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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第五章 鵯尾絢芽
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50話 今日から二年生、また『女』をやり通します

 体を思いっきり伸ばす。

 手の平を天井に、足は土踏まずまでベッタリと付く感じで全体を伸ばす。ポキポキと各関節が鳴った所で止めて時計を確認する。……深緑の家に居た三ヶ月は五時起きが基本だったが、ようやく俺の普通に戻り七時に起きるのが普通になった。


 春休みが終わり、櫻見女に入ってから一年が経った。

 早いもんだ、何かの間違いから櫻見女に入学してから一年、四人にはバラしたが未だに全体にバレた事が無い。磁場的な働きとか、ことわりが変動した訳でもなく違和感に包まれているがびっくりする程に櫻見女で生活を続けている。

 その張本人が朱音が来たときに敷いた布団で寝ているのだが――


「抱きしめて……シメテ……」

「んん……」


 何の夢を見ているのが察しが付かない。第一、天使は夢をみるのだろうか? いや……以前に「元は人間」とは言っていたのだから天使も夢を見るのだろう。


「あっ……ダメッ……そこっ……」

「おいっ! 起きろ!」


 やっぱり起こさなきゃ駄目だこの天使。剥き出しの膝をパンっと叩く。

 ニカエルはビクッと鞭打った後に即立ち上がって俺のお腹にドグっと頭突きが入る。


「あうぅ――」


 声を漏らしたのはニカエルの方だった。寝起きで頭に震動が入ったらそうなるでしょうよ……。ニカエルは布団にまたダイブして次はうつ伏せでまた寝に入ったらしい。――無理しすぎだ。


「無理……か。また俺も“無理”な一年が始まるんだな」


 そう、新学期プラス新入生の入学式。今日の俺達はドキドキだ。何故ならば年一回(と言っても二回しかない)のクラス替え発表だからだ。――うーん、俺の性転換を知っている四人が皆クラス一緒とは限らないし、バラバラになってもし一言でも漏れて感染していったら困る。


「ニカエルはもうちょっと寝てろ。俺は着替えて下に降りるから」

「あうぅ――」


 返事で……いいよな。面倒だからって同じ言葉を返すなよニカエル。

『女』になる、スカートを履く、ヘアクリップを挟む。俺のいつもの朝の三大行動。

 階段を降りながら肩を回してリビングの方へと出る。


「おはよう奏芽」


 お母さんはバッグを背負って口にショートブレッドを咥えて出る直前だった。


「おはよう。今日は早く出るの?」

「うん。あ、まだショートブレッド残ってるから持ってっていいよ」

「あーい、いってらっしゃーい」


 ドアをバタンと閉めて、束の間無く車のエンジンが掛かる音がして急発進していった。

 ……まぁお母さんは時間ギリまで寝る人だからこうなる。面倒でも二十分前までには起きるのが大事だと思う。――果たして俺の性格は何処から来てるのだろうな……。


「主人、サッシを開けい。外を歩く」

「猫の状態で喋るなニャコ」


 そう言いながら渋々に窓を開ける。

 一歩前に出て庭を確認する。右にはプレハブ倉庫、真ん中にはプチ農園。なんか枯れてるのが多いけど。左には玄関周りへと出る道――


「……脚立?」


 地面から屋根へと脚立が掛かっていた。プレハブ小屋の裏に置いてあるはずの脚立がここに掛かっている。しかも登った先が俺の部屋の窓へと向かってるのだからまた……まさか朱音とか、神指さんの仕業なのでは……俺の寝起きを襲いそうなのはあの二人だけだ。第一、緊急用に外に隠してある鍵を知っているのは朱音だから直接入ってくるだろうし、朝にお母さんが急いで屋根掃除でもしたのだろう。


「とりあえず……よいしょっと……」


 元においてあった場所に脚立を戻す。

 忙しいのは分かるけどちゃんと片付けなきゃ。


「おっはよ~奏芽~。朝ごはん~」

「おはよう。机に置いてあるやつ。あ、今日は早いから皆で外でご飯だぞ~」


「わーいやったー」……ニカエルらしくない棒読みだけど、まだ頭が痛みで響いてるのだろう。


「かーなーめー」

「――ん?」

「かぁなぁめぇ。かぁぁなぁぁめぇぇ!」

「はいはい、あーかーねー。庭から入って」


 一瞬返事に困った理由はさっきの脚立だ。

 ――候補が一人いなくなってしまった。そうなるとお母さんか。別に家の物を家の人が使おうと問題無し。それが物の使い方なんだから。


「やっほーカナちゃん、ニカエルちゃんもおはよー」


 相変わらず十年オーバーで幼馴染をしてるけど、何も変わってない。縦幅も横幅も……二つは少しずつ丸くなってるけど。性的に朱音を見ていない。


「あーそのカロリーメ○ト美味しそう」

「ショートブレッドだ」


 形はそう見えるけども。




          ※  ※  ※  ※




 ――また一年始まる。


 なんて三六五日をぐるっと回って“また”なんて日数も短く無いのにこれが言えてしまう。

 名胡桃さん達と合流して一年使っていた教室に集まっている。


 ――名胡桃さん、朱音、神指さん、深緑。そしてあまり深い付き合いはしていないけど墨俣さん。なんだかんだ馴染みがあって後一年、いやこのまま三年間一緒にいたい程。

 そしてここで待機はしているのだけど、みちる先生がまだ来ておらずクラス振り分けが決まっていない。


「まだ来ませんね……長引いてるのでしょうか?」

「みちる先生の事だからなぁ……」


 流石の名胡桃さんも黙っておられず口に出す。通学までの道が一緒だからまた俺も一緒になりたい気持ちだ。同じ学校内とて会える時間が限定されるのは何か違うと思う。そう思ってしまう俺がいる。


「なんだかんだ朱音は余裕だな……」

「カナちゃんとは運命的だから」


 ……そうだな。クラス替えの度にこいつとは離れた事がない。本当に運命なのやらか。櫻見女に移行した事により終わったかと思えば「カナちゃんでいいのかな? あたし堂ノ庭朱音!」という二言でぶっ壊された。――あーあ、絶対に一緒なんだろうな。


「二年も一緒がいいですね、奏芽くん」

「うん、神指さん。――それより、橙乃どうなった?」


 神指さんが話しかけてくれたが、橙乃の事が気になった。またにこちらに帰ってきてはいるけど、そっちで大変な事になってないか時に不安になる。


「橙乃姉さんは真面目ですよー、稽古の時は厳しいですけど」

「あー」


 姉ちゃん呼ばわりなのか。

 俺には兄弟も姉妹もいないし……いや、ケーキ屋のお姉さんは除いて、そう呼べる人がいるのが少し羨ましい。ある意味、橙乃を神指さんに置いて正解だった。


「……あ、一緒がいいね」

「はいっ」


 ついでみたいな感じで発言したけど、神指さん何気なく答えたから何かごめん……。神指さんには幾度となくお弁当のおかず交換で色々美味しい物を食べさせて貰ったし、土日に神指さんとは面白い会話も出来た。何かと相性が合う。俺にとっても欠かせない人。


「――深緑、YKと離れたくない」

「深緑、そうだね。わたしもだ」


 深緑とは本当に色々あったな。三学期には二人共々で大変な目にはあったけど、出来事が重なる度に距離が近づいた。――朱音よりかは少し厳しい所があるけども、前よりかは我らグループに絡む事が多くなった。


 ……思えば思うほど、離れ離れになるんじゃないかと心が重くなってくる。朱音も自信たっぷりではあるけど、もしかしたらがあるし。知ってる人が一人もいなかったら……と一回考えたらブレーキが掛からなくなって止まらなくなった。……ああもう、空想から払拭をしても水漏れのようにまたボタボタと。

 ――もうこの四人が集まる事はない。俺の机を囲むこともない。


 ガラガラ――


「おはようございます~、今から振り分け発表します~」


 みちる先生がようやく来て黒板にクラス発表の紙が張り出される。

 上下の幅がはみ出る程大きい紙を見つめて自分の名前を探す。一組目……二組目……三組目……と知った名前、まだ知らない名前と次々確認する。


「……あった」


 唯川奏芽、俺自身の名前があった。

 そしてそこから知っている名前を探す。あまり付き合いが無い名前もあるけど俺は大事にとってない。ここから探し出すのは俺の秘密を知っている四人の名前だ。


「……朱音と名胡桃さんと一緒だ……」


 一緒のクラスだったのはこの二人だけだった。

 嬉しいけど、神指さんと深緑とは一緒じゃなかった。反面、やっぱり寂しい所はある。でもここだけはどうしても変えられない。俺達が決められる事じゃないからだ。


「奏芽さん、またよろしくお願いしますね。堂ノ庭さんも」

「うん、よろしく!」


 また一緒なのが嬉しいのか、名胡桃さんは微笑んでいた。

 でも囲いの中で二人は少し残念がっていた。


「神指さん、深緑……」


 中でも俺への忠実心が多そうな二人。


「あ、私は大丈夫です。このクラスの友達も少しいますし……その……はい……」

「――YK、また会ってくれるから大丈夫」


 俺が気遣いをするはずが、逆に気遣いされてしまった。神指さんはともかく深緑は寂しそうだった。大丈夫だなんて言っておきながら目が泳いでいる。


「その――会えない訳じゃないからさ、またお昼休みとか放課後に一緒にお喋りしようね。二人共」


「はい」

「んっ」


 俺の気遣いはこれぐらいしか出来ないけど二人の返事は曇っていなかった。少し安心した、そこまで俺の事が猛烈に好きだなんて言われて学校に抗議を出すような事態にされると俺も引いてしまう。


「それじゃ、二年の教室に行きます、か。そうだ、後でレストランで食べるから皆来てね」


 四人にそれだけ言って俺ら三人は次の教室へと向かった。――この教室を出て階段を上ると一年間一緒だった皆が枝分かれして向かうべく教室へと入っていく。別れにも近いから悲しい感情はあるけども、次の友達が出来る可能性という嬉しい感情も交じる。……同じくして俺の秘密をバラすというニカエルとの条件も始まる。




          ※  ※  ※  ※




 同じく、朱音が隣。そして名胡桃さんが二個前から三個前になった。それから同じくして……墨俣さんも同じ教室だった。途中から面倒になって飛ばし飛ばしで見ていたからこの名前をスルーして自分の名前を間もなく見つけてしまった。


「カナちゃん、また個性がありそうだよ」

「ああ……そうだな……個性が出過ぎてとても見づらい」


 チェック。

 チェック。

 チェック。


 ――俺よりも下そうな“胸”は無さそうだ。

 今年も俺の“70”は最下位になりそうです、ニカエル早くなんとかしろ。


 ガラガラ――


「はい、集まりましたか~」


 同じく。担任は松前みちる先生だった。先生も変わらなかったら多分俺は先生に対する態度も変わらない。むしろ友好的に接する可能性。――ってそりゃそうか、だって同じ先生だもんな。


「えーと、見知った顔ぶれもあると思いますけど。まずは軽く自己紹介から行きましょうか~」


 出た。去年は“事故”紹介になってしまったけど、今回は失敗しないようにしよう。――と言っても軽くなんだからそんな重く感じなくてもいいんだけど、どうしても前回の失敗を引きずってしまう。


「墨俣詠月です、一年よろしく」


 立ってスタッと座る。中々接しづらい挨拶をするな墨俣さん。まぁ――俺には何故か当たりがキツいだけで、他の人から話を聞いてみると案外接しやすいとか言いよる。俺って何かしたかなぁ。


「堂ノ庭朱音! あたし陸上やってます! 仲良くしてね~!」


 相変わらずの元気な挨拶だこと。

 一つやりきったという感じでポニーテールがぶんぶん回ってる。というか、いつからポニーテールは元気に意思を持つようになったんだ。中学校の頃は全くそんなことなかったのに。


「名胡桃茉白です。趣味は読書……色々と読みます。たまに図書室やこの町の図書館にいます。よろしくお願いします」


 ご丁寧な名胡桃の自己紹介……を聞いて俺は何故か頷いてしまった。

 テンプレートかつ王道中の王道を往く最強の自己紹介。起承転結を超える美しい纏まり方で教室がシーンとなる。ずっとシーンとしてるけど俺にとってはそれ以上の静まりだと思う。名胡桃さんの発言は全てを静に変える。


「あー撫川なつかわ汐璃しおりです、はい座ります」


 それに比べて次の撫川とやらはウケを狙いにいったのかもしくは面倒だったのか名胡桃さんとは違って適当に発言して座った。しかも名胡桃さんが座った直前に立って発言して座る。程があるだろ、失礼すぎる。


「あのー、唯川さん? 挨拶を……」

「え⁉ あっ、はい! わたし……えーっと……」


 みちる先生は不意を取るような事をした訳じゃないのだけど、何を言えばいいのかを忘れてしまい。立ったまま考えてしまう。なんてことだ、撫川汐璃というのを見ていたら自分の番を来ていたを知らないでずっと集中して見てしまっていたじゃないか。髪の毛ボッサボサだなーとか不健康そうだなーとかマイナスな部分を思いっきり見ていたからな。


「唯川さーん」

「し、しゃい! “にゅいかにゃきゃなめ”でしゅ…… ぎょ、ぎょめんにゃしゃい! ぁっ……」


 噛み噛みすぎる発言で俺は笑いを取ってしまった。

 名胡桃さんとは違ってドッと皆が笑いだしてしまい、そして収集付かなくなってしまい。小声で「ヨロシクオネガイシマス……」と耳まで真っ赤にして座った。唯川奏芽の二年目、また“事故”紹介で終わってしまった。全部は撫川汐璃という存在のせいだ。――いや、人のせいにしてはならないな。


 うん、俺はこれぐらいの立場でいいのかもしれない。

 ――そう思ってしまった。

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