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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第四章 厩橋深緑
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42話 『女』の夏風町案内(本人分からず)

 冬の夏風町、冬なのに夏風町というツッコミはよして、海が近いから冬は凄く寒い。春になるまで暖房器具は不可欠。東京から上辺り程の寒さでは無いと思うけど、隣で歩いている深緑のダッフルコートとタイツを見てみると同じくらいかもしれないな。――第一東京なんて朱音と一度しか行ったことないし、夏近くに行ったから温度では少し暑かったぐらいの印象しかない。


 しかし、隣に深緑はそんな寒さも気にもせずもろともせずに、ただ平然とスニーカーの全体を地面に押し付けて歩いている。マフラーも揺れる位の風が来ても顔一つ変えない。……ただ防寒をする為にマフラーを付けてる訳じゃないから……それは知っている。何故なら夏でもマフラーを付けていたからだ。ここを歩いて何度も「寒くない?」と深緑に聞いているけど、深緑は「寒くない」と返してくる。それを見て一つ可哀想だと思うのは俺が整えた髪の毛が風でボサボサになる事。少しは自分の格好を気にしてほしいと思う可哀想さだけだ。


 それで、今回夏風町の案内という話だけど、自分は南側ばかり……つまり海街の方ばかりを案内していたが、前述の通り海側は本当に寒い。太平洋側に住んでいる人間たちには分かるが、傍に寄るだけで当たる風が関節に痛く当たり、肌を切ってくる。――という事で、北側を案内する。北の方がまだ暖かいとは天変地異的な話だけど、実際夏風町の話では北の方が暖かい。


「…………」


 暫くの間、何も無い尽くしで深緑との会話が無い。自分にとってはこの無が一番にツラい。そもそも自分から話を振らないと深緑は会話をしてくれないし、今の所会話のタネも無い。夏風町がホームグラウンドなのにタネも掴めないのはどうしてか? それは夏風町の北側など殆ど歩いたことが無いしここ数年何が変わったかも分からないのだ。つまり今の深緑と一緒で初めて同然。案内する者なのにネタも掴めないのは町民としてどうなのか。


「考えてる」

「えっ」


 やっちまった。

 鎖骨触ってた、この子も名胡桃さん同様。いや、リバーシ力の先を読む力で俺の癖を観察していたか。それともまぐれで深緑が言っただけ?


「ご、ごめんね。わたしは普段行かない所だからさ……」

「一緒」


 そうだな……一本取られたか。


「ぉーぃ」


 後ろから小さく声が聞こえた。それを深緑も聞いたか一緒に後ろを振り向く。

 深緑はギュッと腕を掴んで俺の前を隠れてしまう。


「おーい! カナちゃ~ん!」


 手を振って向かってきたのは朱音だった。櫻見女では隣で昼休み他休憩では話をしたりしていたが、こうして土日に会うのは久々だ。


「朱音」

「やっほー……なんか、久々だね」


「まぁな」朱音の前では多少『女』が使っても自然な男言葉を使って会話する。……相変わらず深緑は後ろに隠れたままだけど、姿と形が俺とぴったりだからと言っても流石に朱音も後ろに隠れているのは分かってしまう。


「えーっと、誰……だっけ」

「おいおい……」


 朱音は普段クラスの皆とよく話している割には深緑にはノーマークなのかよ。俺は深緑を自然と無視している朱音にガッカリだ。――まぁ、俺も深緑とは櫻見女で話をしたりしていなかったけども。


「ほら、席中央ぐらいの……」

「…………」


 深緑は隠れたまま固まっている。まだ人に話しかける事は疎か、話しかけられる事にも硬直してしまうか。それもそうか……何せ深緑と朱音とじゃテンションの上がり方、普段も全部天と地ほどの差があるからだ。失礼な例え、朱音が陽とすれば、深緑は陰だ。この陰と陽は混ざりあえない。


「あたし、堂ノ庭朱音。カナちゃん……奏芽の隣の」

「…………」


 少し顔は覗かせるが目が合った途端にまたスッと隠れてしまったようだ。


「あの……ごめん……名前……」


 俺の脇から手を出す。手に持っていたのは櫻見女の学生手帳だ。


「はぁ――」


 やっぱり会話にならないようだ。




          ※  ※  ※  ※




 俺を挟んで二人が歩く。その後の深緑は朱音とは会話もしない。朱音が何かを深緑に話そうとしても深緑は答えてくれないし、逆に話をしようともしない。


「うーーーーーーーん」

「何を考えてるんだ? 朱音」

「あだ名」

「この期に及んで何であだ名を……」


 逆に深緑は何を考えているのか分からない。次の一手を考えているんだろうけど、眉一つ動かさないこの顔で何を察すればいいのか。


「あーっ!」


 俺は朱音が放ったどうでもいいひらめきの声でびっくりする。

 次いで連動して深緑もピクッと体を揺らす。


「まだ住宅街ど真ん中でデカい声出すんじゃない!」

「ごめんごめん! 思いついたから!」


 まだあだ名を考えていたのか。深緑も想定外の事が起きてびっくりしてるんだぞ。読めない『女』朱音。


「マヤロク!」

「…………」


 曇ったような雰囲気を深緑は出した。普段の朱音のあだ名の付け方の大体は名字、もしくは名前に何かを付けてもじる事が多いけど、今回は朱音の初。名字と名前をくっつけてしまった……カナちゃん、シロちん、ザッシーに次いで、また迷あだ名が出来てしまった。


「いい?」

「よくないだろ、見ろこの深緑を」


 曇ったどころか、どよ~んとした雰囲気をかもしだしている。これは機嫌を損ねて、機嫌という折れない物がなかなか折れないからってバールのようなものを持ってきて無理に折ってしまったような雰囲気をだしている。


「……何も、変わってない気がするんだけど」

「ちゃんと変わってるじゃないか!」


 朱音はしかめっ面になるけど……深緑は変わってるじゃないか……変わってる……。


「…………」


 俺が黙ってしまった。何で俺は深緑が変わってると分かったんだ? こうして改めて考えてみると顔には何一つ書いていないし、見た目何も変わっていない。でも深緑は明らかに不機嫌なのが分かる。


「深緑、なんかわたしの友達が変な事言っちゃったし……パフェ食べる?」

「んっ」


 機嫌を損ねたから深緑の好きな食べ物をおごることを言ったら深緑は明るくなった。


「……分かった?」

「分かんない」


 朱音はまた分からなかったらしい。

 ――馬鹿な、深緑は喜んでいる事が分からないのか。いや、長いこと深緑と過ごしてきたから意思疎通出来てしまっているのか? でも顔一つ変える事ないし、また見た目では全く分からない。分からない……分からない……けど、明らかにパフェの話を持ち出したら深緑は喜んでいる。

 遂に二人で悩んでしまった。幼馴染二人で。

 深緑はそれを観照している。


 朱音の行きつけのカフェがあったらしくそこでお昼休憩。

 ようやく住宅街を抜けて街に出たけど、全く分からない場所に出てきてしまった。こっちの方などスーパーがあるぐらいしか分からない。全ての事は海街と商店街で済む。


「スーパーがある通りにこんな栄えてる所があるなんて……」

「カナちゃんも身が低いねー」


 多分、移動範囲が無いと言いたかったらしいけど、これが朱音だから仕方がない。

 一方で――


「パフェ」


 深緑はさっきの約束は忘れてなかったようだ。自分も機嫌を損ねた深緑はずっと見たくないから言い出したものの、どうしてカフェのメニューって割高なんだろうか。これだったらスーパーで買ったほうが安いし、美味しいぞ。八〇〇円でちょこんとしたパフェが出てきて深緑は喜んでいる。


「マヤロクはどうして喋らないの?」

「あのな朱音。誰もが朱音みたいな性格じゃないんだよ……」

「なんかもっと、喋りそうなイメージあったんだけど」

「はぁ――」


 失礼だけど何処をどう見たってそんな風には見えないじゃないか。――まぁ特定の条件を満たせば深緑は関西弁で喋ってくれるけど、俺も一回しか見たことがないし外でそんな状態の深緑をどうやって介護すればいいのやらか。考えもつかない。


「まぁー昔のあたしもこんな感じだったね……」


 朱音ははっきりと顔に出して深緑を見る。……俺と初めて会った頃の朱音は確かにこんな感じだった気がする。何でも「やだーやだー」と誰かにひっついて移動していた朱音。


「懐かしいなぁ……あの時の朱音」

「人って一番慣れない生き物だよね、マヤロク」


 マヤロクと言われた深緑は。


「…………」


 深緑は「マヤロク」と言われる度にず~んと重い雰囲気を出す。

 深緑にとって一番に慣れない生き物と言われれば、朱音かもしれない。「元気すぎるのもよくない」と深緑の片言へんげんが無ければ朱音が居なくなった時に言っているかもしれない。


「朱音、深緑って言ってあげよ」

「うえええ」


 ピンっと深緑の何かが切れて喜んだ雰囲気が見えた。


「あっ、ちょっと見えたかも……」

「マジか」


 朱音にも多少は見えたらしい。その気とやらが……あ、そういうことか。




          ※  ※  ※  ※




 その後、朱音は用があるらしく俺達を置いて住宅街に帰っていってしまった。どうせアイツの用など走るくらいかパルクールの練習をするくらいだろう。俺達には出来ない事だから置いていく事に。


「わたしの友達にまだ話せそうにない?」

「んっ」


 対人間恐怖症はまだあるようだ。スーパーの店員やコンビニの店員、接触するには仕方がない人間に対しては自ら近づく事があるのに、個人個人には話すのも無理……俺が深緑と初めて顔と顔を合わせ見た時は片言へんげんだったが、ちゃんと会話にはなっていた。それは自分から無理に話しかけたのもあったからかもしれないけど、あれほどのレベルになれば自然と誰とでも会話出来るはずなのだが――。


「おっと、お嬢ちゃんごめんよ」

「…………」


 人と軽くぶつかってもこんな感じだ。これは流石に急すぎたけども、ごめんなさいの一言も話せないくらいに超避難的。俺が泣けてくる。


 深緑と暫くこっちの街も歩いているけど、やはり歩けば歩くほど魅力的な町、夏風町だ。冬になればこっちに夏が来て、春と夏になれば海街に夏が来る。両面にやはりこの町に夏が来る。しかし、夏になっても海に人が来ない。何とかして人を集めろよ町長。

 ……ほほぅ、前にお母さんとニカエルで浴衣を買いに来たデパートはここにあったのか。同じ夏風町内にこんなデパートがあったとは十六年夏風町に居て不覚。車に乗ってる時はどうも周りを見ない癖があるらしい。勝手に隣町とか言ってごめんなさい、夏風町よ。俺の家から北側は全部隣町に入るそうだ……夏風町内なのに。


「暫く、デパートで休憩しようか」

「んっ」


 歩きすぎた。車で行く距離を歩いて来てしまった。

 デパートの入り口に立ち、自動ドアが開くと同時にブワッと熱風が向かってくる。やはりこういう所は電気の無駄遣いをしてもらわなくては困る。外は寒いのだから。

 さて、中規模位のデパートで四階まであるのかな、一階は食品で二階は服で……三階は子供達が喜ぶような所で四階はレストラン。……うーん入った所で見どころが無いな、腕を組んで悩んでしまう。


「甘い物」

「……え⁉ ねぇさっき食べたんじゃ」

「食べた気、しない」


 朱音が滅茶苦茶に喋ってたしそんな話を聞いててうんざりしてたのだろう。そんな雰囲気も出していたもんな。仕方あるまい、俺もお腹を満たしてないし本格的に飯と行こうか。

 四階で深緑が気に入った店に入って席に座る。洋食店に入ったけども、いつも行くレストランよりも少し高め。どうして『女』というのはランチにお金を掛けたくなるのだろうか。俺達『男』の昼は適当に肉やらお腹を大いに満たす食べ方かつ安い店に入るのに……。と言っても俺達は社会人じゃなくて学生で食堂を格安に扱うような人だから周りにいるスーツを来た人達の文句は言えない。


「深緑、決まった?」

「んっ」


 深緑は頷く。


「じゃあ、呼ぶよ。すみませーん」

「はーい……⁉」


 随分驚いたような声で店員さんがこっちに来る。


「えっとナポリタンと……深緑はなんだっけ」

「たらこパスタ」

「それください」


「かしこまりました~……」随分と弱気な声だけど大丈夫か店員さん。店員が離れた所で深緑が裾をクイッと引っ張ってくる。別に対面同士で座ればいいのに横に座るのか。


「SK」

「エスケー? エスケーエスケー……」


 深緑が発した言葉は理解できた。恐らく何かのイニシャル。深緑も知っていて俺にそのイニシャルを教えたという事は俺も知っている人だという事だ。さっきの人がエスケーというイニシャルが付く名前の人なのか……ジグソーパズルの様に当てはまる人を当てていく。


「墨俣さん……は違うな、下は詠月だし……」


 思い探るように深緑を横目で見るが特に反応はなし。

 まぁ違っていると分かっていたけど。


「さー、しー……」


 しーで深緑の反応が変わる。

「もうちょっともうちょっと」という気を出す。

 しー、しー……。


「あ、新発田さん! 新発田黒江しばたくろえさん⁉」

「んっ」


 深緑は頷く。そして喜ぶ気を出す。

 よくあの一瞬で深緑は分かったな、自分は店員の顔なんて全然見ないから気が付かなかった。だから動転したような声を出したのか。新発田さんは確かにアルバイトをしているとは言ったけどまさかこの洋食店でバイトしていたとは……この土曜日にマズい事をしちゃったかな。別に櫻見女はアルバイトに対しては無許可で行う事が出来るけど、こんな近くでやっているとは思わなかった。


「よくわかったね、深緑」


 頭を撫でる。

 隣に座っているからスキンシップが軽く出来る。


「お待たせしました~ナポリタンとたらこパスタで~す……」

「どうも」


 新発田さんはもじもじしているが、やっぱり知り合いともなると恥ずかしいのだろう。


「えっと……唯川さん、友達には広めないでね……」

「別に言う気は無いよ、深緑も」

「…………」


 相変わらず、深緑は固まってしまってるか。


「あ、ありがとう……」


 新発田さんは一礼して厨房へと行った。新発田さんも以前は随分暗かった性格だった気がするが、今は朱音と仲良くなって明るい性格になったな。……決して朱音がいい薬になった訳じゃないと思うけど。

 別に深緑も話せば悪い子ではない、噛めば噛むほど……と言った所だ。個性的な『女』の子が集まるのが櫻見女だ。


「…………」

「たらこパスタ終わった? じゃあ甘い物ね」


 甘い物は考えがまとまるというらしい。相変わらず深緑が何を考えているのかは分からないけど、常に何手先も考えて行動しているのは確かだ。


「――すみません」

「お、珍しい」


 自分から声を掛けに行くとはまた何かを考えているのだろう。

 ――もしや、知り合いの店員がいるから安くしてもらおうとか、そういうこすい考えをしそうな気もする。いや、気を出している。勿論来るのは新発田さんだ、こんな忙しく動くのも大変だな新発田さんも。これも仕事の一つだから仕方ないのだろうけども、自分にはできそうにない。

 一応、深緑に一喝。


「駄目だぞ」


 ピクッと体が揺れる。

 ――はぁ、図星か。

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