37話 『女』は深緑に問う
昆布つゆ、鰹だしつゆ。
残りはなんだっけ――。
「あっ⁉ つぅぅ⁉」
手の甲が鍋に触れて声が出る。
ドサ――
「あ、わわぁ」
自分の反射的な動きでうどんを床に落とす。
……まだ袋から取り出してなかったぁ。まだ袋から取り出してないからセーフなんだ……大丈夫。俺は何を焦っているんだよ。ただ汁の入った暖かいうどんが作りたいだけなのにこんなに料理というのは大変なのか。火を使うわ刃物は使うわ……迂闊に触ったら怪我するぞ。はぁ、料理をするなんて言うんじゃなかった。
「YK」
キッチンから大きな俺の絶叫から何かを落とす音を聞いて深緑がドアから顔を覗かしてくる。そりゃこんな声を張っていれば誰だって飛んでくる。
「あ、深緑は寝ててよ。大丈夫」
俺は笑顔を見せるけどそれは表向きの表情なだけで本当は手を貸して欲しかった。ここは『男』として最後までやり遂げなくてはならない。俺だって料理出来るんだぞっていう所を深緑に見せたかった。結果としては朱音から教えてもらった……のか分からないけど、あの時は釜玉うどんだったが、今は冬だから暖かいうどんを作りたくて途中で我流になっている。うどんの汁なんて、だしがあれば出来るんだ。
鍋にうどんを入れて茹でる、もう一つの鍋でつゆを温めて、後は天かすと青ネギと卵と油揚げを入れればお腹いっぱいになるだろう。
「深緑、もう少しで出来るから」
「…………」
向こうの部屋から何も聞こえなかった。恐らく頷いている……と思う。
「茹で上げて……っと器に入れてつゆを入れれば……出来た! じゃなくて薬味も入れて」
ようやく出来た。
一つの料理を作り上げると何となく達成感が出る。つゆもヌルくないし、うどんも暖かい。食べれるレベル……って深緑の料理と見比べちゃ駄目だ、これでも完璧に作り上げるまで時間掛かってるんだから。
「卵を5個失敗して割ったのは……ラップして明日の朝食にスクランブルエッグにでもしよう……」
そういう事。
つゆを溢さないようにして二つ分机に置く。かなりの時間待たせたからか深緑は眠っていた。お風呂の後って眠りやすくなるからその反動で眠ってしまったのだろう。マフラーしたまま寝るなんてどんだけ口は隠していたんだ。……まぁ本人の意思だしこれは仕方あるまい。
「よしよし……深緑、起きて」
「…………」
ゆっくり目を開けてこちらを見る。
「――はっ」
ギュッとマフラーを掴んで鼻までマフラーを引っ張って隠す。
「いやいや、見てない」
「信用できない」
「ええぇー」
そんな所で信用の言葉を言われると何も言えなくなる。
「……明日、ケーキ屋さん行くけど」
「ケーキ屋」
「そう、ケーキ屋。ワンホール買うから」
「ワンホール」
微々にだが深緑の目の奥が輝いた気がした。久々にケーキ屋のお姉さんの所に行くけど、以前の事もあって余計な言葉とか言わなきゃいいんだけどなぁ……。
食べながら思う、ここに帰ってきた時の深緑の姿を。無表情で泣く深緑の姿は悲しいそのものだった。志苔いう人も何を考えているのか。深緑は無表情に対して志苔は無情、深緑が何かを手渡して用が済んだようだが決して深緑にとっては不幸な事だろう。絶対良くないことだ。
「……あ、わたしのコーラ」
「…………」
スーパー銭湯から買って持っていたコーラを深緑は飲み干してしまった。深緑はコーラは嫌いな訳じゃなかったのか。一本飲んでしまった。また買ってくればいいのだけど……はぁ、俺のコーラ。
「ゲフッ、深緑は……」
「ん?」
「深緑は、もぅとコーラ飲みたいで」
「…………」
なんだ、このイヨーな感じは。
「YK、深緑にコーラ買ってこんかいなぁ」
「ち、ちょっと深緑……何かおかしいよ」
「深緑は、ちーっともおかしくないで、うどんウマか」
「深緑⁉」
関西弁、深緑が関西弁で顔真っ赤で舌が回ってる……。
深緑、酔ってる⁉ 150mlのコーラで酔ってる⁉
「深緑股開かない! 『女』の子なんだから」
「別にええやろ、YKはアレか。おなべか」
「ち、ちがっ――」
「なら深緑の足舐めんか、レズごっこしようや」
「はーっ⁉」
「ヘタレやないんなら、舐めろや」
いつもと違いすぎる深緑にひたすら引きずり回される。深緑がコーラを飲まない理由って嫌いとか甘すぎるとかじゃなくて、深緑が深緑じゃなくなるからだ……。
「YK、頭撫でてーや」
「足舐めるのは?」
とりあえず、深緑の足を持ち上げている状態。
……決して本気でやろうとは思ってない。
「ヤメッ、撫でて」
「おう……」
うどんは食べ終わったものの、暫くはこの酔った深緑と寝るまで遊ばなきゃならないのか。これはニカエルの相手より疲れるぞ……。
ベッドで深緑の横に座りいつものように深緑の頭を撫でる。
「YKは優しいなぁ、頭の撫で方がそうや」
「う、うん……」
「スマホ、悪かったで」
「別に……というより何で手に取ったの」
この状態の深緑だったら何でも答えてくれそうだ。
取り敢えず聞き出せる事は今聞けそう。
「深緑はな、別に好きで一人になってるんやない」
「そうなの?」
「そや、深緑は人に話し掛けるのが苦手でな、恥ずかしがり屋でな……本当は色々な人と話がしたい」
深緑は俺の腕にしがみつき、頭を肩に付ける。
「寂しかったんだ」
「……せや、偶々スマホが落ちててな、そのままにしようとも思うたんやけど、話すキッカケ掴めそうやと、それで拾ったんやけど」
「わたしに渡しそびれたのね」
「そびれた、というよりな、本当にYKの物かも確認出来ひんかったし、さっき言った通り深緑は人に話しかけんの苦手でな……」
「そっかそっか……」
確かにシラフの深緑だと人に話しかけるのも疎か、話しかけないでオーラも出てるし奇想な動きもしそうでまた相手も誘いづらい。……深緑、色々悩んでるんだな。
「深緑、YKが家に来てくれて傍に今居てくれるだけ嬉しいんや……YKは迷惑よな……ゴメンの……」
「別にわたしは迷惑じゃないし、今は楽しい……かも」
「せやか……なら……宜しく……なぁ……」
「……寝ちゃったよ」
深緑がスマホを盗った訳じゃなくて、本当は俺に喋りにくかっただけ、そして逆に俺も深緑に喋りにくかった。恥ずかしがり屋……というより寂しがり屋という事。そして俺に迷惑かと謝ってきた。謝るというのは、一緒に住むという事に関してだろう、別に最初は迷惑だとも思っていたが、観照を進めていたら深緑の面白い所が見えたから今は特に悪いとも思ってない。スマホはいつか返して貰えるから問題無し。
他にもマフラーの事や志苔の事も聞いて見たかったけど、一歩だけ深緑に近づけただけ進歩。俺の事は険悪に思ってないという確認は出来た。――ちょっと嬉しいかも。
深緑に毛布を掛けて電気を消す。二つの器をキッチンに持って行って後片付けを始める。料理は洗いから始まり洗いに終わる、深緑の料理をする行動を見ていたらこうだと思った。手を洗って料理が始まって皿を洗って料理が終わる、洗う物は違うものの洗う事に関しては一緒だ。
カチャン――
水気を取り、器を立てる。
――可愛かったな、関西弁の深緑。
※ ※ ※ ※
回りには泡が見える、そして細かく泡を吐く俺。水の中だろうか? 目の前には光が見えるけど、どんどん深淵へと沈んでいく。手で光を掴もうとしても掴めない。
「記憶は」
記憶? この声は誰なのだろうか。
「出来事、成長、言葉、意味、人物、時間、物」
記憶、確かにそうだ。記憶は人間の全て。
「忘れないで、否定しないで、全てを」
「どういう……事……?」
声に問いた所で現実に戻される。今まで薄く覚えている夢の中で一番に不思議で現実味のあるようで無い夢。……夢って自分が動こうとすると現実に戻される事が多いな。嫌な物ばかりだ、もう少し幅を利かせてくれないだろうか。
「…………」
「起きて」
目を開けると深緑がいつものように傍で肩を揺らしてくれていた。まだ外は暗いのだけど、この時間にどうしたのだろうか。
「ごめん、もうちょっと寝かしてくれる?」
「時間」
デジタル時計を確認するとまだ午前の五時だった。
いくらなんでも早すぎる。
「時間……? まだ五時じゃない……」
「――三十分だけなら」
「……たったの三十分? もう二時間」
「駄目、遅れる」
遅れる……遅れる?
今の状況を思い出して上半身を布団から上げる。
「そうだった……秋空市! 電車乗車時間、二時間!」
しかもここから駅まで三十分掛かる。深緑の言った三十分は猶予時間としても足りない。これは深緑の寝る時間も早いはずだ、自分はこれにはとても耐えられそうにない。
「朝ご飯」
「朝ご飯!」
「着替えさせて」
「着替え!」
「もぐもぐ」
「もぐもぐ!」
これを三十分の内にやって、学校へと行く。冬の朝五時半は風が冷たくまだ回りも街灯が無かったら暗い。深緑はこんな時間から出てようやく学校に辿り着くのか。俺はなんて登校に優遇されているんだと思った。深緑の爪の垢を煎じて飲め、俺にはそう言われた気がした……ニカエルに。
「急がない」
「え?」
「余裕、五時半」
「余裕あるんだ……」
「でも、無い」
「どっちなのさ……」
言いたい事は分かった気がする。電車の時間とか言いたいのだろう。三日振りに夏風町に戻るけど……その前に三ヶ月分か秋空市から夏風町の定期券を買わなくてはならない。まずは駅に辿り着いたら駅員さんに学生証の提示を……と。
「深緑、秋空市から夏風町の定期料金はいくら」
「一六〇〇〇」
「……切符にしよう……」
「高い」
深緑は家から持ってきたビスケットを食べながら答える。一ヶ月で一六〇〇〇円も定期として払ったらパンクしそうな勢いなんだけど……。
「深緑はお金のやりくりは何処で?」
「仕送り」
「この歳から仕送りなんだ、凄いね」
「んっ」
撫でて……か。朝から深緑はご褒美を貰いたくてウズウズしていたのは見てて分かったけど少し隙を貰ったら頭を差し出してくる。
「おーよしよし、可愛い深緑や」
「おばあちゃん」
俺は確かにおばあちゃんっぽい所あるかも。……おばあちゃんにもここ暫く会ってないけど元気にしてるだろうか。おばあちゃんに俺が『女』の子になれるなんて言ったらびっくりしそうだな。おじいちゃんにもそうだ、また暫く会ってない。何度かおじいちゃんとおばあちゃんには子供の頃には会っていたけど学年が上がる度に会わなくなってしまって中学生の最後にはもう会ってない。……そんな事言ったら俺のお父さんには本当に会ってないんだけど。
「着いた」
撫で終わった頃には駅周辺まで辿り着いた。先ほど切符とは言ったけど、最近は税金が上がってしまって消費税が中途半端な額で切符を買う時、一桁台は全て繰り上がり。それで便利なのは電子カード、これだったら損する事なく電車に乗る事が出来る。……夏風町まで高いけども、これも深緑と住むには必須の事だから払う。……深緑が俺の家に来ればいいのにと思ってしまった。
ホームには人が殆どいない、まだ六時台だし……こんな時間に通勤通学するのは俺、唯川奏芽と厩橋深緑とコンビニの店員か朝勤の運転手位だろう、って結構居るな。朝からお疲れ様です。
電車を待つ時間に深緑に色々な質問をする事に。深緑の事に関してはあまり答えてくれないから、深緑の周りに関する質問をする。
「深緑はどうして櫻見女って決めたの?」
「…………」
何も答えなかった。
聞き方を変える。
「何か……秋空市が気に入らない?」
「んっ」
深緑は頷く。
秋空市が気に入らない、どうして気に入らないのだろうか? 秋空市は明らかに夏風町より近代化が進んでいて、深緑の家の周りにはスーパーの他に銭湯もやや近くにあって便利なはずなのに深緑は何が気に入らないのだろう。
「じゃあ夏風町には来ないの、櫻見女近いのに」
「家族」
「離れたくない?」
「んっ」
また頷く。
寂しがり屋の深緑にとって家族から離れたら本当に一人になってしまうから秋空市からは離れられない……と考える。翠ちゃんも定期的に深緑の家に来てると言うし、家族に深緑は会っている。……けども、違和感が一つ。同じ秋空市に住んでいるのならばやっぱり一緒に住んだら事が一つに収まるのに深緑は一人暮らし。
「……翠ちゃんが好き?」
「好き」
「じゃあ一人暮らしはどうして?」
「――答えられない」
答えられない――。
深緑は一言置いて答えた。答えられない、と。
一人暮らしの理由なんて様々だけど、寂しがり屋のはずなのに一緒に住まない……もしくは住めない理由があるという事なのだろう。どうして?
「お父さんか、お母さん……嫌い?」
「違う」
「じゃあ一人暮らしは」
「――答えられない」
家族に関しての問題は起こしていない。家族円満なんて逆に珍しい気もする。俺は心理学的な会話ばかりしているけど、本当に深緑と近くなりたいからなるべく深緑に触れず、周りの事に関しての会話を続けている。けども一人暮らしの事になると「答えられない」と必ずこのフレームが出て来る。答えられないのならば俺は無理に答えさせない、傷つける会話はしたくない。だけど回りくどい質問はする。
「深緑は何が嫌い?」
「――深緑は酸っぱい物が嫌い」
「あはは……ごめん、どんな人が嫌い?」
「――どんな人」
数秒が経つ。
深緑は「どんな人が嫌い」という質問で悩んでいた、深緑に罪意識が無いと答えているような物だけど、この質問には志苔に関する質問と受け取ってもらっていい。俺が昨日見た事に一致していれば深緑は志苔が嫌いという事に繋がるのだから。……なんでもいい、なんでもいいから俺は答えてほしかった。
「――いない」
「えっ?」
「嫌いな人、いない」
「本当に?」
深緑は頷いてしまった。
馬鹿……あれほど志苔に殴られて、締められて、罵倒されてるのに深緑は「嫌いな人がいない」と答えた。――俺が期待していた答えと違った答えが出てきて今の深緑の事が見えない。聞いてみれば聞いてみるほど深緑の事が見えなくなってくる。この三日の観照があっても見えないか。
「電車」
「電車来たね」
これ以上いい答えが来ないと判断して電車の中では深緑と喋る事を止めた。
※ ※ ※ ※
久々の潮の匂い。夏風町に二時間掛けて辿り着いた。やっぱり俺にはこの町が無いと少し寂しく感じてしまう。が、今は俺がいないと深緑が寂しくなってしまうからこの町には居続ける事が出来ないのだが。駅前のソフトクリーム屋もこちらに挨拶をしてくる。冬でも絶賛営業中なのはありがたい事であるな……俺は普段利用してないけどニカエルが利用してるから顔馴染み。
駅に設置してある時計を確認すると午前八時。櫻見女は午前八時半までに学校に付けばいいのだから商店街に寄れるは寄れるな。――名胡桃さんと普段一緒に登校するから一度会わなくてはならない。この状況を朱音や名胡桃さんに伝えてないから商店街入り口で待ってるだろう。
「深緑ごめん、わたし普段友達と一緒に登校するから……あの商店街まで着いてきてくれる?」
「――んっ」
少し間を置いて頷いたけど……どうしようか。深緑はクラスの人と仲良く無い、じゃなくて恥ずかしくて声を掛けた事が無いから名胡桃さんとも話した事が無いのだろう。果たして会わせていいのかどうかも悩む。
「深緑……大丈夫?」
「――駄目、かも」
初めて弱気な言葉を吐いた。深緑の意向を重視して名胡桃さんには申し訳ないけど会わないでおこう。それに、時間まで俺が来なかったら一人で行っていいよとは言ってるから大丈夫だ。普段が普段だから少しおかしいとも名胡桃さんには思われるけど、ちゃんと別方向から登校してるはしてるからそれなりに心配はさせないだろう。
「行こうか、櫻見女」
「んっ」
夏風町の住民達よ、すまない。
商店街の人達にも暫くは会えなさそう。
こうして俺が夏風町の住民達と親交度がカンスト状態なのは小学生の頃から学校に行く度商店街を通ってあいさつを欠かせなかったからだ。夏休みのラジオ体操のスタンプ並の欠かせなさで親交度を上げ現在に至る。……と言っても商店街もシャッターが閉まった所も多くて、今親交してるのはケーキ屋のお姉さんと、コロッケ屋のおばちゃんぐらいか。勿論頻繁に話してるのはこの二人ぐらいで、他にも薬局屋のおじいちゃんと書店のおじいちゃん、カフェの店員とか。商店街のあらゆる人達と仲が良い。悪い人はいない。……仲が良くない人……というより、夏風町の海街にある市場の人達はあまり知らない。お母さんとは親交はありそうだけど、海街は相変わらず知らない事が多い。
さて……暫く歩いたら櫻見女だ。体育会系の先生に挨拶をして下駄箱に靴を置いてうわばきに履き替えて三階に上がるとようやく俺達の教室にたどり着く。
「はーっ……わたしの席……落ち着く」
ようやく私物化している机に座って頬を置く。冬の寒さでキーンと冷えているけど、今はこれがいい。冬にアイスが食べたくなる謎の欲と一緒だ。どうしてアイスって年中食べられるのだろうか……。
「カナちゃん……」
「ん、おおう。朱音」
「カナちゃ~ん! いたぁ~!」
「うわっ、抱きつくな⁉」
夏風町の住民の中で一番に俺の事を大事にしてた人が居た。
そう、幼馴染の堂ノ庭朱音がいた。部活で汗臭い朱音が抱き付いてきた。
「電話しても出ないしー家にもいないしー……心配したよぉ!」
「ん、まぁな……」
「失踪しちゃったかと思ったぁぁ……」
「泣くな泣くな!」
鼻水垂らして、汗も垂らして、涙も垂らされると櫻見女の制服が一気に汚くなる。この朱音の雑意しかない汚いコンボは期待してた反応ではない。でも朱音は相当心配してたようだ。だけど三日でこの汚水コンボは無いだろう。
「……奏芽さん?」
「あ、おはよう名胡桃さん……ってそんな目しないで……」
また俺を大事にしてた人が居た。
そう、一学期に俺が『男』になる事をバラした名胡桃茉白。これまた俺の目の前に立って泣いている。……これは何だ? 何かの学芸会?
「私、堂ノ庭さんから聞いて不安になってました。無事でしたか」
「わたしはいつでも無事だよ。学校はちゃんと通うし」
涙が大きな胸の上で止まるけど、これまた反応に困る。名胡桃さんもこの土日不安になってたのだろう。朱音から聞いたという事はかなり夏風町で探していたようだ。……っていうか土曜日だったらウチのお母さん居るはずなんだけどどうして聞かないのだろうか? 携帯は深緑に取られてるからともかく。
「ゔあああぁ――奏芽くぅん!」
「「「…………」」」
本気中の本気で心配してるのは神指さんだった。
もう俺に会う前から泣いているのは流石に……。
「神指さんにも伝えたの?」
「そりゃあたしから」
ドジっ子に不安になるような事言ったらそりゃ始めから泣いてるでしょうな……。何がともあれ仲良くしている三人には全員泣かれてしまった。『男』奏芽として最低な行為である。ちらっと深緑の方を見てみるがただ目の前の黒板の方を見ていただけだった。――普段からこのクラスでは陰の方には入ってしまうから名胡桃さん各位にも話しかけられる事もない。
ただ、昨日の酔った深緑の言葉を思い出してみた。
「本当は色々な人と話がしたい」
酔った勢いとはいえ本心なのは確かだ。いつかは仲良しな四人グループにしたいと俺は思っている。深緑だって実際には言葉数が無いとも凄い所や可愛い所は沢山とあるし俺自身も言える。
「奏芽くんは……グスーッ……」
「わーっ⁉ スカートで鼻吹かないで!」
……神指さん、最低すぎる。




