4話 『男』として天使を見てみたけど、普通の『女』の子に見えた
今日は暖かい気持ちで寝れる、隣のニカエルも人間サイズのままぐっすりと眠っている。俺もそれに合わせてゆったりとして、手だけをニカエルの腰辺りに添えていた。足を少し毛布から出してみると今日の部屋は少し寒いようだ、まだもう少しだけ寝てよう……目覚ましが鳴り響かないから。
――しかし、ニカエルは本当にいい匂いがするな、こういう所は案外天使であるかもしれない。日中は口うるさいけど、誰もは寝ればおとなしいし、寝顔だって可愛いものだ。やっぱり可愛いは正義、ジャスティス。ワンダホー。グレイト。
……結構寝てるけど学校大丈夫か? 目覚ましも鳴らないしニカエルも起こしてくれない。普段通りであれば何らかの方法でニカエルが起こしてくれると思うんだけど、この安心が徐々に不安に変わってくる。ツツーと何かが体に沿う感じがする今。俺は目を開けて壁に掛けてある時計を見てみる。
「――九時⁉ しまった、九時だ!! ニカエル! 九時だ!」
俺は飛び起きて、ニカエルの体を揺すって起こす。じっくり睡眠の恐ろしさはここにある。なんかの異変を感じたら直ぐに起きるべきだった、急いでシャツとスカートを着る、こういう時に上手く入らない靴下ほどムカつく事は無い。
ニカエルは未だにボーっと片方の肩紐を二の腕まで下げて目から光を失っている。天使なのにだらしない! といつもならツッコミを入れたい所だけど俺今忙しいからさ、後で言う事にしよう。支度完了! 『ヤサニク』発信、性転換! ヒーローとかの変身みたいに言ってるけどこれを何回言うのか。
「奏芽。ん……」
ニカエルはダルそうに、そしてちょっとムカつき顔で何処か指を刺す。俺はその刺す方向を見てみるとカレンダー。
「カレンダー見たって今日は土曜日……どよう……あっ」
昨日は金曜日で入学式は木曜日で今日は土曜日。俺は何を焦ったか、もしくは疲れていて今日が何曜日かを忘れてしまった。ニカエルはそれを知っていてガッツリとすぅすぅと寝ていた所で俺が起こした事によって不満が貯まったのだろう、それが今しているムカつき顔だ。顔を膨らませて、俺をどうしてくれようかと考えているのだろう。――誰だって休日に人に起こされたら怒る、俺だって絶対に怒る。勘違いとはいえニカエルを起こしたのは俺だ。俺は謝ったが――
「ちょっと、ベッドにうつむいてもらえる?」
そう言われベッドにうつむいた後に、ふとももに足が乗っけられニカエルと俺の足が絡み合う。
「イタタッ、ちょっとニカエルさん⁉ 乗っかるのは――アッ、ガッ……」
乗っかって絡み合った上に腕を掴まれて『いちにのさん』で持ち上げられ、ニカエルと俺の場所が逆になる。
「アアアア――ぐあッ、アバッ……」
背中が弓なりに反らされ、骨が軋む。何分かこの体制が続いた後、床に投げられ俺は頭を打つ。限度を超えて曲げられたからか暫く体が動かなかった。
朝九時、吊り天井。ニカエルによる『ヘブンブリッジ』が決まった。天使がこの技を使ったことでヘブンブリッジだが、別名は『ロメロスペシャル』と言うらしい、これマメな。
頭を床に叩きつけられタンコブが一つ赤く出来た自分はニカエルに向かって正座していた、勿論床で。一方でニカエルは天使らしからぬ、あぐらを掻いてベッドの上にいた。貴様にベッドを貸す権利を与えたが、俺から剥奪するのは……ここからの方向、今はかなりの天国だから今だけは許そう。俺はモロよりチラ派だ。
「今度からちゃんと曜日を覚えるように……でないと――」
クッと手を構えて威嚇してくる。
「悪かったのは俺です、ごめんなさい……」
暴力天使ニカエル爆誕。そろそろ対抗できる手段を俺も備えて置かなければ……俺の体はバラバラに飛び散るぞ。ここはリングじゃないし。
人は暴力を振られる事により「ありがとうございます」とご褒美に感じる人はいるけど、俺はご褒美に感じず涙が出る。今までネックブリーカーだのヘッドロックとかの打ち付け技や締め付け技を繰り出してくるけど、これは死んでしまうよ。毒霧とか吐いてきたら俺は死んだふりをして心配でもさせてくれようか。
本日は休みということで「外界、奏芽の街を散歩したい」と天使らしい事を言い出したので今日は性別を『男』として外を出歩く。そして俺はまた部屋の外で待たされていた。女の着替えはどうして長いのか、仕方ない……アプリのボタンを……押さなかった。
今、鉄拳制裁をされると昨日の朱音との対決で顔が腫れに腫れている状態から上乗せされて変形してしまう、ボールで顔を切っていたから絆創膏もまだ取れない、ピンクの奴ね。一〇〇キロのボールを少しでも体に触れると切れるんだね。ドッチボールの球はどうしてバレーボールの球を使うんだろう? ドッチボール用の球を作ればいいのに。バレーボールの球は硬すぎる、腹打ちしたらこれもセーフにしてほしい。男にしか分からないけどキン◯マに当たったら悶絶。もっと女子は感心を持つべき……持って……いいのか?
ドアがガチャと開いてニカエルが出て来る。
「おまたせ~、クルリっと」
ニカエルは一回転して全体を見せてくれた。全部俺の御古だからスカートとか女性服は無いけどここまで限られた物を使ってオシャレに出来るとは元の顔がいいからか、それともセンスなのか。でも前に被っていた「I LOVE WEST」はどうかと思う、今回は被ってない。
「お前……可愛いな」
視線を反らしてつい言ってしまった真の言葉。
「奏芽デレた」
……言い返しは出来なかった、本当に可愛かったから。あまり女子に対して可愛いという形容を持ったことが無かったからこうして目の前にすると人に言える形容詞も簡単に出てしまう。……『男』ってチョロいなぁ全く。気持ちのむず痒さから頭を掻く。
「じゃあ、案内してね。ここの街」
俺達は階段を降りて玄関を出た。
※ ※ ※ ※
いつも学校を行く時に通る商店街、ここはニカエルとは何回も通ったことがあるから知ってるであろう。今日はここ商店街のカフェで朝食を取ることにする。女子高生には人気の『カフェ』ってやつだ。なんか「らて」とか「てぃー」とかで楽しむんでしょ……き、今日覚えておかなきゃ今後カフェ行こうとか言われた時に対応が困る。
「いらっしゃいませー」
店員さんがカウンターで笑顔を見せてくれる。俺はその目の前まで行ってメニュー表を見る。……ラテ、エスプレッソ、マキアート――なんだこれは。コーヒーって言えばコーヒーが出てくるんじゃないのか? その横にSとTとGが書かれてるけどこれは? 俺は取り敢えず上段のラテ、中立の値段のTを指差した。
「ラテのTで……」
「ラテのトールで宜しいですか?」
トオル⁉ 俺はカナメ。トール、トール……Tはトールという意味だろうけど、なんだトールとは。
「やっぱり、Sで……」
「ショートですか?」
ショート⁉ また新しい英語が出てきた。俺はこういう事に慣れていないし、そもそもここに入ったのは初めてだ。商店街を歩く時によくワイワイしてて人気だなとは思ったが、こんな試練みたいな注文をするとはなんだ。
「ショートでお願いします……」
「ホットとアイスございますが」
「ホットで」
それぐらいは分かる。温かいのか冷たいのか。……ショートとトールは知らなくてもホットとアイスは分かるんだそれぐらい。中学生でも分かる。
「そちらのお客様のご注文はどうしますか?」
次はニカエルの注文の番となった、ニカエルは天使としての生活が多分長いから「しょうと」だの「とおる」だの分かんないだろ。俺はちゃんとラテの「しょうと」を注文できたぞ。大変だったけど。
「エクストラコーヒー ノンホイップ ダークモカチップフラペチーノ グランデ! あとデニッシュパン!」
「かしこまりました」
エク……ノンホ……ダクモカ⁉ なんだそれは、明らかに言い慣れてるし――俺はどんな物が来るのか気になってしまった。そんな呪文みたいな頼み方で店員もかしこまりましたって、本当に理解出来たのか?
出てきたもの、俺は『ラテ』。王道的に何もせずにアワアワとしたコーヒー、『しょうと』を添えて。
ニカエルが頼んだ物は、なんか茶色くしたコンクリみたいのが出てきた。これが美味しいのか? もうコーヒーでも何ものでも無いような気がするんだけど。シャーベットみたい。席に座っても俺はマジマジとその黒いのを見ていた。
「あっ、見て見て奏芽。メッセージ添え!」
メッセージ添え⁉ 俺はそのメッセージを見てみてると
「天使みたいな可愛さですね♡」
手書きでメッセージを書かれたニカエルのカップに対して俺のカップには何も書いていない……。あの女性の店員による俺の評価は価値なしって事? というかサービス旺盛だな、痛い事は書かないと思うけど直接言ってくれた方がイメージアップの気がするのは俺だけ?
どうしてもメッセージが欲しかった俺は、トイレに行って性転換『ヤサニク』。女子の姿で店員の前に出る。ニカエルの飲んでいたフラペチーノというのを飲んでみたかった? 食べてみたかったからニカエルにおすすめのフラペチーノを一つ教えてもらった。
店員の目の前に来て一つ注文をする。
「ノンファット――ミルクノンホイップ――チョコチップ――バニラクリーム フラペチーノ? ショートで」
「かしこまりました」
伝わった! 呪文を唱え終わってなんかスッキリした俺。
そのノンファットなんとかを持ってニカエルの下に戻る。座って俺が楽しみにしていたメッセージを探す。
……何回も何回もカップを回して、メッセージを探すが無かった。俺はこれを楽しみに楽しみに……! もう一杯頼んだのにメッセージが無かった……! 俺は悲しみの中ストローを使ってフラペチーノを飲む。
また『男』に戻って、カフェを出る。トイレ待ちしていたサラリーマンが凄い疑問を持った顔をしてたけど多分、中に入ったのが女子だったのに出てきたのが男性だったからな。悪い、こんな不思議な事が出来るんだよ。
商店街を通りきって向こう側に出る。ハッキリ言ってこんな小さい街で楽しむ所なんてここ商店街しか無い。でも楽しそうに歩くニカエルを見るとここも違って見える。女子なんてここを何回も通るけどこんなに目立つ子も居ないだろう。
さて、商店街を抜ききった所に見えるのは駅だ。この電車の路線で、降りる人なんてここに住んでる人か、櫻見女を通学する人達だけだろう。ここから東京も遠いし、行くとしたら数時間は掛かる。面倒くせぇんだ、住むだけの街だ、土曜日でもぼちぼち人がいるだけ。
「か~なっめ! 待った?」
駅前で人気のソフトクリームを持ってこっちにきたニカエルはまだ食べるか。飲み物とデニッシュパンを食べてまだ数分だぞ。俺はさっきのラテとノンファットなんとかでお腹は一杯だ。本当はメッセージが欲しかった――!
「ここ……食べる?」
ニヤニヤとした顔で柔らかく歯型が付いた所を差し出して来る。……何? これ同じ所食べるのって人にとってはメチャクチャ嬉しい事なのか? 俺は全ッ然嬉しくないんだけど。
「要らない、大丈夫」
俺は歩いて、駅の向こう側に行こうとする。だけどニカエルは追いかけてしつこく詰め寄ってくる。俺はさっき言った通り歯型に合わせて食べるのはなんか衛生上悪いと思うし、今お腹一杯なんだって。そう言っても食べて食べてとしつこいので――
「はぁ……はい、美味しい」
「本当に?」
眉を顰めて結局ループだ。これの模範解答は何なんだよ。
電車の線路の向こう岸は海が近い。と言っても、サーファーのいう『いい波』はここに無いし、観光地でも無いからさざ波の音が綺麗に聞こえる。海に飛び出た防波堤まで歩いて座っている。あまりここまで来たことが無いけど、緩い波でもここまで襲ってくるんじゃないかと怖くなってくる。
「海って……綺麗だね」
棒立ちながらもロマンチックな事を言うニカエル。ここが外界と言ったんだから上界があるという訳だけど、上界にはやっぱり……海というのが無いのだろうか。さっきまで元気にソフトクリームを持って食べていたニカエルは寂しそうに海と空の境界線を見ていた。もし天使だとしたら何の使命を持って外界というこの世界に来たのだろうか。俺もそれを考えると、ニカエルという天使は何かに『縛られている』存在なのかもしれない。俺達人間という生物より……いや、ここにいる以上はあまりニカエルに対しての事情は大事な時以外に聞いても喋ってもならないな。――ニカエルは泣いているのだから、この海を見て泣いている。心配して「大丈夫か?」と声を掛けるが少し寂しそうに
「うん……」
と答えてニカエルは無理に笑ってくれたけどその涙は止まってないぞ。……その姿を見たら俺だって泣きたくなってくるじゃないか。いつもの元気な姿を見せてくれよ、そんな寂しい姿を天使が見せるものじゃないんだぞ。
涙が止まらないニカエルを連れて海を見ながら防波堤からまた駅まで戻る。俺は周りを見て性転換をする。
「ニーカエル」
俺は恥ずかしいながらも抱きついた、『男』の状態じゃ本当に恥ずかしすぎて……変わって唯川奏芽(女)として抱きつく。ただの人間が天使に抱きつくのは凄い違和感があるのだが、俺にはこれ以上どう宥めれば分からないのでギュッと抱きついた。丁度ニカエルと同じ身長だから抱きつきやすかった。
「涙の理由が分からないけど、側に居るのは絶対だから」
走りすぎた行動とはいえ、ニカエルも軽く俺の背中に手を回して「ありがと」と言ってくれた。ただ一言だけど、それで笑顔になってくれたのなら俺は満足だ。
防波堤を離れて、海側の街を歩く。
性転換を今日は使わないと言っていたのに、どうしても頼ってしまう。この性転換は本当に便利な物だ。男性が必要な時に男性になり、女性が必要な時は女性になり、必要な性のどっちにもなれるのだから。二種しか無いから出来た事だ、もしこれが三種とかになったらもうメチャクチャだ。
こっちには市場と俺が数年前に通った小学校とか――後は神社があったな、商店街の方にも神社があるからこちらに向かわない為、こっちの神社は存在しか知らない、後で向かってみようか。――海側の街と毎回言うのも面倒だからこっちは海街だな、今思いついた。
――泣き止んだ次のニカエルの手持ちはイカ焼きだ。今のイカはギリギリ旬であるけどまだ食べるか。朱音でもそんなには食べない。どちらかというよりアイツは一気食いするタイプだから車の補給みたいな人だな。それに引き換えニカエルは胃袋ブラックホールとでも思えるほど食べる、食べて食べて――どうなるかというとお腹が膨れる。その点で考えられるのはやっぱりブラックホールとか何処かに通じてる訳では無いんだな。
「――カナちゃん? こっちに来るなんて珍しいね。いつも商店街で閉じこもってるのに」
「人がこっちまで出歩かないみたいな言い方するな、朱音」
朱音が動きやすい姿でランニングをしていた。約一日振りの『男』での朱音との会話。総合で言うと三日。
「今日はどうだ? 暑いから水分補給しろよ」
「うん、ありがと。その横に付いてるのはここで見ない子だね? 親戚か何か?」
そうか、俺が女の時でもニカエルとは会ってないのか。俺からは説明する事は無いから、ニカエルに説明する事にして頂こう。
「私、ニカエル。遠い国からやってきたの、今は奏芽にこの街の事を案内してもらってるの。朱音ちゃん宜しくね」
遠い国からって……確かに髪の色も外国人らしいし、ニカエルとちょっとおかしいけど全部カタカナだもんな。でもややアホな朱音はそんな事を疑問にも思わずに朱音は「宜しく」と答えてくれた。
「カナちゃんにもあたし以外にも女の子の友達がいるなんて思わなかったよ」
「余計なお世話だ。他にもいっぱい居る」
「だってぇ――カナちゃんあたし以外と遊んだ事ってあったっけ?」
そういえば無かった。数百時間単位で遊んでいるのは朱音ただ一人だ。『女』の状態ではまだ間もない時間だけど、俺の人生としての総合時間じゃまだ更新中だ。
土曜日でもやっぱりトレーニングは欠かせないのか、今の歳が体力を付けるのに一番良い時期だからそれを踏まえて朱音はポニテを揺らして走っているのだろう。……個人的にはその綺麗なお腹に腹筋が浮き出るより、その状態を維持してほしいと思うんだけどな。
「それじゃ、あたしお昼まで走ってるから、じゃねー」
手を振って朱音は走っていってしまった。海街を走ると気持ちが良いのだろうな。俺も暇な時にはどんどんこっちの方には来てみるか。新しい事が起きるかもしれないしな。
「……好きなの?」
ニカエルは真顔を俺の本当の目の前まで顔を近づけてくる。
「朱音? ――いやいや」
この数十年、朱音に対してそういう感情を持った事は無い。本当の友達としてあっちも接してくれてるし、そもそも朱音は恥ずかしがり屋では無いから直ぐに「好き」と言ってくるハズ。ハズなだけであって本当の気持ちはどうなのかは分からないけど。
「誰かを好きになる感情は誰もが持つこと、後は奏芽が決める事」
俺が決める事……か。ニカエルからのお褒めの言葉はなんか地味に納得いくような言葉ばかりだ。
駅から遠く離れた所にあるのは市場だ。市場と聞くと魚がメインと思われるけど、ここは何故か肉の店が多い。海が近いにも関わらず、肉の卸売りがメインで魚の卸売りは疎かなのはどうなのかと思うんだが、そんな事を一つも思わないニカエルはもうお腹が空いているようだ。丁度俺も昼時でお腹が空いてきたから今回はここでご飯を食べることにしよう。
「ニカエル、飯。好きなのいいぞ」
「いいの⁉ じゃあ魚で!」
やっぱり市場と聞いて『魚』だよな。何店舗か魚の店舗があるけど、肉の店舗よりは少ないな。どうしてこんな極端な市場が出来るのか……。
自然の臭さがあるこの市場を掻き分けてニカエルと共に飲食店を探す。ここの市場も結構広いし、探すと言っても――もうニカエルの食センサーはビンビンのようで……。
「ここ! 海鮮丼だって!」
海鮮丼か、なんとか安く済みそうだな。自分もそんなにお金を持ってないからこれからもっと安く済ませてほしい。さっきのカフェだってなんか値段高かったぞ。メニューの長さ=高いと言う事になる法則なのか?
そうこう思っているうちに暖簾をくぐって中に入ってカウンターに座り、早速ニカエルは「海鮮丼二つー」とさっきの防波堤とは違い陽気な声で注文していた。食の事になると急激に元気になるな。皆天使というのは食いしん坊なのか、もう天使という名詞自体がおかしい事になってるかもしれないが、少なくとも俺の目の前にいる天使は人型で、髪型があって、人のように過ごしている。人型をしているだけで本当は異型な姿をしているのかもしれないけど、多分……大丈夫、天使だから。
「はいお待ち。海鮮丼二つ」
「頂きまーす。バクッ……」
一口がデカい、口だけは異型なのかもしれない。色とりどりの海鮮丼がみるみるうちに消えてなくなっていく。よく噛んで食べないと太るぞ、ニカエル。俺はそんな勢いで食べられないから一枚魚の切り身を口に入れてはご飯を少しずつ食べる……俺の食べ方が変なのか。ニカエルの食べっぷりを見ていたら俺が違うのでは? と思ってしまう。
「んんふ~、魚美味しい」
味わってはいるんだな、それは良かった。足を上下に揺らしてパフェ気分で海鮮丼を食べるのはどうかと思うが……。そんなこんなで天使の観察をしてる内に俺も海鮮丼を食べ終わった。間食無しの朝と昼のバランスのいい食事だ、ニカエルはここに来る迄に何回間食を取ってるのか。フラペチーノとデニッシュパンとソフトクリームとイカ焼きと今海鮮丼。朝は甘いもので攻めて昼はしょっぱいので攻める。これもこれでバランスがいいのかと言われると、確かにバランスは良さそうだ。
「ごちそうさま、美味しかった」
お金を払って店を出る。まだお金に余裕はある。ニカエルはお金という概念を知らないのか。それとも知っている内心でお金を払わせているのか。でも街を案内してる後で俺は今『男』であるから、払う権限があるのは俺になってしまう。ガッチリとニカエルのヒモになっている。
市場を離れて次は神社を目指す。ニカエルの次の手持ちはタレの匂いが食欲注がれる牛串だ。こんな屋台でしか売ってないような物もお前は食べるんだな。普通の人だったら食い倒れちゃうよ。
「奏芽も食べる?」
ニカエルは何か一つを持ってる時に俺にも食べさせようとするんだな。
「一切れ……」
肉一切れを口の中に入れる。アッサリした食べ物の後にジューシーな物を食べると口の中が案外スッキリするものだな。やっぱりニカエルは考えて食べているのかもしれない。……いや、手にもう二本持ってるから偏食だ。
その牛串が食べ終わる前に神社に着いたぞ。鳥居をくぐろうとしたが、一つ気に掛かる事があったのでくぐる前に足を止める。
「そういえば、神社は神の道と書いて神道という宗教だけど……その、天使的には大丈夫なのか?」
ニカエルは食べる手を止めて首を縦に振るが、その首を縦に振ってる理由は少し分からなかった。口の中に入ってる肉を飲んでから訳を話してくれないか。
――ペロンと口の周りを舐めて食べ終わったようだ。
「神様っていうのは元々仲が良かったから。それと私は天の使い、今は奏芽に付いて行く身だよ」
「そうか……それだったらいいんだけど」
俺は鳥居をくぐり、段の少ない石段を登って参道を真っ直ぐに行くとお賽銭箱と、本殿がある。
こんな普通のことを伝えたって、別に誰もが神社に行くだろうし、どれも分かるだろう。俺が思うのは日本の宗教状況ってメチャクチャだから天使がここにいたって何の問題もない。海外や外国人から見たら変に思うけど。
「ほい、五円玉」
ニカエルにゲン担ぎ「ご縁」として有名な五円玉を渡した。
「ありがと、ポイッと」
賽銭箱に五円玉が投げ入れられる。二礼二拍手一礼、天使もやっぱり神様相手ともなると腰が低くなるのだな。俺もそれに合わせて五円玉を投げて二礼二拍手一礼する。
「参拝ですか? いい心掛けです」
巫女さんがやって来てニッコリと笑ってくれた。
「まぁ、たまたま来たもので……あっ――」
俺はその巫女さんの顔を覚えていた。
「神指……さん……?」
神指葵さんだった、これは本当に驚いて声が出てしまった。その赤いメガネと青い髪は忘れようにしても忘れられない。
「えっと――どこかで会いました?」
神指さんは必死に何かを思い出そうと俺の顔を見ているが残念ながらこの男の状態では神指さんに出会っていない為に神指さんは思い出せない、というか絶対に出ない。
「いいや! ごめんなさい。なんか……その……勘違いだったかな」
俺も名前を言ってしまったばかりにあたふたする。よくパラドックス系の映画とかアニメとかで見る片方は未来も過去も知ってるのにもう片方は何も知らないというやつの現在進行系だ。咳払い等をしてとにかくごまかす。
「私は確かに神指ですけど……貴方の名前は……」
横からニカエルが手を引っ張って「行こう」という。俺は神指さんに「ごめんなさい」と言って離れる。ナイスアシストをしてくれたニカエルだけど、神指さんがどうして巫女さんをやってるのかとかを聞いてみたかったんだけど……これはまた『女』になってから聞くことにしよう――気になる事は直ぐに聞きたいけど、ニカエルの引っ張るこの手を離してくれなかった。
※ ※ ※ ※
「都合が悪くなる前に良かったでしょ?」
「そりゃそうだけど――」
踏切を越えてまた商店街に戻ってきたのはいいが、俺は神指さんに何も言う事も出来ずにここまで戻ってきて良かったのかと悩んでいた。ここは神指さんに『男』というのをバラすチャンスでもあったのでは? とも考えた。でもまた戻って言うのも気まずいし、ニカエルにもこの街の全貌を伝える事が出来たからおとなしく家に帰ることにする。
――ニカエルは手にたい焼きを持っているけどいつお金渡したっけ? 財布の中を確認してみると千円札が一枚抜き取られている事に気付いた。盗人天使ニカエル、それは天使として一番やってはいけない行為だとは思うんだが。
「乱暴するの? やるなら家でね」
買ってきたたい焼きをハムハム食べながら目を輝かせてるけど別に何をする訳でもなかった。
「はぁ――」
それはそれで天使の純白を奪って俺はどうすればいいんだよ。片手で頭を掻きながらもう片方の手で軽くニカエルの頭を叩く。
「いたっ、なにー?」
「家族みたいなもんだからそんな事する訳ないだろ。俺は暴力的じゃないし……」
暴力的じゃないといいつつも叩いた訳だが、本当に軽くだ。「家族……」と呟くようにニカエルは言ったがもう数日以上家に居るのだから家族みたいなものだ。もう気にもならなかった。
「奏芽の妹みたいなのでいいの?」
「好きにしろ」
俺は将来一人っ子だと思っていたが、こんな立場がややこしそうなヤツが居るとしょうがないので適当に妹付けすることにした。付けるだけであって結局役職上天使に変わりなし、雑に扱われる立場だったら俺も少し雑に扱うことにする。
家に帰った俺は、やっぱりベッドに落ちる。やっぱり考えた事は神指さんの事であった、あんな適当な態度を取って大丈夫だったのかと、今更後悔する。
「俺――どうすればいいんだよ」
『男』というのがバラしづらくなっただけじゃなくて……もっと複雑な心境で、こんなにもバラしづらいとは思わなかった。俺は男だ! と強く胸を張れる男じゃないからこそ複雑だ。本当に今学期中に一人にも言えなかったらとなると俺は後の数学期はどうなってしまうのだろうか。『女』に転換出来なくなるし、学校にも通えなくなる。そうなると憧れの名胡桃さんや朱音達が不安に思うだろうし、俺のこの先の未来も真っ暗になってしまう。
「奏芽、そんな暗い顔しないでよー!」
ニカエルが覆い被さってくる。
「いや、そんなつもりは……」
「駄目駄目だーめっ! 明るくないと」
背中に乗りながらもほっぺたを引っ張ってくるニカエル。お前からその角度じゃ俺がいまどんな顔してるか分からないだろ。
「痛い……」
「元気出して、いつもの奏芽じゃなきゃ私が嫌だ」
「分かったから……」
俺は悩みを内心に隠しながらもニカエルに向かって微笑んだ。ニカエルも笑って返す。憎いヤツだとはほんの前までは思っていたのに今じゃ頼れる天使になってしまったじゃないか……。
「あ――」
急にニカエルが抱きついてきたから言葉が詰まってしまった。一回ニカエルに抱きついたハズなのに、再度、そして次は男の状態で抱きつかれるとは思ってもいなかった。
そして耳元で
「今日はデートありがとうね」
って言われて更に体が固まる。案内だったはずが……ニカエルにとってはデートだったか……? 俺はそんな事を思ってもいなくて、ニカエルからそう言われると確かにそうだったかもしれないと、今までの行動を見返してしまった。
――ニカエルはやっぱり天使なのかもしれない。




