31話 『女』達の本日、雨模様
八月二十三日――
今日起きて一発目に分かった事。分かった事というのは別に家の周りとかニカエルとか俺達周りの事では無く、世界中……は大きすぎて夏風町全体の他、この夏風町がある都道府県に関係する事だ。と言っても大半は日常通りに過ごせるが、約束がある者にはショックな出来事かもしれない。
――雨だ。しかもにわか雨とかじゃなくて、超が付くほどの大降り。
と言っても水族館だし、屋外イベントは無くとも屋内で見て感じる事は出来る。
「私、水族館行きたくなーい」
「なんでだよ」
久々にニカエルが駄々をこねる。既に先日、約束をした後だし強制的に共に行動するとはいえニカエルが決める事ではない。俺は服を着替えながらもニカエルの話を聞いていく。
「だって魚って気持ちが読みづらいもん、もわもわもわ~って。何考えてるのか分かんない」
「……どういう事なんだよ、気持ちが読みづらいって」
「何か意思疎通しようとするとぐちゃぐちゃってなってるもん」
「お前の言ってる事がわからん、というか意思疎通出来たのか」
初めて聞く事ばかりだが、別に俺には影響する事ではないからニカエルも半ば連れて行くことにした。やっぱり天使の話というのは変なことばかりだ。特に魔法に関する出来事に対しては。
「カナちゃんやっほー。って、わっ⁉ 着替え中⁉ ごめん!」
「急に朱音が扉開けるからこういう事になるんでしょうよ」
特に連絡も無く俺は駅前で待とうとしたが、朱音が来たということは雨天決行のようだ。やっぱりこういう時の水族館というのは中止が無くて済む。――俺自身としては中止にしてほしかった。人からは四人(五人)で遊びに来た仲良しに見えるが、三股(四股)……なんだよな。女子だらけの中の男子というのは中々気まずい物がある。その逆も然り。
「朱音、着替え終わった。開けていいよ」
「はーい。……物足りなくもあるし、十分さもある」
「何の話?」
「むね。おっぱい」
服装は以前に名胡桃さんとのデートに買ってもらったコーディネートだが、横縞や縦縞というのは胸を強調させる作用というか服の効果があるらしい。名胡桃さんが言ってたのは「ヘルムホルツ錯視」……だったかな。尚、AAカップの俺にはそういう効果も無く、ただ板なだけだった。身長も伸びて見える効果があるからそっちの方が正しいのかな、効果としては。
「胸は言わないでくれ……わたしが一番に気にしてるんだから……」
爆、大、並、貧。どれにも好きな大きさがあるけども、どれも貴重なステータスであり特に大と並には人気がある。でも貧からしたらどれも爆に見えてしまうのだ。目の前の朱音もそうだし並であるニカエルも爆に置き換えられる。最近は『男』になっても「くそっ」と思ってしまう事も多くなってきた。悔しいぞ、俺は今。
※ ※ ※ ※
傘を刺して朱音の横を歩く。そういえば、久々に朱音とも出掛けるな。
「カナちゃん、ザッシーとはいつ仲良くなったの?」
「ん? 神指さんとはかなり前から」
朱音は目を大きく開く。
「かなり前っていつ⁉」
「えーっと……あの時は、四月だな」
「ああ良かった。そう、そうなんだ」
「だいぶ前でしょ?」
しかし、その朱音の様子を見てみると俺より更にだいぶ前から知ってる様子のようだが、小学生から? それとも中学生の頃に神指という名前はあっただろうか。俺は他のクラスと仲が良いような事は無かったけど、朱音は陸上部でかなりの交際はあっただろうし、俺より友達は多いだろう。……やっぱり俺は道化師みたいな存在なのか?
「ザッシー。今日もドジ踏まなきゃいいんだけど……」
「中身は結構優秀だと思うんだけどね」
「でもそのドジな所も踏まえてザッシーだから」
「…………」
神指さん、結構な雑扱いを受けてますよ……朱音のこの考えを聞いてると。
駅前に着いたけど未だに名胡桃さんと神指さんの姿はなし。二人の家の位置は知っているけど、二人の朝は非常に目覚めが悪そうだしな。特にこの時間までという約束まではしてないから暫く待つとする。
名胡桃さんは朝は目覚めるものの、朝のストレッチをして体をほぐし、体を暖かくして出掛ける。
一方で神指さんはガチの朝弱。一度この夏休みに朝から神指さんの家に来たけど、ぐっすりと寝ていたかドタバタと支度をして俺の前に出てきた。詳細は神指さん本人にとって恥ずかしい出来事だから言わないでおく。
「…………」
「どうしたのカナちゃん」
「いや別に」
「ならいいけど」
特に問題にはしてないが、もしこのまま来なかったらどちらから電話すればいいのかという下らない考えをしていた。――電話する順番を考える馬鹿なんているのだろうか。電話する前には必ず二人は来ると思うけど。
「早く来すぎちゃったかな」
「そんな事は無いと思うんだけどな。それにしても、ここから近い神指さんも中々来ない」
やっぱり雨天中止だったかと考えているとスマホの着信音が鳴った。
同時に朱音の方にも電話が鳴る。
「名胡桃さんからだ……そっちは」
「あたしはザッシーから」
着信者を見てから俺達はスマホを耳に当てて声を聞く。
「「もしもし」」
「「ごめんなさい、もう集まってますか? 今日って雨ですけど集まるんですか?」」
二人に掛かってきた電話の内容は一緒だった。あの二人は集まる気は無かったようでこの時間までぐっすりと寝ていたようだ。……俺達が律儀だったか。
「「いまから行きますので、待ってて下さい……」」
「……だってよ」
「だってね……」
駅前に集まってた俺達はため息をつく。
「それで、神指さんの様子はどうだった?」
「えーとね、集まってるって行ったら凄い近くでゴンって音して扉開ける音して切れた」
「カナちゃんの方は」
「わたしは名胡桃さんから電話掛かってきたけど、特に大きな音も無く切れた」
二人の違いは歴然であったな。名胡桃さんは家との距離があるから時間掛かるだろうけど、神指さんは早く来るだろう……。もう暫く、お待ちするとしよう。
椅子に座りたい所……だけど雨に濡れていて服が汚れる濡れる。
特に朱音との会話も無く時間が過ぎていき――
「お待たせしました、堂ノ庭さん、奏芽さん」
「来た来た」
「ごめんなさい、特に連絡も無かったので……」
「神指さんが提案した事だから神指さんから連絡来るかなと思ってたら何も無くて」
地味苦しい言い訳だけど、提案したのは確かに神指さんだから連絡の有無ぐらいはあってもいいが、さっきの電話先の話を聞く限りは、本人も誰が幹事なのか分かってない様子なのだろう。
……それにしても神指さん、名胡桃さんが先に着いてしまって誰よりも遅い状態なのだけど大丈夫なのだろうか。
「直ぐに来れない理由なんかでもあるのかなぁ……」
「神指さん血液型は何型だ……」
ここまで来ると血液型さえ気にしてしまう。――特にそういうのは普段気にしないが、そういう影響というのは何処かあるのは分かる。因みに俺の血液型はO型だ。
「お待たせしました~……って私最後……」
「遅かったね。でも来たからにはもうどうでもいいや……電車乗ろうか」
ようやく四人集合、ニカエルも含めると五人だけど今回はほぼ居ないようなものだし、水族館は嫌いなようだしスマホの中でじっくり過ごしてもらおう。
※ ※ ※ ※
電車のボックス席にて朝食を取る。名胡桃さんも神指さんもそこまでの準備が無かったので俺に対しての朝食が無い。残念といえば残念だが、これも全て雨のせいなので恨むべきは雨だ。……今日は駅内のコンビニのおにぎりとパックになってる野菜ジュースで我慢をしよう。
「……外は随分振ってるなぁ、もっと強くなるかな、これ」
「大丈夫ですよ奏芽さん。遊園地で遊ぶならともかく水族館ですから」
「そう言っておきながら名胡桃さん来るの遅かったじゃない……」
「んっ……それは、その――」
素直に「雨天だから集まらないと思ってた」と言えばいいのに。どうしても言えない事ではない、何故ならもう一人も雨天で中止だと思っていた人が名胡桃さんの横にいるのだから。そう、最後に遅れてきた神指さんがいるのだ。
「食べれる時に食べなくちゃ駄目ですよねー、そういえば名胡桃さんって料理得意なのですか?」
「私ですか? 簡単な物なら」
……思ってみれば、ここの三人は皆料理が出来る友達。以前に三人の手料理は全部食べた事があるけど皆よく出来て美味しい料理しか作らない。俺はつくづく良い環境下にいるんだな、料理が出来ない友達だったら一体どういう物が出来るのだろうか? ……考えたくはないけど、まだ不安になるような事ではない。現実に起こってから不安になることだ。――決して起こりませんように。
電車の中でガタンゴトンと揺れながら移動する中、普段うるさいはずの朱音が俺の肩を借りて眠っている。その中で何か物足りないと思ってると、ニカエルの姿が無いからだ。理由はスマホの中にいるからなのだが、ここ最近はニカエルも外に出ての行動が多かったから、少し違和感に感じている。今日はずっと違和感が続くが、そもそもこうして四人で行動してる事が超が付く程の違和感だった。
夏風町は駅を中心に二つに別れている。一つは商店と住宅が広がってる北側と、もう一つは海と大きな公園がある南側。簡単に言うと商店街と海街だな。その中で俺を含む名胡桃さんと朱音はこちらに住んでおり、神指さんは海街の方に住んでいる。これにて、一緒に帰るグループというのが出来て、結果そのまま反映される仲良しグループがその商店街に住む俺らという事になる。
と、言う事は。本人には言えないけど神指さんはぼっち状態――。
言ったら殴られる。以前の夢みたいな結果が出るかも……。
「ベーコンと、ハム。どっちが美味しいんですかね?」
「私は……ベーコンをカリカリにしたのが美味しいかと……」
神指さんと名胡桃さんはどういう話をしてるんだ……。でも神指さんは名胡桃さんとの絡みがあまり無いだけ、こういう不思議(?)な話も出来るのだろう。こうしてもっと商店街側の生徒達とも仲良くしてほしい。
「茉白さんはベーコン派と……奏芽さんは?」
「えーっと、ベーコン……かな」
「なるほど」と一言言ってからガラケーをカチカチとキーを押していく。そのメモは一体いつになったら使うのだろうか。というか、神指さんは多分スマホも扱えると思うんだけど、いつになったらスマホに買い換えるのだろう。多分トグル操作の方がグッと楽になるかと。
「……カナちゃん、着いた?」
「大丈夫、電車の揺れでゴンってなっただけだから」
「そう…………」
一瞬揺れて朱音が起きたと思ったらまた肩を借りて寝る。
珍しく二度寝するんだな朱音。
「……あ、聞きたい事があるんだけど神指さん」
「あ、はい? どうしました?」
ガラケーを閉じてカバンの中にしまって聞く体制に入る。
「朱音とはいつ仲良くなったの?」
「えーと、それはですね。あの時はいつだったかな……受験の時でしたかね。その時にお昼休憩入って、私ご飯忘れてしまって。そしたら朱音さんがお弁当の段の下を渡してくれて」
「へー、そんな事があったんだ」
またまた意外な接点だな。
神指さんがお弁当を忘れるとか神指さんらしい。
「でも、お弁当の下の段って白米でして」
「え」
「私はおかずも無しに白米だけ食べて過ごしました……」
少し泣きながら話す朱音と神指エピソード。朱音もちょっとおかず渡すとかしろよ……ということは朱音はイロドリミドリで食べ、神指さんは白一色で食べきったのか。――それ酷い、どう考えたって。
「優しさを……感じたのね、神指さんは」
「でも逆を考えると、朱音さんもおかずだけで食べてたんですよね」
「どちらも犠牲を払う覚悟で食べてたんですよ」……神指さんそれは違う。絶対に違う気がする。
※ ※ ※ ※
電車から出ると出る前より雨風が強くなっていった。
――そしてそうなると、不幸は続いていく。
「水族館、突風と豪雨により。営業中止!」
電子掲示板にはこう書いてあった。流石に屋内営業と言えどもシロクマや他の水族館の動物達のストレスを考えると営業どころではないな。――チクショウ、ここまで来て帰れという事か。
ちょんちょんと肩を指で軽く叩かれる。誰だ、と顔を向いてみると神指さんだった。
「水族館の隣、科学館だったら営業してますって」
「科学館か……ここで立ってても何も出来ないし行きますか」
致し方なし。水族館から科学館に変更だ。女子四人で科学館は楽しい――のかは分からないけど、俺が言った通りここで立っていても水族館の開店の目処は今日既に予定済みだし、科学館が開いているのだったら科学館に行くべき。
「一〇〇〇円ですか、水族館より五〇〇円安いのですね」
「水族館の方が高いのか……そりゃそうだな」
科学館の維持費などそれなりなものなのだろう。
早速チケットを買って中に入ると、子供……というよりややアホな朱音が一番に喰い付いた。こうして反応を見ると普通に理科を習うより、楽しんで習ったほうが頭に覚えやすいというのだろう。原理は分かってないだろうけど。
「パラボラ音声伝達だって! カナちゃん! 向こう立ってー」
「はいはい」
数十メートル離れてるけど、どんなに離れていてもパラボラ音声というのは届くらしい。糸電話と一緒であるな。パラボラに耳を当てて朱音の返事を待つ。
「……カナちゃん、好きだよ」
「…………」
これ、どう返せばいいんだよ。
「……あれ。カナちゃん聞こえたー?」
「名胡桃さん達に聞こえてたらどうするんだよ」
パラボラに声を当てて朱音に返す。一方で名胡桃さん達は振り子でのリサージュ図形を楽しんでいるからこちらの会話は聞こえていないだろうけど、もし真ん中に名胡桃さんもしくは神指さんが居たらドキッとする会話になるぞ。
「朱音」
「奏芽」
「…………」
「パラボラ音声って凄いね!」
何かを話そうと思っていたけど、どうでもよくなってきた。でもパラボラ音声機を通して話す事ではないから俺はやっぱりどうでもいい話をしようと思っていたのだろう。
さて次に四人集まって来たのは錯覚を起こすという部屋。とりわけ、俺は科学に関しての授業は微妙だけど、原理は話せないけど理屈は知っていると言った科学ボーイだ。それから人間が起こす錯覚というのは特に理屈が難しい物が多い。それを知らないで入ると……
「ご、ごめんなさい奏芽さん。ふわふわして……動けない……」
「大丈夫? 神指さん」
床も壁も天井も斜めに傾いた部屋では脳内が錯覚を起こしてまともに歩けなくなる。そして部屋に置いてあるボールを投げると坂になっているのに上の方に向かってボールが飛んで行くので余計に錯覚を起こす。これを見て朱音は面白がるが、神指さんは大混乱。
「な、なんで? なんでボールが上に飛んでいくの……っ? ふええ……?」
遂に脳内パニックになってしゃがみこんでしまった。一方で全体的に理屈も原理も知っている名胡桃さんは余裕の顔でこの錯覚の部屋内を歩いて行く。持病持ちなので名胡桃さんのこんな余裕な顔は初めて見た。
「神指さん目をつぶって」
「はいっ……」
ギュッと目をつぶって俺は神指さんの手を掴み入り口まで介護してあげようと思ったら余計に暴れだす。
「こ、神指さんっ」
「だ、駄目です! 奏芽さん駄目ですって! 余計に変な所に行こうとしてるでしょう⁉」
「落ち着いて神指さんっ。今は落ち着いて」
俺は神指さんにもたもたするが、名胡桃さんは相変わらず余裕にこの部屋を時計回りに歩き、神指さんの下へと近づく。そしてトントンと肩を叩いて「目を開いて」と声をだす。
「ふぇ……あれ、普通だ」
「出るなら今のうちですよ」
そういえば、目をつぶれば感覚がリセットされるから今の内か。神指さんは自分の足で立って入り口へとさっさと行った。名胡桃さん流石。やっぱり俺よりも理解が深い。
「アホ二人もいると苦労しますね……」
「名胡桃さん今なんて⁉」
「あ……いえ。忘れて下さい! ごめんなさい!」
「う、うん」
今、名胡桃さんの腹黒さが見えた気がするけど、きっと小説やライトノベルの読みすぎなのだろう……きっとそうだ、ビジュアル違いはあってはならない。俺の中では今でも可憐な少女だと思っているのだから! 忘れろ。今直ぐ、コンマ早く忘れろ奏芽! たまたま名胡桃さんは疲れているだけなのだろう。電車での移動も長かったし。
「ザッシー一人に出来ないからあたし達も出ようよ」
「……そうしよっか」
取り残された俺達三人はこの摩訶不思議な部屋から出る事にする。一本ミネラルウォーターを買って神指さんに与えるとしよう。気持ち悪くなってるみたいだし。はしゃぐ朱音に対して疲れてしまっている神指さんの姿が見えた。錯覚に疲れて椅子に座ってた。
「神指さん大丈夫? はいお水」
「ありがとうございます……科学、楽しいですけどやっぱりこういう事ですよね」
「どういう事?」
「私は自然の中で育ってきた物ですから変な所に行くと疲れちゃいます」
なるほどね、普段から慣れない場所っていうのは来たくないものだろうし、言い方が悪いだろうけど神社以外に行く所があまり無いのだろう。――無理に出来ない事を押し付けるのはやめるか。
「ザッシー! ザッッシー」
「ん? はーぁっ??」
あーあ、なんてアホ。マジックでも使われる錯覚の一つ。上半身がくの字に曲がった鏡で隠れてその上は朱音が顔を出してニッコリしている。鏡は背景で一体化してほぼ透明……にはなってないが、反射して同化しているから透明に見える。そしてその姿を見て神指さんは頭の上にハテナばかり出ている。
「首から下無いですよ奏芽さん。アレどういう……」
「近くまで寄ってみるといいよ、神指さん」
言われた通りに椅子から立ち上がり、その装置まで近づく。
「……なるほど」
「分かった? ザッシー」
「十分に分かりました」
「理解すれば気持ち悪くならないでしょ?」
案外、朱音の馬鹿丸出しな行動も役に立つ。科学恐怖症から引き出すには科学をぶつけるしかないという訳か。多分、朱音はそこまで考えていないだろうけど……考え無しの行動も時には究極の一歩になるという朱音の行動かもな。
「私、もうちょっと科学楽しんでみようと思います」
「うん、面白いのいっぱいあるから」
四人それぞれ違うけど、それなりの個性があるから支え合いが出来るのだろう。水族館から科学館に変わったけど、ちゃんとこの科学館で楽しめたから安心。
「カナちゃん、無重力体験機だって」
「ついに科学はここまできたか」
テレビとかで稀に見る一度は体験してみたい第一位に入るあの無重力だな。と言っても擬似的な物で、アーム状の物で体を固定させて飛んだりすると緩く浮くといった装置だ。とりわけ水が宙に浮くとかではない。これこそ神指さんに経験してほしいものだ。
「あ、私がやるんですか? いいですよ」
「前向きになったね、神指さん」
体験機ぐらいだったらそう簡単に気持ち悪くなるような自体にもならないし大丈夫だろう……。早速神指さんは体をその機器に貼り付けてベルトを付ける。
「これで足を浮かせればいいんですよね?」
「うん、軽く飛んでみれば体験出来るよ」
無重力体験というより、月での重力体験の方が正しいだろう。
神指さんが軽く足を浮かせると長い時間浮き、また足が地面に付く。
「わ、わわ、凄い」
「これだったらもうちょっと強く蹴ると天井届くんじゃない?」
「やってみます」
腰を落とし高く飛ぶ準備をする。
「それッ」
「おー」
思った以上に飛んだのか神指さんは宙で驚いている。これは誰でも喜んで体験出来るわな。
――しかし神指さんが宙に浮いたまま帰ってこない。
「あ、アレー? 神指さーん?」
「た、高いですよー! 奏芽さーん!」
この後、科学館のスタッフが飛んできてこの無重力体験機には修理中の札が貼られた。規格外以上に神指さんの脚力が強すぎて無重力体験のアームが壊れてしまったとのこと。何も神指さんが悪い訳ではなく、その神指さんの脚力に対応出来なかったこのアームが悪いという事でこの事件は済んだ。でも降ろされた後も神指さんは動じず、まだまだ科学館で楽しみたいという前向きな意見が出た。
※ ※ ※ ※
未だ雨模様で日が落ちてるか分からないが、午後の五時になったので電車に乗って夏風長に帰る事にした、朝から夕方まで遊べたのだから上等だ。そして遊びきった特に二人は疲れて寝ていた。
「まぁ――たまにはこういうのもいいよね、名胡桃さん」
「はい、悪くないですね」
行きと同じくボックス席で前には寝てしまった朱音と神指さんの姿。
「よーく寝てますね、二人は」
「よく科学館に寄って果てるまで遊んだよ、この二人は」
朱音はややアホだからともかく、各所にある科学の説明を一つ一つ読み上げていた神指さんは勉強になったんじゃないか? 一回トラブルがあったけど、その後も楽しそうだったし、一つ体験機があれば乗っては笑顔を見せていたし。大きな進歩となっただろう。
「奏芽さん、もう少しで学校始まりますね」
「ん? うん、また商店街で待ってるんでしょ」
「はい、また一緒に行きましょう」
「いつものように……ね」
学校の事などと、この夏休み中ずっと考えてなかったけど始まったと同時にまた俺の条件のカウントダウンも始まる。そしてその条件の時間が発動したと同時になるべく短い時間で神指さんに俺が『男』というのをバラそうという考えをしている。――大丈夫だろう、と思っているけど今回事前になるようなアイテムも無いし。絆創膏やスマホを置いていくような自体でバレるような事も無い。つまり一発勝負……ということになる。でも要素は十分に出来ている。夏休みが終わるまで神指さんとはゆっくり過ごす事にしよう。
「奏芽さん? そんなに神指さんをじっくりみてどうしたのですか?」
「……この夏休み、色んな思い出があったなと思ってさ」
「ふふ、色んな事あったみたいですね」
「うん、楽しかった」
名胡桃さんも察したようで。
相変わらず名胡桃さんの前じゃ嘘は付けないな。
「さて――電車降りるまでこの二人が起きるといいんだけど」
「ちょっと――起こしづらいですね」
朱音がゆっくりと倒れて神指さんの太腿を借りている状態になってるんだけど、これは誰から見たって起こしづらい状況になっている。これは最終駅まで起こさなくてもいいのかな――。
「朱音から起こして、神指さん起こす?」
「いえ、面白い状態ですから神指さんから起こして堂ノ庭さんでどうでしょう?」
ついにはどちらから起こすか、と考え始める目覚めている二人組。これも女子ならではの会話なんだろうと俺は考えているけど、絶対違うだろう。でも男同士だったらこれは中々悪い展開にはなっているから写真の一枚は撮ってしまうだろう……
「いや、一枚取るべきだな。そして朱音から起こす事にして、SNSで送る」
「良い提案ですね。後で私にも下さい」
それほど、今の状況が幸せに見えた。その後、夏風町に着く前に神指さん達は起きて、先に朱音が起き上がって舌打ちする展開になってしまったという事。……釣れねぇな、神指さん。




