出して、絢芽に呼びかける。

 ――この電柱番号が貼ってある場所、かなり顔を上げないと見えない場所に貼ってあるな。ここから見て不審者が来たとしたら……雨の中で直ぐに気付けるだろうか……。余裕があるような気がする。

 もし左右から来たとしたら、あの路地裏に隠れるな――怖いけど、入ってみる。路地裏と言っても商店街とかで見るような薄い場所ではなく、横三人は並んで入れる程余裕のある路地裏だ。所々隠れそうな場所はあるな。しらみつぶしに探してみる。

 見通しは悪い。――絢芽が隠れるに考えそうな場所には来たな。不審者もここらへんで回っているだろう、俺も気をつけなければ。


 ガタンッ――


「わっ……⁉」


 大きな声を出しそうになるのを飲み込み、様子を見ると猫が走っていった。


「ふっー、良かっ――」


 唐突に俺は壁に手を付く。

 壁……? なんで急に俺は壁に手を付いたんだ。

 傘が見える。壁に傘が刺さっている? ……いや、違う。

 ――俺は倒れたんだ。状況が徐々に理解出来てきた。


「痛い……」


 後頭部が痛い。もしかして絢芽を追っていた不審者に後ろから何かで殴られた……?

 耳鳴りが酷いが、話し声は聞こえる。二人、顔は動かせないが『男』が二人いるみたいだ。


「……殺しに……いいか……すな……」

「ああ…………やる……んだ……」


 殺し……絢芽の事か? こいつらが追っていたのか? だけど、体を起こしたくても起こせない。脳が今の状況を理解していても、まだ体がリンクしていない。……むしろ恐怖感が強すぎて……


「……い……お……い……」


 次の強い感覚。

 ほっぺたをバシバシと強く叩かれる。


「しっかりしろー。大丈夫ですかー」

「…………?」


 気絶していた……? というか覚えていない。でも時間は経っておらず、雨は強く降ってるし後頭部がまだ痛い。


「うぅ……う……」


 壁に金属バットが立てかけてある。

 こいつか……俺の頭を殴ったのは。


「てめぇ……」

「てめぇじゃねぇだろガキ!」


 一発、腹に手加減の無い殴りが入る。


「っぁぃあ――――⁉⁉⁉」

「あのさ、人にてめぇはないだろ」


 胸ぐら掴まれ相手との顔の距離が近くなる。あの一撃で目が霞む。なんで知らない人に容赦なくやられるのか。さっきから状況がまったく掴めない。次を理解しようとすると新たな出来事で上塗りされる。


「お前、唯川奏芽か? ま、聞かなくてもいいな」


 胸ぐら掴まれたまま無理やり立たされ、もう一発殴られる。


「ちょっと……付き合ってもらうぜ」


 バキィ――!


「あぁあぁあ――⁉ ぐうううぅぅ――⁉⁉」


 金属バットの割れた音、じゃない。二の腕の骨が金属バットにあたった衝撃音が体内に響いた。

 血――。

 右、二の腕が、くの字に曲がっている。


「こんの……っ!」

「おらぁ!」


 やり返そうと左手で殴りに掛かったが、相手の方が素早かった。鼻に当たって後ろに倒れる。

 鉄の臭い……鼻から液状の物が垂れる。

 なんで、ここまで『男』二人に袋叩きにされているのか。だって――絢芽追ってるんじゃなかったのか? 目的がそっちならば、俺なんか相手しないでさっさと向かえばいいのに……。


「お前、まだ意識ある?」

「…………知るか。死んでるかもな……」

「死なれちゃ困るんだよ」

「なんでだよ……ここまでやって死なれちゃ困るって……」

「まだいけるみてぇだな」

「……⁉」


 ズブゥ――


「ッッッ……ヴヴヴゔゔ……」

「刺される感覚はどうだ」


 足、左足……何も言えない。

 足の肉に異物、何か入ってきている。

 どくどくと自分の血液がそこから流れ始めているのを感じる。

 体の気が抜ける、精神だけは持っていかれないようにと傷を意識する。痛い――痛い――でも、感じ続けないと死ぬ……!


「はっ……はっ……はっ……はっ……」

「もう無理か」


 こくこくこくこくこくこくこく。

 命乞い、まさかこの歳になってすることになるなんて思わなかった。

 金髪のガリ野郎と、スキンヘッドのデブ野郎……覚えた……俺はもし生きて帰れた時の為に、こいつらを忘れない。

 だから命乞いをする。何らかの方法で報復するために。


「ほら、立て」

「足……うっ……」


 また胸ぐら掴まれ、傷ついた足から血が下に垂れる。

 ボタボタ――ああ、これ全部俺の血なんだな。腕から指の先に垂れ、足から直接垂れて俺の血で足跡が出来ている。


「じゃあな」

「えっ――」


 路地裏から投げ出される――。

 見えたもの、トラック。

 足なんてもう動かない、手を付いて逃げ出そうにも折れている。

 駄目だ、トラックも止まる気がない。いや、止まれないだろう。

 ――もう目の前まで来てるのだから。


 ドン、ガッ、バギィ――


 体が飛ぶ、もうその先、俺がどうなったのか。

 飛んでる間、何も考えられなかった。

 死んだのかもしれない。


「がはぁっ――がっ――」


 ――でも生きていた。

 やっぱり倒れていた……腕、変な方向に曲がってるな……足の感覚無くなってるな……目開いてみたら、景色は真っ赤だった。緑色と青色を奪われたみたいだ。


 ……誰か歩いてくる。

 音だけはまだはっきりしている。

 赤色しか見えない目で見てみる。――黒い服装に黒いネクタイ。


「まだ生きていたか。しぶといやつだ」

「……お父さん……?」

「もう呼ばれる筋合いも無い。死ぬのだからな」

「どうして……」

「お前を()()に来た」


 昨日来て「もう一度会う」って、早すぎる。


「絢芽の電話、しっかりと信じて来たのは評価しよう。だがそれまでだったな」

「……クソが……騙したのか」

「ああ、騙した。そして今日がお前の命日だ」


 薄い赤の何かを構えて俺に黒い穴を向けている。


「最近の技術というものは凄い。3Dプリンターで銃さえ作れるのだから」


 聞いた事がある、世界初の3Dプリンターガン。

 確か……


「……リベレーター……」

「そうだ、弾丸一つ九州から持ってきて今まで持っていた、お前を殺す為に。そして3Dプリンターも会社から持ち出し、特殊な方法で設計図をダウンロードし制作した」


 トラックで引いて死ななかった場合に、用意していたのか……周到すぎる。


「もうこれで説明も終わりだ。……同じ芽は二つも要らない、特に――」

「最初に出た芽は切り取られる運命……だろ」

「正解だ、最初に出た芽は……お前だ、奏芽」


 クソ、クソ、クソ……


「鵯尾……雅人……! 絶対に……殺してや――」


 パァンッ――


「こぅっ……はぁっ……⁉」


 一発、熱い物が刺さ――る――。

 体が熱い――熱い――熱い――熱い――。

 みんな――ごめん――俺は、死ぬみたいだ……………………


「奏芽…………奏芽……奏芽――!!」

「はぁぁぁぁ――!」


 名前を呼ばれて目を大きく開く、息を大きく吸う。

 生きていた……⁉ 俺は生きていたんだ……!


 周りを見る。

 暗い、俺の部屋、ベッド。

 夢……? だったのか……?


〔カチカチカチカチカチカチカチカチ……〕


 部屋中に何かが響いている。

 ――何かがおかしい。俺は確かに意識が無くなって、死んで――


「……七……月?」


 四月だったはず……俺いつの間にかカレンダーを破っていたのか? いやそんな事はしない、月イチで破るんだから、気が狂っても破りはしない。――そうだ、スマホ。スマホのカレンダーを確認すればちゃんとしたものを見れる。


「うわ……スマホ、バッキバキ……あれ……」


 俺、骨折れて無かったっけ? 俺、打たれてなかったっけ?

 ――そしてスマホ、画面が割れている。トラックに引かれたのも現実……だよな?

 そんなことがあったのに、体は元に戻っててスマホは元に戻ってない。

 夢だったら、全部元通りってなってるのが理想的なんだが。


〔カチカチカチカチカチカチカチカチ……〕


 このカチカチ音は何処から鳴ってるんだよ、うるさいな。


「おいニカエル、これお前がやってんだろ」


 ――シーンとしていた。

 誰もいないはずがない、俺とニカエルとは〈()()の結界〉で――


「契約――まさか、一学期終わるのか……?」


 誰にも――バラしてない。

 俺が『男』だって、クラスの誰にも話していない。


〔カチカチカチカチカチカチカチカチ……〕


 この音――俺の頭で鳴ってるのか?


「や、やめろこの音。俺、今からバラしに行くから……だから、止めてくれ!」


 夢中で走り出した。

 階段も無茶苦茶に駆け下りて裸足で外に出る。

 暗い中を走ってとにかく学校へ向かう。誰かは居るかもしれない。――いや、いてくれ。クラスの人がいれば俺はバラすんだ。

 スマホの電源が付いた。バキバキの画面の中で映し出されたのは――


〔7月23日 予定→学期末、夏休みは明日〕

「はっ……はっ……はっ……嘘、だろ」


 どうしてこんな日まで――いや、これが夢か?

 そうだ、夢。夢なんだ。俺はやっぱり死んで悪夢を見せられてるんだ。

 死んでも尚、悪夢を見せるなんて神は悪意を持ちすぎだ。――いい夢を見させろよ、な?


〔残り一分〕

「なんて高性能な脳内音声なんだ……」


 でも落ち着けなかった。

 冷や汗出て、走ってて、疲れてる。

 そんな中でもスマホを確認している。

 ――アプリ『ニカエル』が無い。

 ――でも、いつもの電話番号にダイヤルすると『女』の子になれる。夢なのか分からないこのリアルな場所でも『女』の子にはなれるんだな――。


 俺は一人の人物に電話する。

 この時間でも出てきてくれるはず……。


〔残り十秒〕

「な、名胡桃さん――」

〔九秒〕

「名胡桃さんッッ!」

〔八秒〕

「出てくれよッ! 訳の分からないカウンドダウンが――」

〔七秒〕

「くそっ! やっぱり夢なんだろ!」

〔六秒〕

「名胡桃さんってば! 電話に出て!」

〔五秒〕

「やだ! 怖いんだよ――!」

〔四秒〕

「なぐるみさあああああああん!!」

〔三秒〕


「もしもしっっっっっっ! 奏芽さんっっっっっっっ!!!!!!」


 やっと出てきてくれた――!


「なぐるみさ――」


〔0秒――条件未遂、貴方は天使を裏切りました〕


 スマホを落とす。

 体の気が抜け、倒れる。

 何も聞こえなくなる、何も見えなくなる。

 感覚が無くなった。一瞬、何も理解が出来なくなった。




 ――そして、真っ白な場所に立っていた。

 限りなく遠くまで真っ白、他の色もない。


 さっき、倒れたはずなのに俺は立っている。

 そして体の感覚も戻っている。

 手の指を畳んだり伸ばしたり、グッパーグッパーしてもちゃんと動く。


 俺の前、あぐらを掻いて膝の皿を支えに肘杖を付いている人影が見える。

 日常に何度も見た白いワンピース姿の人だ。

 ニカエル……?


「だれだ……おまえ……? ニカエル……じゃないな……?」


 そのワンピース姿の人は笑って言った。
































 ――ようこそ、天界へ。

『男』は……『女』は……


 死ぬ。



 第五章、鵯尾絢芽の完読ありがとうございます。この状況、絢芽という奏芽の妹というのも、奏芽が死ぬのも全て予定尽くしてのプロット通りでございます。深くは言えない事もありますが、別にここで終わる訳ではありません。ちゃんと次回ありますからね!


 絢芽に関してはまだバラしていない設定があるので薄々としか言えませんが、とにかく第二の奏芽のようで奏芽じゃないブレないキャラクター作りをしました。奏芽より才能があり、頭がキレて使える物なら何でも使う……といった、ダーク奏芽的な物になりました。奏芽ならこんな事しないだろうなを全て取り入れたキャラです。

 奏芽が傷付ける事をしない、だったら絢芽は傷付ける。正反対キャラです。特に作中でも強烈に残るキャラに仕上げたと思っています。メインヒロインな感じはありませんけど、好きな人は好きなんじゃないんですかね(笑)。


 さーて……僕が一番書きたかった所まで到達しました。長かったです、次回からは熱く集中出来るかと思います。

 ここまでの完読、感謝します、ありがとうございました。第六章をお楽しみに――。

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