43話 『女』の夏風町案内(本人コンワク)
まさかの出会いもあったが、新発田さんと分かれる。しかし凄い名前だな……なんて言ってられないか。名字なんていくらでも探せば凄いのが見つかるし、一目じゃ分からない物も多い。
「……書けない」
スマホを持ち合わせてないから手の平を手書きメモ帳に見立てて皆の名前を書こうとするが、”なぐるみ”さんも”すのまた”さんも”まやばし”も書けない。親しい堂ノ庭と神指はまだ書ける。そして俺の学力の無さが滲み出る。数学も出来なければ英語も出来ない。挙げ句の果てに国語もか……よく櫻見女に入学出来たな俺……いや、わたし。
さて、まだまだ北側の夏風町を歩く。所々に顕在している地図版を見つつ歩く。目標になるような物は無いものの、こちら南側には無い活気がある。住宅街と商店街と駅があるこちらより、スーパーとデパートがある都市的な町が好きなのか町民は。
「深緑はざわざわしてる所と、静かな所どっちがすき?」
「――静か」
やっぱり性格に合って静かな方が好きか。
……うん、ここから移動して寒くてもいいから南側に移動するほうがいい、そう判断した。
「商店街はいいぞ。深緑」
「…………」
ノーリアクション。こういう時だけコーラを飲ませて関西弁で突っ込んで欲しい所である。まぁボケ担当じゃない俺にこういうネタはつまらない、か。久々に朱音に幼馴染みチョップがしたい……ツッコミはボケがいないと成り立たない。
……むしろ、深緑にチョップを伝授すればいいのか?
「んー、ぺーっん! って四十五度の角度で叩くんだよ、深緑」
「こう」
ぺーっん――?
「そう、そんな感じ……」
まさか深緑が頭に衝撃が乗らない程に優しく”ぺーっん”という感じで頭を叩くなんて。ノリがいい深緑はちょっといい。
「出来た」
「出来たね……よしよし」
深緑の頭を撫でる。
深緑の周りに明るい雰囲気が出た。歩くのがつまらなかったか、いい雰囲気作りにはなったみたいだ。――地味な技なのにこんな事で喜ぶ深緑もどうなのか。
「ぺーっん」
俺の放った擬音が気に入ったのか、蚊にしか聞こえなさそうな声で口ずさむ深緑がここにいた。
「……あの、使ってもいいよ」
「ほんと」
やっぱり気に入ってるじゃねぇか。しかしこの擬音の使い道はどこにあるのだろう。南側に移動しつつ考えてみる。……考えてみるほど少し笑いが出てしまう。なんだかね。――哲学を感じる。
「ぺーっん」
……発言の扱いやすさが好みなんだろうか。でもこれは可愛さを感じるので問題はなさそうだ、雑音にまみれすぎて耳を澄まさないと聞こえないのが難点、だけどさっきよりは声量高め。恥ずかしいのだろう。
「ぺーっん」
「んん……」
発言数がこれで急に多くなるのもそれはそれで嬉しいのか? 深緑の声はかなり貴重なのにこれでは貴重さが無くなってしまう。言うべきじゃなかった「ぺーっん」。
※ ※ ※ ※
ようやく戻ってきた商店街。北側には町には似合わぬ屋敷とか、池が付いた公園とか神指さんのではない神社とか俺にとっても関係無しな場所だったからスルー。やはり駅前と海街と商店街で一日を過ごすのに上等な場所と分かった。騒がしいのは夏風町には似合わない。
「こっちだったら案内できるけど、どうしたい?」
商店街前の地図板で棒立ち。
ここで見ても仕方がないが、深緑が何を言っても案内が出来るほどの自信は持っている。最愛の町、夏風町の細い道から太い道まで、言われれば案内出来る。
「また来た」
「また? ……お」
また、と言われて「やれやれ朱音か」と思っていたけど、名胡桃さんだったか。
自分は慣れてしまったが深緑はまたもや俺の後ろに隠れてしまう。
「どうも、名胡桃さん」
「こんにちは奏芽さんと、厩橋さん」
厩橋さんと言われて少しは顔を出す。
「こちらに来てたんですね、奏芽さん」
「うん、今日は深緑も一緒に」
一時の沈黙。
三人での会話のはずなのに、名胡桃さんと俺だけの会話のキャッチボールをしている。深緑の立場は監督か審判のどちらかになっていて、こちらには参加せず俺の後ろに隠れっぱなしだ。恥ずかしがり屋にも程がある。
「宜しければ私も一緒に行きますけど――」
「だって、深緑」
そう名胡桃さんが言っても深緑は固まったままだ。
「…………」
「無理そうかな、ごめん名胡桃さん」
「次の機会にします、それじゃ厩橋さん」軽く手を振って商店街の書店に入って行ってしまった。名胡桃さんも本当に本が好きな人だな。――今日は手に本を持っていた。俺との会話も少なくなってるし、また読書をする時間が増えているのだろうか。別れる時も少し寂しそうな顔もしていたし、櫻見女では休み時間にでも多く話すようにしなければ。
「決まった」
「何処行く?」
指を指したのは青い部分。
「海……マジ?」
「まじ」
マジか――。
冬の海は入らなくても傍にいるだけで寒いぞ深緑。でもそう言っても深緑は海まで行ったこと無さそうだし、今にでも体験しておくべきか。俺は反対しなかった。
俺達も商店街を通り抜けて、踏切を越えて行けば近道だ。もっと暖かい場所に行きたかったけど、残念な事に商店街のカフェ以外に場所が無い。後はケーキ屋さんくらいか。内容が少ない町で申し訳ないと今思った。
「秋空市にはない、不思議」
「不思議か」
不思議に思ったことがないけど、深緑にとって夏風町は不思議に思うようだ。
「何処が不思議に思う?」
「――暖かい場所」
冬で今は寒いんだけど。
「そう?」
「んっ」
深緑は頷く。
俺は思ってた事はこの冬の寒さのことでは無く、心の暖かさの事を行ったのだろうか? 商店街の人達を見て深緑はそう言ったのだろう。普段から俺は商店街の人達とよく接して話しているから日常的に感じていて気が付かなかったが、確かに冬の寒さに負けずここは暖かいな。深緑といると気付かない事に気づく事もある、いずれか秋空市でもこう思う時が来た時は深緑に言ってやろう。「暖かい場所」って。
「手」
深緑は手を差し伸べてくる。
俺はそれを掴む。
「わっ冷たっ。どうして手袋しなかったの」
「YKの手、暖かい」
面と言葉数が足りない深緑に言われると少し恥ずかしい。――表向きはそう言うけど、俺が電車の中でうたた寝とか油断している時に時折自然に手を掴んでくる事を俺は知っている。深緑にとって俺の手は暖かいのだろう。だから最近の深緑はどんなに寒くても手袋をしない時が多い。頼りにされている?
「恥ずかしいな……手繋ぐの」
「『女』の子同士、どうして」
「……そうだったね」
「んっ」
深緑は頷く、けども違和感のある会話をしてしまった。
変に『男』として意識してしまうシーンだったからつい言葉に出してしまった。手を繋ぐ事などと中学生になってから滅多な事で、それも『女』の子である深緑とつい一ヶ月前に会話をしてこうな関係までになってしまっている俺。
深緑の手を掴んでいる手を緩めると深緑は離さないように掴みに掛かってくる。これでは離そうにしても離せない状態になってしまった。俺から掴みにいったのは確かだけど今は『男』として長く手を繋いでいるのが恥ずかしくなってくる――。
「カフェオレ、飲む?」
「いらない」
離れようとした結果なのだが、俺の手の暖かさが気に入ってしまったようだ。俺が放った言葉、とった行動全てが深緑のお気に入りになってしまう。
「ほら、何か甘い物食べない?」
「いらない」
俺の限界が来て何回も手を離せるような物を持たせるように促すが、やっぱり離れてくれなかった。『女』として友達として手を繋ぐのか、『男』……異性同士として考え自身を辱め続けるのか。徐々に『女』に飲み込まれつつある俺に不安が積もってくる。
深緑を騙している、『男』でごめん。俺は『女』の子で産まれるべきだったかもしれない。そうだったら俺は誰も騙す事なく隠す事なく櫻見女に通えたかもしれない。
※ ※ ※ ※
潮風で波飛沫が飛んできて深緑の頭と顔にぴしゃぴしゃと降り掛かり、自分自身もその被害にあったので海浜に来て間もなく家に帰った。
「だから言ったのに……」
「ごめん」
洗面所でタオルで深緑の頭を鷹の足みたく指を立てて全体をよく拭く。
「もうお風呂入っちゃって、わたしは後で入るから」
「んっ」
深緑を一人残してリビングに入ってソファに腰掛ける。
顔を上げて天井を見ていたらスッと太腿に何かが乗っかり丸まる。見てみるとニャコだ、フォルムが猫に戻り、俺でも持ち上げられる重量までに戻っている。
「疲れてる?」
夕飯の仕込みをしているお母さんが尋ねてくる。
「うん、疲れてる。面倒すぎる。もう駄目かもしれない」
ここでは深緑には言えない事を平気に放出する。
「大変でしょ? 一人で」
「そうだね、一人になるのは大変。一人がいい。今学期が終わって開放されたい」
包丁で何かを切る音が止まる。
「そういう意味じゃない、奏芽」
「どういう意味?」
体を起こしてしっかりとお母さんを視界に入れる。
眉間のしわを寄せてこっちを見ている。
「そう思って一緒に過ごしてると、ボロ出して傷つけるよ。あの子」
「…………」
「大変って言ったのは、奏芽が一人になる方法や訳じゃなくて、一人で過ごしていくって事。私はあの子の事情知らないけど、一人になる辛さって分かる?」
無言のまま顔を横に振る。
「今までの深緑ちゃんの事思い出してしっかり反省、分かった?」
「…………」
その後のお母さんとの会話は無かった。
ゆっくりと立ち上がって、お母さんを避けるように歩き廊下への扉を開ける。浴室と洗面所の光を確認して階段を上がって自分の部屋へと帰る。馴染んだ回転椅子に座ってまた天井を見る。
「しっかり反省……ねぇ」
椅子を左右に揺らし、さっき言われた事を深く考える。
――考えてみればみるほど"一人になる辛さ"というのを味わった事がない。小中学生の時には朱音が傍にいたし、その後もニカエルが付いて来て……今は深緑だ。俺には常に誰かが傍にいて……誰かに怒られて、誰かになだめられ。……分かんない、分かんなかった。お母さん何が言いたい。それ以上に何が言いたいのだろう。今までの深緑の事を思い出してしっかり反省?
「主人」
この言い方をするのは猫子だけだ。
「……入って」
扉を開けて入ってくると猫子はベッドの方に座り、俺はその方向に椅子を回す。
「どうしたの?」
「左様、主人どうした? 母方に酷く叱られていた」
猫いえども、言葉を喋るようになると厄介になる。
「反省、してます"俺"」
「一人という瞬間か、余は一匹という考えであるが、一匹になる瞬間というのは寂しいものぞ」
「そうか、逃げ出したんだっけな。注射から」
「左様、その一匹になる時の父と母の顔を見てはおらぬ。しかし、今も余を探し回ってるかもしれぬ」
猫子の記憶を言われても、余計にお母さんが言った意が分からなくなってくる。
「それで、何で来た?」
「本当に一人になった時、主人はどうする? それが余の手蔓じゃ」
手蔓……。それを言っただけで部屋を出て行った。
ヒントを貰っても分からなかった。俺は結局誰かに答えを貰わなきゃ分からない人だから答えが見いだせない。
「あぁー、これが一人になる辛さ……なのか?」
やはり分からなかった。本当に一人になった時に俺はどうするのか?
それをひたすら考えてみたが、俺の経験が足りないのだろうな。
ゆっくり椅子を回して扉の方向を見ると深緑が顔半分出して見ていた。何時から風呂を出てそこにいたのだろう。変な所を見られてしまったな、音も無い所で椅子に座って考え事。自分の家で何の不安も無いっていうのに。
「一人、嫌」
「……聞いてた、ね?」
「んっ」
深緑は頷く。
「大変?」
「掃除、料理、買い物、大変」
お母さんが言いたいのは家事の大変さを知れという事なのか?
「他には」
「会話、無し」
確かにそれは一人になった時に一番辛い事かもしれない。しかし、それは本当にお母さんが言いたい事なのかは分からない。結局、一匹と一人に聞いてみても分からなかった。やっぱり俺の経験不足。でも何時か、深緑ともう少し過ごしてみれば分かる事かもしれない。俺の依存的後考。
「今、楽しい、寂しくない」
「うん、ありがとう。じゃお風呂入ってくる」
深緑を俺の部屋に残してお風呂に入りに行く。
入っても結局考える事って一緒だと思うが――
「そう深々と考える事でも無い、か」
少し気を変えてゆっくりと休養を取ることにしよう。




