52話 『女』6+1人
俺は知らない、けど目の前の『女』の子は知っている。しかも“お姉ちゃん”また“お兄ちゃん”……と兄妹関係を示すような言葉。俺が小さい頃にこのような『女』の子と遊んだ事が無いし、はたまた下級生との付き合いは全く無いとは言えないが、こんな『女』の子は見なかった。
「探したんだよー。初めてなのにあちこちー」
「…………」
ゆらりゆらりと自信ありに不安もなく俺に近づいてくる。
――そして、俺の隣に着席した。
「やっと近くで見れた」
「――えっと」
こっちは初めてなのに一ヶ月知った、いや何もかも知ってるような口調で……話しかけてくる。
「……ごめんね、わたしを誰かと勘違いしてない?」
「ううん、勘違いしてないよ。ゆ・い・か・わ・か・な・め、お兄ちゃん。というよりお姉ちゃん?」
名前まで知っている。やはり何処かで会ったことがあっただろうか? しかし食い違う、俺が『男』というのを知っているのだ。でもバラしたのは四人、他を含めればもう少し多くなるけど……それでも指の本数で足りるほど。
「名胡桃茉白とか、神指葵とか、厩橋深緑とか知ってる?」
「……誰? わたしは学校じゃまだ奏芽お姉ちゃんしか知らないよ? 後はー……クラスの人達だけ」
……違う、俺のクラスメイトと親交のある人でもない。他にも可能性がありそうな翠ちゃんや、ケーキ屋のお姉さんの話も上げてみるが、その『女』の子は「知らない」と言うだけだった。
「そもそも、夏風町……だっけ。ここに来るのも初めてだもん」
「えっ……初めて……」
「うん、三日前ぐらいに引っ越してきた! わたしは九州に住んでたけどここもいいねー」
「…………」
九州、行ったこともない見たこともない名前だけ知っている場所。唯一のお母さんの出身地でもない……。はたまたお爺ちゃんとお婆ちゃんの今住んでいる所でもないし、同じく出身地でもない。……朱音か? いや、あの反応見たら違う……そもそも朱音のお父さんは四国だから関係は無いはず。これは絶対と言えた。
「それより、あの白い服の子は彼女?」
「えーっと、説明しづらいな……わたしの家に住み着いてる人だ」
「じゃあ居候? 奏芽お姉ちゃんと同じ部屋に寝てたじゃん! 絶対関係性あるよー」
「何で……知ってるんだよ……それ……!」
「だって、今日の朝ね。部屋を見に行ったんだよ? ぐーすか一緒に寝てたの見たもん」
「あ――!」
何も気にせず忘れかけていた今日の“脚立”の存在を思い出した。まさか、まさか家まで知っているとは。しかも人目には見られない場所にしまっているはずの“脚立”の存在まで知っている。そして何処まで見ていたかは知らないが、この口調からすると俺が『男』から『女』になる瞬間まで見ていたのだろう。――という事は一つだ。この『女』の子がやりたい事は一つ。
「……“俺”の秘密、いや弱みを握ってどうするつもりだ」
「お姉ちゃん、考え過ぎ。何もしないよ? ただ、これが秘密って言うんだったら黙っておいてあげる」
あっさりと勘が外れてしまい、思わず「えっ」と小さく吹き返してしまった。
「んもー、色々と考えすぎなの。お姉ちゃん」
「えー、あー、そうなのか? あー、うん……」
……って、手玉に取られてどうする!
そう言っておきながら後で放送室に向かって「唯川奏芽は『男』でーす! 《この中に『男』が一人います!》」だなんて言われたら人生が終わる!
「お姉ちゃん? お姉ちゃーん?」
「えっ⁉ というかお姉ちゃんて言われる義理がない! なんでお姉ちゃんなんだ!」
「だって、お姉ちゃんだもん。一歳上でしょ?」
「そりゃそうだけど――」
俺もケーキ屋のお姉さんとは血縁も無いけど、そう呼んでいるから人それぞれ……でも初めて会った時から“お姉ちゃん”と呼ばれているからギシギシと違和感を感じてきている。
「それより今から暇? お姉ちゃんとちょっと遊びたいなーって」
「それはごめんね、今から友達とレストランで食べるんだ」
「じゃあその友達……多分名胡桃さんとかな? その人がオッケーって言ったらわたしもいいのかな?」
「うーん、いいと思うけど」
「じゃあその友達の所に行こっ」
ニコニコと笑っている。
「――もう一つ、いい?」
「うん、お姉ちゃん。なんでもいいよ」
「――名前は何?」
「わたしは鵯尾絢芽」
笑いながら言い、丁寧に黒板にも綺麗に書かれる。その名前にはやっぱり聞き覚えはなかった。……鵯尾絢芽。最後には奇にも俺と同じく“芽”の漢字が付いていた。
※ ※ ※ ※
――慣れ親しめない。
そう絢芽ちゃんには言えないけど、明らかな警戒心は全体で発する。会って間もない時って絶対に1%は警戒心を持つのが俺の決まりだ。――名胡桃さんに会った時もその1%は持っていた。深緑の時は50%くらい警戒していたけど後に0%まで引っ込んだ。今回に限っては90%くらいの警戒をしている。行動次第では100%に行くかもしれないレベルの人物だ。
「……あれ、お姉ちゃんもしかして」
「なに絢芽ちゃん」
もしかして警戒してるのがバレた?
「……ふふん、ニカエルさんはお嫁?」
「何を言い出すかと思えば――」
「はーい! 私は奏芽の嫁!」
「だから違うっつーに……」
毎回、妹だの彼女だの嫁だの勘違いされるが……唯川家とは全く無縁である。こいつはただの天使であって公に公表されない所謂UMAってやつだ。
「仲良しさん、お姉ちゃんとニカエルさん」
「もう一年の付き合いだから!」
……嫌な付き合いだ。
「後でお家に入れてね、お姉ちゃん」
「――ああ」
少しずつ絢芽ちゃんのペースに乗せられていく。ニカエルも案外便乗型だからとことん乗せられる。こうして二人に乗せられてニカエルと絢芽ちゃんが仲良くなっていく。
俺はというと相変わらず、警戒して少し絢芽ちゃんから離れている。
校門前に着くと皆が首を長くして待っていた。
「皆ごめーん、ニカエルが校内回りたいって面倒だったから」
「それは構いませんけど……隣の方は?」
「ああ紹介す――」
「わたし鵯尾絢芽です。貴方が名胡桃先輩?」
俺が言い切る前に絢芽ちゃんが先に言ってしまった。
こういう時はしっかりと喋らさせてくれ――なんて思ってるうちに絢芽の自己紹介は終わってしまった。そして以前からこういうグループだった。と、自然な感じで絢芽ちゃんが入り混じっていた。
レストランまでの同行中も絢芽ちゃんはグループ内で喋っていく。
「あやちー、なんでカナちゃんの事お姉ちゃんって呼んでるの?」
「だってお姉ちゃんですから。もしかして、堂ノ庭先輩もそう呼んで欲しいですか?」
「い、いや別にいいかなー……お姉ちゃんって呼ばれる程じゃないから」
「いいじゃないですかー! もう、朱音お姉ちゃん」
「あ、ケッコウいいかも」朱音は少しデレていた。朱音は俺と同様で一人っ子かつ幼稚園も保育園も通わず、ケーキ屋のお姉さんの所みたいな預かる場所も無かったからお姉ちゃんと呼べる存在も、また呼ばれる存在も無かったとの事。今は二年生に上がって後輩と呼ばれる存在もあるだろうし、卒業した中学校からの陸上部の後輩もいるだろうから、いずれお姉ちゃんと呼ばれるキッカケもあるかないか。
それと絢芽ちゃんに対するあだ名は“あやちー”に決まった。
「厩橋先輩、どうしてマフラーしてるんですか?」
「――これが、普通」
「もっとハキハキ喋ってくださいよー。ついでにマフラーも」
「あっ」
「凄い整った顔~可愛いですよ。厩橋先輩」
「んっ……」クラス以外かつ初めての人にこう可愛いと呼ばれたからか、唇に手を当て少しでも顔を隠そうとしている。『この子はなんて事を言うんだ! 深緑、恥ずかしい!』という気が出ている。深緑の顔の傷が無くなって以降もマフラーを常用してるのは単に恥ずかしいというだけで、他の理由は無いらしい。逆を言えば美少女と自覚してしまった自虐として使っているのかな? まぁ深緑の考え方としては顔が悪目立ちするからマフラーを使ってるだけだと思うが。
「神指先輩……取り柄無さそうですね」
「ちょっと初対面にしてその言葉は無いです、絢芽さん」
「嘘ですって、今日武道館で先生らしき人と打ち合ってたの知ってますよー! どちらも互角みたいな感じで外から見てて惚れちゃいそうでしたー」
「経験がお有りですか?」
「少しなら――もしかして対戦希望ですか?」
「是非っ」こうして神指さんも飲み込まれていった。元々場の空気に飲まれやすい人だけど。しかし絢芽ちゃん、神指さんは橙乃にも劣らない程の強さ。俺にとって神指さんは武術の達人みたいなお方だ。一度、木刀で気絶させられたくらいの力を神指さんは持っている。柔道経験のあるクラスメイトが神指さんと組み合ってみたけど、差が圧倒的だった。俺も初心者ながら組み合ってみるけど、背負投されて意識が飛びそうになった。……多分、受け身が取れなかったから意識が飛びそうに。
「――奏芽さんに似てますね」
「名胡桃さん何言ってるの……何処が」
「……皆さんを巻き込む所、ふふっ」
「…………」
やや図星。
「でも、私達にとっても可愛い後輩が出来て嬉しいと思いますよ」
「まぁそうなんだけど。でも――」
やはり引っかかる。俺だけ“お姉ちゃん”呼ばわりなのか。
「そんなに気にしなくてもいいんじゃないんですか? 奏芽さんにとってもお姉ちゃんと呼べる人がいるでしょう。理由が無くとも“お姉ちゃん”って年下の人だったら誰でも付けたくなるものですよ」
「という事は名胡桃さんにも?」
「いますよ、留学の為に飛び立ったお姉さんが。暫く会ってないですけど」
「初めて聞いた。お姉ちゃんいたんだ」
一年名胡桃さんと付き合い、お姉ちゃんがいるとは思わなかった。
「名前は?」
「茉莉です。今はフランスに」
「フランス……」
家を見れば分かるけど間違いなく名胡桃家はお金持ちボンボンで天質の集まり。
――やっぱり憧れの人だ。いずれか名胡桃さんの姉にも会うかもしれないし、一度は会ってみたい。実現する日はあるだろうか。
「……いつか帰ってくるの?」
「そうですね……夏には東京の父の家に返ってくるんじゃないんですか?」
東京かぁ――やっぱり機会は無さそうだ。
「後ろ三人で何してるんですかー? お姉ちゃん、名胡桃先輩、ニカエルさん」
「いや、四人で楽しそうだったから、わたし達は邪魔かなって」
「わたしは名胡桃先輩と話したいです」
「いいですよ、お話しましょう」
名胡桃さんも前のグループに混じってしまった。
――結局付かず離れずのニカエルと一緒になってしまった。
「…………」
「…………」
「少し、調子悪いか?」
「え? ちょっとねー、なんかね……えへへ」
少し察していたけど、絢芽ちゃんが来てからニカエルが調子悪そうにしていた。
「気付かないとでも思ってた?」
「ううん、でも……ありがと」
ニカエルは笑うけど、そこまでの悪調子では無いらしく偽りのない笑顔だった。年中サンダルでワンピースorキャミワンピースでほぼ人間に近い姿。何処からどう見たって『女』の子。頼るべき存在で感謝すべき存在。それなのに感謝される事も多い頼られる事も多い。
「一年……ニカエルも宜しく」
「えっ……うん、よろしく」
ニカエルには一年を跨った挨拶をしていなかったな。
「意外、奏芽が私に対してそんな事言うなんて」
「はーっ⁉ 悲しいじゃないか! お前とはなんだかんだ!」
「なんだかんだって……奏芽忘れてるんじゃないの? ああした事とか、こうした事とか」
「むしろ俺がああした事こうした事が多いっての」
前のグループは盛り上がって後ろグループでは身内でガチャガチャ。
こうしていると前のグループから笑いが溢れている。
「本当、仲良しだよねーカナちゃんとニカエルちゃん」
「ふふっ、本当ですね」
「ニカエルさんは妹に近いとも言ってましたしね、奏芽くん」
「――仲良し、羨ましい。翠とは、こうならない」
はぁ――話のタネにされてしまった。こうして俺の櫻見女の友達四人が集まると基本的にはニカエルが軸となって展開されてしまう。ネチッコイ話、俺がいる中であまりしてほしくない。時に『男』としての話なのか『女』としての話なのかが分からないからだ。
「お姉ちゃん、たらし――」
「絢芽ちゃん、それは……いけない」
「この作品中の“タブー”だからね。私は別に構わないんだけど」
「ニカエルまで…………」
そもそも何の“タブー”に触れているのかも分からない。その事だけは皆に分からずニカエルだけが知っている。天使もしくは神のみぞ知る事だ。
――しかし、『男』が公式に櫻見女に入り込んでこんな状況になるのも希少どころか極稀。
普通だったら「『女』だ!『女』になった!」って『男』は楽しむのかもしれないけど、生活の範囲となってしまったらそんな事も気に出来ず、黙々と勉強して昼休みも『男』を見せず生活するというのは大変だ。是非……なれる日があったらやってみて欲しい。女子高生という生活を。
「でも、奏芽さんを“たらし”なんて誰一人思ってないですよ」
「んっ。深緑、リスペクト」
「皆――」
なんだかんだ、こういう面子だから俺も許容出来るのかも知れない。
少しバラバラになったけど、こうして仲良しなのだから……いずれ絢芽ちゃんもこの中に混じって会話する事が毎日になる。俺も警戒心が90%からやや高め75%にはなった。
――75%、絢芽ちゃんが時折見せる不敵な笑いが俺を警戒させている。




