30話 その後の『男』の様子
八月十九日――
「さぁ答えろ! 本当は神指さんに何を吹き込んだ!」
「はーなーしーてーっ! 言っても奏芽の得にならないよー?」
ニカエルの両手を掴み、足をまた俺の足で押さえてベッドで尋問している。この状況まで持ってくるのは一苦労だったが、こうしてニカエルが逃げれない状況を作れたのは好機。
「得もどうもこうもない、何を吹き込んだのだけ教えればいい。射的とかの魔法は絶対わざとだろ」
「別に? 神指さんが景品欲しそうだから奏芽に魔法を掛けただけ」
これでは埒が明かない。
ああ言えばこう言う。
「じゃあ言い方を変える。お前何をバラした?」
「バラした? 私は何もバラしてないよ」
真顔で目を見合わせる。普段笑ったりする事が多いニカエルがこの顔になるのがおかしいと言った所だ。自分はただ単に神指さんにあの夏祭り当日の今朝に何を話したのかと聞きたいのに、魔法の件を言えば「欲しそう」だからと言い、バラしたのかと聞くと「何も」と返す。
「それより私疲れた。いつまでも上乗っかりすぎ」
「お前があの今朝に何を話したのかを言うまで俺は退かないぞ」
ニカエルは顔を膨らませ、横を向く。そんなに口を固くする事も無いじゃないか、ただ俺は真実を聞きたいだけなのにプライバシーに掛かる話でもしたのか? というか、神指さんが聞いたのは俺に関する話でそれをニカエルが今、俺達以外誰も居ない部屋で話してくれたっていいじゃないか。
「……ふっ」
「ひゃん!」
ニカエルの耳が見えたから息を吹きかける。
「俺と真っ直ぐ向いて話せ。じゃあ一個だけでいいから何を話した」
「……うー、私が天使だってバラした……それだけでいい?」
「やっぱり。少し神指さんも口が滑ってたからそうだと思ったよ」
「気付いてたの?」
「薄々な」と一言口に出し、ほんの少しニカエルを掴んでいる手と足から力を抜かす。昨日思った通りにニカエルは神指さんに天使だとバラしていた。別にニカエルのみにデメリットが生じるだけで、俺には問題は来ないと思う。じゃあ何を気にしているのかと言うと……門外不出の話だったのが、ついに一般人にまで出てきてしまった事。これを神指さんが他の人に話さなきゃいいのだけど……。
「奏芽……ずっとこのままでいいの?」
「なんで?」
ニカエルが指を扉の方向に向ける。その方向に目を向けて見ると僅かに扉が開いており、誰かが覗いている気配を察す。
「じーっ……」
「あ、朱音⁉ 何見てるんだそんな所で!」
大声を上げて気付かれたからか、朱音は急いで扉を閉めて階段を駆け下りる音が聞こえた。この状況は見て分かるような状況ではない、完全に前戯に見えるからだ。
「待て朱音! 特に深い意味は無い!」
部屋を取び出し朱音を追いかけるが直ぐに見つかった。階段を降りた先、玄関の横の床で三角座りをして顔を赤くしていた。口を波のように歪ませて、目を細くしている。
「あ、あたしが勝手に入って覗いただけなんだから……ほら、続きやるんだったら……ここで待ってるから」
「終わったから!」
「もう終わったの……? カナちゃんって早漏……」
「そうじゃねー! 朱音そうじゃない! お話し合い! おーはーなーしーあーいいいいいい!」
「お話し合い? でもどうして上に乗ってたの」
「はぁ……はぁ……押さえるの必要だったから押さえただけで」
「そう」……あっけなく答え元の朱音に戻る。
少し取り乱したが問題はない。
※ ※ ※ ※
真夏の公園に連れてこられベンチに座る。朱音からはここで何をするのかを聞いていないがとりあえず見てて欲しいと言われた。
「強く在れ、機能的であれ――」
朱音が小さく何かをつぶやいた後に突如走り出し、鉄棒に向かっていく。向かっていくといっても横に連なってる鉄棒の方では無く支えているそちらの棒に向かい、一蹴りしてその上に立ちバランスよくその鉄棒の上を走っていく。その先にはブランコの鉄柵があり、鉄棒の最後で体を一回転させブランコの鉄柵を乗り越え、その先の鉄柵をまた体を一回転させて次の場所へと走る。といっても最後になるが、シーソーに足で乗り、その上で助走を付けて捻りを入れた一回転をして上手く着地をする。
一汗掻いて俺の隣に朱音が座る。
「どう? カナちゃん」
「どうって……怖かったよ、落ちるとか足を挫きそうとかで」
「大丈夫、トレーニングみたいなものだから」
「これがトレーニング……」
最近のトレーニングは変わったな。ついに陸上に飽きて体操部にでも入部するつもりにでもなったのだろうか、元々朱音はこういう運動系が得意なのは知っていたが、体を浮かせるような行為までするとは思わなかった。朱音は遂に重力を無視するようになったとなると……人間を止めている気がしてきた。
「これはパルクールっていって、超効率的に移動するギジュツ……っていうのかな? フランス発祥のギジュツなんだ」
「パルクールねぇ……そんで、俺を呼んだ理由は」
「やってみて」
「無理」
誰だってさっき朱音がやった事を今やってみろって言われてもそれは訓練が必要だし、下手したら股間を打って子孫が生まれないような事なんてなったら悍ましくて余計に出来ない。
――いや待てよ、股間の物は俺だったら消せるんだ。スマホを取り出して〈ヤサニク〉に発信をして『女』になる。服が大きくて少し余計だけど、袖を捲くれば軽く動ける。
「おーカナちゃん本気。じゃあ鉄棒から」
「おうよ!」
言われて早速飛び出し、鉄棒に向かって真ん中を一蹴り――出来ず、するりと抜けて股を強打する。
「うっ⁉ ぁぁぁぁぁぁぁ――」
股に衝撃が走る。
とにかく押さえて痛みを何とか緩和しようとする。
「痛い痛い痛い痛い……」
「カナちゃん、多分直ぐに引くと思うんだけどー……ダイジョウブ?」
「痛い痛い……あ? ああ、そうだ……うん」
「…………」
朱音は苦笑い。やっぱり『男』での行動っていうのは身に付いてて自然にこういう行動が出てしまう。ついうっかり股を押さえてその場で悶絶(風)をしてしまった。
「カナちゃんには無理だねー。パルクール」
「無理に決まっとろう……いたたた……」
「頑張れば屋根に登って移動したりとか、フェンスを軽々と乗り越えたり」
「お前の普段の移動じゃないよな?」
というか屋根に登っての移動は以前に見たような気もするが、朱音はちゃんと顔を横に振った。ドヤ顔で……そこは普通の顔で横に顔を振ってくれよ。最近は顔で騙される事が多いからちゃんと真面目な表情をしてくれ。頼む、変なお願いだけど。
「じゃあ本題だけど、シロちんも呼んでるから」
「なんだ名胡桃さんも呼んでるのか。――まさかパルクールさせるつもりじゃないだろうな?」
「うん」
「…………」
俺は正直な気持ちで朱音の頭にチョップを直撃させる。
「うぅぁ――冗談ですぅ……」
「冗談でも言うな」
名胡桃さんは運動が苦手なんだし、このパルクールっていう恐ろしい技術を教えないで欲しい。変な影響して興味をもってやりそうだし、やって下手して怪我でもしたら俺が大いに泣くから。
「そんで、本題の本題は何だ」
「三人で食事した事無いからこれからイタリアンレストランでもって、シロちんが」
「最初からそういえば頭イタイイタイにもならなかったのにな」
「ごもっともです――」
朱音の頭に俺のチョップで出来た膨らみを撫でる。
これで少し気が落ち着くといいのだが。
「お待たせしましたー……堂ノ庭さんどうしました?」
少し経ってから名胡桃さんがやってきた。
※ ※ ※ ※
以前にニカエルと来たこともある商店街から少し離れた例のチェーンレストランだ。とりあえず、値段が安くて美味しいと言ったらここと言える場所でもあるけど、メニューの少なさが目立ってしまうのはこういう点があるのだろう。
しかし、そういう問題も知らずに食べるのが二人もいる……。
「やっぱり……もぐもぐ……美味しい……もぐ……レストラン……」
「奏芽の……もぐっ……お財布……もぐもぐ……にもやさしい……もぐ」
「はぁ――」
前にもこういうシーンがあったような気もするが、財布の中身は覚悟している。今回は一人一人の支払いにはなるから茜の分は支払わなくていいけど、ニカエルの分は俺が支払わなくてはならないから大分の損になる。
「そういえば、カナちゃんちゃんと夏祭り楽しんだ?」
「充実したなー夏祭り。今回は海街の道でやっててな。花火も上がってた」
「へー、合宿意外と楽しかったから別に興味もないや」
「なんで聞いたんだよ……」
「ふふ、東京もたくさん花火とか上がってましたよ」
「いいなぁ。一度は東京で一泊過ごしてみたい」
「私の父の家がチヨダ区なんで東京駅出て直ぐですね」
「チヨダ区……そこまで東京は良くわからないな」
なんだかんだ言って朱音も名胡桃さんも夏風町を離れてかなり楽しんでいたようだ。――その間、俺は神指さんと楽しんでいたのだけど、名前バレをしないためにもここは黙っておこう。特に嫉妬を買いそうだし、そういう厄介毎は回避していきたい。今後ともね……。
「夏祭りも、あと半月で終わるけど皆どうやって過ごすの? 特にカナちゃん」
「特に面白い過ごし方も無い。ボーッと学校が始まるの待つよ」
「えー、じゃあシロちんはー?」
「もう夏風町でのイベントも無いですし、私もこのまま奏芽さんと同じく」
「なんかつまんないなー」なんて朱音は言っているが、もう半月ともなると何処にも出掛けられず大半の学生は家で過ごすか、友達の家にでも遊びに行く事が多いだろう。俺達はそうなのだから他の人もそうだと思う。特に宿題が残ってる学生はここが追い込み時だ。因みに俺はもう宿題は終わらせてあるのでゆったりとするだけだ。
「二人共さ、もっとアクティブに、アウトドアに行こうよ。半月あれば日帰りも行けるでしょ」
「なんだその広告みたいな言い回しは……」
その言葉を聞きつけてか、テーブルの上にバンと水族館のパンフレットが出される。
「ああ、名胡桃さんの提案はこれ……」
「いえ、奏芽さん。これ私の提案じゃないですよ」
「え?」
「たまたま聞いてたらしく」
じゃあ誰の手? その腕を目で追ってみると……
「あっ、わわわ……こ、神指さん」
「皆さんで夏祭り最後の企画ですか。私も混ぜて下さい」
俺の主要なクラスメイト全員集合。神指さんも巫女の姿でレストランに入場するとか中々の謎っぷりを出してるし、朱音も口をあんぐりと出して俺と神指さんの接点に気付いていなかったようだ。
「この夏祭りの間は奏芽さんと遊んでいませんでしたからね。茉白さんも朱音さんもそうでしょう?」
「うん……あたしもカナちゃんとは遊んでないし……いいんじゃない?」
「私も一応、賛成の意だけはしておきます」
「みんなそれでいいのかよ……」
とりあえず、最後の過ごし方は決まったらしい。俺自身はゆったりとしたいのにどうして水族館の話になってしまったのやらか。そしてそこからトントン拍子で予定が決まって。次の土曜日となり、神指さんは会計を済まして仕事に戻っていった。
俺がさっきのパルクールで『女』の状態のままでやってきたのが正解だった。もし『男』の状態でやってきたら神指さん他でかなりの修羅場になっていたと思う、九死に一生だった。
「……教えてないんだよね? カナちゃん。ザッシ―に」
「その通り……二人『女』の子に囲まれて俺一人の状態で神指さんに見つかった二人もマズいでしょ」
「まぁね、あたしは幼馴染だからそう言っちゃうけど」
「朱音は言えるけど名胡桃さんはね……」
と言いつつも神指さんも提供するだけ提供して帰ったからこれで良かったのだ。下手に口を挟んで神指さんを刺激するような事が起きたら俺の生活や〈条件〉にも影響が出るのだから。
「さてと、奏芽さん、堂ノ庭さん。帰りましょう、次の予定も決まりましたし」
「そうだねシロちん。土曜日の駅前で待ってるから」
二人は帰っていった。
「奏芽、夏休み大変だね」
「本当それ……でもこの水族館で最後だ。後は学校始まって直ぐに神指さんにバラすだけ……事が曲がりながらも収拾しようとしてる」
「でも楽しい事ばかりでいいじゃん……んっ、デザート食べ終わった。行こ」
「ああ」
立ち上がって伝票を取る。
「……あれ。あれっ⁉ 二人共、お金置いてってない⁉ これ全部わたしが払うの⁉」
七一二〇円は全部俺が払う事になった。一人辺り一七八〇円……確かに安いけど、明らかに食べた人が二人いて並に食べるのが二人だから実質の割り勘では損する。でも、一人で七一二〇円払ったら俺だけが損した。――まぁ、ここは『男』として泣きながら払うことにしよう。
俺の歴史で最大のオチが付いた。




