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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第一章 名胡桃茉白
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3話 幼馴染以外の『女』の子の部屋に入るの初めてだ

「まだ着かないの?」


 朱音と一緒にずっと俺の家の半径数十メートルを回っている。

 察してくれ、朱音。俺の帰る家はお前の知っている家であり、今バレる訳にはいかない。朱音から「もう帰って良い?」という言葉を聞くまで俺は家に帰る訳にはいかない。だからこうして歩いているが、朱音はしぶとい性格だからここでグルグルしてても仕方ない、王手の状態でピンチの将棋盤を回させて貰わせる。俺が置かれている立場をそのまま朱音に返す。


「実は朱音、わたしの家お母さんうるさくて。だから朱音の家に行きたいんだけど」

「うぇー? いいけど」


 成功、と言っても俺はこの道からどうやって朱音の家に辿り着くのかは知ってるんだけどね、ここの住宅街の裏という裏まで知っているし、最短ルートでさえ知っている。その情報は朱音も同様。


「じゃあ、レースしよっか?」

「レース?」


 朱音はスマートフォンを開き、朱音の家の住所と情報を俺に教える。さっき言った通り朱音の家は知ってるから聞き流す。次にこの朱音の家にたどり着いたほうがジュースをおごるという単純明快馬鹿な罰だった。


「それじゃつまらんな」


 俺は口出しをして罰の追加をする。


「ジュースだけじゃない、脱ぐってのはどうだ?」


 前言に下心を出さないと行ったのに、この勝負は勝った同然だと思って強要するこの条件を出す。勿論脱ぐといったら全部だ。幼馴染の全裸なんて滅多に見れるもんじゃない。勿論馬鹿な朱音はその話に乗ってくる、この女の姿で出会ってまだ一日しか経過していないのだが……。


「いいよ、じゃあクラウチングスタートの形取って――」


 俺は横に並んで形を取る。朱音の家までルート未指定、タイムアタックの突発的イベントレース。


「よーい――――スタート!」


 お前のスタートの切り方が遅いのは分かってる。「よくぞ耐えた」っていうニヤけ顔で朱音は見てるけどバレてんだよ。お前とは何年の付き合いだと思ってる。

 俺は朱音は走るその逆を走る。そして見えた右手の細道に入る。朱音が行った方向から行くと十秒遅いんだよね。この細道を通ると地元民は遅いと見られがちだけど、後はここから先は一直線で朱音の家まで行けるから有利だ、だって足が早いのは俺なんだから!


 ここからの一直線だと朱音が何回か右側を通る感じで見えるはずなんだけど一切見えない。アイツどのルートで行ってるんだ? この道以上に短縮出来る道は無いはずなんだけど……。


 ガコンガコンガコンガコン……ダッ!


「なにィーー⁉ 空からだとぉーー⁉」

「中々やるぅ! でも家の上から通るともっともーっと近いんだよ!」


 道なら知っていたが朱音はその上の地元級、屋根を渡るという超人じみた事で家を目指していた。家の屋根から朱音の家までの方が近いのか⁉ 陸上部ってのは脚力も高いのか⁉

 俺は焦りを感じて余裕で走ってたのを更にギアを上げて速度を上げる。

 でも朱音の屋根渡りのほうが早かった。一歩間違えれば事故にも繋がる方法で家を目指すとかそんなに脱ぐ事が嫌だったのか、ジュースを奢るのが嫌だったのかが考えが付かない。とにかく俺が脱ぐのは嫌だ! 走れ、走るんだ――奏芽!!




「ぶーいっ」


 今日ドッジボールでボコボコにされた挙句にまたこのレースでも敗北……。屋根を渡るのはズルいだろ、ルート未指定なのが俺の失敗だった。ジュース+脱ぐ……せっかく目の保養とサービスシーンをお送りしようと思ったのに俺のまな板を朱音に晒すことになった。


「じゃあおいで、あたしの部屋まで付いて来て」


 数日か前に行った事あるんだから、別に変わる事も無い。

 俺は靴を脱いで先に朱音の部屋に辿り着く、その姿を見た朱音はビックリしてた。


「なんであたしの部屋知ってるの? ストーカー? カナちゃんストーカー?」

「ストーカーな訳ないでしょ! まだ一日しか知り合って……あっ」


 普通に数十年前からの癖で朱音の部屋に入ってしまった。俺は部屋の扉を指差して「ここ?」と朱音に返す。


「そ、そうだけど……怖いよ」

「何が?」

「なんか色々知ってるみたい……」


 そ、そうか。色々と知ってるんだけどね、隅から隅まで。早速部屋の中に入ってあぐらを掻く。


「何座ってるの? 例の罰ゲーム……もう忘れたの?」

「うわぁー忘れてると思ってたのに!」


 俺の断崖絶壁を朱音に晒す時が来たぁぁ……。


「別に女の子同士なんだからそんなに嫌がらなくても」

「へ? そんなもん?」

「あたしはここまで晒せるよ?」


 朱音は上の制服を脱いでスポブラを見せた。そのスポブラに包まれ、たゆんとしたスポーツマンらしかねない胸が見えた。そして立ち上がってスカートのフックを外してストンと下に落としてスパッツも見せる。予想外の朱音の下着姿だ、意外とムラムラする。


「スポブラだと動きやすくていいんだ、下はスパッツで動きやすいし見られることも無いし」


 スパッツというのは直に履いて大丈夫なのだろうか? 結構ズボンみたいな要素で履くというのを聞いたことがあるけどこの朱音の使い方も正しいのだろうか……。


「じゃあ、あたし見せたんだから、ほら次。カナちゃんの番」

「うええぇ――」


 俺は朱音と同じく上を脱ぎタンクトップ姿になり、スカートを丁寧に下ろす。先日に買った下着を初めて朱音に見せる。


「うわー本当に胸無いんだー。ペタッと」


 朱音は俺の絶壁に手を付けた。山なんて無い。


「それじゃ、これで……」


 何か言われる前にとっとと上と下を着る。だがその手を止められる俺。


「カナちゃん、『全部』脱ぐんだよね?」

「はい、ごもっともです……」


 途中まで着ていたスカートをボトンと落とし、思いを漕いで――タンクトップを脱ぐ。


「あ、うん」


 タンクトップを着ていた時点で察してくれよ、別に大きくも無いしそんな反応なのも知ってた。別に俺は失うものは無いとも思っていたけど今急加速で何かが下った。


「見どころなんて無いよ!」


 朱音の胸をポカポカと叩いて俺は泣く。全国の貧乳の悲しみが今ひしひしと伝わってきたし分かった。今まではどうでもいいやとも思ってたけどこの胸囲の格差社会、一人だけ置いてかれた感が凄い。


「まーまー、いつか膨らむから」


 なだめるけど、俺は男だ……。




 何かを失った気がしたが、なんとか危険を振り払ったので代償として考えておこう。クラスの皆は俺より巨乳だし、俺より下はもういないだろう、マイナスになるようなへっこんでる人なんていないだろうし。


「今日も危機だったね~♪」


 誰もいないからかニカエルがスマホから出てきた、人前に出てきたら説明付かないしな、空気の読めるやつなのか読めないやつなのか……。まぁ某勇者の妖精もB押してないのに出て来る事あるからそういうもんだろう。コイツは妖精ではないが。


「毎日が危機だ、バレやしないかとヒヤヒヤする」

「でもバレたらバレたらで都合良いかもよ?」


 確かにな、朱音に『男』とバラしたら今学期は安牌あんぱいで終わり、夏休みまで余裕が持てる……。待てよ、考えてみたら一学期に一人と言ったが、二人にバラしたらどうなるのだろう? それをニカエルに質問してみた。


「それは――駄目だね?」

「どうして?」

「だって、面白くないし」


 ニカエル、人の命で遊んでやがる。

 二人目以降はバラしてもカウントされないというのは中々鬼畜な条件となってしまった。少しは緩めては貰えないのだろうか、というか一言一言を言う度に条件を厳しされているような気もするが……そんな事を口に出したらネックブリーカーだの四の字固めとかプロレス技以上に凄いのが飛んできそうだから今後は口を挟まないようにしよう。

 ――暇が出来てしまったな、家に帰ったらまた何処か遊びに行こうか。まだ授業の時間が短いだけあって午後が来る前に終わってしまう。……久々に一人で本屋でも寄ってみるか。



          ※  ※  ※  ※



 昨日、名胡桃さんと一緒に来た本屋さんにやってきた。『ヤサニク』発信で転換するのも面倒だったから女の姿で来てしまった。もはや男になる必要も無しになってきた……。どちらの姿でいても今は大したメリットデメリットが無く、女で居たほうがメリットデメリットといえばメリットの方が大きいのだ。

 それより――


「なんでお前も大きくなってるんだよ、ニカエル」

「いいじゃない、別に減る物でもないし」


 はぁ、面倒だぜ……。まぁ他の人に聞かれた時の説明はお前に任せるとして今日は最新刊が発売される日と何か面白い本探しを含めてやってきた。


「こっちのコーナー面白そう」

「ニカエル、そっちは十八禁コーナーだからエロいぞ~」


 忠告したハズなのにニカエルは顔を真っ赤にしてこっちに帰ってきた。でも一冊は持ってくるっていうのはその本が気になったのかよ。


「おお、人間よ。そなたらは恥だ。性を本から感じて楽しいのか」

「ちょっと天使みたいな事を言ってるんじゃないよって天使か。とりあえずお前、それは置いて来い」


 ニカエルは十八禁コーナーへと戻っていった。こっちに帰ってはそっちに行き、また別の本を持って――来るなよ! 別に俺は要らない。


「ちぇー、ケチッ」

「結構気になってるだろお前……」

「少しは」


 天使の性欲とはどうなってるんだろう、やっぱりそういう……何でもない。

 ――まずは週刊誌を手に持ち、次に漫画とラノベコーナーを見に行く前に文学コーナーを見てみる。昨日来た時にそんな興味は無かったが今日の名胡桃さんの集中模様を見てみたら気になってしまった。――名胡桃さんはここには居ないようだな、それはそうだな。別に名胡桃さん=本屋という訳では無いのだから。

 文学コーナーの作者を用心してみるがどれも分からない、次に一つ手に取ってパラパラと読んでみる。

 ……ぬー、頭の中でイメージするにも、何処が山場で何処に面白みがあるのか分からなくなってしまった。文字で伝わる感動と、文字で伝わる風景は難しいな。本を棚にしまい、次にラノベコーナーを見る。


「あ――」


 名胡桃さんが来た、というより居た。皆が一番に見ては行けない所で俺はここのコーナーに来てしまった。名胡桃さん、漫画ラノベコーナーでラノベを――何冊も同作者の本を重ねてレジに持っていこうとする姿を。文学少女は本を買う、若年層向けの娯楽小説を。


「ち、違うの唯川さん――別に気になった訳で今日が初めてなの」


 顔を真っ赤にしてそう言い訳するが、一巻からじゃなくて六巻からその上の巻を買おうとしてるのは明らかに五巻以下は買ってるでしょ……。俺は名胡桃さんの側に寄り肩を一回軽く叩く。


「大丈夫、わたしも買ったことあるし別に気にならないよ」

「本当?」


 この姿を見て名胡桃さんの評価は変わらないし、別に気持ち悪いとも思わない。


「この作者の創造力は高くて、ファンタジー色が強いんだけど――」


 やっぱり語り始めてしまった。でも俺もこの作者の本は買って読んだ事があるから話が掴める。俺も何度か語って会話が弾む。


「ふふっ、こんなに会話が楽しいの初めて」


 名胡桃さんがラノベ好きだとは思わなくて硬派な人だとばかり思っていたが、ちゃんと若年層向けの本も読んでるということは純文学小説ばかりじゃ物足りないという真の読者だな。


「あの、立ってるのもなんだし、お家――遊びに来ません?」

「いいの? 後一人なんか友人来てるけど大丈夫?」


 俺は一旦名胡桃さんから離れて何故か十八禁コーナーにハマっていたニカエルを引きずり出す。お前がそこにいる限り全体モザイクされるんだからそのコーナーには来てはならない。DVDとブルーレイでもこのモザイクは消えないぞ。


「あーん、もうちょっと……」

「ダメだって、コイツもいい?」

「いいですよ――」


 この友達の友達っていう関係は気まずいと思うが、それも名胡桃さんは気にもしないとは寛大な気持ちを持ってらっしゃる。名胡桃さんの十冊以上のラノベと俺が持ってた週刊誌を買い、この本屋さんを出る。




 どっしりと名胡桃さんはラノベを買って重たそうなので俺が代わりに大量の本を持つ。名胡桃さんに心配されたが、転換での引き継ぎは体力と頭脳。力と付く物は全部引き継がれるみたいだから握力と腕力も男性同様だ、この本数でも余裕余裕。


「茉白ちゃんは――エッチなの?」

「バカッ!」


 俺はニカエルの頭を叩く。さっきの十八禁雑誌に影響されすぎだ。名胡桃さんも突然の質問でビックリしてるではないか、俺と名胡桃さんの関係が悪くなるから止めてくれ。コイツはスマホの中で閉じ込めて置くべきだった。なんとかして閉じ込める方法は無いのだろうか。勝手に出てきては喋りまくりで――。


「私は性欲に関してはあまり――」

「そっか……」


 なんでニカエルは残念そうなんだ、俺はヒヤヒヤしたよ。名胡桃さんがそういうので「好き」なんて言ったら評価五段階の内、四段階から二段階位に下がっていたかもしれない。勿論、ムッツリスケベというのも考えたが、ラノベでもそういうたぐいの物は含んで無かったので、純な人だと分かった。――もし分かっても評価は二段階まで下がるだけだ。


「はい、到着です」


 ニカエルのせいで話すこと無く着いてしまった。このオシャレな家が名胡桃さんの家か。朱音以外の女の子の家に行くのはこれが初だ。

 普段慣れしてるのに何故が緊張する、名胡桃さんが玄関を開けて奥に行く。


「お母さん、お友達連れてきたけどいい――?」


 そんな会話が奥から聞こえる。


「別にいいけど、あまり長くならないようにね――」


 名胡桃さんが戻ってきてニコッと笑う、どうやら了承は取れたようだ。俺は少し玄関の奥に入り靴を脱いで上がる。靴をポイポイっと足で投げる姿にニカエルは「女の子らしくないし、人の家だよ」と小さな声で叱られる。――確かにこれじゃ失礼だ、せめてだと思い靴を揃えて上がった。一方でニカエルは何らかの方法で靴を消しそのまま入る。俺の家に入る時は靴を投げ出して入ったのにそんな驚く方法で入るなよ、ビックリするじゃねぇか。名胡桃さんが奥に行ったからってそんな魔法使って。


 螺旋の階段を上がって名胡桃さんが一つのドアを開ける、ここが名胡桃さんの部屋か――。

 凄いな、壁際の棚一杯に本が詰まっている、こんな窮屈な棚を見るのは初めてだ。


「この本達――ちゃんと読んでるの?」

「定期的にこのブックカバーに入れて学校に持ち運んでるよ」


 と、いつものブックカバーを見せて本を取り出し、棚から本をだしてそのブックカバーを取り付ける。読破した本はステータスとして置いとくばかりかと思っていたが、定期的に本を取り出しては別のにするとは豆。雑に扱う俺と違って綺麗に布で本を拭い、棚に戻す名胡桃さん。本への愛がよく分かる。

 棚以外の回りも見るとかなり大きい部屋だった。俺の家のリビング位の広さっぽいから……十四畳もあるのか。家周りから既に広いと思っていたが、容赦無い広さだ。だって十四畳もあれば二人は住める。


 名胡桃さんはソファに腰掛けて「どうぞ」と言ってくる。俺とニカエルはその柔らかいソファに腰掛けて一休み。


「奏芽、貧乏だから」

「おい」


 俺の部屋と比べられても困る、というか普段はスマホの中で生活してるニカエルはどうなんだよ。そっちの方が広いだろ。


「でも、貧乏には貧乏なりの生活があるんですよ」

「名胡桃さんちょっとそれは――」

「冗談です、ふふっ」


 俺の生活は裕福でも無ければ貧乏でもない、ニカエルは部屋の広さで人の懐の多さだと思いやがって。でも正直に言うとこの部屋の広さは羨ましい。名胡桃さんの部屋の半分をこっちに欲しいな。部屋も広ければ胸もデカいし頭も良さそう、パーフェクトヒューマン。


「茉白、おやつ持ってきたわよ。後、友達さんいらっしゃい。ゆっくりしてね」


 ドアを開いて入って来たのは名胡桃さんのお母さんだった。


「お気遣い、ありがとうございます……」


 名胡桃さんのお母さんがおやつとしてドーナツを持ってきた。俺達みたいな下位生物だと、ポテチとか出して大喜びだが、女子の一級品『スィーツ』が出るとは思わなかった。これぐらいじゃなきゃ女子はおやつとして見ないし満足しないと。この気遣いは男の子を持つ家とお母さんには出来ない、もっと言うと貧乏には出来ない。しかも持ってきた飲み物もカップに入ったミルク『ティー』だぞ、女子力高すぎる。俺達下位生物だとオレンジジュースで大喜びだ。

 俺は女子のようにしとやかに飲んだり食べたりしてる中で名胡桃さんは俺の顔を見て何かに気付いた。


「唯川さん――絆創膏、剥がれそうです」

「あ、今日の。本当に?」


 俺が顔に付いてる絆創膏をピッと貼り直すがまたタランと垂れてしまったようだ。何度も擦っては無理に付けようとするが、虚しく剥がれて床に落ちてしまった。


「ごめん……下に落ちちゃった」

「新しいの持ってきますね」


 名胡桃さんは部屋の隅のタンス下段を開けて赤の十字の付いた白い救急箱を持ってきた。この箱何処で売ってるんだよ、俺はなんか欲しくなった。そしてその中から絆創膏を取り出すが……。


「ごめんなさい、ピンク色の絆創膏しか――」

「それでもいいよ、貼って。んー」


 自然に名胡桃さんに甘えてしまう自分、顔の傷口に新しい絆創膏が貼られる。ノーマルタイプから名胡桃さんの愛がこもったようなピンク色の絆創膏へと。ふふ、ちょっと女の子らしいかな。

 名胡桃さんは「はぁー」とため息をつく。


「今日の事、ごめんなさい、何も出来なくて――」

「いいよ、人には得意不得意あるんだから、読書好きなんだからこれから読書だけ好きになればいい」

「なんか、かっこいいですね」


 かっこいい――か。朱音や他の女子に言われた事も無い事を名胡桃さんの口から出るとは嬉しいの一点。その言葉を聞けるだけ俺は凄い嬉しい。


「そ、そうかなー? わたし別にそんな大した事は」

「いいえ、かっこいいですよ」


 二度も言われた。超ウレシイ!

 俺の底が噴火したような高揚感に包まれる。


「あの、何時でも頼ってください!」


 俺は名胡桃さんの手を掴んで目を輝かせる。


「あ――はいっ、頼りにしてます」


 頼りにされた、今までにそんな事なんて言われる筋合いも無かっただけにただ高揚感に包まれた。別に頼りにされなくとも今も自然に頼りにされてるが、俺はそんな事よりもひたすら名胡桃さんが好きになった。


「でも唯川さん、無理だけは駄目ですよ?」


 ……俺は素直に「わかりました」と言ってニコッと笑ってくれた名胡桃さんを見て俺も顔を笑わせる。女子の友情というのはこういう事なのだろうか、徐々に女子という本質を理解出来てきた。

 ――注意すると、まだ一日しか経ってないんだけど。このペースでどんどん仲良くなっていいのだろうかと不安になってくる。



          ※  ※  ※  ※



 数時間ぐらい名胡桃さんの部屋で過ごして名胡桃さん本人は塾の時間だという事で俺達はお開きにする事にした。ニカエルは何してたかというと遠慮も無く、おやつを食べては下の階までおかわりしに行ってた。ドーナツで胸焼け起こしても俺は知らないぞ。


「奏芽、また遊びに行こうね」

「次はお前をスマホの外から出さないぞ」

「そう言っても方法が無いから出ちゃうもんね」


 あっかんべーするニカエル。本当に自由奔放するなお前は。切っても切れない縁のおかわり(リフレイン)天使エンジェルニカエル、邪魔で仕方が無い。


 どうこう家に着いて奏芽(男)に戻る。今日も一日長かった! 俺は部屋に入りベッドでぐったりする。高校に入ってから皆に付きっきりな状態だぞ、朱音に名胡桃さんに神指さんに……。体力が持つようで実は既に筋肉痛、結構無駄に使っていたようだ。自然な振る舞いをするほど体がピキピキしていた。

 「かっこいいですよ」、耳の中で何回も響いていた。憧れの人にそう言われるとは思わなかったし、これは一生頭に残る言葉だ、女子高を通う生きがいにもなってしまった。あの人の言葉一つ一つ何を言うのかが楽しみになってしまった――。


「ひょっとして疲れてる?」


 後から上がってきたニカエルにこのぐったり姿を見られる。


「俺は疲れてる、寝かしてくれータノムー」


 ニカエルの顔を見ることもなくただ枕に埋もれる俺。お前の相手も疲れるしな。

 貸してあげた服を脱ぐ音も聞こえるが見向きも出来ない。いつもの白ワンピースに着替えたのか近づく音がする。


「しょうがないな~」

「うわっ、俺の足を持って何を⁉ アッー⁉」


 急に足を捻ってきて俺はとんでもない声を上げる。そして俺の方向に曲げる。


「イッツツツツ……反・対・も・かぁー!」


 反対側も同じく捻って曲げてくる、確かに激痛が走るのだが――筋肉痛からは開放された気がした。


「ほら……ちょっと、大変そうだし」

「いきなりデレてくるなよ――あがっぁ⁉」


 次は背中も強く押してきて声が出る。ニカエルさんキツイっす。でもその中で柔らかい物も押し付けてくるからこれは過剰サービス、いや嬉しいサービスだ。徐々に体を付けてきて――


「奏芽の背中暖かい……」

「そうか? うーん……」


 むにゅっと胸を付けたままニカエルの手は止まってしまった。こういつも可愛げがあれば良いんだけどな。またニカエルがこのまま寝てしまうのも悪いだろうし、俺は体を起こしてニカエルはベッドに滑る、「ここに寝るように」とニカエルに言った。


「奏芽はどうするの?」

「俺は今日から布団敷いて寝るから、ベッドは使え。マッサージのお礼だ」


 今日、名胡桃さんの部屋で聞いたニカエルのもう一つの住処であるスマホの中というのは狭いのであろうな。俺の優しさでせめて部屋の中では羽根を伸ばしてあげようと思ったのだ。俺だってスマホの中で閉じ込みは嫌だなと思った。監禁を考えるのは駄目だ。イジメてるみたいじゃないか。


「一緒に寝てもいいんだよ?」


 掛け毛布で顔を隠して目だけ出してそんなことを言われて思春期真っ最中の俺の答えはやっぱり――


「じゃあ一緒に寝ます」


 下心には勝てない、意外とニカエルいい匂いするからリラックス出来るんだよね。




 狭いベッドで二人寝る俺達、俺は天井を見ながら寝るがニカエルは壁を向いて寝る。


「もう女の子になれて数日、私も同時期に数日経つけど、奏芽の本性を知りたいな」

「どういう意味で?」

「私の事どう思ってるのかなって」

「どう思ってるか――口うるさくて、力強くて、わがままなヤツで邪魔だって」

「ちょっと……酷くない?」

「続きを聞け――俺はそんな事を思ってるけど一度も根からは言えないし思ってない、言うなれば……好き……かな」


 何を俺は顔を真っ赤にして言ってるんだ、こんな天使ごときに。偽天使が!


「そう、ありがとう。その気持ちだけで私はここにいられるよ」

「そうか……あの、おやすみ」

「うん、おやすみ」


 ニカエルとの会話はこのおやすみで途切れる。――1%の確率で誰かの携帯に住み着く天使ニカエル。その1%に選ばれた俺はちょっぴりだけ幸せだった、この生活が出来るのもニカエルのおかげだしな……。でも今まで誰かの携帯に住み着いて来たということはいずれ別れが来るんだろう……その時は俺は泣くかもしれない。

 そんな遠い先の事を考えて憂鬱感に心が押されられながらも少しニカエルに触れて寝る俺は落ち着く――おやすみなさい。

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