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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第四章 厩橋深緑
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39話 深緑の家族は関西弁の『女』と津軽弁の『男』

 深緑はよっぽと気に入っているのか電車の中で膝に七号ホールケーキを乗せて離さない。中身を透かすように見ている。誕生日プレートには「テンキュー」とカタカナで書いており、お姉さんの学力には目を張る。俺、幼少期にはあんな人にお世話になっていたのか……。英語で書けば見栄えが良くなっていいと思うんだけど、まぁ綺麗には「テンキュー」とは書いてあるから、そこの技術はあるのだろう。クリームをスポンジに綺麗に塗る技術があればこれも綺麗には塗れる……といった所か。


「それ、一人で食べるの?」

「翠」

「お、翠ちゃん今日来るの?」

「…………」


 首を振る……?

 その理由は一瞬で分かった。それは一人じゃ九号ケーキなど食べられないし、俺含める二人……いや、三人でも全部食べられる訳がない。翠ちゃんが今日来ないという事は、直接行く。そう深緑の実家に向かうという事になる。


「うーん、わたし来て大丈夫なの?」

「大丈夫」

「連絡は?」

「――大丈夫」


 少しの間を置いて言葉を出されると、怖いんですけど……。


「実家まで何分掛かるの?」

「一時間」


 これまた長い時間歩くようで……。自分も断りたい所だが、深緑のお母さんやお父さんにも会っておきたいし、また翠ちゃんにも会ってみたい。深く知るには直接深緑に聞くのではなく、その身内から攻めていかなくてはならないと言った自分の戦略だ。

 今回は行動範囲が非常に狭いからな。ニカエルという存在はあってないような物で邪魔だとは思う場面はあるが、それは会話や他の事だけで、これが天使から人物に変わってかつ距離も制限されるとギチギチ。扉が鎖と南京錠と電子パスコードに指紋認証錠に顔認証と虹彩認証が付いて行動という文字が追い出されたようなもの。当の本人、深緑は少しは悪いとは思っているらしいけど、今見てると何も思ってない模様。


「タクシー、使おっか」

「んっ」


 一時間もケーキを持って出歩くのはちょっと……ね。


「…………」


 電車に揺られ、ガタゴトと時間が過ぎる。スマホも深緑の手元にあるし、自分は吊り広告を見て過ごす。深緑はまだケーキを見ている。四つ目の電車乗り換えをしても同じ。変わったのは乗る人ぐらいだろうか。……スマホでの遊びは絶好の暇つぶしになるとつぐつぐ思う。


「深緑、聞かせて欲しい事が」

「何」

「髪って地毛?」

「怒る」


 ご、ごめんなさい――。

 深緑に冗談は付けなかった。




          ※  ※  ※  ※




「七〇〇〇円です、ありがとうございましたー」

「ど、どうもですー……」


 タクシーは去っていった。今日だけで一万七〇〇〇円使っている。俺のお年玉はこんな感じで今年は使われていくのか、ニカエルの食生活の為の金と、俺の嗜好品の為の金と……他諸々。その他諸々の部分が大きくなるとバランスがブレイクして、小学生からお母さんが貯めてくれた金まで突っ込まなくてはならない。何かとお母さんの給料が良いから出来たもの……他の家庭だったらニカエルはどうするの。


 という事で着いたのは深緑の実家、至って普通で……普通に車置いてあるんですけど……。


「深緑……駅まで向かいに着てもらえば良かったんじゃ……」

「――ごめん」


 支払ってしまった物はしょうがないからアレなんだけど、使える物があるんだったら使ってほしかった。ケーキ代よりは安く済んだと言っても……差分は二〇〇〇円、得も何もない。


「行く」

「はいはい……」


 深緑は玄関を安心して潜り靴を脱ぎ、自分は玄関の中で入って後ろの扉が閉まって待機する。うん、『女』の子の家は緊張する。この扉を入った時の匂いといい、玄関の整理整頓されている感といい、深緑の家同様シンプルさが見える。

 ……玄関周りを見ていたら深緑はどんどん、奥の方へと入っていく。


「おーい……」


 俺は入っていいのかも聞いてないし、客人だから誰か出てくるかとも思ったら誰も出てこないし、深緑は最終的に扉へと入ってしまった。俺は深緑から離れてしまったらただ押し寄せて来た人、これで深緑の家族に会ってしまったら追い出されるの必須だぞ。――階段からドタドタと誰か下ってくるもん、これは終わったな。


「……あれ、唯川さん?」

「翠ちゃん! 良かった……」


 一度翠ちゃんと知り合っておいて良かった。

 俺は翠ちゃんの傍に付いて奥の扉を開ける。


「あ、着よったで。ちょっと遅かったんやない?」

「こんばんは、お邪魔します……」


 深緑は定位置と思われる椅子に座ってテレビを見ている。

 挨拶に出たのは深緑のお母さんだ。後ろで髪をまとめてキッチンのカウンター越しから喋りかけてくる。


「YKちゃんゆーたっけ? 深緑の隣座ってな」

「はい、失礼します、ごめんなさい」


 YKちゃんって……深緑もちゃんと伝えてほしいな。

 キッチンのカウンター横付けされているテーブルに近づき、深緑の横に座る。――他の家族の御飯に混じるなんていつ振りだろうか。滅多な事が無い限りウチのお母さんは定時に帰ってきてご飯を作ってくれる事があるからこういう経験はあまりなし。言うならケーキ屋のお姉さんからコンビニ弁当を分け与えてくれた物か、朱音の家でお昼ご飯を貰った位か。


「YKちゃんはタルタル苦手? それに本名なに? ウチ深緑からYKしか聞いてへんから」

「タルタルは苦手じゃないです。それから本名は唯川奏芽です」

「苦手やないんか、奏芽ちゃん……か。深緑がお世話になっとります。深緑の母ちゃんです」

「コチラもお世話になってます……」

「深緑、料理苦手やから味良くないやろー。父ちゃん料亭の人やのにねー」

「は、はぁ……」


 本人前にして料理の下手を言わせるとか、母ちゃん鬼か。まぁ深緑がどんなに料理が苦手なのかはこの身で知っているからわかっている。


「ほんで、深緑マフラー位外しーな、それとも言うてへんの――」

「オカン、駄目、言ってない」


 深緑は母の口を止める。


「せか、ごめんなぁ、深緑に止められてもうたわ。なんせな深緑が友達連れてくるなんて珍し事もあるんやな。学校で知り合ったん?」

「まぁ――ちょっとアレでしたけど、わたしの方から」

「よう深緑に喋れたねー。深緑は翠と違って喋りにくいし、無視する事あるしなー。レアやで」

「レア……」


 深緑のお母さんの独特な関西弁と口の速さで俺が喋る余裕もない。……深緑が酔った時に関西弁で喋ったのはお母さんの影響か。でもその割には翠ちゃんは標準語、それからシラフの時の深緑にも関西訛りが無い。やっぱり酔った時だけだろうか? まぁ残るは深緑のお父さんだけか。関西弁と来るか標準語で来るか……。


「あ、料理時間かかるん。深緑、奏芽ちゃん連れてあんたの部屋連れてき」

「んっ、YK」


 深緑は立ち上がって部屋へ案内してくれるようだ。先ほど入った扉から出て、階段を上がって廊下直線で左に扉二つと階段を背に向けて一番奥の扉に入る。中に入ると六畳間の普段から誰か使っているような清潔感が出ている部屋に来る。


「へー、深緑の部屋整頓されてるんだな」

「月曜日、家族」


 深緑は慣れたようにベッドに座る。

 毎週月曜日はここに遊びに来るのか。やっぱり一人で毎週生活するのも寂しいのだろう、お母さんの慣れた感じを見ると分かる。あれは一度や二度ではなく何度も遊びに来て慣れたような口調だった。友達と聞いて少しはドタバタしていたが、それは深緑の伝言ミスだ。

 部屋を見回すとキャビネットの上に置かれた額縁入り写真を見つけて、手に取ってみる。……幼少期時代と思われる深緑と翠ちゃんが一緒に写った写真だ。マフラーは付けておらず、小さくて可愛い口が見れた。今とは違うと思うが、ようやく間接的に深緑の口が見れた。


「写真、流石にこの頃からマフラーはしてないんだね」

「…………」


 特に反応はしなかった。

 他にも小学生の写真と中学生の写真も見てみるが、これにもマフラーは付けておらず、今とは違和感は無し。……だが、高校生の入学式の写真にはマフラーは付けていた。どうして唐突に? 各入学式の写真にはどれもマフラーは付けてなく、口元を見られるのが恥ずかしいとは思えない。――と言っても急に趣向が変わる事もあるし、単に思春期のニキビを隠したいとか? なんて『女』の子ならではの悩みを思ったりする。


 ビラッ――


 写真をあげた時に紙が一枚落ちる。


「ん……美容整形外科……?」

「――見ないで」


 手に取った白い紙を深緑にすっ盗られ丸めてゴミ箱に捨てられる。自分はその文字を読みとっただけで他の文章は読めなかった。深緑もゴミに捨てるような事までしなくていいのに……。自分はすっかり何を読み取ったのかも忘れて刻々と時間が過ぎていく。


 たまたま床にあった座布団に座って深緑を見る。何処までも無表情な子だけど、家族には愛されているようで、無口なのはやっぱりデフォルトらしい。お母さんもウチの母よりは真面目そうだし、料理の腕も良さそうだ。


「お母さん関西の人?」

「京都」

「へー、京都か……お父さんは?」

「青森」

「青森かぁ……」


 どれも行ったこと無い府と県だ。しかし、どちらも微妙な位置にあるし青森なんてここから東京よりもっと遠い。そんな深緑の父母二人の育った府県が違うのにその府県中間を取るような秋空市に来たのだろうか。まぁウチの母も夏風町出身ではないが……元お父さんが夏風町出身らしい。今は夏風町にはいないけども、お母さんも「今頃何処をほっつき歩いているのか……」と頭を掻いていた時期もあった。


「……あ、深緑。トイレって何処?」

「んっ」


 扉を指差したのは分かったけど、二階にあるのかなー。と言っても残りの扉は二個しか無かったし、これらは恐らく翠ちゃんの部屋と父母の部屋だろう。


「あ、ありがとう」


 口が少し引きつったが、それ以上は聞かなかった。深緑の面倒くさいというオーラは出ているし、深緑も座ったまんま食事を待機しているし、その状態で置いておくのが一番だろう。きっと。

 扉を出ると、静寂な廊下でスリッパで階段を上がる音が聞こえる。多分深緑の母だろう、トイレに用があるのと同時に来るとは中々タイミングが良い。


「あ、あのー」

「ん、深緑のけやぐか! むったど深緑がへわさなております」


 思った人と全然違う人が来た――。


「えっと……」

「わは深緑のおどじゃ。料理わも作らかきや、もうわんつか待ってての」


 よく分からん言葉を使われて一番左の扉に入っていった。「深緑」と「料理」しか分からないぞ……。多分方言なんだろうけど、これに対応出来る地元民は一人も居ないと思うんだけど……深緑達は理解出来るのだろうか。

 トイレの気も引いてしまってまた深緑の下に戻ってしまった。


「ただいま、お父さんに会ったよ」

「…………」


 深緑は頷く。


「方言、分からなくて何言ってるのかさっぱりわからなかったよ……」

「津軽弁」

「津軽弁ねぇ……深緑は分かるの?」

「分からない」


 流石に深緑も分からないらしい。というかお父さんよくここの県で津軽弁使えるな。あの様子だと他の人にも津軽弁使ってそうだし、仕事先でもある料亭での接客にも津軽弁を使ってそうだ。


「深緑、部屋さ入らぞ」

「んっ」


 深緑は少し強めの返事をしてお父さんを入れる。


「今日寝泊まりすらんだろ?」

「…………」


 深緑は顔を横に振る。俺はその寝泊まりというのを聞いてなかったが、ちゃんと深緑の家には帰るようだ。少し安心した。流石にそこまでお世話になるつもりは無いし、お父さんの風貌が結構ヤーさんに近くて怖い。見た目で判断しては行けないと言うが、これでは見た目で判断してしまうよ、お父さん。


「おど寂しいのぁ。だばまま食べた後はゆ入りのし」

「んっ」


 深緑は頷くけど……あーあ、さっきの寝泊まりの事は分かったけど、ここまで標準語崩れすると俺も理解が出来なくなる。事を伝え終わった深緑のお父さんは扉を閉めて料理を作りに行ったのだろう。全て分かる言葉で憶測をするのは大変かもしれない。


「……深緑は分かったの」

「お風呂」


 いつのタイミングでお風呂入ればいいんだよ!

 見て聞けば聞くほど良く分からない家族だ。津軽弁の父に関西弁の母で標準語を主に使う姉妹でここの標準語となる標準語が良くわからなくなる。こんなに日本語で曖昧になるような家族も無い。――酔った後の深緑が津軽弁じゃなくてよかったよ、ホント。

 暇つぶしになるような物を探す。……が、何も無い。というより、他人のタンスとかキャビネットをいじるのは良くない。ここは深緑に聞いてみるとしよう。


「深緑、何か遊びになるものない?」

「…………」


 珍しく深緑は動き出す。ベッドの下から引きずり出したのはリバーシだった。これだったら三十分位は暇を潰せそうだ。……でも俺はリバーシが大苦手で、あの朱音にさえも一勝したこともない。


「やる」


 深緑も丁度暇だったろうし、今だけ調子が良さそうだ。小さいテーブルを挟んでようやく深緑もやる気だし、自分もこれには乗らなくてはならない。しばし、夕飯まで遊んであげよう。


「深緑って強い?」

「つよい」


 難易度選択は常に"強"らしい。

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