53話 『女』の下克上
お昼という時間でレストランで七人ともなると流石に「お待ち下さい」となる。一人はスマホの中にしまう事により六人にはなるけどニカエルは断らなかった。
そして納得出来る待機である。三席しかない椅子に座って待つのは名胡桃さん神指さん深緑、後の絢芽ちゃん朱音ニカエル俺は立っている。結構座るか座らないかと悩ましかったのは深緑で、神指さんは即座に座り、名胡桃さんは朱音に「座ります?」と譲っていたけど朱音は断り屈伸していた。そして俺の両肘にはニカエルと絢芽ちゃんがくっついていた――。いやいや、ニカエルと朱音ならばまだ分かるのだけど初対面の絢芽ちゃんがどうして腕組み合い待機しているのか。
異質――。
「お待たせしました、お席にどうぞ」
店員に席を案内してもらい、二つの席をくっつけて七人が座れる座席が完成していた。
適当に座るとさっきの待機順とほぼ同じ席となった。俺の対面に三人が座り、左右に絢芽ちゃんとニカエル。端に朱音が座っていた。なんとなく分かってたけどここまで絢芽ちゃんが隣に座る執着心は何なのか。今日出会って時間は浅いのだぞ。
「ドリンクバー利用するのはー? やっぱり神指さんと深緑ちゃんとカナちゃん? あっ、ニカエルちゃんもか。あやちーは?」
「あっ、わたしも欲しいです」
「私がお水持ってきますね、端ですし」
「深緑、決まった。NM、メニュー表」
「はい、私は――」
この生まれる連帯力はなんなんだ……。
俺は手出しも出来ず、その様子を見るだけだった。
――あれ、無能ってもしかして俺だけ?
全員の注文が終わり周りを見ると今日の昼食に困った櫻見女生徒と入学式に寄った家族達と混んでいた。生徒の学年の見分けが付くようにブレザーに付けている校章のワッペンの色が違うのだけど、新入してきた生徒は緑色、俺達は赤色。明らかに緑色が多かった。その中でも姉妹そうな生徒を除き、学年で混じっているのは絢芽ちゃん一人だった。
「絢芽ちゃん今日家族は? お母さんとか……お父さんとか」
「わたしのお父さんはお仕事の手続きがあるからって参加しなかったの」
「じゃあお母さんは――」
「お母さんはいないの」
一時の沈黙――。
見えない地雷を踏んでしまった。家族に愛がある深緑はビクッと動揺してしまい、朱音はストローに口付けたまま俯いてしまっている。名胡桃さんは「気の毒に――」と一言漏らし、神指さんは眼鏡を外してしまった。俺も家族としてはお父さんが居ない身だから重々と分かってしまう。でも最近の事ではないのか絢芽ちゃんは少し笑っていた。
「お父さんの事が好きだから大丈夫。……というか、そんなにシーンとしないで下さい! 大丈夫です!」
「ま、まぁそう言うなら――カナちゃん、ほら」
「あ、うん」
何とも言えない空気になってしまったが朱音の一言で重い空気が飛んでいった。
「私も今は母親だけですけど――ぽっかり空いてしまうと……ですね」
「深緑、一人で暮らしてるけど、寂しくなる」
「そうなると私は結構羨ましがれる環境なのかも……」
「ザッシー、今日は一緒にデザート食べよ――」
「神指さん、朱音どうしてそうなる……普通は逆だろ……」
「そうだった」
順に口開くと、すっかり絢芽ちゃんの家族絡みの話は無くなり元の楽しい会話に戻った。――『女』の子とはリカバリーが早すぎて混乱する。一つ俺でも差異なく動けるとしたら、食後の会話ぐらいだろうか。そして会話に入らないニカエルを除いて会話に少ししか入れないのは俺だ。
――この置いてかれる感覚は少しさびしい。
「お待たせしました――」
「あ、ほら料理来た! 食べよう!」
今に俺が出来る事は食べる事だ!
※ ※ ※ ※
食後。
ざわざわとしていたレストラン内は昼食が終わり平日みたいな静かさになった。ようやく耳を傾ける事なく皆の話を素の形で聞けるようになった。
「そういえば、お姉ちゃんの秘密知ってるのって何人いるの?」
突発的な絢芽ちゃんの質問が飛んでくる。
「何人いるのって――ねぇ」
サッとこのテーブル全員が小さく手を上げる。
全員と言ってもニカエルだけは集中してデザートを食べているが。
「全員……へー、何の秘密か知ってるんですか」
ここにいる全員が顔を見合わせる中、名胡桃さんだけが横目で俺を見てくる。「喋りました?」という俺にしか見えない口パクをしてくる。一役買ってくれそうなので――顔を少し頷く。
「奏芽さんの秘密を知った時は驚きましたね」
「えっ……はっ。――そうですね茉白さん。まさかなんて思いました」
「――今は、慣れた」
ムフッと絢芽ちゃんがニヤける。
「いいなぁ、わたしにも教えて欲しいなー」
「いいよー、あたしが教えてあげる! カナちゃんはあたしの“彼女”なの!」
「ッ⁉」
「そうだよー、しかも公式に四股なの」
「「四股⁉」」
朱音のふざけた発言に俺も反応してしまう。名胡桃さんと神指さんはクスクスと笑っていたのを絢芽ちゃんは見て他の三人を指差す。
「厩橋先輩も神指先輩も名胡桃先輩も⁉」
「ふふっ、これが秘密ですよ」
「ちがっ、お姉ちゃんが『男』だって――あっ⁉」
「――入団、失敗」
深緑がボソッと喋った。
ある意味絢芽ちゃんの真意を探ったようになったけど、こうも簡単に喋ってしまうという事はそれなりに自覚が足りてないようだ。
「い、今のは違うよお姉ちゃん。お姉ちゃんは『女』の子だもんね」
「その発言も何かおかしいけど――どちらにせよ許されない発言だったね絢芽ちゃん」
新入生の歓迎……というより俺の秘密を知っている人達での荒い歓迎にはなったが、ある意味いい薬にはなったかもしれない。中でもニヤケている神指さんも絢芽ちゃんと同類には入ってしまうのかもしれないが、大前提、他の生徒にバレない事だからギリギリだ。
「……! 成る程……」
「絢芽ちゃん?」
「堂ノ庭先輩の言葉を返してみれば、皆『男』のお姉ちゃんの事が好き――」
――つまり、全員ぶっ叩けばお姉ちゃんはわたしの物になる。
「絢芽ちゃん酷い事言うな」
「わたしはお姉ちゃんの事好きだよ、んっ」
「んぁ……⁉」
……絢芽ちゃんの唇がくっつく。
一瞬、何が起こったか分からず時間の感覚が分からなくなってしまう。皆の驚いた顔と同時に憤怒のオーラが見える。――感覚が戻った所で絢芽ちゃんの唇から即座に唇を離す。
「さ、皆の“彼女”の唇を奪いました。下克上です先輩達」
「下克上――という事は勝負ですか」
「そうです名胡桃先輩……先輩達の好きな分野でわたしは勝負します。次週以降の放課後で待ってます。後、これが電話番号なんで準備出来たらどうぞ」
生徒帳から一枚紙を破り番号と名前を書いてテーブルに置く。
――これは、とんでもない事になった。
「――勝負、メリットは」
「厩橋先輩、一人でも勝ったら先輩達の前で“唯川奏芽の唇を奪ってすみませんでした”とスクール水着で土下座をして謝ります。それから、んー……ここのレストランの会計費をお支払します」
「乗りまぁす! 私、乗ります!」
「ザッシーはやっ! でも、面白そうだからあたしもやるっ!」
「――深緑も、YKに侮辱行為、許さない」
「皆さんが乗るのでしたら、参加しましょうか、ええ」
――結局、全員が承諾してしまった。
しかも俺は殆ど関わり無し。俺はこの場で何を聞いて見ているんだ――。理解が乏しいから、学習がどうたらではなく。そう錯覚されるほど事が進んでいく。
「そうそうもう一つ! わたしが勝ったら。唯川奏芽はわたしの物!」
「えっ⁉ おいっ⁉」
火に油を注ぐ。
それは冗談じゃない!
そして皆の目! 本気だ、一触即発状態!
「今日はお一人で帰らせて頂きます。お金は置いとくので」
「――深緑も、YKごめん」
「えっと――準備があるのでっ」
「あ、うん……じゃあね」
対面の三人は帰ってしまった。珍しく名胡桃さんも、よっぽど許せなかったのだろうか。神指さんは――多分合わせただけだろう、元々一緒に帰る人ではないから俺もなんとも言えないのだが。
「皆行っちゃったね」
「うん、わたし達も帰るか」
皆が置いていってくれたお金を回収してレジへと向かう。
レジに移動しながら少し唇を舐めると、仄かに別のデザートの味がした……。本当にキスをしてしまったんだな、その事実は変わらなかった。
※ ※ ※ ※
どうも……怪しくなっていく。鵯尾絢芽という『女』の子はわざわざ俺達のグループにちょっかいを出しに来るほどアホには見えない。俺の事を知っているみたいだが、外側を知っているだけで内面は全く知らないハズ。『男』というのは偶然知っただけらしい……? いや絢芽ちゃんは家の位置を知っている。
――まさか本当に親戚? お母さんだけしか知らない親戚の子で、こっちに引っ越してきたとか……。お母さんの事だから意外とあり得る。
「……朱音、気まずくないのか」
そそーっと朱音の耳元に口を近づけて。
ここ一緒に帰っているのは朱音と絢芽ちゃんと三人。
「んん~? だって一番はあたしだったから」
朱音は唇を指差す。
そういう理由で良かったのか、朱音。
「朱音がそういうなら、本当に楽しむだけ?」
「あやちー出来そうだから。あたしという段位を越えられたら彼女をやめるっ」
(仮)を朱音はやめると言ったか。軽い発言をするのは構わないし、朱音の実力だったら絢芽ちゃんは勝てないだろうし。――だけど、絢芽ちゃんの実力を見てない点でやっぱり抜けてると言ったら……抜けている。ややアホ。
「今回はカナちゃんは見てるだけだから、ちゃんと見ててよね」
「……頑張ってな」
「――本当は、許せないんだから」
「……?」
「それじゃ、お先に! ごめんね!」
朱音は走っていった。
これで二人になった。ニカエルはお昼寝にスマホに戻っていったので二人だ。絢芽ちゃんは少し前に俺の家の中に入れてという約束をしたから付いていっている。
「…………」
あんな下克上を聞いてから何も言えない。
家の前に着くけども……入れたくはない。「考え過ぎ」とは言われたけども、思いすごしでも何でも無くなってしまった。いつしか弱みを握られて俺達グループが絢芽ちゃんの手の平で踊らされたらどうなってしまうのか。
「お姉ちゃん、家だよ? 入れて」
「……少しだけだぞ」
本当に少しで済むならいいのだが。
玄関の扉を開けて靴の確認をするとお母さんはまだ帰っていないようだ。
「お邪魔しまーす」
絢芽ちゃんは俺よりも先に靴を脱いで上がり二階へと行く。今朝の事もあって俺の部屋の位置は知っている。別に隠すべき物とか部屋もそんな乱雑に物が散らかってないから大丈夫なのだが。俺は普通に歩いて自分の部屋へと向かう。
「お姉ちゃん清潔だ……」
「ねぇっつーの、はぁ――」
もう『男』になるのはバレているから絢芽ちゃんが机の棚を調べている内に男の服に着替え〈ヤサニク〉に発信して『男』になる。ベッドにギシッと軋みたて座る。
「何か“フケツ”な物は見つかった?」
「ん……? わーお兄ちゃんになった! どうやって⁉」
「スマホでな……因みに見てたかもしれないけどニカエルもここに」
アプリ「ニカエル」も開き寝ている様子を見せる。
「ニカエルちゃんやっほー」
「起こすなよ、機嫌悪くなるから」
ニカエルの寝ている所をスマホで見せるなんてある意味貴重だ。この時間帯ならいつも起きているのだけど色んな人が居て気疲れしたか寝ている。日中もこの位静かだったら嬉しい。
「……うん、十分。次は――」
「町案内だな、はいはい」
「うん」と頷く。
俺だって一人で歩くより二人で歩いた方が楽しいとは思うし、大体の予測はついた。
その後の絢芽ちゃんは倉庫となってる隣を覗いたり、元のお父さんの部屋をじっくり見たり、リビングでニャコを触って外に出た。――見ると、やはり『女』の子であるな。性別を疑ってる訳ではないが。




