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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
戯ノ章 某月某日 弐
39/91

EX-3 一日天使をやめました

 ピピピ……ピピピ……


「奏芽~、止めて……」


 …………


「奏芽~?」


 私が目を覚ますと奏芽が居なかった。

 いつもだったら目覚まし時計を奏芽が止めてきて私を起こしてくれる、それから学校の支度をして私はスマホの中に入り一緒に出ていく。――という一連の流れなんだけど、既に違和感。


「……あれ、鎖もない。なんで」


 私が普段目に見えている〈契約の結界〉の元となる鎖が無かった。奏芽と私の間には〈光の鎖〉となるものが付いている。これは天使にしか見えない物で、白く光ってて、取り外す事が出来ない鎖。先程言った通りに奏芽のような人間には見えないけど天使には見える。――邪魔になるんじゃない? と思うけど、実際には触る事も出来ないし意識してない時は見えない。そして音も無い。


「奏芽は家から出られないし、死ぬような事はしないはず。……どうしてだろう」


 ……あぐらを掻いて考えるけど、契約が切れるような事はしてないし、謎が多く残る。

 ――とりあえず、下に行ってみよっか!


「奏芽ー、かーなーめー」


 廊下に出て大きな声を出して呼んでも返事はない。……そもそもスマホが残ってるんだからきっと何処かにいるはずと思い隣の部屋だったり、対向の部屋を見たり、一階のトイレ風呂リビング応接室キッチン冷蔵庫――全部を見ても奏芽は居なかった。


「あれれ……」


 私の奏芽が居ない……こんなにも世に不思議な事があってたまるかと奏芽の名前を家中叫ぶが反応は無し。

 ――もしかして、これは神様が与えてくれた自由? いつも通り私は自由にやってるのに鎖を外してもっと自由にしてもらえるの? これ程にチャンスを与えてもらえる奇跡が私にもあるなんて――。


「天のお告げよ……私に示せん……」


 片膝を付いて両手を握る。


「――嘘⁉ 何も聞こえない……」


 本当だったら何かしらの声が私の耳に入ってくるのに……。


「うーん……あたっ」


 浮こうと思い片足を上げたらその場でコケてしまった。――お告げも聞こえなかったら鎖も無くって挙句の果てに浮くことも出来ない。

 ――もしかして、もしかして。


「私、人間になってる」


 そう確信した私ニカエル、天使の長い一日が始まった。





「着替えて……っと」


 奏芽からのお下げで貰ってるズボンと服を履いて久々に地上を歩いてこの夏風町を歩く。普段は浮いてるかスマホの中で過ごしてる事が多いからこうして先から後まで歩いて過ごすっていうのは久しぶりの感覚になるかもしれない。――そうそう、奏芽のスマホと財布は拝借させてもらいましょ~。奏芽が居ない事には不安を感じるけど別に居ないんだったらそれでいいや。


「朝の七時半……と、皆は学校だし暫くは暇になるかな」


 いつも制服が掛けてあるフックを見ると、そのまま奏芽の制服が掛かっていた。


「――奏芽、本当にどこ行ったんだろう……でもこれはチャンスかも」


 私はせっかく着替えた服を脱いで、この制服を頂く。前に着た時は少しキツめだったけど大丈夫。別に一日ぐらい奏芽と私が入れ替わってても問題は無いでしょ。


「まぁこれぐらいは……許して貰えるかなっ」


 勢いよく玄関から飛び出して櫻見女にレッツゴー。




          ※  ※  ※  ※




「しゅ、出席を取る前に――唯川奏芽……さん……?」

「はーい! 唯川奏芽でーす。正真正銘の唯川奏芽でーす!」

「髪の毛がオレンジ色で随分変わりましたね……?」

「ダイジョウブですっ! それ以外特に変わってマセンからっ!」


 今日はこうして松前みちる先生を騙さなくちゃならないから。今日は『戯ノ章』で私が一日主人公って気付いちゃったんだから! 他の人がどんなびっくりな顔したって唯川奏芽ちゃんは居なくなっちゃったんだから代わりに私が出席しなきゃだし。


「ちょ――ちょっと、ニカエルちゃんでしょ――」

「ん~?」


 隣の朱音ちゃんが小声で喋ってきた。


「カナちゃんどうしたの? どぅーー見たってニカエルちゃんでしょ」

「なんかいなくなっちゃった」

「それだけじゃ済まされないと思うんだけど……」

「多分返ってくると思うし、ダイジョブ!」


 グッドマーク。それに対して朱音ちゃんは凹む。

 ……よっぽど朱音ちゃん心配してるんだね……。





「購買の焼きそばパンとメロンパン。自動販売機でコーラにサイダー!」

「あの……ニカエルさん。お体壊しますよ?」

「大丈夫茉白ちゃん、私の体頑丈だから!」

「でもその机に盛られる程の量は……」


 別にこの量ぐらい普通なんだけどなー、焼きそばパンは二口で終わって次の封を開ける。その姿にクラスの人とも引いてらっしゃるけど私はこれが普通なんだから気にしないで欲しいなぁー。


「そういえば! 葵ちゃんは今日何か作ってないの?」

「奏芽くんにお渡しするのにニカエルさんにお渡しするのは無いですよ……」

「でも勿体なくない?」

「それもそうですね、はい。今日は唐揚げですよ」

「ありがとーッ! やっぱり揚げ物も無いと食べてる感じしないよね~」


 パックで持ってきた唐揚げを口に放り込んで味を確かめる。

 ……これがいつもの葵ちゃんクオリティ。奏芽自体は料理出来ないからってこんな料理出来る人達に簡単に作ってもらえるんだからいい環境だな奏芽の周りは。そして葵ちゃんの唐揚げ美味しい。


「それで、ニカエルさんどうするんですか? 奏芽さん探すんですか?」

「私? 今日一日中奏芽として過ごしてみるよ」


 今日の予定はこれで決まり。学校の中でもスマホの中で過ごす事しか出来ないし、羽根伸ばしには丁度良い。


「さて、昼休みを利用して学校の中を探検してみようかな」

「ならば私も付いていきますよ」


 ということで茉白ちゃんも付いてくる事になりました。

 ててれてれて、てん♪


 教室から出ると廊下なんだけど――


「一年生って何組あるの?」

「教室は各六部屋、という事は六組ありますね」


 ここから左右を見通すと確かに廊下に並んで入り口が六部屋分あった。


「へー、でも普段から奏芽この教室から動かないよね」

「その――お友達無いんでしょう……」


 変に茉白ちゃんの分の地雷も踏んじゃって私は申し訳ない気分……。

 沈んた気分にしちゃってごめんね、茉白ちゃん。


「それで、四階、五階になると上級生の教室ですね。特に親しい人も居ないので行ったことないですけど」

「特に奏芽と仲良さそうな人もいなさそうだし、他の所案内して」


「わかりました」と笑って言い、私の手を取る。

 あの時と違って少し積極的になったんだね、茉白ちゃんも。





 二階は職員室と校長室なので特に目に付くような物も無く、茉白ちゃんに次に案内して貰ったのは食堂。数百人が収容できる程の大きさで、更に食券を買って自由に頼めるシステム。和洋中、そばうどんラーメン、パンごはん、肉野菜魚と色々頼める。


「でも、人が少ないのは何で?」

「正直な話、味に期待出来ないんです……」


 ああ、そういうこと……それじゃ皆お弁当持って来ちゃうよね……せっかく食堂に来たけどそう言う話を聞いてしまったら腹の虫も寝たまま。

 ……次の場所に向かう。


「そういえば、ニカエルさんが着てるその制服って」

「そう、これ奏芽の! 私が着ても中々似合うでしょ」


 上着の胸辺りがちょっとキツめだけど。


「後で怒られません?」

「大丈夫でしょ……でも奏芽どこ行ったんだろう」


 朝から疑問に思ってるけど制服も財布もスマホも部屋に置いたまま鎖から抜け出して私も自由の身になるという特異な事が起きてる。私は別にこのままでも構わないけど朱音ちゃんも葵ちゃんも気にしてるから早い所奏芽を見つけなくてはならない。この学校のどこかにいるのかな?


「着きましたよ、図書室です」

「おおー、ここが例の」


 奏芽が学校内をうろつく事が無いからここに来るのも入学式以来、図書館のような図書室……だったかな。


「わっ、扉開けてみると結構人いっぱい。これはくつろげないや……」

「そうですね、次の場所向かいますか」


 今の目的は学校案内だから場所覚えるだけでいい。食堂が人気無くて図書室が人気ってかなりアンバランスな事態が起きてるけど櫻見女はこれを問題視してないのかな……。


 リラクゼーションルーム、といってもここまた自由度が高い場所で携帯をいじったりここでゲームしてたり。つまりインドア系の集まり――。


「はぁ、人間ってつくづく付き合い悪いよね」

「えーと、何とも。ふふ――」


 茉白ちゃんは苦笑い。

 私も元は人間だけどリラクゼーションルームのこの集まりを見ると如何にゲームにハマってるのかって分かってしまう。私も暇だからゲームをやりだしてるけど、ここまでガチに熱中してしまう事はないかなー。


「新人? ――ここは来る所じゃないよ」

「むっ、ちょっとその言葉腹立つ」


 そのゲーム機を壊してやると思って体の中心に気を込めたけど残念ながら今日は天使を止めてるから何も出なかった。害を侵してない人にプロレス技を掛けるのも失礼だから次の言葉と私の手が出る前にこのルームをでる。


 キーンコーン――


「ありゃま、昼休み終了」

「教室に戻りましょうか。ニカエルさん」




          ※  ※  ※  ※




 そのまま帰宅する時間となった。この時間になっても奏芽のスマホには何も連絡が無く、特に学校内にもおらず。ただ私が学生として過ごして終わった。


「さて、ニカエルちゃん帰ろ。もう終わりだよ」

「うん、帰ろっか――」


 朱音ちゃんに誘われてカバンを持ち上げて帰る。


「今日一日どうだった?」

「私も勉強する事多いみたい。奏芽の凄さっていうより人間の凄さをちょっと知ったかも」


 天界では教わらない事ばかりでまだまだ私も未熟者だと改めておもった。必要ない事ばかりと言われれば、確かに必要なしな事ばかりかもしれない。でも必要無い事も勉強してみれば、思いのほか楽しい事にありつける可能性もあること。つまり勉強って無限大……頭にたたき込むのか大変だけどねー。


「なんか眠くなっちゃった……保健室で寝るかな」

「ニカエルちゃん保健室は寝る所じゃないよ――」

「じゃあ教室でちょっと寝る」

「あたし行っちゃうよ?」


 顔を俯けたまま手を振って朱音ちゃんと別れる。


「ふあぁ……」


 ヤバい、結構本格的な寝に入っちゃうかも。




          ※  ※  ※  ※




 ――……エル。

 ――ニカエル。


 そう私に誰かが呼んでる。教室で寝てから大分時間が経ってしまって先生が起こしにでも来たのかな。そうだったら直ぐに立ち上がって――


「ってあれ? いつの間にか布団の上……」

「おいニカエル。いつまで寝てんだ、ちょっと不安になるじゃん」


 教室の机じゃなくていつもの奏芽の部屋、そして夏からいつの間にか引いて寝てる布団の上。


「学校……」

「そうだニカエル、今から学校」


 ……脳裏に焼ける程の強い記憶、なんだったのかな。


「奏芽、私昨日って何してた?」

「何してたって、久々にレジェンドステーキ挑戦して食べ切れたのはいいもののお腹崩して夕飯無しで直ぐ寝た。これでいいのか?」

「そっか、うんありがとう」


 奏芽もいる、鎖もある、力も元の通り。

 昨日からずっと夢見てた。天使の力が使えないのは不便だけど少しだけ人らしく過ごせたから夢でも嬉しい。――神様、大天使様。もしかして私に少しだけ人という猶予をくれたのですか? でもお構いなく。


「よいしょっと……ニカエルいくぞ」

「はいはーい♪」


 今は唯川奏芽という『男』と一緒にいるのが楽しいですから。

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