60話 『女』の休息時間 その2
次の日――
一人は薬で催吐され、一人は真面目に闘い破れ。残るは二人になった。――普通はこの雑木林の中で俺とその残る二人で昼休みの筈が
「ああっ、コンビニ弁当のお新香が!」
右手を折られ、慣れない左手で割り箸を使い、お新香を取り損ね――
「KA、深緑のお茶、こぼさないで」
その横にお茶に『トコンシロップ』を入れられたにも関わらずお茶を飲む――
どうして病院レベルの二人がいるのだか。
「神指さん、深緑。学校まだ休んでてよ、特に神指さん。あなた重症なんだから」
「ふぇ? 私ですか?」
おぉ……自覚無しですか?
昨日の怪我から湿布も包帯も取れてないし、足も捻挫してるのによく学校に来れたよ……。でも家で安静第一とか医者もあの場面じゃ言ってなかったし、日常生活は平常に送れる程の重症……いや、重症って付く時点で生活困難なんじゃ。
「私は本人元気だと、安心出来ますよ」
「名胡桃さんまで」
「急に学校来なくなるより、一日や二日は間隔空けず来て貰った方が精神的にもいいんです。本人もクラスも」
成る程、それだとクラス全体への報告にもなるし、唐突に先生の口から聞かされて家や病院に押し寄せる事も無い。また検診で学校を休む事になってもホームルーム時の先生の口から聞いても安心出来る訳だ。
「そう言われても、私は来るつもりですけど。大した怪我じゃないし」
「おーい神指さーん?」
誰からどう見たって、大した怪我でありボロボロだぞ?
……もしかして橙乃から何か囁かれた?
「拙者なら刀傷、装備の擦傷、また鉄砲隊の弾傷なんて当然だ」とか橙乃なら言い返しそうだ。戦国時代の合戦と現代における試合じゃアレコレ違いすぎてその比例はおかしい。
「さてさて、私の話は良いですから次のお二人さん。どうするんですか?」
神指さんの話や体はどうでもいいと来たか。
俺は体勢を変えて次のおにぎりを食べる。
「朱音はグラウンド借りてどうするの?」
「あたし?」
コンビニ弁当を二つ買って、ふたつめの弁当の封を開ける手を止める。
朱音は人差し指をあごにそえて空を見る。
「グラウンド取ったのはいいけど、どうしようかなって」
「何も考えてないの⁉」
そりゃびっくり。陸上部なら色々な競技が出来るんだから考える暇も無く朱音の得意な競技で勝負するのかと思ったらこの言葉。
俺は頭を掻く。
「グラウンド借りて何も考えてないんだったら体育館でも借りて鬼ごっこしてろよ――」
「おお! それ採用!」
――えっ?
「狭い分、物でも置いてパルクール鬼ごっこでもしよっかなー!」
なんだって。
「それで十分毎に鬼を切り替えて競技化! ありがとカナちゃん! 早速グラウンド断って借りてくるー!」
「お、おう……気をつけてな」
ふたつめ弁当の封を開けずにとっとと雑木林を抜けていく。軽く放った一言が朱音を動かしてしまった……、陸上部ならではの勝負をするかと思ったら鬼ごっこで採用。しかもパルクール。
「な、名胡桃さ~ん」
「本人が決める物ですからいいんじゃないですか? パルクール鬼ごっこ」
ニッコリと笑った。いや笑ってしまった。
俺の意見に同意してもらえるとかと思ったら、朱音の意見に同意。これじゃ朱音が決めた物じゃなくて俺が決めたみたいになっちゃうじゃないか。……なんて名胡桃さんの言葉を聞いたら何も言えなかった。本人が良ければそれでいいのか?
「とりあえず……朱音のコンビニ弁当貰お」
さっきの話でおにぎりは食べ終わり、まだお腹が空いていたので朱音が残したカツ丼弁当を頂く。
もったいないし。
――多分、アイツ帰ってこないと思うし。
「よいしょっと、じゃあ奏芽さん。また今度ですねー」
次に食べ終わった神指さんは深緑の肩に手を掛けて立ち上がる。足の捻挫は辛いらしく左足を持ち上げるように歩く。神指さんの事を思ったら次は雑木林の中ではなくもっと楽な場所を選ぶべきだな。……この場所は可愛そうだ。
「深緑も行く」
「うん、じゃあね」
最低限の言葉で深緑も立ち上がった。
道の途中でばったりと絢芽に会わなきゃいいんだけど……一緒に付いて行くべきか? と、思ったら走り出してまだ雑木林途中の神指さんの横に付いて介抱していた。……深緑、少し成長したんだな。
「「…………」」
名胡桃さんと二人になった。
そういえば本当に二人だけになったのっていつぶりだろうか。それを応えるように会話もなく静かになる。木がふさふさと揺れる音。野生の生き物もいるのだろう、がさがさと音が聞こえる。――その音が耳に入るくらいに静か。
「奏芽さんは――」
先に口を開いたのはやっぱり名胡桃さんだった。
「奏芽さんは大丈夫なんですね……怪我とか、症状とか」
「今の所大丈夫みたい。何か薬を盛られたり、怪我あっても良いくらいなのに……皆ばっかり傷付いてて……申し訳ないよ」
「本当に奏芽さんって、皆思いなんですね」
「うん……」
名胡桃さんに言われると少し救われる。
ここの所、俺のせいでって考えばかりだった。それでもって「コレは私の責任」だなんて返さればっかで俺に負担を掛けないような話し方ばかりで余計に重みが掛かっていた気が大きくなった。けども――
「皆、奏芽さんの事が好きなんですよ。そうまでしなきゃ鵯尾さんの勝負なんか受けません」
「“俺”はあんまりそうは思ってないのかもなのに……?」
「そう自分を攻め立てても、ばっちり嘘ですよ。現に神指さんの事も心配してる。そして堂ノ庭さんにも『気をつけてな』なんて、ただ体育館を借りに行くにもそうは言わないじゃないですか。余りにも自分を見失いすぎです。奏芽さん」
「…………」
凄過ぎた。こんなにも分析されていたなんて。
単純に名胡桃さんは見ていたんじゃない。俺が今どんな状態なのかも言い当て、それに該当する俺自身が気づかない答えをも自信を持って言い出す。こんなの誰にだって出来る訳じゃない。
「もし……“俺”に何かあったら、どうする?」
「何かっていうと?」
「何か……死ぬ事があったり、またはそれに近い事が起きたら。名胡桃さんはどうする?」
「それは――」
自殺……する事とかですか?
キンとその言葉を聞いて耳鳴り。
「奏芽さんが自殺なんて有り得ないです。でも――」
「でも?」
「奏芽さんがそういう事をしそうになったら、私は力を込めて奏芽さんの頬を叩きます。そして――」
「そして?」
「もうひとつ、近いことが起きたら。私は奏芽さんが目を覚ますまで、側に居ます」
俺は名胡桃さんの本気を見た。
ドクンと胸が一波打つ。
「多分、奏芽さんが『男』と知っている皆が口を揃えて言うと思います。だから――そういう事に巻き込まれそうになったり、現場に突っ込みそうになったら逃げてくださいね……」
一滴、名胡桃さんの頬に涙が流れる。
「ご、ごめん……! 傷付けるような事言って! ……でも、ありがとう。少し心救われたよ。やっぱり唯一無二って感じ、名胡桃さんは」
「ふふっ。そう言って貰えると私も少し嬉しいです」
名胡桃さんは涙を手で拭い。皆が置いてったゴミを袋にひとまとめして立ち上がる。
「さあ、行きましょ奏芽さん」
「うん」
俺も立ち上がり、名胡桃さんの後に付いて行く。結局相談に乗ってもらった感じになってしまったが、俺も少し心の内を明かしてスッキリした。
こう、俺ももっと名胡桃さんみたいに皆の心を救うような立場になれればいいのにな。――いや、内を開いてみると実はその立場に既に立っているのかも。今さっき、名胡桃さんが証明したんだから。……見失いすぎてたんだ、俺自身で俺を。
※ ※ ※ ※
相変わらず、昼休みは少し時間が空く。俺だって空けたくて空けてる訳じゃないのに、早食いで食量も少ないからこんなに空いてしまう。いつもだったら食堂なり、教室でお弁当でおかず交換や喋って時間経過が早いのに。雑木林で食べるようになってからは遅くなっていく。
「……お、唯川奏芽〜」
「この声は」
フルネームで名前を呼ぶのは一人しかいない。
聞こえた方向に振り返ってみると。
「うーっす。今日もリラクゼーションルーム?」
「撫川さん。ちょっと暇だから」
「その撫川さんってやめてよー。汐璃でいいって」……相変わらず俺は癖が抜けきれてない。汐璃さんとは午後にしか会わないし放課後も誰にも話さず一人で教室を出てってしまい、話す機会が無い。だから癖が抜けない。
「……あ、そうだ。今日は持ってきたんだ。ゲーム機」
「おー。唯川奏芽も持ってたんだ。後で貸してー」
後で貸して、と今言われたばかりなのにもうゲーム機を取られる。よっぽど興味があったのか電源を付けてデータを見ている。
「やっぱりさー、ソシャゲーとかアプリゲーよりコンシューマゲームだよねー」
「そっちなんだ、わたしはどんなゲームもやるけど」
「疑似ボタンより、感触があるボタンでぐっとキャラクターが動くのがいいんでしょ。そこが最高なのよ」
これは語り始めたら止まらないタイプだな。
汐璃さんは学生ニートなだけあってゲームには詳しそうだ、俺以上に。
「一緒に協力出来そうなゲームもあるし、後でやろうよ」
「いいよ」
歩きゲームしつつ、リラクゼーションルームに着く。扉を開いて今日のメンバーを見てみると誰も集まってなかった。今日は調子でも悪かったのだろうか? それとも元々集まりが悪いとか?
汐璃さんはまだまだ俺のゲーム機を持ちソファに座る。
「アクションゲーに無料ゲー……唯川奏芽。ギャルゲーもやるの? 結構百合な所あんのね。しかもコレ原作エロゲーじゃん」
「えっ⁉ ちょ⁉」
ソンナトコロまでアナタはミるんデスカ?
流石にパソコンは持ってないから(歳じゃないし)調べてコンシューマに落とされたギャルゲーを買っていたのだが、そんな事まで知っているとはお見逸れ。
「い、いやね? 汐璃さん……別に好きってワケじゃ」
「セーブデータとシステムデータがある時点で保有してるのは知ってるさー。しかも三本四本って入ってるし」
「うっ……」
「言い訳しようとするほど首締まってくよ? だってほれ、実績解除は完璧だし、DLC追加ストーリーだって買ってるし。……しかも学園物で巨乳キャラが好きなのかな」
「わわっ⁉ わっ!」
喰えない『女』だ! 撫川汐璃め!
そしてピロン♪とアプリ『ニカエル』からも着信があり、内容を見てみると――
〔ドヘンタイ、ドスケベ、エッチ〕
タッ、タタタッタッ――!
〔うるせぇ!〕
普段スマホの中で寝てるニカエルも今だけ起きてるとか不遇にも程がある。――言い訳するつもりも無いが、どうしても学園物で巨乳が多くなってしまうのはゲームのジャンル割合の高さだ。だからそのジャンルに偏るのは仕方がない。というかコンシューマだとそこらへんのジャンルが多くなってしまうんじゃないか?
「もしかして、そういう展開狙ってこの学校入ったとかじゃないよね?」
「どうしてそうなると?」
「だってー。見るからにして貧乳だし、唯川奏芽」
「その発言はキレそう……まぁ少しは憧れだけど」
じーっと撫川汐璃の胸を見る。
――胸あるな、コレ? くそっ。
「ざんねーん、じっと見てるの分かってるよー。身体測定の胸囲78でしたー。唯川奏芽は胸囲70ね……ぷっ」
「笑うな……結構、悲しいんだよ」
俺は去年と一緒で胸囲は変わらなかった。他の人達は2か3上がってて胸囲の脅威であった。身長体重は上がっても胸囲が変わらずでテンションは上がらなかった。
そして再び汐璃さんは俺のゲーム機を触る。
それ以上は見てほしくないのだが。
「……まぁ分かるよ。櫻見女来てたら『女』の子可愛いって目覚める人もいるもんね」
フイフイと汐璃さんは人差し指を曲げて「おいでおいで」と簡易にアクションしている。
「……ぎゃ⁉ まさか」
「そのまさかヨー! きゃー今日は来てくれター!」
――わあああああ!!
唐突に背中から掴まれ腕と肩がガッチリと固定される。
「三刀屋せんぱーい! く、苦しいでふ……!」
「“でふ”って! でふでふでふかー? びっくりでふネー! 奏芽ちゃーん!」
もう一方的で最悪。先輩だから容易に止めてくださいとも言えず、ただ抱きしめられる。しかも背中ばいんばいんとやられたら気持ち複雑でどうしたらいいのかと。
「もうっ! 奏芽ちゃんったら意外と良い体付きしてるからー! それっ、グニグニ!」
「わーっ⁉ お腹摘まないで下さい! あ、足も駄目ですって!」
色んな所も触られる……。
も、もう止めてくれ……!
――そう五分は続いて熱くなり。体をまさぐられ、どうしてだか上半身はブラウスだけになっていた。三刀屋先輩恐ろしすぎる、早業でブレザー脱がされて、俺の無い乳を揉まれたり。匂い嗅いだりするんだから……少し距離を置いた。
「ふぅー……はぁー……サイッコウ……」
「三刀屋先輩……」
二人三人が座れるロングソファでぐったりして顔は愉悦な姿。
こんな先輩は嫌だ。
「もう体は分かったから……奏芽ちゃんぬいぐるみでも作って家で楽しむワ……」
「本当に止めてください! というかそんな能力持ってたんですか!」
「三刀屋センパイ、手芸部だからね」
俺のゲーム機を一通り見た汐璃さんは机にゲームを置く。
「手芸部! ……でもそんな感じはする」
「失礼ネ。手先は器用なのヨ」
三刀屋先輩が体を持ち直して俺の体が意にもせず驚く。
なにかされるんじゃないかと体が怯えていた。
「ほら、汐璃ちゃんぬいぐるみ。よく似てるでしょ?」
「あっ、凄い……!」
ブレザーのポケットから取り出したのは手乗りサイズの小さな寝っ転がり汐璃さんぬいぐるみ。デフォルメだが精巧に出来上がってて細かい所まで似てて再現率が高い。……何より本人よりも可愛いんじゃないかって錯覚させるぐらいだ。
「でもネ、汐璃ちゃん受け取ってくれないのヨー!」
「そりゃ、ウチにはその手乗りの大っきいサイズが家にありますから」
……ああ、二個も要らないよね。
「だから、奏芽ちゃんも私のお気に入りとして人形にしてあげる」
「言い方が悪いです! ……まぁ、小さいサイズなら貰いますけど」
「ホントウ⁉ 汐璃ちゃんと違って素直ネー!」
汐璃さんの性格なら多分一度断ったのだろう。いや、俺も三刀屋先輩が手芸部と聞かなかったら多分断ってる。……あれ、一度断ってる? まぁ何がともあれ悪い人では無いのは確かだ。
どんなクオリティなのかも見たいし。
「じゃあ……作ってみて下さい」
「はーい! じゃあまた次に会った時ネ! 絶対渡すから!」
「楽しみにしてますから」
キーンコーンカーンコーン――
切りの良い所で予鈴が鳴る。
「あー。三刀屋センパイのせいでゲームできなかったですよ」
「アラ……ワタシだけ楽しんじゃったわね。……それじゃ二人またネ」
一足先に三刀屋先輩はリラクゼーションルームを出る。
「汐璃さん、行こっか」
「ちぇー」
楽しみを潰されて不満なのかさっきの寝っ転がりぬいぐるみみたいなポーズでその顔をしている。再現度満点すぎて三刀屋先輩が怖い。
「……ん、チョット待って。後で行く」
「本当に? 帰らないでよ」
「絶対行くから」
汐璃はスマホをいじり出す。
用事というのはそのスマホいじり……別にそれぐらいだったら歩きながらでも操作出来ると思うんだけど、そこから一歩も動こうともしない。
――汐璃はこっちをジッと見ている。
「さっさと行ってよ。見られたくない用事だってあるんだよ」
「えぇ……まぁ、『女』の子の用事ってヤツですか……」
まさかリラクゼーションルームでナニとかじゃないよね?
俺が変な目で見たいのに逆に変な目で見られ、さっさと出て行け……という事ですか。
※ ※ ※ ※
放課後――
「奏芽くん、ちょっと良いかな」
「えっ⁉ あっ、いいけど」
古麓さんと初会話。カバンに物を詰め込んでいて帰ろうとした途端にコレ。古麓さんはブラウスとブレザーの真ん中にフード付きの薄いパーカーを着込んで髪型は三つ編みを編んで肩に乗せている。しかし特殊な髪色だな。前髪が黒いのに、三つ編みは銀色だ。
「ああ、ぼくの名前は古麓雪奈。黒板前の席で授業を受けている……茉白くんと少し面識がある。それでぼくは君のことも少し知りたくて」
「――うん、“俺”の名前は唯川奏芽。朱音の隣の席で“俺”は夏風町に住んでいる――」
古麓さんは俺の事を知りたかったようだ。
――変な子だと思ったけど、案外普通の事を言っていて、それもすんなり耳に入った。
「ありがとう、ぼくは茉白くんから少し君のことを聞いてて気になったんだ。所でもうちょっと付き合ってもらってもいいかな」
「――いいよ、何処?」
「屋上まで」
「分かった」
カバンを持って俺は古麓さんと行動する。
初対面で屋上だなんて変とも思わず古麓さんと行動してしまっているが、何故かノーとは言えなかった。それでもって俺の第一人称を「俺」って間違えて言ってしまったような……まぁ世の中には『女』の子でも俺と言ってる人もいるだろうし間違えて言ってでも問題は無いだろう。それに……なんだろう。古麓さんの前だと素直になってしまう。
古麓さんの背中追って屋上に着く。
春の屋上はそれなり温かい風が吹いて過ごしやすそう。
「ぼくは高いところが好きなんだ。特にここは」
「へぇ、好きなんだ」
古麓さんは手を左右に広げ、うーんとゆっくり回る。
「あ、ごめん。急ぎ用だった?」
「――いいや別に。帰っても猫と遊ぶくらいだし」
「猫かぁ。寂しがる動物だし五分かな。じゃあ話し合おうか」
古麓さんはスマホを取り出してタイマーを設定したようだ。俺も本当に帰っても何もないし、古麓さんとは五分ぐらいダベれば十分かな。
「別に警戒する事は無いよ、ぼくは皆と仲良くしたくてこうして屋上に一人は誘っては会話している」
「そうなんだ、てっきりそんな感じだから友達いないかと思ってた」
「はは、そんな風に思ってたんだ。まぁ皆そういう風に言うよ」
「だろうね」
なんか言いたくない事も言っているような気がする。でも古麓さんは怒る気配も無く、トントン拍子で会話が進んだ。そう、不自然すぎるほどに。
「後二分か。前に朱音……堂ノ庭朱音? そう、今度話す時に君の名前を会話に出してもいいかい?」
「全然大丈夫だよ。“俺”は構わないよ。朱音と話す時にあんまり変な事言わないでよ?」
「はは、大丈夫。少し会話に出すだけ。……所で、なんで俺?」
「それは……それは……“おれ”は……」
「俺は?」
どうしてだろう。言いそうになる。
自然に喋っていたのに……言っちゃ、いそうだ、なんて気持ち。俺が『男』だって。――頭が割れそうだ。言葉に発したくなる。頭痛が激しくて、頭を押さえる。
「ごめん、言いたくない事を無理やり聞こうとしてたみたいだ。駄目だなぼくは……ごめんね」
「はーっ……はーっ……」
――頭痛が治まった。古麓さんは水入りペットボトルを手渡してくれる。
「ぼくの言葉で頭を痛くする人がいるんだ」
「つい……口車に乗せられそうに……お水ありがとう」
口車だなんて、人に直接言っちゃいけない言葉なのだが、古麓さんは怒っていなかった。俺が天使の力で性転換して『女』になっているだなんて、言えるはずがない。
「……気をつけないと…………奏芽くん、本当にすまなかった。君のその言葉遣いには何かあるんだね。そう、僕はこういった特技で人と話すからさ」
「…………」
今は大丈夫みたいだ。古麓さんの言葉を聞くとなんでも言っちゃいそうになる。その古麓さんの言葉遣いは嫌な特徴があって、その特定の言葉を聴くと……話したくなる。発音に強弱付けたり、その強弱を付けながらもしっかり耳に入るようにゆっくり喋るからつい。……変な特技だな、古麓さん。
「うん、五分の会話は終了。付き合ってくれてありがとう」
「ちょっと楽しかったよ、また話してよ」
「機会はいつでも。またね」
「――またね」
まただ。古麓さん特技が出てる。
全く変な特技だな。……でも古麓さんと知り合えてよかった。俺的には第二の名胡桃さんになりそうだ、極自然に喋れたし……俺の性転換の事をバラせたら相談出来そうだな。――もし、一学期バラすとしたら古麓さんかな。
「ぼくは屋上が好きだからまだここにいるよ。放課後は必ずいるから何時でも話したくなったらおいでよ」
「うん、また話そう」
カバンを持ち上げて古麓さんに手を振る。
それに古麓さんは返して手を振る。
屋上の扉を閉めてハァと息を吹く。――バラしても良かったかな、なんて。初対面でリスクの高い事をしようとしてた。
あの巧みな言葉使いは心理学かなんかなのかな。
――古麓さんとの会話が終わって、学校の下駄箱で絢芽を見掛けた。絢芽が止まっている所は二年生で俺らのクラス番号が貼られている指定場所。……多分、探しているのは俺だろう。俺の箱だけ中途半端に開いているのだから間違いない。
話しかけようとも思ったが「気をつけて」という名胡桃さんの言葉を思い出して……少し様子を見る。危害が無い訳がない、深緑と神指さんが酷い目に遭っているの見ているんだ。俺にだって何かしら起こるはず。
「お兄ちゃん、来ないなぁ……靴はあるのに」
ガタンと俺の靴箱のフタを開けては閉めて周りを見渡している。心配そうな顔をして、誰かの影が見えるとその人を見る。――絢芽はずっと俺が来るのを待ち続けるだろうし、仕方ない。そんな顔を見せられては出ずには得ない。
「絢芽、どうした? 滅多に来ないのに」
「あ、やっと来たー! 待ってたんだよ?」
そこで見てたから分かる。
「これ! 神指先輩に渡して! それから、昨日はごめんなさい。つい本気になってしまって」
「え、ああ。うん……中身は?」
ずっしりとした重さがある風呂敷を手に持つ。
「これは鎮痛剤と、お詫びのくだもの。沢山入れてたから学校まで持ってくるの大変だったよ」
「これだったら神指さんに直接渡せば良かったのに」
「……学校に居ないのかなって思っちゃって、えへへ」
「そう、じゃあ渡しとく」
まだ神指さんは武道館にいるはずだから、これから渡しに行こう。
「あとそれから――」
「ん、どうした?」
「近日中にお兄ちゃんの家にパパ来るから宜しくねって」
「……うん、お母さんにも話しとく」
「じゃあね〜」……行ってしまった。具体的な日にちは言わず、近日中にお父さんが来る。それは何を示しているかと言うと俺の前で喧嘩でも始まるのだろう。もしくは弁解か? どちらにせよ揉め事が起こるのは確かだ。
「嫌だな……ニカエル」
「私も、あまり顔見たくない」
「あ、そうなのか」
ニカエルが避けるほどだ。
何か、不穏――あの人は。
……おっと、立ち止まらずこの風呂敷を神指さんに渡さなければ。
一応中は確認してみると、確かに市販されている鎮痛剤のボトルとバナナやパイナップルやリンゴといったものが入っていた。よっぽど反省していたらしいな、絢芽。こうしてみると可愛い所だってあるじゃないか。本当に絢芽は本気になりすぎただけかもな……。妹だからそう信じたい。
「さて、と」
立ち上がって雑に結んだ風呂敷を持って武道館へ行く。




