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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第一章 名胡桃茉白
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6話 『女』だったが『男』として強く優しく包んだ

 やっぱりベッドにドサッとなだれ込んだ俺は今までの事を振り返ってみる。

 名胡桃さん、名胡桃さん、名胡桃さん、名胡桃さん……と言った記憶ばかりで溢れかえっていた。そう、朱音に継ぐ女の子と遊ぶのは名胡桃さんが最長だからだ。俺は「女友達を作りたいんじゃない、作らないんだ」という堅い意思でかつ思い込んでやってきたが、櫻見女に入ってからはだんだんデレるようになってきた。別にこのまま死んでもいいや……。今は脳内が幸せすぎた。


「どしたの? 奏芽キモい」

「ん、ああ~。今日はキモくてもいいや」


 顔がニヤけていたのだろう、ニカエルはスマホの外から出てきて一声が『キモい』なんて――でもそんな事はどうでも良かったぐらいに清々しい。


 スマホが振動して「ティーン♪」と着信音がした。櫻見女の入学式以降「ピロン♪」というアプリ『ニカエル』からの着信が多かったからか、久々に聞いて「なんだ?」と思ってしまった。そういえばこういう着信音だったな。充電スタンドに置いてあるスマホを一旦スタンドから取り外して見てみる。


「名胡桃茉白:唯川さん、今日一日楽しかったです。また遊びましょうね」


 SNSのトーク内にこの文字が流れた。公園を歩いてる途中に電話番号を教えあったから自動登録されたのだろう、商店街でもこの言葉を言われ、トーク内でもこの文字を打ち込むとは奏芽、感激です。


も楽しかったよ、また宜しくね:唯川奏芽」


 そう打ち込んだ――後から気付く最大の盲点。言葉は気をつけていたが、文字にと打ち込んでしまった。このトークアプリ、消す事が出来ない、俺のスマホから表示を消す事は出来るが相手のスマホにはその情報は行き届かず、完全に消す事が出来ないから俺はベッドに座りながらもあたふたする。そしてメッセージの横に表示される「既読」の文字。


「名胡桃茉白:俺になってますよ(笑)」


 その一言で安心した。よく言うだろう……一発目は誤射かもしれないって、そう一発目ならまだ誤射なんだ。既読が付いてからメッセージが届くのが遅かったから「気付かれた」とか俺も用心しすぎだ。


「ごめん、押し間違えちゃった:唯川奏芽」


 こう打ち込んで「既読」が付いた後、返信は来なかった。俺は返信が来ないからといって都合があるのだから直ぐに来ても後からゆっくりと来ても気にしなかった。世界の人々は返信しなきゃという意思がヤバすぎてそのループの繰り返しによって、夜更かしが続くっていうループに陥るんだから。だから俺は、また充電スタンドにスマホを差し込み、深く眠る事にした。



          ※  ※  ※  ※



 授業短縮期間が終わって、平常期間となった。この期間の付け方はおかしいけど、別に平常に戻ったのだから期間は期間だ。商店街の入口で名胡桃さんと待っては一緒に学校に行く事が多くなった。今日は何をしたのか、誰と居たのか、何を食べたのか――カウンセラーみたいな会話が多かったけど、俺の答え一つ一つに真面目に会話を返してくれるのはSNSの返し以上に嬉しかった。

 その楽しそうな会話中に「ピロン♪」とニカエルからのSNSは「私との会話以上に楽しそう」と怒っている顔文字付きで邪魔をしてきた。天使でさえも嫉妬してしまう俺と名胡桃さんとの会話、羨ましかろう? だが、それと同時に俺の宿命である、『男』というのをバラすという条件が仲良くなればなるほど徐々に厳しくなっていった。一緒に居る時間が増えれば増えるほど、もし『男』とバラしたら……どんなに傷つくだろうかと。


「唯川さん?」


 俺はその事でボーッとしてしまって名胡桃さんに呼びかけられる。


「いや、何でもない。ゴメンね急に」


 この居る時間の問題は学期を進める毎に言いづらくなり、傷つけてしまう。――この入学してから一ヶ月で誰か、早めに言わなくては。焦る気持ちも会話の中で入り混じってくる。


「そう言えば、まだその絆創膏って取れないんですか?」


 顔に未だに貼り付いているピンクの絆創膏を指差してくる。


「これ? いや、中々剥がしにくくて……」


 実際は(名胡桃さんが貼ってくれて嬉しいから剥がしてない、ヤッター)というのが正しいのだけど、そんな絆創膏如きに喜ぶ俺を見せるのもどうかと思い、口には出せなかった。多分傷は塞がっていると思うけど、絆創膏を剥がした時の痛さと言えば結構地味でハンパないので。完治したかなという時期に剥がそうと思っていた所でもあった。因みに、水に流しながら剥がすと痛くないらしい。


「ふふ、唯川さん……って――」


 急に名胡桃さんがフラッと倒れかかるのを瞬時に見て俺は体を掴む。我ながら凄い反射能力と的確な判断だ。


「名胡桃さん⁉ どうしたの⁉」


 名胡桃さんの体を抱えて商店街の端に寄りながら名胡桃さんの応答を待つ。少し体を揺らしては様子を見てみるが、何も喋らず俺も状況が分からずあたふたする。何かの病気持ちだろうかとますます気持ちが焦ってしまう。こんな状況の名胡桃さんを見たことがない。俺もこういう症状で思い当たる節を返してみたが、急になるような病気ってあったのだろうかと――分からなかった。

 こういう時は水だと思い、冷たい水のペットボトルを自販機から買って名胡桃さんの手に持たせた。


「名胡桃さん、しっかり……」

「……」


 声を掛け続けるが、まだ意識がはっきりしない。ここからじゃ病院が遠いし、もし万が一……いや、考えるのは止めよう。


「ごめん、名胡桃さん。おんぶさせて……貰うよ」


 俺は昔に消防署で教えてもらった要救護者の抱え方というのを思い出して実践してみる。

 まず、背中に相手を乗せて足を抱え、肩に相手の腕を乗せて、その腕を手で掴んで立ち上がる。櫻見女のチャイムが鳴り響くが、俺は気にせずにゆっくりと歩を進めた。救護者が出た時はあまり衝撃を加えずに急がずに行くのが鉄則らしい。――背中から波打ってくる名胡桃さんの心臓の音は遅い……のかな、保険の授業をもっと勉強するべきだった。察するに、これはかなりの重症じゃないのか?

 とにかく、保健室までゆっくりながらも急ぐ。


「ニカエル……ニカエルッ!」


 呼ばれてニカエルが出て来る。だが、出てきただけで何も行動を起こしてくれなかった。


「ごめんね……私には何も出来ない……」

「お前……俺を『女』に出来たのに……救う事は出来ないのかよ! クソ、天使っていうのは――」


 俺はニカエルに怒り狂いながらも名胡桃さんを学校まで運ぶ。人は俺達の事を見るが、そんなに同情するような顔を見せるんだったら声ぐらい掛けてみろよ! コミュ障共が……! 俺は今必死なんだよ……。櫻見女までは多分抱えて後十分、いやもっと掛かるだろうか。名胡桃さんの顔色も悪くなってきた、俺も同じく青くなっていく。




 バンッ!

 俺は勢いよく足で保健室の扉を開ける。


「先生! 急患ですッ! 通学中に名胡桃さん倒れちゃってッ!」


 冷静にはいられなかった。買ってあげたペットボトルの水も飲めずにただ声をうならせるだけの名胡桃さんを見ていられなかった。こうなったら重いも関係なしに馬鹿力でここまできた。


「こっち、ベッドで寝かして――」

「は、はい……名胡桃さん降ろすよ……?」


 俺は降ろす時に起こる生理的振戦を抑えてゆっくりと名胡桃さんをベッドに降ろす。


「あなたはどうする?」

「わたしですか? ――わたし、ここにいます。あの時の状況とかを教えるために」

「わかった。とりあえずクラスと氏名だけ教えて」


 俺は差し出された紙に名前とクラスを書く、もうここまでとなると授業どころか、名胡桃さんの事が心配すぎて内容さえ入ってこないだろう。俺もショックで重症だった、目の前で知ってる人が倒れたら誰だってこうなるはずだ。




 カチッ……カチッ……カチッ……カチッ……

 分針と時針は何回動いただろうか? 秒針が時を刻む音が聞こえる、それほどこの保険室内は静かだ。椅子を用意してもらってベッドの側に置いて座っているけど、名胡桃さんの寝息もその刻む音に混じって少し聞こえる。ニカエルも申し訳なかったのか、小さいまま俺の膝関節に座っている。保険の先生によると『貧血』らしい。けど、貧血っていうのはこんなに激しい症状だったのかと思うともっと深く重い病気に掛かってるんじゃないのか? とか、考えてしまう。女性は特に貧血になりやすい、『男』にとってはなりにくい症状だからあの状況下では分からなかった。


「ん……此処……は?」

「名胡桃さん!」


 名胡桃さんが目を覚ました。倒れてから一時間半ぐらいが経っていた。


「唯川さん、私……」

「もう大丈夫なの? わたしずっと不安で……!」


 「うん」と首を振ってくれて俺は胸を撫で下ろす。……本当に良かった。


「私、生まれつき心臓が小さくて……負担が掛かると倒れちゃうの」


 スモールハート症候群、名胡桃さんはそう言った。

 この症候群はそのカナ文字の通り『心臓が小さい』。その為、並の人にとっては大した運動量じゃなくても、この症候群の人にとっては二倍や三倍の運動量に匹敵する負担になるとのこと。そして、朝は一番に血圧が低く、立ち眩みや貧血のような症状が出やすい。……数日間、このような症状が出ていなかったのにどうして今日に限って名胡桃さんにこの症状が出たのか。俺はそれを聞いてみた。


「あのね――今日も唯川さんと一緒に学校行くの知ってて。いつもより早く起きて軽くストレッチするんだけど……寝坊して、走ってきたの」


 走ってきた。それで一気に負担が掛かって、倒れたのか……。


「無理しないでよ名胡桃さん……、それこそSNSでメッセージ送ってくれればよかったのに……」

「唯川さんと一緒に行くの……好きだから。だから……」

「……」


 好き、だなんて言われても今ベッドに横になっている名胡桃さんを見ても心配にしか思えなかった。


「だって……だっ……て……友達だもん」

「な、泣かないで名胡桃さん……わたしもさっきまで泣きそうだったんだから」


 ずっと先から後まで泣きそうだった俺は名胡桃さんの涙を止めようと少し笑いを入れようとした。それに気付いた名胡桃さんはちゃんと泣くのを止めてくれた――かな?


「唯川さんが何故泣くんですか……ふふ」

「名胡桃さん重たくって、人の視線も気になって。もう気持ちがパンクしそうだったもん」


 俺がボケてその笑う姿を見てもう名胡桃さんは大丈夫なようだ。俺の焦る気持ちも徐々に収まってきた。――あの時、本当は名胡桃さん死んでしまうんじゃないかとか縁起の悪い事を思っていたけど、症状を聞いて無理をしなければ死に至らないと分かれば俺も安心できた、でも……


「もう無理しないでよ、今度遅れそうな時はメッセージ送ってね」


 と注意だけをした。名胡桃さんはその言葉に「はい」だけ言って立ち上がる。


「名胡桃さんもう大丈夫なの?」

「大丈夫、もう平気」



 キーンコーンカーンコーン――

 一時限目が終わった。名胡桃さんは理由あって保健室な訳だが、俺は初のズル休みとなってしまった。別にズルな訳ではないけど、まさか目覚めるまで時間が掛かると思ってなかったから、この一時限目まるまる使ってしまった事を担任のみちる先生に怒られてしまった。――だって、本当に名胡桃さんの事が心配だった……ということは他の人から聞いたらもう言い訳にしか聞こえないから朱音にも神指さんにも言わなかった。




 昼休みに入った時に俺の心配から、名胡桃さんは早退した。俺の二個前の席で名胡桃さんがゆらゆらと揺れてるのを見たらまた倒れるのでは? と名胡桃さんよりも俺が不安になってしまって勧めたのだ。もう平常期間でこの先長くなってしまうから名胡桃さんの今日のストレスもあるだろうし……。「終わった後家に寄るから」と俺は言っておいた、名胡桃さんは断らずに「来てください」と言ってくれて約束した。


 ――一人で廊下を歩いていた。お弁当は持ってきていたのだけど、俺はなんか要らなかったので朱音に渡した。


「ウィンナーとか、コロッケとか入ってる。いいの? 本当にいいの?」


 二度も朱音は聞いてきていたが、俺は構わず「あげる」と言った。因みにコロッケは好物ではない、メンチカツのほうが好きだ。今日は自販機のジュースだけで十分だった。これこそ貧血の原因になってしまいそうだが……塩気のあるものより、甘い物を体が欲していた。コーラとかサイダーが飲みたい気分。


 一階に設置してある自販機の前に来ると身長が足りないで上段のペットボトルのボタンに手が届かない子がいた。あの頭髪の色とリボンは間違いない、疋壇ひきださんだ。確かにあの高さじゃ疋壇さんには届かないだろう、病院とかの自販機だと車椅子に座ってる人向けや身長が低い人向けの上段のボタンが下にも付いてるのがあるけど、気遣いが無いこの自販機には付いていない。だから疋壇さんは苦労をしてジャンプをしたり、背伸びをしたりして押そうとしてるけど、やっぱり届かない。


「届かない……あっ――」


 俺の存在に気付いた疋壇さん、自販機の死角に隠れるけどもう俺はとっくに気付いている。

 近づいて角から顔を見合わせる。


「疋壇さん、どれが欲しいの?」

「えっと……えっと……ん……」


 オレンジジュースのペットボトルか、俺はそのボタンを押すと勢い良く下にペットボトルが落下した。それを疋壇さんの前に出す。


「はい、疋壇さん」

「あ、ありがとう……」


 いつもなら墨俣さんが側に居るはずなんだが、今日は周りを見ても墨俣さんの存在が見えない、どうしたのだろうか。授業中には居たはずなんだが。


「あの……有紫亜アリシアでいい……」

「え?」

「疋壇さんってあんまり言われないから、有紫亜で呼ばれた方がいい」


 なるほど、確かに上の名前よりも下の名前のほうがインパクトが大きくて呼びやすいからな。


「わかった、有紫亜ちゃん」

「そ、それじゃ――」


 ペットボトルを持って逃げるように階段を上がっていった。犬で例えるとポメラニアンみたいな可愛さではあるが、俺はなんか引かれてるような気がするんだよな。……もしかして、『男』としてバレてる訳じゃないよなぁ。言っても得にはならないし一生気付かれぬまま有紫亜の前では女性のままだと思うがな。

 俺も同じく上段のコーラのペットボトルを押して買う。高校は自販機とかを置いてくれてるから、ありがたいな。……教室に帰ろう。




 まだ昼休みは続く。別に腹の虫は鳴るわけでも無くコーラで満足したようだ。朱音は俺の弁当箱は食べ終わったようで帰ってきたら机に置いてあった。


「お弁当ありがとうね」


 朱音持参、二つ目の弁当に手を付けていた。よく食べるなーお前。変わらない食の量だ。

 お弁当と言えば公園に行った時の名胡桃さんのお弁当を思い出す。だし巻き卵ばかりに目が行ってたけど、他にブロッコリーとかポテトサラダとか、ちゃんと味付けがしてあって意外にも俺の舌向けの味で美味しかったな……やっぱり『女』というのはあれぐらい料理が出来ないとママには慣れないだろうな。――もう一度食べたいなぁ、名胡桃さんのお弁当。


「何してんのーカナちゃん、やっぱりお腹空いてる? よだれ出てるよ?」


 朱音に指摘されてジュルリ。よだれを口の中に戻した。


「い、いや悪い。別に問題は無いよ……」

「なら良いけど――口つけちゃったけど、これ食べる?」


 箸で突き出して来たのはニンジンだった。そうか、ニンジンか――俺はニンジンが嫌いだ。どうして野菜で茹でると有り得ないほど甘みが出るのだろうかニンジンって、あの不可思議な甘みが嫌いで俺は一切手に出さない。――だが、朱音はそれを知ってるのか知らないのか、はたまた馬鹿なのか。ニンジンを突き出してきた。


「どうしたの? 要らないの? もしかして――」

「いや、食べる。食べます――んっ」


 やっぱり変わらない味だった。この味は高校生になっても嫌いだった。今日は甘いではなく苦い味に感じる。



          ※  ※  ※  ※



「雨だー」

「シャツ透けちゃうー」


 下校で同じ櫻見女の生徒が突然の雨ではしゃぐ、ブラジャーも透けてるけどそんな事もお構いなし。傘なんて用意周到な事なんてしてないから俺も外に出て雨に打たれ、肩を濡らす。

 不幸は不幸を呼ぶ。幸いと言えば名胡桃さんが午前中に帰って雨に打たれずに良かった。これでまた体を壊して帰ったら刃物が連続で突き刺さった肉片みたいに俺の心がグチャグチャになると思う。


「カナちゃん、駄目だよ。折りたたみ傘位持っていかないと――」


 俺の頭にサッと傘を刺してくれた。その表情を見るといつもと変わらない元気な朱音だった。お前はこの雨の中でも顔一つ変えずに接してくれるな。


「シロちんの事は大丈夫だよ。それと会う時、カナちゃんが濡れてたらシロちん心配するよ」

「……そうだね」


 この空気を読まない朱音が今の俺の気持ちの支え、幼馴染というのは持つものだな。――まぁ、朱音にとってはまだ数日前に出来た友達だろうけどな。二人の気持ちが違う相合傘だ。


「あたしシロちんの事をあまり知らないけど、病気ってやっぱり大変なのかなー」


 何を思ったか、急に俺から何かを聞き出すかのような感じで聞いてきた。


「持病は大変でしょ。わたしは健全だけど、やっぱり楽しく無いと思うな」

「そうかな? あたしってこんなアホだけど、病気でも多分こんな風に喋ってると思うよ。――病気持ってても普通の人として接して欲しいと思ってるよ、シロちんも」


 珍しく朱音らしく無い一声。脳天気だからこその台詞セリフ。別視点からの考え方というのは少し感心を持ってしまう、朱音だからだろうか。


「だから、そんな心配しないで、カナちゃんもスマイルスマイル!」

「……はは、わたしが悪いみたい。朱音ゴメンね。一人で悩んでたみたい」


 この朱音の軽い口で雨の中でも俺の気持ちは晴れていった。そうだな、こんな暗い顔で名胡桃さんの家に行っても名胡桃さんの気持ちも晴れないだろうし、いつまでもズルズルと引きずってたら気を使いすぎて名胡桃さんに嫌われてしまうかもしれない。


「どこまでもカナちゃんそっくり!」


 ――その軽い口はやっぱり治すべきだ。一応、唯川奏芽同一人物なんだからな。人のプライベートでさえマシンガンみたいに出てくるんだから。




 俺は雨に濡れてビシャビシャなインターホンのボタンに触れる。

 名胡桃さんのお母さんが応答してくれて、中に入れてくれた。


「雨振っちゃってる中ごめんね――これ使ってね。茉白は上で寝てるわ」


 タオルを名胡桃さんのお母さんから受け取る。俺はそれを首に掛けて感謝する。朱音も受け取って頭のゴムを取って髪を解く。


「……なんか、朱音のその姿。斬新」

「そうって――あれ? あたしのこの解いた姿見せたこと無かったっけ?」


 俺はうんと首を振る。朱音はポニーテール一択で他の髪型というのを見たことが無い。これは珍しいのをみた。俺は出来るだけ髪から水分を抜きとり、体全体もタオルで拭いお母さんにタオルを返す。朱音も俺と同じく体を拭ってからタオルを返した。


「じゃあ、茉白の事宜しくね。――本人話さないでって言ってたけど、貴方が初めて家に来たお友達でもう家でも貴方のことでいっぱいよ」

「え――」


 「それじゃ」とタオルを洗濯しに行ってしまった。俺が名胡桃さん初めて家に来たお友達? 本当に誰とも仲良くなかったのか? 俺が初――。その事を名胡桃さんに突きつけて見たかったけど俺にも内緒にしたいことだってあるだろう。これは口を固くしよう。


「朱音も、さっきお母さんが話してたこと黙ってろよ? 本人傷つくかも」


 この口軽朱音は「はーい」と言ってくれて分かってくれたみたいだ。こういう事を行っても話してしまいそうだが、俺はそれを口を抑えて阻止するからな。


 二階に上がってノックをする。


「お母さん? 入ってきて」


 中から名胡桃さんの声がして俺は中に入る。


「ごめん、お母さんじゃないんだ」

「――⁉ 唯川……さん」


 相当嬉しかったのか、名胡桃さんの嬉し涙が溢れる。そんなに涙脆いと俺は困ってしまう。「あたしもいるよー」と朱音も存在アピール。お前はおまけ程度で来たのだけどそれでも名胡桃さんは「朱音さんもありがとう」とベッドに居ながらも感謝していた。

 名胡桃さんはベッドから起き上がろうとしていたが俺は「別に立ち上がらなくていいよ」と考慮する。「座るだけでも」と名胡桃さんはベッドの上で座った。


「シロちん可愛いパジャマ来てるね」

「そんな――可愛いだなんて」


 俺は言葉に出さなかったが確かに可愛い。俺はこの姿が見れて大満足、人のパジャマ姿なんて中々拝めない。特に女子のは。俺はよく下着姿で寝る事が多く、パジャマなんてそんな高価な物なんて来たりしない……高価扱いしてるけど、流石に冬間は長袖の物は着るが、パジャマではない。


「そうだ、家に来た理由はこれ――」


 俺はホームルームに渡されたプリントとか授業の内容とかを名胡桃さんに教えた。「ありがとうございます」と感謝する名胡桃さん。


「それじゃ、これで――」

「待って下さい。まだゆっくり出来ませんか?」


 名胡桃さんに呼び止められた。朱音は俺の背中から少し飛び出たシャツをクイッと引っ張り口元を耳に近づける「もうちょっと居てあげたら? 私帰るから」と良い空気の読み方をしてくれた。これは朱音にも感謝せねばならぬな。


「それじゃ、シロちん。あたし用事あるからこれで……また遊びに来るね」

「また来てください朱音さん」


 少し遠いけど手を振って朱音は部屋を出て、俺と名胡桃さん二人だけになった。


「あの――あのあのあの……」


 急に名胡桃さんの口調が強くなる。俺は遠いながらも少し威圧を感じてしまった。別に名胡桃さんはその気では無いと思うが……確かに強かった。


「私って、やっぱり……変ですか?」

「へ――」


 拍子抜けしてしまった。これまた朱音に次いで名胡桃さんらしくない言葉が出た。


「どうして、変だと思うの」


 質問に質問で返す。


「だって……症候群も教えて、友達があまり居ないのもそれだし。外で遊ぶことも本当は出来なかったし、本ばっかり読んでて人見知りで、誰にも頼る事もしたこと無いし、もしかしてこの雨で唯川さんも来ないかなとか思っちゃったりしたり――唯川さんの友達として変ですよね」


 今まで名胡桃さんの言葉とは思えないのが沢山出てくる。俺以上に苦しみを抱えていたみたいだった。


「だから……だから……変かなって……友達として……」


 ポタポタと涙をパジャマに垂らす名胡桃さん。俺は名胡桃さんの横に座ってしっかりとその顔を見る。


「名胡桃さんはどんな病気に掛かってても、どんな子でも、わたしの友達ですよ。だから拭いてその涙。見せちゃ駄目ですよそんなの。笑ってる名胡桃さんが好きなんだから――」

「……唯川さん……うっ……うわああああ――」


 優しい言葉を掛けたら本格的に俺の肩に抱きつき泣いてしまった。一気に爆発してしまったようだ。俺はその後、何も言葉を言わずに頭を撫でて収まるのを待った――。俺は初めて性別の違いというのを理解した。『男』として……『男』以上に悲しみや苦しみを抱えている物なのだなと。病気の中で苦しかったであろう、友達が居なかったのが辛かったのであろう。前に言っていた友達を傷つけてしまうだろうと……そんな事を抱えていたのを喋ってくれて嬉しかった、友達として。俺は今後もっと優しく接してあげようと思った。


「唯川さん……唯川さん唯川さん――あの、改めて友達になってくれますか?」

「もちろん、名胡桃さん」


 涙を流しながらも俺にとびっきりの笑顔を見せてくれた。そう、俺はこの笑顔が好きで櫻見女で生きる価値があると思っているのだから、これからもその笑顔を見せて欲しかった。

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