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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第五章 鵯尾絢芽
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58話 『女』の休息時間

「起きて」


 その後の深緑の様子に異常は無く、お粥も食べて一日が過ぎた。五体満足、深緑は元気になっていた。そして深緑の朝は早く、五時には起きて俺も五時に起こされた。

 その時の一言


「深緑……ここ……俺の部屋」


 深緑はピクッと体を弾かせる。春とはいえ、まだまだ外は薄暗く、青黒い。そして俺も瞼が重く、体も重い。――体が重いのは多分深緑が上に乗っているからだろう。人物像が余りハッキリしないのも目が掠れてるからだ……。


「リバーシ、やる」


 と、本当は学校でやるべき勝負に持ってきたのであろうリバーシ盤の緑が見える。深緑は俺の掛け布団の中を探って俺の手を持ちぐいっと引っ張られる。強制的に体を起こされる。

 真ん中に白二枚と黒二枚が置かれる。

 ――キッツ。この状態でやらないと駄目なんですか深緑。とは聞けず、まずは一枚、と深緑が置いて一枚取られる。俺は参加意表さえも出してないのにプレイ開始。


「ううううう……」

「――昨日」

「昨日?」


 昨日とは勝負の事なのだろうか?

 でも一日過ぎた所で再戦の申し込みなんて出来ないだろう。


「俺の馬鹿って、絢芽の馬鹿って」

「うっ……」


 そりゃ大きな声を出してりゃ聞こえるわな。

 その言葉で一気に脳が覚醒状態まで持っていかれる。


「――絢芽が深緑のお茶に薬を入れてこういう事になったんだってさ。聞いた」

「…………」


 パチンッ――


 リバーシのコマを大きく鳴らしてパタパタと端から端の六枚が取られる。


「……俺の妹が、酷い事をしてしまって……ごめんなさい」

「――妹?」


 六枚目がひっくり返された所で指がその場で止まる。

 本当は妹なんて誰にも言うつもりは無かった。色々とややこしくなりそうだし、勝負にも支障が出そうだし、また変な目で見られそうだから。でも実害が出てしまって兄が出ないなんて事は誰もしない。


「教えて、深緑だけに」

「……わっ!」


 意外と理解していたのか、冷静な目で俺の顔を見ていた。いつものほんわかしている顔じゃなくて鋭利あるハッキリ真面目な顔。――正直びっくりした。こんな顔を深緑はするんだなって。


「俺の家にお父さんが居ないことは知ってるよね」

「んっ」

「それで、その後に産まれたのが絢芽……複雑なんだけど、妹なんだ」

「んっ……」


 モヤモヤしている感じを出している。そりゃそうだ。俺だってその位置づけで言うと妹と言うべきなのか分からないのだけど、妹なんだ。――中々類に見ない微妙な位置なのだけど、同じ父親で遺伝子上は半々一緒なのだから“義妹ぎまい”とは言いづらい。


「深緑、分かる」

「…………」

「深緑、翠がいる。嫌いになった事、無い」

「…………」


 深緑には翠ちゃんがいるし、一緒の家だし。

 でも俺の家にはお母さんしか居ない。


「悩まない。人一人違う。だから、HAの事をどう思おうが勝手」

「うん……だけど、どう接していいのか。俺が兄として()としてどう接していいのか」

「YK……だから、どう思おうが勝手。父母が違う、だから考え方も接し方も勝手。自分が思うように考える」

「う、うん……ありがとう」


 パチン――


 リバーシは深緑の勝ち。深緑から今まで聞いた事がない深緑なりの考え方を聞いてまた驚いた。これが深緑節、普段静かな深緑さえ言葉を熱くして冷静に答えてしまう。俺はただ熱くなってしまった、というだけなのか……。


ヤサイニクニク(8312929)

「えっ……」


 深緑は俺の携帯に手を伸ばして、その魔法の電話番号に通話を掛ける。

 そしてふわっと俺は『女』の子に換わる。

『女』になった俺にじわじわと深緑が近づいてくる――


「……深緑……? 顔近いよ……?」


 チュッ――


「んっ……⁉ 〜〜~~⁉⁉」


 な、何で何で⁉ ちょっと⁉ 急に『女』の子に換わって戸惑ったのに、また戸惑いを重ねる。

 悪い深緑が急に出てくる……コーラも何も飲んでないのに!

 キス……された……。


「あっ……ふぁ……」

「もっと、気持ち抜いて。深緑は先に家出る」


 最後に見せた深緑の顔は可愛く笑っていた。

 甘い、甘かった。いつも『女』の子の唇は舐めなくても甘い。気持ちが混じっているからだろうか、もしくはただの五感妄想。……でも『男』の状態でキスをしなかったって事は深緑も恥ずかしながらこの痴な行為に出たのだろう……か?


「もー…………最悪」


 笑いながら「最悪」と言葉にする。笑っちゃうよ、シリアスでもコメディでも無い時にこんなことが起きると何がなんだかでニヤけてしまう。


「かなめ〜〜……」


 スマホから顔半分だけ出してニカエルが睨めつけている。

 まだ五時四十五分、起こされて不快なのだろう。




          ※  ※  ※  ※




 昼休み――


 妨害が無いように、異物混入されないように。

 そんな対策をとってだか名胡桃さんに連れて行かれたのは学校の裏の雑木林。そこにぽっかり空いた所があるのだが、そこで昼食を取ることになった。朱音達が既に集まっており、作戦会議となった……絢芽対策とはいえ、こんな藪蚊もいそうな危険な場所を取らなくても。――まぁ、絢芽も危険スレスレな行為をしてきたのだからこうなるのも少しは(わか)る。


「皆、メッセージを見たとおり()()()()()()なんだね」


 そう、皆が食べているのは今朝買っていったコンビニ弁当。自宅から持ってきた弁当……というと言い方がおかしいかもしれないが、手作り弁当は言うと既に開封済み。ラップでバリバリに巻かれたコンビニ弁当だったら異物混入の可能性も無くなると言った名胡桃さんならではの対策だ。

 そしてもう一つは、缶のジュースやお茶類。これだったらまた異物混入の可能性がなくなる。絢芽が薬品という方法を使ってきた以上こうするしかないという……俺のおかず交換などの楽しみが奪われた。

『女』の執念って凄い。そして怖い。

 俺も空いた部分に座り、コンビニのおにぎりの封を開ける。

 俺のはおかかと昆布の具が入ったおにぎりだ。


「少し薄暗い所ですが、作戦会議を開きましょうか」


 名胡桃さんが言ったのと同時に手が挙がる。


「作戦会議の必要もないです! 次は私が出ます!」


 そう言ったのは神指さんだ。


「い、いきなりですね。まだ数秒とも経ってませんよ神指さん」

「深緑さんの次は私だって思ってましたから、当然ですよ」


 これは当然と受け取っていいのだろうか……。


「神指さんは何で勝負するの?」


 俺は神指さんに質問してみた。


「勿論、武道です!」


 ビシっと言ってやった。ドヤッ。

 みたいな腰に手をやってドヤ顔をするが


「こ、神指さん。武道と言っても単純に一つじゃないと思いますよ……多分、奏芽さんは複数を思ってるはずです……」

「えっ⁉」


 直ぐに名胡桃さんの指摘が入り、そのドヤ顔は困り顔になる。

 神指さんのドジ発動。


「えっ……えっとですね……」

「得物を取り、それを持ち戦うのはどうだ? 葵」


 ここに居座ってる人以外から声が飛ぶ。

 その方向を見てみると――


「橙乃お姉様。来ていらっしゃったんですか」

「拙者も先生となってからは暇だからな、時折見回りじゃ」


“暁の侍”が見回りにたまたま寄りかかったみたいだ。


「武道の武器には『竹刀』『棒』『薙刀なぎなた』最近では『銃剣』『短剣』がある。道具が様々ある中で、その一つを取り格闘をするのはどうだ。葵」

「いい考えですけど……」


 神指さんの言葉が詰まる。


「竹刀だとして……もし絢芽さんが薙刀で来た場合、その差を考えるのが難しいです。それに一本も取れません」

「拙者は“一本”を取れとは言ってないぞ。――ま、追々規則(ルール)は考えてやろう」


 一本を取れとは言ってない?

 橙乃は一体どういうルールを作るつもりだろうか。

 ――言うだけ言って橙乃は行ってしまった。


「橙乃お姉さまも古い人間ですから、たまに分からない事も言うんですよねぇ」

「そりゃ……ねぇ」


 戦国時代に生きてきた人間だからな。


「それで神指さんは、武道で勝負をすると……決まりなんですね?」

「はい茉白さん。それで決まりです。因みに明日やります」

「決断が早いですね……」

「準備万端です!」


 グッと手を握り意気込みを伝える。

 さて……自分も明日の放課後は武道館へと行こうかな。

 橙乃の考えも神指さんの考えも少し気になるところがあるし、絢芽もそれを受けてどう戦うのかも気になるし……何より、どういう戦いになるのかも気になる。そんな武道の異種格闘なんて見たことがないからだ。


 ――お昼を食べ終わって皆と別れ、久々にリラクゼーションルームへと行く。

 まだ時間に余裕があり、名胡桃さんはまた別の所で作戦会議を始めるらしい。

 ここリラクゼーションルームは特に携帯ゲーム機を持ち込んでポチポチと遊ぶ人々がここへと集まって一種のコミュニケーションの場へとなっているが、残念ながら特異な人達が集まるため一般(?)の人はここへと立ち入ってはいけない暗黙の場所へとなっている。俺は櫻見女の巣窟と呼んでいるが別に入っても舌打ちされたり睨めつけられたりするだけで終わるのでたまに構わず入っている。


「……お邪魔しまーす……」


 少しビビりながらも。


「…………」「チッ」「なんだテメーか……」


 櫻見女でも根暗な人々が睨めつけている。

 でも手出しはしてこないので、ゆっくりと一人しか座れないソファへと座る。

 別に俺は君たちを襲うつもりもいちゃもんも付ける気はないのでジッとソファで時間が過ぎるのを待つ。

 ――チラッと見ると、女子高生の割には男子学生で流行ってそうなゲームをしているのだな……ほら、モンスターを狩るやつ。素材集めの為に皆頑張っているのだろう。


 ガチャ――


 また新しい人が入ってきた。


「おいーっす……って、唯川奏芽。来てたの?」

「うん……? あっ、撫川さん!」


 俺のクラスでは常に一机分が空いている。その空いている机は撫川(なつかわ)汐璃(しおり)の机だ。

 後から聞いた話、撫川さんは櫻見女の学生寮に住み。そこで引きこもって出席点ギリギリに保ち学校生活を送っているらしい。――と、一年生の頃に撫川さんと同じクラスの生徒に聞いた。


「そのー……撫川さんって言うの止めよ? ウチは汐璃でいいよ」

「そんな呑気な態度取ってるけど、もう昼だよ?」

「昼に来るのがウチの日常だよ。中学でもそうだったし、これからもね」

「いやいや……ちゃんと朝から来ようよ」


「無理」キッパリと断られた。櫻見女の制服もダボダボと着て今日も()()()()()()に学校に来ているのだろう。こんな学生は中々居ないだろう。いや――居る? 居ました? ええい、とにかく撫川汐璃という『女』は引きこもりの学生ニートだ。


「みんなー、やってるー? ウチも入れてねー」

「はーい」


 撫川さんはここのネクラ……学生達とは仲が良いのか、普通に接し自らゲーム機を取り出して参加していった。


「後で凪冴なぎさもこの昼時間に来るっぽいから、この強いの狩って自慢しちゃおうぜー」

「おー」


 凄い低い声で「おー」とはテンションが高いのか低いのか……さっぱり分からんな。

 でもここらへんのノリは普通の学生とは変わりない。


 ガチャ――


 またドアが開き新しい人が入ってくる。

 案外ここリラクゼーションルームは人の出入りが激しいな。


「どぅもー、やってるー?」

「あっ、三刀屋(みとや)先輩うぃっす」


 先輩……? ここで察するに帰宅部の先輩なのだろう。

 チラッと姿を見てみると……ううっ⁉ 身長が大きくて、バストもデカくてかつスラっとしたモデルみたいな人が立っていた。髪は背中まで届いていて深く青い色をしていた。そこまで大きいと逆に怖いんですけど……こっちに近づいてきて余計に大きく感じる。こっちが座っているだけだが。


「あらー? ここの新人さん?」

「あ、いやいや。わたしはここで休んでただけです」

「そう、ここの面々。こう悪そうにしてるけど恥ずかしがり屋なだけだからゆっくりしていってネー」

「あ、どうも……」


 ここには似合わない程親切な人だった。

 というか恥ずかしがり屋と言ったけど今まで舌打ちされたりしているんですが……何処が恥ずかしがり屋?


「あ、そうそう。私の名前は三刀屋みとや碧流へきる、宜しくねー」

「ご、ご丁寧に……唯川奏芽です」

「まっ、可愛い――」


 ビ、ビクぅっ――⁉

 体に衝撃が走る――!


「わっ、んんんんん……」

「汐璃ちゃんよりも可愛いかもネー!」


 抱きつかれ、顔が埋もれ――

 ジタバタしたくても出来ない――!


「おっと、ごめんごめん……またに窒息死する子いるのよネ」

「ぷっはぁ――! い、いたんですか……!」


 殺人級バストとは恐れ入った。


「冗談、でもでも私の事嫌いにならないでネ?」

「え、ええ……今後もよろしくお願いします。――会う時があればね……」


 三刀屋先輩、中学校の頃は部活動もしなかったし先輩と呼べる人が作れなかったがまさか二年生になって先輩を作るとは思わなかった。唯川奏芽史上初の先輩だ。三刀屋先輩、優しそうではあるが、あの抱きつきを喰らったら結構苦しい思いをしたからアレだけは気をつけなければならないな。俺の考え上では先輩という存在は怖い人しか居なさそうだったが別の意味で怖い思いをする先輩もいるという事に気付いた。


「さ、汐璃ちゃん。ゲームで遊ぼ」

「ほーい、三刀屋先輩お願いしまーす」


 三刀屋先輩もそのグループに混じってゲームを楽しむ。

 こうして見てしまうと俺もゲームを持って来て一緒に遊びたくなってしまうではないか。

 校則上は授業中に持ち出さなければ取り上げられる事は無いし、比較的自由な学校ではあるが……今までにゲームを持ってきた事がないから手持ちには無い。というかココ以上に普通の学校では持ってきてはいけないと思うが……どうして櫻見女はフリーダムなんだ。


「奏芽ちゃんは汐璃ちゃんとか凪冴ちゃんの友達ー?」

「撫川……汐璃さんとはまァ。深くは知らないですけど」

「一緒のクラスってだけネ……。凪冴ちゃんは?」

「全く知らないです」


「ま、そうだよねー」撫川さんがペッキリと一言冷たく言う。

 凪冴という人とは会ったこともない、その名前を聞いただけだ。

 多分すれ違いはしているのだろうけど、どれが凪冴なのかが分からない。


「汐璃ちゃん、全然学校に来ないから分からないよネ」

「ん、まぁ。本業はゲームなんで」

「もー、そんな事言っちゃダメ。凪冴ちゃんもしっかり学校来てるんだからちゃんと来ること」

「来てるじゃないですか」

「お昼からでしょ。はい、朝からちゃんとネ」


「ほーい、先輩」……この調子じゃ朝から来ないな、この子は。


 ――暫く喋っていたらお昼休みの半分を使っていた。

 足を使って体を立ち上がらせる。


「――ん、唯川奏芽もう時間?」

「ううん、もうちょっと時間あるよ」

「そう、でもウチはここでゲームしてるから」

「――ちゃんと教室来るんだよ?」

「ほーい」


 絶対に来そうじゃない声を出すけど、()()()()()()()授業に出るだろう。決して自分の為じゃないだろう。


「それじゃ三刀屋先輩もまた会う時があれば……」

「うん! じゃあね」

「失礼しまーす」


 リラクゼーションルームなのに一礼してココを出る。

 たまにはここに来るのも悪くないな……。


 ――残り三十分、リラクゼーションルームが意外と居心地が良かったけど、皆の様子を見ながら過ごすのも悪い気持ちがあるので出てきてしまった。

 ブレザーのポケットに手を突っ込んで歩く。なんか良い事ないかね? なんて思いながら廊下を真っ直ぐ見てただ教室へ戻ろうとする。


「あ、唯川さん……唯川さん。唯川さん……!」

「……あっ、はい⁉」


 ついボーッと歩いてしまった。

 先生かなにかと思って振り向いて見ると


「――新発田さんか。久しぶり」

「うん……久しぶり。いつも話せて無かったからもっと久しぶりかも」

「そうだね。ちゃんと話したのっていつぶりだっけ?」

「レストランで会った以来かな? バイトだったけど……」


 アレもちゃんと話してはいないけど……

 でもしっかりとその記憶はあった。


「別のクラスになったけどこれからも宜しくね」

「うん……宜しく」


 話すのが苦手なのか、もじもじとしている。

 こうして新発田さんの顔を見ていると丸っこく、おでこが出ているのだな。

 新発田さんとはあまり正面で話した事が無かったから新鮮だ。


「唯川さん、少し良いですか?」

「ん……いいけど、どうしたの?」

「う、ううん。久しぶりだから少し話したくて」


 昼休みの時間をスマホで確認して――「いいよ」と顔を縦に振る。

 新発田さんはホッとする。別に俺は嫌ってる訳じゃないのだが。

 ――移動した場所は屋上だった。まだ春で学校一高い場所は寒く、人影が無かった。

 つまり、新発田さんと二人だ。見た目は女子二人だが、実際は異性一人ずつだ。――勿論俺はこうしたシチュエーションは何度もなったことがあるからドキドキはしていない。というか俺は『女』だ。


「あ、自動販売機でジュースありがとう。美味しく頂くね」

「うん」


 缶のプルタブを曲げ、飲む。

 自販機から出たものだから毒薬の可能性はない。絢芽の事も気にして周りを見渡し行動したが、今回は一度も絢芽に会わなかった。意外と会ってはいけないと言われたら言霊というべきなのか会わなくなるな。


「それで新発田さん、話って?」

「あ、それなんだけど――――」

「?」


 新発田さんはポケットからスマホを取り出す。


「私、実は忘れぽくって――顔とか。名前とか。住所とか」

「あー、それでスマホの電話番号交換?」

「そ、それもあるけど――」

「あるけど?」


 新発田さんの手がぷるぷると震えており、次の言葉が出てきていない。


「どうしたの? 新発田さん」

「い、いえ――そのぉ……一枚写真いいですか?」


 ポカーン。

 電話番号交換までは良いと思ったけど、まさか写真も撮られるとは思わなかった。

 まさか俺のお母さん以外に被写体になれと言われるとは思わなかった。

 思わなかった――思わなかった――。


「あ、あの。いいですか?」

「待って待って。どうして必要なの?」

「さっき言ったように。顔とか忘れぽくって。アドレス帳に一緒に貼ってないと忘れちゃうの」

「あー……」


 なっとく……?

 いや、五分くらいだな。確かにスマホのアドレス帳ってプロフィール画像も貼れるようになってるし五分は納得するが、今だったらSNSとかでも写真を貼ってる人もいるだろうし、写真を求めるような事は無いだろう。――まぁ、自分は自撮りとかをプロフィール画像にしてないのだが。


「はぁ――いっか。じゃあ一枚どうぞ」

「ありがとう! じゃあ正面に立って」


 立って?

 普通にここから座っての写真じゃ駄目なのか?

 でも、人にはこういうポーズが好みというのもある、言われたとおりに正面に立ち。新発田さんはスマホを構える。


「…………」

「…………」


 一時の沈黙――

 新発田さんはスマホを構えたまま、ジッとスマホの画面を見ている。

 写真を撮るのにそんなに時間が掛かるのだろうか。スマホの性能次第では確かに時間が掛かるのもあるだろう。それだったら一言何かを添えて欲しい。「画面が真っ暗になっちゃって」とか「SDカードの容量が満タンなので今データ消します。待って下さい」とか。スマホあるあるを言って欲しい。それでも無いと起立したままジッとしている俺が馬鹿みたいじゃないか。


「…………? …………! …………⁉」

「新発田さーん? おーい。新発田さんの表情だけじゃ撮れたのかわからないよー?」

「……はっ。ご、ごめんなさい! 上手く撮れました! ご協力ありがとうございます!」

「ど、どうも?」


 ご協力といえば……確かにご協力感謝だろう。

 でも、一つ一つ表情が変わるのはなんだったんだ。ぷっくり顔を膨らませて眉をしかめたり、びっくりしたりもっとびっくりしたり。もしかして新発田さんって機械オンチとかだったりするのか? たまたま変な所を押して顔をしかませて、たまたま変な機能が作動してびっくりしたのだろう。――意外と可愛い所あったりするんじゃない? 新発田さん。


「…………」

「新発田さん? 大丈夫?」

「は、はい……」

「スマホの使い方だったら、教えるよ?」

「い、いえ。お気遣いなくぅ……」


 俺の一枚写真を撮ってから違和感を覚える会話ばかりになったな。


「わたし、いつでも新発田さんとは会えるからね?」

「でも、グループを持ってるじゃないですか。大丈夫なんですか?」

「別に大丈夫だけど……どうしたの? 顔火照ってるようで、おでこ半分青ざめてるけど」

「えっ⁉ ……そうですか? 特に問題ない感じは……ははっ……はっ……」


 何か変だけど、これは病院を勧めた方がいいか?

 写真に幽霊が写ったとかじゃないよな……それだと俺まで青ざめてしまうんだけど。


「ア、そうだ。私、まだまだ用があるのでこれまでにしましょう。ね?」

「うん、またね……?」


 最後、新発田さんの目の輝きが無くなってたけど本当に大丈夫か?

 一体、スマホには何が映し出されていたんだ……新発田さんは見映えも見せずに不透明な会話で行ってしまったけど、他の用とは? 新発田さんの他の用が分からない。――分かる必要も無いか。


 キーンコーンカーンコーン――


「あ、終わっちゃった」


 今日は情報が多い休息時間ブレークタイムになってしまった。

 撫川さんの事も多く知れたし、新発田さんのドキッとした事も知れた。

 次の予令が鳴るまでに教室に戻らねば。

 ――体をほぐして、次の絢芽の勝負の事を考えたりせねば。

 また忙しくなるぞ。

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