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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第四章 厩橋深緑
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47話 厩橋家、奏芽が『男』と知る

 秋空市で降りる駅に辿り着くとこの時間に降りるのが知ってたかのように深緑のお母さんが車で待っていた。普段は深緑一人で所持しているスクーターで向かっているらしいけど、二人ともなるとそうも行かないので初めて来た以後は車で迎えに来てくれた。


「お帰りなぁ深緑、奏芽ちゃん。……うん、聞きたい事は車の中で聞くわ」


 聞きたいことって一つしか無いだろう。

 後部座席に深緑と二人で座り、深緑のお母さんはドライブレンジに入れて出発する。

 一息つく間も無く赤信号に引っかかり深緑のお母さんとルームミラー越しで目が合う。


「ほんで……うーん、わるぅなぁ。オツムこんがらがってるわ」

「深緑から全部聞きました。マフラー下の傷の事とか」

「そないか。んでもな、傷どこやったん?」


 その質問の回答がとても言いづらい。

 頭の中で言葉を考えて、言い出そうと思っても一言も口から出ない。


「魔法」


 深緑が口を開き魔法と言った。


「ほーん、奏芽ちゃんは天才外科医やったんか……ってならへんわ。なんや魔法て」


 そうですよね……。流石関西人はノリツッコミが早い。


「えっと……まぁ、ジジツはジジツなんだけどネ……」


 青信号に変わって、エンジンの音にかき消されるように小さく言葉にする。結局は質問に答えられず、時間が経つ。深緑のお母さんは真顔で運転をして、俺は腕を組んでどうしようかと考える。事前に深緑にはマフラーで隠しておくように言っておくべきだった。

 次に口を開くのは何時なのかと思いつつ頭の中で単語を連語にしていく。


「あの――」

「YK、『男』だった」


 俺が喋ろうと思ったら、深緑が俺にとって衝撃に言葉を発し、俺の口が止まってしまった。

 まさか『男』だったなんて言うと思っていなかった。


「ははん、深緑うそやろ。どう見たって『女』の子やん」


 ううん、と深緑は顔を横に振る。

 まぁ冗談に見えるけど、深緑は嘘を付いた事がない。隠している事は多いけど言えない部分はしっかりと言えないといい、質問には嘘をつかないで答える。だからさっきの魔法といい『男』といい、これも嘘を付いてない。深緑のお母さんは動揺をしていないけど、これに俺は揺さぶられる。


「何を言ってるの深緑――冗談なんて言うもんじゃないよ…………?」


 違和感、上半身がキツい。オレンジのヘアクリッピの位置がおかしい。そして声が途中で変わった。これを意味するのは『男』になっていたということ。あー、と発してみても『女』では出せない低い声が出ていた。


「あ……わ……」


 深緑が手に持っていたのは俺のスマホ……電源を付けて電話の発信履歴から〈ヤサニク〉に発信しており、これは事実だと深緑のお母さんに分からせた。しかし深緑のお母さんは運転に集中しておりこちらにはまだ気付いていない。この間に深緑から一時的にスマホを取り返そうと手を伸ばすが、直ぐに隠されてしまった。隠す場所を知っているから深緑のブラジャーのホックに手をやるけど、そこには無く俺の知らない場所に隠してしまったようだ。こうなるとますます焦る。ルームミラーに映らないように身を縮こまらせ、深緑のあちこちを触る。けども見つからず――


「……うそやろっ⁉ 奏芽ちゃん本当に『男』やったんかっ⁉」

「ああああぁ――」


 俺にとって最悪の事態が起きてしまった。ほぼ門外不出、天使に授けられた特殊能力がバレた。しかも櫻見女に通うクラスメイトとかじゃなくて深緑の身内。これは――非常にヤバい。


「深緑ぅ……他の人にはバラさないでって言ったじゃん……」

「YK言った、学校の人にはバラさないでね、って」


 ごちゃごちゃだった昨日を思い返す。そしてポンと一つの文章が出る。「学校の人には……バラさないでね?」前回の八十六個目のカギカッコ、五.七七五文字目に言っていた。確かに俺はそう言ったけど生真面目過ぎる深緑だからこそ俺はもっと言うべきだった。というか範囲的に「他の人にはバラさないでね」と言うべきだったか。まさか的確な範囲で深緑の身内にはバラすとは……。


「ま、魔法やん。本当に――魔法やん」

「うわああぁ――」


 深緑のお母さんは驚くけど、俺は顔を両手で隠して見られないようにする。


「わ、わたし違いますから。誤解です」

「そんな『女』言葉使うたって目の前で起きた事を受けなアカンやん」

「せ、せやな」

「奏芽ちゃんまで関西弁使う事ないやないか、もう」


 動揺に動揺を重ねると、乱心してくる。

 しかもこれに不思議なのが、もう深緑のお母さんがこの状況に慣れてきているという寛容さ、子も寛容だったら親も寛容か。どうもこうも家族っていうのは似るのが多い。


「深緑の傷も治してくれたんか。ほんま世の中何があるか分からんわぁ」

「本当……そうですよ」


 俺だってニカエルに会うまで世の中は理不尽で成り立ち平凡だと思っていたよ。


 家に到着して車から出る際は流石にスカートを履いた『男』は変人騒ぎになるので再び『女』に戻る。今はこの状態が相応しい、厩橋家に入る時は。というのも、まだこの車という場でしか『男』としてバレてないから好都合なのと、これ以上『男』としてバレていたら最悪な事態になりかねない。


「ほれ、上がりや奏芽"くん"」

「は、はぁ――」


 流石に大人の扱いになると奏芽くんになる。くん付けはあまりして欲しくはないのだけど神指さんがこういう風に言ってから許容はするようになった。別に社会人になればくん付けも普通になってくるのだから今の内に慣れておけばいいもの。そういう許容だ。……出来ればちゃん付けが好ましい。


「あ、お帰り深緑お姉ちゃん、お母さん」


 リビングに入っていくと最新のゲーム機を大画面の液晶テレビで遊ぶ翠ちゃんの姿があった。そろそろ俺の家にも新しいゲーム機の一個や二個は揃えておかないとニカエルが駄々をこねそうだから買っておかないとな……そういう天使のお世話も今はしなくていいのだけど。


「ただいま……奏芽ちゃん『男』やったんよ」

「お母さん本当に冗談好きなんだからー! どう見たって唯川さんは……⁉」


 …………?


「あっ」

「えっ」


 油断していると深緑がスマホを手に持って〈ヤサニク〉に発信している。

 ついに厩橋家三人目にもバレた。


「うわー! お姉ちゃん知ってたの……!」

「んっ」


 深緑は頷く。

 トントンと気前良く『男』とバレるのも自分は凄い嫌悪。深緑はバレるというデメリットを知らないからスマホを持って着々と〈ヤサニク〉に発信してるけども、俺の顔を見て青ざめているのをご存知でしょうか……?


「深緑っ! ちょっと部屋まで!」

「唯川さん……へ、変な事しないでね……?」

「違う! 絶対にお姉ちゃんには変な事しないから! ねっ!」

「う、うん……」


 不信任感もこうなったら出てくるだろうな……。

 深緑の手をとり階段を昇って深緑の部屋まで連れて行く。バタンと強めに閉めてベッドに座らせ、深緑の肩を掴む。眉間にしわを寄せて声のトーンをマジにさせて怒る。


「深緑ダメだろ! そんなポンポンと電話して!」

「…………」


 ボーっとしてこちらを見ているけど、これが反省しているのかしてないのかさっぱり分からない。深緑の両頬を片手で押し潰してムニュっと唇を尖らせてみる。


「んー、んー」


 パタパタと少しもがく深緑。


「……ぷっ、あっはは――。……そうじゃなくて、分かった?」


 コクコクといつもより深緑は頷く。


「しっかり言っておくけど、他の人にはバラしちゃ駄目だからね?」

「んっ」


 これでようやく一時的には落ち着いたか。今この厩橋家で『男』というワードを聞くだけで体が硬直しそうだ。とりあえず〈ヤサニク〉に発信して『女』を取り戻す。来学期まで『男』というのをバラさなくていいのに――何度も覚悟を決めておかなくちゃならないのはおかしいと思う。


「深緑ー、奏芽ちゃん。もう用済んだん? それともまだエッチな事でお取り込み中かいな?」

「もう大丈夫ですよー」


 別に意味深な用では無いから直ぐにお招き出来る。


「ギシギシ音鳴っとったから焦ったわ」

「結構響くんですね……それで?」

「いんや別に? 夕飯まで時間あるから先にお風呂入っといでっていうだけや」

「はい、分かりました」


 そしてバタンと扉が閉められる。随分ニヤケ顔で入ってきたから本当に意味深な出来事があったと思ってるらしいけど全くそんな事はない。というかそんな事があったら大問題だ。


「はい、じゃあ先入って」

「一緒に――」

「本当に疑われるから駄目」

「…………」


 そんなケチな雰囲気出されたって深緑が悪い事をしたからこういう事態になったし、そもそも大人になって一緒に入るなんて事は滅多なんだぞ。……特に友達の家で一緒に入るなんて、しかも俺は『男』とバレてるし。


 ギュッ――


「あ、体に抱き付いても行かないもんは行かないからね」


 健気な行動を起こされたって今回は嫌というほど深緑の命令には聞かない。


「反省する、だから今日は」

「深緑の家だったら良いよ。でも実家は駄目」


 ……と言ったものの深緑は結局離れる事は無かった。

 『男』とバラしてからの深緑は行動に甘みが出ていて、普段よりボディタッチが多くなっている。そんなに俺が好きと言わんばかりにね。結局この止まった行動は夕飯まで続き、お風呂には入れなかった。


 ――そして食事中、厩橋家の視線が熱い。それはそうだ、深緑の部屋で見つかったのが俺に抱き付いた深緑で、また翠ちゃんと深緑のお母さんに不信任感というか、彼氏として出迎えられている感じになっているのだ。この場では『女』の状態なのにどうしてこうなるのやらか。


「あ、気にせんといてええよ。――エラい不思議な事やなぁって」

「あ、翠の事も気にしないでね。――凄い好かれてるなって」

「……だいぶ気にしてるじゃん」


 これはキツい。だってそうだ、こんな状態が食事中ずっと続いたら誰だって頭が痛くなる。深緑はパクパクとマフラーが無くなって軽くなった口でミートボールを食している。一口大のミートボールも細かく刻まないで良かったな深緑。しかも外でも人目を気にせずに食べれるのだからまた嬉しいだろうな。


「そういえばさっき、包丁でちょっと切ってしもうたんよー。治して貰える?」

「お母さん……そんな簡単じゃないんですよ」


 深緑のお母さんは指先の先ほど切ったのか? 分からない傷を見せる。けど気にならない範囲の物だし、直ぐに治りそうだ。

 勘違いしているようだが、俺が『女』になれるのは俺の能力ではない。ここでは言えぬ彼女の能力を貸してもらってこうして生活しているのだ。――それと、もし彼女に力を借りようとすればまた俺の体を借りて凄い痛い事が起きるから嫌だ。あれは深緑にしか使えない。

 この気まずい空気を脱出すべくひつに盛られたご飯を何杯か食べて、「ごちそうさまですっ」と直ぐに椅子から立ち上がりキッチンの水回りに置いてある水桶に茶碗を落とす。


「奏芽ちゃん……後でな?」

「また……ですか?」


 ニッコリと笑う。

 また人妻との密談……いや、そんな事を言ってはならないか。

 勿論、俺はまだ良い事なのか悪い事なのか分からないけども、また深緑の事に関しての話なんだろうけど俺はまた魔法とか冗談なんだら抜きに真面目にその話を聞くとする。




          ※  ※  ※  ※




 寝た振りをして一時間程、ゆっくりと深緑の部屋を出て廊下に出る。リビングの明かりを確認したのちドアを開ける。ドアの軋みが廊下に響くが、流石に深緑の部屋まではこの音は到達しないだろうと思いここは大きく開く。そしてデザートを用意して深緑のお母さんはいつもの席で待機していた。


「いつも悪いなぁ。奏芽ちゃん」

「いいえ、深緑の事だったらいつでも」


 ……机の上にある物を確認してみると、デザートのプリンの他に長形五号の封筒もある。プリンはちゃんとお店で見るような器に入っており、他にさくらんぼやクリームでデコレーションされている。――デザートはいつもお母さんと話す時に何かしら置いてはあるのだが、一つ違っているのが、封筒が置いてあること。


「ま、座りや」

「はい」


 とりあえず座る。

 スプーンを手に取ろうとした時にまずはお母さんの手元に置いてある封筒が俺の視線に入るように出される。


「まずはお礼や、色々オトンと話し合ったんやけど……他に何すればええのか分からくてなぁ」

「…………」


 手渡された封筒の中を確認してみる……俺は封筒、そして手にとった厚みで学生にとっては少し嫌な予感があった。一寸程の厚み……中を確認してみると紙幣ががっしりと入っていた。十万……いや、それを超える額が中に入っているのだろう。


「……お返しします」


 封筒の封を閉じて深緑のお母さんの前に出す。


「いや、受け取ってもらなウチらが困るんよ、奏芽"さん"」

「まず、お金が掛かるような事はしてませんし、これはわたしの善意でやった事です」

「でもなぁ……」


 うーん、と深緑のお母さんは腕を組んで悩んでいる。

 どんな事があれども人からお金を貰う事はない。


「……奏芽ちゃんが言うなら、そう……するわ」

「是非、そうして貰えると有り難いです」


 深く頭を下げて、スプーンを手に取る。

 しかし深緑のお母さんはやはりさっきの行動に不満があるようでまだ腕を組んだまま。


「……せや、深緑を貰ってや」

「えっ……⁉ いや、お母さん⁉ 流石にそれは……」

「冗談や! 流石にウチの娘をあげるような事は出来へんよ? ただ……」

「その先は聞かないです! ただ……とか何ですか冗談じゃないんですか」


 ニッコリと笑ったままやっぱり腕は組んだままなのだ。

 明らかに何かを考えている。お礼なんて俺はいらないのに。


「まぁ、奏芽ちゃんがそういうんならそれでええんや」

「……そうだ、一つだけ」

「何や⁉」


 なんでお礼だけで食いつきがいいんだ。

 ――そして目が輝いている。


「口止めです、この『男』になるっていうことを厩橋家以外にバラさないでください」

「エラい簡単な口止めやな……それでええんか?」


 はい。と一言放つだけ。

 それだけで俺は十分な安心感が出る。

 そして再び弊害無くここに来れる。


「……それがお礼ならそれでええわ」

「はい、十分ですよ。わたし」


 そして俺もプリンが食い終わる。


「……最近、志苔と接触したん?」

「ん……実は昨日」

「ほんまか?」

「と言ってもわたしだけですけどね」


 あの時は本当に腹が煮えくり返りそう、いや煮えくり返った。


「どないや、相変わらずやろ」

「もう会った時と一緒です」


 はぁ、と深緑のお母さんはため息を付く。


「もう問題児やな。……それで奏芽ちゃんは何か考えておるんか?」

「いや何も……ごめんなさい。考えてはいるんですけど、纏まらないんです」


 月曜日が始まってから何度も思索しているが、残念ながら完全な作は出来上がっていない。反社会的な事などをしたら深緑の喜ぶ顔が浮かばないのもあって、考えがどんどん浅い方にいったり重い方に行ったりする。


「最悪、奏芽ちゃんがおる所……夏風町に行きたいんやけどな。翠がな……」

「中学校に通ってるんでしたよね? そうなると友達の問題ですか」


 そうや、と小さく呟く。母には母なりの悩みがあるようだ。


「せっかく深緑の傷を直してもらったんに、また傷付けられるってなるとな……」

「わたしにとってもキツいです」


 ……傷の事、深緑の要素。

 全部カチカチとパズルのピースみたいに打ちはまっていく。もしこれが志苔の動揺に繋がり、何かキッカケになれば二度と深緑に近づく事が無いんじゃないかと気付いた。

 口を開こうと思った矢先に扉が開く。


「ずるい」

「深緑」


 ドアを半開きにして顔を覗かせる。

 ずるいと言ったのは恐らく俺のテーブル前に置いてあるプリンの器を見て言ったのだろう。しかしこの深緑の登場が丁度良かった。何故なら志苔に対する工作が出来たからだ。それには深緑の補助、いや深緑自身が決着付けるような形になるからだ。要するに俺はその考えを深緑と深緑のお母さんに言うだけ。


「深緑、お母さん。志苔の事、何とかなるかもしれません」


 俺は考えを全部吐くように言う。

 何度か深緑が驚くような事もあったが、そこも頷いてくれた。

 ――また深緑が痛い目に合うかもしれない、とも言ったがそこはちゃんと俺が後で傷を治すとも言ったので許容してくれた。


「ほんまに大丈夫か?」

「――YK」


「成功するとも言えませんけど、志苔にとって脅威になるとは思います……」


 自信は無いけど、実行してみる気にはなった。

 時間は深緑が志苔を電話で呼び出して、来てから作戦開始。

 ――決着はもう少し。

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