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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第四章 厩橋深緑
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46話 月曜日の『女』

 朝五時――


「…………」


 即席で用意されて寝床にしていた布団から離れて、深緑のベッドの上にいた。しかも片手は恋人繋ぎしている。完全に天使の悪戯でこういう事が起きていると把握した。俺のスマホの電源はニカエルが入った後に消しておくべきだったな。

 珍しく深緑は寝ている。昨日は色々な事があったし俺も山々な所があるけど、学校に通うという運命は変わっていない。どれ、自分は深緑の代わりに朝食を作るとしようかな。いざ手を解こうとすると、これが解けない。……やっぱり起こす事にしよう。一人じゃどうしようも出来ない。


「深緑、起きて。朝」

「…………」


 パチっと目を開いてするりと手が抜ける。

 俺と手を繋いでいる事より、顔に手をやって傷を気にする。深緑にとっては昨日は夢のような出来事であるからだろう。医者でも処置が不可能だった刃物の凹み傷が一晩で無くなってしまい、同時に今隣にいる『女』の子と思っていた人が『男』だったのだから。


「無い」

「うん」

「――嬉しい」

「そうだな」


 嬉しいと言われるのが俺にとっても嬉しい。

 こうして朝の挨拶が終わった所で、性転換して元に戻る。俺は一日『男』に戻れただけで十分だ。深緑は一生の十分を持ったけど、俺はこれで大丈夫。


「ふぅ……平日は落ち着く」


 その場で軽く飛んだり、腕を左右に動かして体をほぐす。

 別に一日二日で『女』を止めた訳じゃないのだけど、『男』の調子と『女』の調子は結構変わる物だからこうして身体を調整しないと何かがおかしくなりそうになる。――別に股間部が変わるだけで他は対して変わらないのだけど……胸辺りは良いのが欲しかった。


「……あ、そうだ。スマホ」

「――いいの」


 深緑は俺のスマホを受け取るのを拒否している。特にこの後もスマホがあった所で使う事が無いし、もう暫くニカエルもこの中に封印しておきたい。なんか……うるさいし。ニカエルが起きあがって来る前に電源を切った。


「はい、約束は最後まで守らないとね」

「でも、ニカエル」


「ぁー、ぁぃっのコトはベツにぃぃょ」小声で言う。大した事無さそうだし、そこは深緑が気にする事ではない。この深緑との生活上で絶対に邪魔になるから。

 そんな趣旨は言えなかったが、深緑はスマホを受け取った。こちらに渡してくれれば〈契約の結界〉を発動せずに済むのだけど、最初の約束ぐらい守らないと俺としてしょうもない『男』になりそうだからね。


「――着替え」

「いや深緑自身でやらないと。わたし『男』って分かっちゃったでしょ」


 深緑は顔を横に振る。


「関係ない、YKはYK」

「よもや性別まで無視にするか」


 深緑という『女』は凄いのかもしれない。『男』と知ってもこうして普通に喋り、着替えも任され今まで風呂や何かとプライベートな所まで見られた事さえも口に出さない。――俺が気にしすぎという面もあるだろうけど、それでも深緑は恥ずかしがらない。


「……にしても、朝食の量が多くない?」

「んっ、いっぱい食べて」


 完全に『男』の量増しだ。身体色々変わるから俺の『女』状態じゃいっぱいは食べられない。分数で言うと『男』の状態より三分の一食べる量が少ないだろう。


「うっ……」


 そして美味しくない。

 深緑、この量を食べるのは無理です……。




          ※  ※  ※  ※




 朝からクラスメイトがうるさい。


「厩橋さん顔キレー、何かやってるの?」

「厩橋さんの顔ちゃんと見たこと無かったー」

「どうしてマフラーしてたの?」

「いいなぁ」


「…………」


 深緑がちゃんと口まではっきり出しているのは初、だから深緑を知っているクラスメイトがざわざわしているのだ。でも顔を出しただけで四方八方にクラスメイトに囲まれて人気者になってしまうとは深緑も思わなかったのだろう。相変わらず深緑は無口だけども、椅子に座って恥ずかしそうに俯いていた。


 ギュッ――


 常時マフラーは首に付けていたから広げて口元を隠す。


「あーんもう、ちゃんと出してよー!」


 四方八方の一人に入っている朱音が深緑のマフラーを強制的に首に下げる。


「あっ……こらッ……」


 流石に傍観してられず、朱音に近づく。

 そんな暴力的に深緑のマフラーを触る行為は俺の癪にも触った。


「駄目だろ朱音! 深緑も困ってるから解散解散!」

「うぇー……」


 ざわざわとしていた四方八方が席に戻っていく。別に"四方八方"という名前達ではないけど俺からしたらそれしか言えなかった。朝からこのクラスはうるさすぎるんだ、寝れないし迷惑してる。


「もしかして……付き合ってる?」「ねー、ぽいね」「ガールズラブも最近多いからそういうのもアリかもー」「オレの嫁! みたいな」「最近どころか数ヶ月前から一緒に帰る姿多いしね」「ゆり~?」

「なッ……⁉ ちがっ……」


 どうしてそういう方向性にコイツらは持っていくんだ……。


「カナちゃん深緑ラブ?」

「お前もそういう風に持っていくな!」

「あいたぁ~! いつもの二倍っ!」


 流石にチョップではなくグーで頭をいった。殴られる理由を作ったのは朱音であって、俺に罪はない。そもそも俺と深緑のカップリングにしたって、俺を『男』として知っている人達は"百合"として認識はしていないだろう。恐ろしい視線が一つ見えているから。


「じっー、じっー、じっー……」

「神指さん……」


 真面目に傍観者をしていた神指さんも俺の傍に寄った……訳ではなく深緑の傍に寄り、両肩をガシッと両手で掴む。その反動が強くやってきたのか深緑が大きくビクッと驚く。


「私が深緑さんを持っていきます!」

「はーっ⁉ 神指さん何言ってるの⁉」


 最近になってキャラが崩壊しつつある神指さんはついにお持ち帰り発言をした。別に俺に対して恐ろしい視線を送っていたのではなく、深緑の顔が全面明らかになったからその可愛さか美しさに見蕩れていたのだろう。


「まだ朝ですから深緑さんを持ち帰って帰ってくれば間に合います!」

「無理だから! 色んな意味で!」


 神指さんだったら〈契約の結界〉さえも越えて持ち帰りそうだから怖い。


「――YK、DA、KA、解散」

「「「あっ……はい……」」」


 俺、朱音、神指さん。この三人は深緑の解散の一言により自分の机に帰っていった。他より余計にうろつかれた事がウザかったのだろう……。その後の深緑はギュッとマフラーで固く締め、隠す。そのマフラーしておいて良かったな、深緑。


「カナちゃんは知ってたの? 深緑ちゃんの顔」

「俺も昨日までは知らなかったよ。ずっと隠してたし……でも気が変わったみたい」


 勿論これは嘘。ニカエルの魔法と俺の体で治してあげた。と言いたかったが、同時に傷の事を教えてしまうのと同様の話になってしまうので深緑の名誉を守るために口を止める。


「何か言ったの?」

「それは――」


 鋭く痛い受け。答えが出ない。


「それは言えない。ですよね? 奏芽さん」

「ん……うん、言えない」


 俺の横から聞こえたのは名胡桃さんの声だった。

 聞いていたのであろう名胡桃さんが横から良いアシストを受けて朱音も納得する。


「まぁ色々あったって事で、あたしは聞かなーい」


 ふぅ……細い息を吐く。一方で名胡桃さんの方を見てみるとニコッと笑い鎖骨をサッと触り席に戻る。――癖が出てました、か。色々と名胡桃さんには助けて貰っているけど、俺もいくつか恩返しをしなくてはならないな。


「おはようございま~す」


 たふたふと"きゅうじゅうご"を揺らして、みちる先生が教室に入ってくる。


「お知らせで~す、運転免許証を持っている生徒は提出してくださ~い」

「…………」


 シーンとなる。


「え、えっと……提出してくださ~い」

「先生! 趣旨を教えてください!」


 俺はつい手を上げながら立ち上がり、趣旨を求める。という自身は持っている訳ではないのだけど、深緑が原付の運転免許証を持っているからそれを守る為に立ち上がってしまったのだ。


「ご、ごめんなさいっ! えっと……今年度、と言っても既に学期末ですけど運転免許証の取得が在学中にも可能と校則改正しました。別に悪どい事を言ってる訳じゃないので、コピーを取らせてお昼に返します~」


 教室がざわめく。校則なんて滅多に改正される訳じゃないし、むしろプラスになるような改正。だけど、ここで提出するという事は「校則を破って免許をとってました」という痛い証明にもなってしまう。――そして俺が知っている限り、免許証を持っているのは深緑ただ一人。

 ――熱いプレッシャー。今は提出せずに後から提出しても良いと思う。そう深緑に視線を送ってみるが、後ろからそんな視線を送っても気付かれる訳も無く。深緑の動向を見るしか無かった。


「…………」

「あっ……」


 深緑はカバンから財布を取り出して、その中から免許証を取り出して立ち上がる。

 また意外。教室がざわざわ。もう何度目のざわつきなのかも分からないが、そのプレッシャーに耐えて先生の前に出る。そして免許証を置いて早足で自分の席に戻った。


「はい、厩橋さん他にいませんか? 先生は怒りません」


 そうみちる先生は促すが、他にはいなかった。


「……知ってた?」


 朱音がまた問いてくる。


「はいはい」


 適当に受け流す。そんなに深緑の事が気になるなら深緑に問いてみろよ。

 まぁ色々とミステリアスな『女』の子だから、謎深しい事は親しい人に聞きたくなるわな。……特に俺ばかりに質問がやってくる。……気付いてみれば、俺も一部ミステリアスな『女』の子に入るか。各々の共通の秘密というのは少し嬉しいかもしれないな。




          ※  ※  ※  ※




 勿論、学校での深緑は何から何まで変化したわけじゃなく、クラスメイト全員が帰るまで深緑は居残る。最終電車で帰宅する会社員みたいだ、異妙な気分になるらしいな……終電って。


「……まぁ、そういう訳で」


 俺と深緑以外にも最後まで居残る彼女も居る。今日もこうしてベランダで二人で下校する生徒たちを眺めて話をしている。

 名胡桃茉白。俺の相談役として買っている。とても親近感の沸く彼女にはもう何度相談しているのか……でも会話疲れする気配も無く今までの経緯を名胡桃さんに話した。というかこれはもう相談というより会話になっている。


「ふふ。大変ですね」

「大変……かな?」


「大変ですよ」そう名胡桃さんが言うのだから俺がやっている事は大変なのだろう。

 そしてもう一つ、会話じゃなく相談をしてみる。


「わたしのお母さんが言ってたんだけどさ。"一人になる辛さ"ってなんだろう?」

「"一人になる辛さ"……ですか」


 流石に流暢に言葉が出ず詰まる。

 お母さんが出したこの難題には名胡桃さんも頭を抱える。

 これは相談する事ではない、けども考えもつかない俺は結局この難題に答えが見つからず人に尋ねるしかなかった。その尋ねる人が名胡桃さん……なのも少しおかしいけど、一つのヒントを貰えればいいと思って話をしてみた――


「もう、答えは出てるんじゃないんですか?」

「え?」


 クイックイッと袖を引っ張られ教室の方に顔を向けてみると深緑が「帰ろう」とカバンを持ち、ダッフルコートを着て近づいていた。深い答えはまた今度にして、今日は秋空市に帰ることにしよう。


「……それじゃまたね」

「また明日、奏芽さん」


 教室への窓を開き、自分のカバンを持つ。

 名胡桃さんは手を振って見送る。少し寂しそうな顔をする名胡桃さん……二年生になっても一緒だろうか? もう一年生の期間も残り僅かになって、暫く名胡桃さんと一緒に下校を過ごしていない。もっと言えば朱音とも一緒に登下校を過ごしていないし、はたまた商店街の皆とも会っていないし。――もしかしてこれが"一人になる辛さ"というもの? いや、少しお母さんが言った事とは違うかもしれない。


「YK、NMといつも話してる」

「うん……あれ?」


 もしかして嫉妬してる?

 珍しく顔が少し膨らんでいる。


「――これからも名胡桃さんとは喋るし、ちょっと深緑と喋るのは少なくなるかなぁ」

「…………」


 少し悪戯げに言葉を濁してみたけど、これが効果覿面でもっと体を寄せてきて、手を掴んでくる。

 これでは付き合ってるとも間違われるのも勿論になってしまうな。


「駄目、深緑はYK、好きだから」

「あららー……」


 再び言われると困ってしまう。

 これがまた電車に乗っても手を繋いだまま隙間無く近づいて来るのだから。


「深緑、そんなに体を密着させなくても――」

「…………」


 そう言っても猫がねずみを角に追いやるような勢いでまた体をくっつけてくる。

 そんなに変わってないとは言ったけれども、俺の前ではだいぶ変わってるな深緑。


「撫でて」

「はいはい……深緑、さっき言った言葉嘘だから」

「――本当?」

「お……本当」


 今までビー玉くらい膨らませていた顔を元に戻す。マフラーが無いだけ表情が少し見やすくなったのがいい。今まで無表情ばかりだったが、些細な動きさえ表情として見えてくる。――些細な動きだから、そんな大きく深緑の表情が変わる事は無いけども……ね。

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