5話 長い時間『女』の子として名胡桃さんと楽しめた日
ピピピピ……ピピピピ……
耳に目覚ましの音が入り刺激してくる。
今日は月曜日で目覚ましはちゃんと鳴った、土曜日の焦りは本当に事故だ。一方でニカエルは昨日の疲れでベッドで俺よりも深く寝ていた。
日曜日は特に外に出る事もなく家でダラダラしていた、せっかくという事で家にあったレースゲームでニカエルと遊んでいた。そしてフル装備、女子同士のレースで一本取る毎に服を脱ぐという脱衣レースゲームをしていた。だが予想以上にニカエルがレースゲームに強く、俺は一本も取れずに全裸になり終わった。俺は賭け事に関しては弱いと思う人間だが、確実性と有利と勘付いたら罰の上乗せを要求したりするが、恐らくそれが裏目に出ているのかもしれない。でもこの性格は今後変える事も無いし、がめつかなきゃ『男』じゃないと思うんだ。でも俺は寝ながら思う――せめて一本は取りたかった!
「……フッ、寝てんな」
天使とはいえ疲れるし、寝顔は相変わらず可愛いんだな。しかも無防備。動くと微に揺れる胸の突起した部分が見えそうで見えない――この惜しい感じが俺の気を削いでくる。
そんな事を思い、ニカエルを横目にやりながら俺は重い体を起こした。体をベッドから離して机に置いてある鳴り響いている目覚ましを止める。寝ているニカエルを見ながら着替えを始める。このベッドじゃ密接しすぎてちょっと苦しいかもしれない、シングルからツインに替えないといけないかもしれないな。――地味に俺もこの同居生活に順序していくようにしてきたな。
「すぅ……すぅ……」
ニカエルは寝ているみたいだし、今日は休養日として休ませてあげよう。普段から俺と付きっきりだし、本当の自由の身にしてあげよう。ついでに机にお金と前回のステーキ券を置いてあげれば、ステーキハウスでもサラダバーとドリンクバーも使えるだろうし。
部屋の扉を開けて振り向いてもベッドでぐっすりと寝ていた。
「いってきま~す……」
小さな声で部屋を出て行った。部屋の外で『女』に性転換をし、持ち物のチェック。スマホもバッグも全部持ってきてるな。階段を降りて玄関を開ける。そして門を出ようとした所で
「――⁉ オイッと――⁉ ググググ……」
クイッと引っ張られる感覚がしてそこから動けなくなってしまった。何故動けない……⁉
手を伸ばして門の端を手を持ってなんとか門から道路へと出ようとするがやっぱり出れない。俺の何が悪いんだ⁉
一旦端から手を離して一呼吸置いて――抜けようとする。
「うおっチ⁉ あぁーー⁉ がッ!」
結局何かに引っ張られて玄関の扉に頭を打つ。嫌になってしまってその場で座り込んでしまった。どうしたどうした、これは夢か? それとも誰かの罠?
とりあえず、検証したい為に一つ筆箱からペンを持ち出し、門から道路へとペンを投げてみる。
「……通った」
物理が通ったということはここの門自体に何か工夫がなされている訳ではないのか。じゃあ、歩いて門から出ようとするがやっぱり出ようとした所でピタッと足が止まってしまう。――これ以上前に進もうとしても歩が止まってしまう。
「チクショウ! なんでだ⁉ ――これはニカエルが原因か?」
俺は一旦家へと戻った。原因はニカエルにあると踏んで、また寝ているであろう二階に戻る。
……やっぱりニカエルは寝ていた。カーテンを開けて俺は体を揺すってニカエルを起こす。
「ニカエル? 起きて、家の外から出られないんだけど」
「ん~……?」
不快そうに起きて、腕を上げて背筋を伸ばす。ボサボサの頭で俺の全体見て、あくびをしながら喋ってきた。
「ふあぁ……どうしたの~?」
「あのさ、何か結界みたいの張ってる?」
「あ~気付いちゃった?」
「契約の結界?」
「そう、結界、私から離れようとすると足が止まったでしょ?」
ニカエルの説明を聞くと、『契約の結界』というのは俺とニカエルに張られたそのまんまの名前であり、俺達が約15m離れようとすると中心に引っ張られるように戻されるらしい。因みに止まってる方が中心になるらしいから今回引き戻されたのは俺ということだ。……と言うことは俺が止まってたらニカエルが引き戻される訳か……なんとも面倒くさい結界を張ったな、そして俺とニカエルはほぼ一心同体という訳か……。
「ニカエルさ、スマホに入る事が出来るけどその時は?」
「別に肌身離さず持ってるから気にする事無いけど、スマホから15mぐらい離れようとすると奏芽が引っ張られるよ」
対象がニカエルからスマホに代わる訳か。なんか結界とか聞き慣れないけどなんとなく納得できた。はぁ……面倒くさい仕様すぎて頭を掻く。
「もう学校だから、起きてくれ……」
「は~い、今日も宜しくね~」
ニカエルはスマホに入っていった。そんな仕様も知らずに俺が出ていこうとしたのが悪いんだけど、それを話さないニカエルにも責任がある。俺は事あることに頭を打つけど、玄関のドアに頭を打つという前代未聞の事件が起きた。もう嫌や……。
※ ※ ※ ※
学校に辿り着き、早速椅子に座るとぐったりする。今日も短縮授業であるけど、まだ来て三日目だぞ。俺は一人で二人分の人生を背負ってる事になってるからこの切り替えが大変になってきた。土曜日の神指さんのような出来事をまた繰り返さないようにしないと。
「おはようございます、奏芽さん」
「は、はいっ! おはようございます!」
神指さんが普通に挨拶してきただけなのに俺は立ち上がって机と椅子を大きく揺らす。
「ど、どうしたんですか⁉ もしかして寝てました?」
「い、いや……大丈夫、びっくりしただけ……」
話をすれば――というやつだな。胸を撫で下ろし、再び椅子に座る。神指さん、土曜日の出来事は覚えてないだろうなぁ、あの時の神指さんの気持ちを思うと少し俺の胸も痛くなる。横目で席に座った神指さんを見ると、別になんともない顔をしていた。――大丈夫なのかな。
「唯川さん、おはようございます」
「――名胡桃さん、おはようございます」
次に俺に声を掛けてくれたのは名胡桃さんだった。「あの事、内緒ですよ」と小さな声で言われたが一瞬何を言ってるのか分からなくて思い返してみたらラノベを読んでいる事だったか。「言わないよ」と返したら名胡桃さんは微笑んでくれた。別に隠す事でも無いと思うんだけどな。
席に座った名胡桃さんは早速本を読んでいた、俺も何か本を買ってこの空いた時間に読みたい、スマホで調べ物ももいいけど、何かしらとニカエルがスマホ内で邪魔してくるからその調べ物も出来ないし、隅々までニカエルチェックが入って隠し事も出来ない。……ポケットからスマホを出してアプリ『ニカエル』の画面を見たら画面内で寝ていた。どうした、今日は俺のスマホで何かをしたりとかしないのか? この時間でもねぼすけさんなニカエル。この状態で触ってみようかと思ったが、何かの拍子でニカエルが起きたら面倒なのでそのままポケットにまたしまった。結局何も出来ず、ホームルームが来るまで時計を見ていた。
「お、おはようございます~」
みちる先生が入ってきて教壇に登る。一時間目は英語だからこのままみちる先生か。ホームルーム終わった後に俺は寝させてもらう……。まだ短縮授業期間で……午前中に全部終わるし……二時限しか無いしなぁ……と言っても短縮期間は明日で終わってしまうんだけど……。
ムニュッ――
急に息苦しくなる、何者かが上から押しているようだ。でも手で押されている訳でも無く、はたまた体で押されている訳でも無い。柔らかい物……なんだっけ?
「Please wake up. Mrs.Kaname Yuikawa.」
急に英語を聞こえて――その言葉を理解して俺は頭をあげようとしたがどうしてだが上がらない、今日は頭に関する事故が多すぎて今後が不安になってくるな、まだ顔の傷だって完治せずに名胡桃さんが貼ってくれた絆創膏そのままにしてるんだから。
「あの~どいてくれません? 起きたんで……」
「what? ……あっ、ごめんなさい。お、押さえつけてました……」
どいてくれたか、俺は顔を上げて顔を見ようとしたが俺の視点が低かったか、目の前に見えたのは胸だった。
「わ、わわ……」
前に『きゅうじゅうご』センチと言ってくれたが、この目の前で見ることになるとは思わなかった。視線を更に上げ、顔を見合わせると先生は怒っていた。
「だ、駄目ですよ? ちゃんと起きて下さい」
生徒も皆、こっちを一点に見ていてこれは恥ずかしい思いをした。ホームルームもガッツリ寝ていたのが悪かった。
「ご、ごめんなさい……」
「じ、授業短いんだから顔上げてね?」
土日を過ごして疲れが取れなかったんだ先生……と言い訳したい所だけど、その豊満な胸をみたら口にも出せなかった。しょうがない、先生の授業を聞いてるか――。
隣の席の朱音に肩を叩かれる。「そういう所、もう一人のカナちゃんにそっくり」って――俺も中学の時でもそんな寝てたっけなぁ、朱音がそう言うのだから多分そうなのだろう。席替えをしない限りは朱音は俺の席の隣になることが多い、小学校の時も中学校の時からそうだったな。クラス替えでも奇跡的に九年間も朱音と一緒だった。義務教育期間が終わって朱音と別れるのかと思ったら今度も一緒だもんな。――朱音は気付いてないけど。
あだ名も「カナちゃん」で同一人物とはいえ変わり無いのはどうかと思うが、聞き慣れてるし、あだ名がますます似合う性別になっちゃったしな。
※ ※ ※ ※
学校が終わり、椅子を立ち上がってゆっくりと下校していく。
「あ~……」
疲れた疲れた疲れた疲れた……。別に夜更かしした訳でもない、運動をした訳でもない。精神と対応が疲れるんだ。
「唯川さん、大丈夫?」
とうとう名胡桃さんにも心配されてしまった。そりゃ猫背で、シャツが上着から出てスカートに被っちゃってる。校則違反な格好でダラダラと下駄箱を通り抜けようとしてるんだから……上履きのまま。
「ごめん、名胡桃さん……靴取ってもらえる?」
「は、はい――」
ついに名胡桃さんに命令をもしてしまう最低『女』唯川奏芽。本当に申し訳ない――そんな気持ちで靴を揃えてもらい履く。
「あの、一緒に帰りましょうか。商店街まで」
「うん……」
朱音は部活説明を聞くために今日は一緒には行けないと言って俺一人で帰ると思った所、名胡桃さんが丁度良い相手になった。――最近の事情を名胡桃さんに話したいけど、『男』としての話が多いから合わないだろうな、だから心身ストレスが貯まってしまう。『男』の脳処理は『女』より遅いというのを聞いたことがあるが、これがストレスの原因であろうな……『男』というのをバラしたいバラしたい……。
「唯川さん、この後どこか行きませんか?」
「いいけど……どこ行く?」
名胡桃さんは少し考えて――
「この街の大きな公園でも行きませんか?」
大きな公園――ここの街で言うと海街の方にあったかな。海に近い公園で自転車で行かないと少し遠い所だったはず。疲れてても名胡桃さんのお願いだったら仕方ない、苦い顔ながらも「行こう」と言えた……内心喜べた。
駅で待ち合わせる事になって一旦家に帰る。
着替えてる所、重要な事に気付いて口ずさむ。
「余計なんだよなぁ、あーあ余計余計」
家で自由の身になったニカエルはスマホから出てきて巨大化し、ベッドに腰下ろす。
「どうしてー? 私とは運命なんだから仕方ないでしょ」
仕方ないとはいえニカエルも一緒に付いてくるのは嫌気がさす。さっき説明した『契約の結界』もあるし、ニカエルにここに待てとも言えない。なんとかこの結界を剥がせないものか。15mと結構長いけど半端な数字で自由とも言えないし、10mといったらこれもこれで短いか? 考えてみたらニカエルにこの結界、デメリットが無い。外に出ようと無理するのは俺なだけであってニカエルは止まれば俺も静止状態に出来る……15mだけど。なんか幽波紋みたいな感じだな、ニカエルの。
「あーニカエル? 今日はスマホの中で頼むな。二人にさせてくれ」
「は~い……」
嫌そうにスマホに戻っていった。あの時のお前は人間と同サイズになってたし、"仕方"なく名胡桃さんの家に安々と入れたけど、今回お前は呼ばれてない。俺と名胡桃さん二人だけの約束だからな。さーて、下は相変わらずズボンで、全部メンズファッションだけど鏡を見てもどうせ『女』だし、これでもいいか。
ほっほっと走って駅に急ぐ、頭脳が弱くても体力はあるぞ……『男』の状態より歩幅が小さいけど、これだからこそ可愛さが出るものだ。
「そんな走ってると危ないですよ」
「おわ……墨俣さんか」
俺はその声を聞いて焦った。墨俣さんとはあまり学校でも話をしないから自分の中では気まずい一人だ。目の前にすると手汗が凄い。
「何処かお出かけ?」
「え、え――まぁ、駅に用が」
「……そうですか、それじゃ」
俺を止めた意味はなんだったんだ。止める位だったらそのままにしてほしかった。うーん喋りづらい上に行動の読めない人だ。俺はなんとか仲良くなりたいのだが……波長が合わないようで……。
「ピロン♪」俺はその着信音を聞いてスマホを見る。「立ち止まってる暇無いよ!!」そんな感嘆音をを付けなくても分かってる。別に今出てきても見られる事も無いと思うんだけど。
「わっしょーい!」
「どわっ⁉」
そういうことだったか、朱音が抱きついてきた。確かにニカエルと朱音は顔を知ってる存在だろうから出にくかったのだろう。だからアプリ『ニカエル』内から伝えてきたのか。
「んん~あたし部活説明会帰りで今帰りなの~」
「そう言ってたじゃん朱音……」
そうだっけ? とぼける朱音。自分で言ってた事を忘れてるなんてそれはちょいと酷くないか。
「それで、何にするの? 中学と同じ陸上部?」
「陸上部だけど、よくあたしが中学の頃陸上やってたって知ってるね」
また『男』としての記憶が出てしまった。
「あ、あれ~。言ってなかったっけ? 適当に言ったけど当たっちゃった――」
たぶらかして、なんとかバレるのを回避する。「言ってたかも」と朱音が言うけどお前は本当に忘れっぽいな。こんな朱音で良かった、馬鹿で良かった。
「じゃあわたし急ぐから……」
「うん、じゃあね」
朱音は走っていった。別にお前は走る意味が無いだろう――。俺はスマホ内の時計を見て徐々に余裕が無くなっていくのを確認してからまた走り出した。
別に急ぐ事はなかった。名胡桃さんを待たせる訳にはいかないと意気込んだ結果がこれだ。二十分の余裕を持って駅に着いた。まだ櫻見女が終わって間もないから制服で帰る人も多かった。
駅前のベンチに座って名胡桃さんを待つ。しかし、見る限り全員が女子、女子、女子……。この町に共学校が無いし、数駅先の市内にあるんだったかな。何人か俺の友人もそっちの方に行ってる。俺もそっちに行こうかなとは思ったが、あまり校風が俺と合わなかったから滑り止めとして考えていた。――多分滑り止めでも行かなかったと思うが。
――お、あの白い髪。間違いない、名胡桃さんだ。俺の事を探しているのか。駅前中央に立って髪を左右に揺らしている。
「名胡桃さーん」
俺は早歩きで名胡桃さんに向かう。その呼びかけに気付いて名胡桃さんは手を振ってきた。
「ごめんなさい、待ちました?」
「ううん、今来た所。行こ?」
俺は海街に向かって歩き出したが、名胡桃さんの足は止まっていた。
「どうしたの? 名胡桃さん」
「あの……服、買いに行きません?」
「へ?」俺は公園に行くと言われていたのにいきなり服の話になった。
どうしてかと聞くと――
「あの、唯川さんがスカートを着てるの学校のしか見たこと無くて……それと、公園でゆっくりしたいだけなので、遊ぶのはちょっと」
「わ、わたしの……そう……だね。買いに行こっか」
まだ女性服を買っていなかったから全部中学校の頃から愛用している男性服ばかりを着ていた俺。確かに今の格好を見ると全部『女』っぽく無いんだよね。一度商店街まで戻ることにした。
女性のファッションというのを知らないから服屋に入るのを怠っていたがまさか今日、名胡桃さんと一緒に商店街の服屋に入ることになるとは思わなかった。今回は女性服というのを名胡桃さんから教わる。
「私が言い出したことだから、お金出してあげます」
「そんな――いいですよ、買います」
「遠慮しないで」と服を選んでくれる名胡桃さん、俺はちょっと『男』として申し訳ない気がする。
意外と楽しそうに服を選んで俺の目の前に飾っては棚に戻す名胡桃さん。俺は着せ替え人形みたいに扱われてるけど、別に名胡桃さんの人形でもいいかなとか思ってしまった。あんまり学校では表情を変えないけど、終わった後はこんなに笑顔を見せてくれたりと嬉しそうなのを見て取れる。
「――うん、この組み合わせで試着室行ってみて」
着せ替え人形としての服が決まったようだ。俺はそれらを持って試着室に行く。下は白で上着はピンクか――二の腕辺りにフリフリが付いてるのが定番なのか? そして学生服スカート以外の初めてのスカートだ。しかも長い……スカートの色は薄黄色だ。こんなにカラフルな色で似合うのだろうか……いや似合うハズ、だって名胡桃さんが選んでくれたのだから。
俺は今の服を脱ぎ、新しい服を着る。
――鏡を見てみると俺にとってこの姿、斬新。見れば見るほど俺の体なのに可愛く感じる。まるで女の子……って女の子か。「ピロン♪」俺のズボンから鳴った着信音、確認してみると――「似合ってる♪」とニカエルもそう返してきたか。いや、マジで恥ずかしい。
「唯川さん? 見せてもらえます?」
外からそう聞こえたから試着ルームのカーテンを開ける。
「似合ってる……?」
顔が真っ赤なまま出てきてしまった。
「はい、想定通りで可愛いです」
名胡桃さんと同性になったとはいえ可愛いと言われるとなんか心痒い。『女』としては嬉しい言葉なのかもしれないけど『男』として言われたら凄い恥ずかしい。生涯言われない言葉だと思ってただけに。こんなフリフリが付いた服を着ることになるなんて……でも女性の服に関しては知らない事が多いから何も言えなかった。
「それじゃ、また着替えてどうぞ」
「う、うん……」
俺はまたカーテンを閉めて床に座ってしまった。顔が超真っ赤。奏芽の馬鹿――女子としては普通の事なんだろうけど、俺は『男』なんだ。わちゃわちゃと名胡桃さんに服を体に当てられては悩まれ結果この服になって可愛いと言われ前回にはカッコいいと言われ……普段見せない名胡桃さんの顔も見れてダブルに恥ずかしい……。はっ、はは……チクショウ、選んでた顔とかさっきの笑顔とかも名胡桃さん、全部可愛いじゃねぇか……。
元の服に着替え終わり、会計を済ませた後。試着室を貸してもらい買った服に着る。戻しの戻し作業だ。因みに、元に持っていた服はニカエルが「アプリ内で持っている」と言って、スマホに吸収されてしまった。
この姿で外を出歩くのか、なんかよくわからないけどアソコがジュンッとした感じが止まらない。性的に感じてる訳じゃないんだが――大丈夫なのか? これが普通?
「唯川さん大丈夫ですか?」
「し、心配しなくていいよ――わたしこういう服着るの初めてで――」
どうにもこうにも視線が気になる。俺の今の状態は『女』だよな? それだったら普通のハズなんだけど凄い視線が気になる。ああもう、胸を張って歩け奏芽! ――張る胸が無いけど。
駅を離れて海街に辿り着いた。こちら側には人が集まるような類は市場や今行く公園位だから公園に着くまでは安心して歩ける。少し股を閉じて歩いていたのから開放される。いつも学生服のスカートで慣れているはずなんだけどね、実際に別のスカートを着ると恥ずかしくなってくる。
「唯川さんって――」
「はい?」
「反応が男の子みたいでしたよ」
俺はギクッとする。中身が『男』なだけあってそのようなワードを出されると少し気まずくなる。
「わ、わたし女の子だしっ」
顔を赤くしながらも名胡桃さんに返した。「そうですね」と笑って言ってくれたがかなりマジな話に近いから今後は話題に出しては欲しくなかった。
公園に辿り着いた、少し遠かったけど名胡桃さんと楽しく会話が出来てそんな歩いているように思えなかった。
「着いたね」
「軽い運動になりましたね」
名胡桃さんは背伸びをしてふーはーと一回深呼吸をして気持ちを切り替えた。
「あの、まだ食事はしてませんよ……ね?」
「え? うん、丁度お腹すいた」
「良かった」
名胡桃さんはバッグの中から四角い形の箱を出してきた。
「名胡桃さんもしかして……」
「あの、作ってきました。良かったら食べて下さい」
あの短時間でお弁当を作ってくるなんて主婦もビックリ。公園で用意されているベンチに座って早速名胡桃さんのお弁当のだし巻き卵を一口食べてみる。
「――どうです?」
「――美味しい」
「本当に⁉」と喜んでくれて俺も嬉しい、ちゃんと俺好みの味になっていて良かった。この日は生涯初めてが多すぎる。まさかお弁当を作ってきてくれるとは思っていなかったからだ。
パクパクと食べてると麦茶も出してくれた。ここまで気の利いた事をしてくれるなんて、俺はなんて幸せ者だろう。
「私、実は――」
俺は名胡桃さんの言葉を聞いて箸を止める。
「お友達、少ないんです――」
「え……? 友達が少ない? そんな訳ないでしょ? 名胡桃さん」
俺は冗談かと思っていたが、学校での名胡桃さんを思い返してみると……確かに、他の人と話しているのを見たことがない。どうしてかと聞くと――
「私、かなりの人見知りで――小学生、中学生って上がって友達の数も少なくて……それで、櫻見女子高校入った時も不安がいっぱいで。どうしようかなって」
名胡桃さん、顔を伏せてしまった。
「中学生の時にフッとした事で友達を傷つけた事もあって、余計に人を拒むようになったりとか――だから、もしも唯川さんにもそんな事をと思ってたけど、唯川さん優しくって――」
そんな過去が名胡桃さんにはあったのか……俺は真面目に名胡桃さんの話を聞いていた。
「ライトノベルの本を買ってる姿を見ても内緒にしてくれてるし、図書室で会った時も唯川さん恥ずかしがらずに話してくれたし――別に読書が趣味って言っても引いてくれませんでしたよね」
「うん……」
もしかして、俺を褒めている? と地味に勘違いしながらも名胡桃さんの話をまだ聞く。
「あの……仲良く、してくれますか?」
恥ずかしがりながらも名胡桃さんは握手を求めてきた。それに俺は応えて手を掴み握手を成立させる。
「宜しくね。名胡桃さん」
こうして名胡桃さんの歴史にも一歩、また俺の歴史にもまた一歩刻まれた。俺も恥ずかしい事が無くなった。一つは言えないことがあるが、名胡桃さんとはこれからも仲良くなりたいという一心だけだ。別に趣味なんて、皆違うものだし……俺は読書する名胡桃さんも好きだ。
「あの、まだだし巻き卵ありますよ?」
物足りない人向けのもうワンパック、だし巻き卵が用意してあった。それも喜んで食べた。
名胡桃さんが持ってきたお弁当箱を完食した――俺は弁当と言えばお母さんが運動会とかで持ってくるお弁当位しか食べた事が無いからこのお弁当は嬉しかった。なんでお弁当を持ってきたの? という理由を聞いてみたら「喜ぶかなと思って」っていう思い切った返しが来てビックリする。本当は人見知りじゃないだろとツッコミを入れたい所だけど、名胡桃さんは今横で顔が笑顔のまま固まっているから口は挟まないでおこう。
――しかし、歩いているだけだな。俺は公園というイメージで言えば「遊ぶ」というのが強いけど、何処に向かってるかも分からずに、道を真っ直ぐ歩いているだけだった。
「唯川さんって……こうして少し遠目で見ると本当に小さいですね」
「ん――そうだね、名胡桃さんは高くて羨ましい」
俺は『男』になれば名胡桃さんとほぼ同じくらいだけど、今は俺が少しアゴを上げる位の高さだ。一体牛乳を飲んだらその身長とπは大きくなるのやらか。……牛乳、俺も飲もうかな。
突然、サッカーボールが転がってきて、名胡桃さんと俺はそのボールに視線が行く。そのボールは俺の足元に転がってきて止まる。「唯川さん、ボールですよ」状況をそのまま伝える名胡桃さん。
「ボール、返して」
子供が走ってきて返してと言ってきた。別に奪ったわけでも無いからちょっと怒りそうになったが名胡桃さんが行動して、ボールを子供に渡す。
「はい、どうぞ」
「おねーちゃんありがと」
受け取って、走り去って言った。子供は無邪気だな、俺達も昔はあんな感じだったな――と童心に還る。
「名胡桃さんの子供の頃って、どうだった?」
「私は――大人しくって、何か出来ない事があると泣きじゃくって、絵本とかをよくお母さんに読んでもらったかなぁ、ふふ――」
童心に還ると懐かしさのあまりに笑ってしまう事もあるよな。幼少期の名胡桃さんか、その頃の名胡桃さんも見てみたい。
最初は歩いているだけでつまらないと感じてしまったが、意外とネタが転がり入ってきて会話が進んだ。他の人の行動を見てるとそれ自体がネタになって、自然に俺の話や名胡桃さんの話が連鎖して入ってくる。名胡桃さんって会話上手だからどんな事でも会話になってしまう。――名胡桃さん楽しそうだな。
※ ※ ※ ※
「今日はありがとうございました」
「いいや、わたしこそ……服まで買ってもらっちゃって」
公園を一周した後はまた入口まで戻って駅まで歩いて帰ってきた。服のお金以外は全部フリーで一切お金を使わず、数時間を楽しみ終わってしまった。何故『しまった』なのか……名胡桃さんとの会話が滅茶苦茶面白かったからだ。それから名胡桃さんの笑顔を見るたびに俺は目の中の「REC●」が作動しては行動が止まって、「REC●」が作動しては……を繰り返しての時間が長かった。総合で言うと二時間位の保存はした。これは夢の中で再生する事にしよう。
駅を離れて商店街を歩く。駅で別れても良かったのだが、まだまだ話し足りない俺はいつものように商店街を抜けた先で別れる事にした。
「今日、なんか私ばかり話しててすみません」
俺はその言葉に対して顔を横に振る。
「ううん、わたし楽しかった。名胡桃さんの話面白くて」
「そんな――」
名胡桃さんは顔を持ってる本で隠した。
その厚手のブックカバーが付いた本を今日初めて見る。よっぽど集中して喋ってくれてたんだな。視線も俺に定まらないでキョロキョロしている。……可愛い。
「名胡桃さんもっと自身持ってよ」
俺は名胡桃さんの手を持って正す。
「でもっ、私。人前になると唯川さんの前以上に恥ずかしくなって――」
「大丈夫だよ、次はわたしも一緒なら……ね?」
親友宣言。名胡桃さんはただ首を一回縦に振るだけだった。でも、一歩でも俺以外の誰かと仲良くなってほしいという俺の気持ちを伝えたのだ、そこからは名胡桃さんが決める事で――
「あ、もうお別れですね――また明日学校で」
「そっか……うん、また明日」
商店街を抜け、手を振って別れる。名胡桃さんも手を振って向こう側に消えた。
――俺は手をぶらんとさせて振り終わる。今日一日が終わった、終わってしまった。櫻見女入って一番の高揚感に包まれて、俺が『男』という事を忘れてしまったくらいに楽しかった。
「さようなら、名胡桃さん――」
俺も商店街を背に向けて家に帰っていった。