29話 『男』の夏祭り 後編
ごった返している道の真ん中を歩く。俺の素性をあまり知らない神指さんはどう話してくるかというと、奏芽の話……つまり『女』の状態の俺の話をすることが多かった。しかし、学校で神指さんの席は列としては俺の斜め右なのによく細々と話せるな。名胡桃さんや朱音と仲が良くて、授業中は数学と現代社会は寝て、英語はビシっと起きて……そして『男』っぽい行動が少し目立つと言ってた。元が『男』なのだから仕方ないが、それは少し気をつけるとしよう。
「お兄様はどう思うんですか? 妹さんの行動は」
「あー……なんだろうな」
自分自身を評価するって難しい。まぁ恥ずかしい点ばかり。
「そもそもお兄様のその性格が奏芽さんに移ってしまったのでは?」
「えっ、移った……?」
唐突な考えに戸惑う。
「兄がいればその妹も兄の背中を見て移るんじゃないんですか?」
「そういうもんなのかなー……じゃあニカエルはどうなるんだ」
俺の性格に似合わないニカエルは俺の背中を長く見て育ってないし、天から生まれた不思議な『女』の子で、厳密には妹でもない。はたまた根からどう生まれたかも分からない、神の生まれ方も、その天使の生まれ方。そして逆に悪魔もいるだろうから悪魔の生まれ方も分からない。……森羅万象の出来方など誰にも分からない。
「ニカエルさんは……ニカエルさんで育ったんじゃ?」
「え?」
「……はっ」
一時の沈黙。
「忘れて下さい。ニカエルさんもお兄様に似てる所ありますよ」
「何処らへんが?」
「えーっと……」
頭を抱えて考え込んでしまった。俺はここで確信した、ニカエルの秘密な部分を知っていると、現在ニカエルは俺の横でりんご飴をペロペロと舐め、聞いてないフリをしていると思う。神指さんがヘルプを出さない限り救いの手も差し伸べないのだろう。天使というのはまた悪魔に近い存在なのかもしれない。逆に天界の話に頭を抱えたくなるよ俺が。
小声でニカエルに質問する――
「なぁ、神指さんに何を吹っかけた?」
「別にー? ちょちょっとね」
ちょちょっとねの部分が全く分からないんだけど、そこを教えてほしかった。
「あっ、そうですよ! 骨格とか良く似てますよ!」
「…………」
俺は苦い顔、骨とか歯しか露出してないのにその白い部分を評価するって中々難しいし、骨格の部分をよく似てると言えたな。というか無理に似てる部分を作る事無いし、そもそもニカエルとは赤の他人で無理に決まっとろう。
「骨格だとして俺は『男』で、ニカエルは『女』で大部分的に違う所があるんだけど……」
「なんです?」
首を傾げる神指さんに教える。
明らかに違う所を指差す。
「そ、そんな。はしたない事を思ってません!」
「でもそうでしょ」
顔を縦には振るけど、顔は赤かった。そりゃ『女』の子には持ち合わせてないし、俺も『男』の時には持ち合わせてない。ヒントはトイレでの排出の仕方、座るか立つかだ。――今の俺は座ってる方が多いけど。
道路封鎖の終わりまで着き、端から端までの散歩は終わった。ここまで来ると人も少なくなってゴミ箱の方が多い。明かりはまぁまぁある方だけどここじゃ寂しいな。
「神指さん、戻ろっか。花火も始まりそうだし場所取らなきゃ」
「そうですね……ちょっと眠くなってしまいました」
ふらふらとする事が多かったけどそういう理由だったか。ここらへんは座る所も無いし、休憩場所も無いから人混みに戻る必要があるけど、神指さんの状態じゃいつ人にぶつかるかも分からないから、横道に入って何処か座る場所を探さねば。
「横になって休憩出来れば何処でもいいです……ふぁぁ」
「どこでもいいか……この場所で丁度いい人がいたな……」
何処でもいいと言ったか。むしろ眠ってもらわなきゃ俺が困る場所だから。
「手繋ぐか、大丈夫?」
「はい……お願いします……」
ギュッと手を繋ぎ横道を通らずまた人混みへと入っていく、なるべくゆっくりと歩き、ある人の下へと向かう。そのある人とはケーキ屋のお姉さんの所だ。神指さんスッと寝そうだから一緒に行っても大丈夫と言った俺の了見だ。
……『女』の子のエスコートというのは大変だ。多分ベンチだと体が傷んじゃうからなるべく柔らかめの場所で寝かせたかった。そして花火が始まるアナウンスと同時に海へと向かうとしよう。
花火をする場所は防波堤で花火を打つらしいから、ちょうど見える場所と言えば海になると言った所だ。合計二〇〇〇発を打つけど、その予算何処から来てるんだよ。去年は全く花火なんて打ち上げずに夏祭りなんて終わったのに。
※ ※ ※ ※
まだ騒がしい中、店の後ろで元々お姉さんが夏祭りが始まるまで暇だから使っていたであろう簡易式のエアーベッドに神指さんを寝かせ、俺は何故か店の手伝いをしていた。ニカエルも売り子として声を張っている。
「悪いねー奏芽くん。別に忙しくは無いんだけど」
「忙しく無いんだったら手伝いに出さないでくださいよ」
そういいながらもマカロンの袋詰めを頑張る俺が悔しい、楽しみに来たのに唐突に業務が入って来るのは俺の嵯峨なのだろうか。
「それより、疲れちゃったの? その子は」
「だいぶ歩きましたからね、俺との夏祭り。楽しんでくれたみたいです」
それなりに良かったと思う俺。数日前から約束をしてくれたから俺自身も神指さんも楽しい思い出で帰って欲しいと願っていた。それで疲れてくれたのだから良き思い出になるだろう。
「本当に歩いただけなの? 木陰で一発ヤったとかじゃないの?」
「よくそういう想像付きますね。その想像力に圧巻です……」
「まま、冗談冗談」と俺の肩を叩くけど、神指さん本人起きてたら顔赤くして「ち、ちちち、違います!」とか言いそう。当の本人は人に見えない所でぐっすりと寝てるから良かったけど、こんな恥ずかしい会話を聞かせたくない。
「話変わって……ニカエルちゃん。朝辺りとか平日に見るあのボブカット風の『女』の子は誰なの? あの子だけ奏芽くんと並んで見た事無いんだけど」
「えーっと、ただのお友達だよ。私の友達」
まぁ誰の事を言ってるのかは分かる。『女』になった俺の事だろう。同一人物だから並ぶことも出来ないからお姉さんは商店街で見てて疑問に思ったのだろう。変な模索が入る言葉より、単純にニカエル"だけ"の友達と言っておけば疑問も解消されるだろう。――そう他の人だったら。
「でも他人な気がしないんだよね、ワタシは。……」
「なんで俺を見るんですか」
俺の全体を舐めるように見られ「ふーん」と鼻を鳴らす。
「なんか不思議があるような気がするんだけどさ、ニカエルちゃんが一人で行動してる所を見たことがないんだよねー」
「本当に見たことないだけじゃ――」
「ワタシはそう思えないんだけど、だって駅行くのにも商店街通る他の近道無いんだから」
「…………」
さて、ここで俺は本気で悩む。察しが良すぎる、これ以上に言い訳というごまかしをしてもただ一向に怪しまれるだけだ。そして作業する手を止めてスマホを手に持ちまた悩む。
――お姉さんだけに見えるように屋台の死角にしゃがみこみ、久々に外で〈ヤサニク〉に発信をする。かなり早い判断だけど、ここまで察しが良いのも困るのでここで教えておけば有利になると考えた。
「お姉さんお姉さん……」
「うわっ、何?」
人差し指を立てて「しーっ」と声を小さく出す。
「わたし、こういう事で」
「はーっ……そう。そういう性癖」
性癖……だと? どうして逆にお姉さんに引かれているのだろうか。
「ちょっ、なんですかそれ」
「女装の趣味じゃないの?」
接客をしてる時に性転換をしてしまったのが間違いだったか、そういう勘違いをお姉さんはする。そこまで察しが良かったのにどうして次のステップに進めてないのか。何故だか俺が損する形になった。
「かなり今浴衣ダボダボなんで……こっちをじっくり見て貰えますか?」
「んん~?」
もう一回〈ヤサニク〉に発信をしてしゅんしゅんと『男』に戻る。
「……ん?」
「ええ⁉」
お姉さんは顔をしかめて、顎に手を当てて考えている。
どうしてそこまで察しが悪いのかが分からない――もしかして俺って分かってないのか? このお姉さんは。
「だから、平日は『女』の子になって学校に通って。土日と家は『男』で過ごしてるんですよ」
「…………」
余計に「?」が付きすぎて理解が出来てないようだ。もしかして俺がおかしいのか? 名胡桃さんと朱音と条件に入ってないお母さんもこの性転換に理解を得たのに、その三十代前半のクソ硬い頭だとこの理解しやすい超常現象も難しく考えてしまうのだろうか。俺のお母さんより若いだろうに。
「えっと、あの。他の人には秘密にしておいて下さい」
「分かった、ワタシも人には性癖知られたくないもん。奏芽くんがそういうのだったらワタシは黙るよ」
……一応、黙っているんだよ……な? それだったら俺もありがたいのだけど、性癖と受け取られてしまったのが少し痛い。ケーキ屋のお姉さんはどアホというのが分かったから今後理解を得るには図解が必要かもしれない、絵本あたりでも作ってみるか。
「というか奏芽くん、だいぶここを通る人が少なくなってるから花火が始まるアナウンスが鳴る前に海に向かった方がいいかもよ」
「もうそういう時間ですか」
スマホの画面を点灯させて時計を確認する。店の手伝いをしていたら随分と早く時間が経ってしまった。そろそろ神指さんを起こして向かう事にしよう。
「じゃあ上がらせて貰います。ニカエル行くよ」
「う~い、また宜しくね」
「はぁ……」色んな件でため息が出る。エアーマットで寝ている神指さんの横にしゃがみ肩を揺らす。神指さんは呼び掛けに応え、目を手で擦り上半身を起こす。
「神指さん時間だよ。海に向かわなくちゃ」
「もぅ時間えすか……」
まだ呂律が回っていない神指さんの手を持ち腰を上げさせる。
「神指さんよだれ、拭いてあげる」
「あっ――」
手持ちのハンカチで神指さんの口元を拭いてあげた。
「……どうしたの?」
「い、いえ。それより神社に向かいましょ」
「神社?」
「はい、あの角度から上がるみたいですから……丁度神社から見えますよ」
神指さんに言われるままこの会場を離れて神社の方に向かうみたいだ。神指神社の全体を見回ったことがないが、防波堤の方向まで一直線にちゃんと見れるのだろうか。
※ ※ ※ ※
「神指さんずっと寝てた?」
歩きながら一応、例の会話を聞かれてないかを確認するため本当に寝てたのかを聞く。
「もうよだれを垂らすぐらいにはじっくりと」
……まぁ意識してたらよだれは啜る。
「それまたずっと寝てたとどうして?」
「え? ……そりゃ、ね」
「…………?」
首を傾げているけど、それで問題ない。
「さて、着きましたね」
「神指さんと一緒だと普通に俺も夜に入れるな」
「ふふ、私の特権ですね」
特権と言いつつも、最近の神社はセキュリティ会社に入っている所もあるからそう簡単に夜に入れる神社も無くなってるような気もするけど、ここ神指神社は大きい神社じゃないからこそ地元感溢れる行動も出来ると言った所だろう。……ごもっとも、神指さん自体も夜に立ち入る事もないだろうけど。
パンッ、パーンッ――
「あ、もう打ち上がってますね。お兄様急ぎましょ」
「神指さん、走ると危ないよ」
下駄をカツカツと言わせ、拝殿の左奥に入っていく。俺も慣れない下駄でモタモタと神指さんの後を付いて行く。
ブツッ……
凄い縁起の悪い音が俺の前で聞こえたから急いで前を走っていった神指さんの下へと近づいていく。
――そこには前のめりで顔面からいってる神指さんの姿があった。下駄の鼻緒がブチ切れて、その勢いで大ゴケしてしまったのだろう。
「神指さん大丈夫⁉」
「…………」
口を歪ませ、『女』の子座りで顔を俯かせる。
転んだ衝撃で何処か打ったのだろうか?
大事な自体にしたくないのでまた呼びかける。
「神指さ――」
「ゔぁああああああああああああ……ゔぁたしいっつもドジばっがりぃぃ……」
泣くという感情に任せ、その場で泣きじゃくる。言葉に濁点を付かせる程の大泣きで、大粒の涙を流す。神指さんは今日ばかりはドジをしたくない、したくないと思って行動してて、上手くいかず最後に大ドジをかましてしまったから感情が爆発してしまったのだろう。
「お兄様だげにはこんな姿晒しだくありまぜんでじたのにぃぃ……」
「神指さん大丈夫だから! 見なかった事にするから」
「駄目でずぅ! もゔ見られてまずがらぁ……」
「ぁぁ……」
泣いて止まらない神指さんの横にいるしか無かった。こういう時程どう声を掛けてやればいいのか分からず頭を悩ませる。……むしろ声を掛けてやるより、行動してやったほうが良いのだろうか。
……えーい、雑だと思うな。胸を張って歩け!
……『女』の時は張る胸ないけど。
「神指さん、失礼!」
「ゔぁあ⁉」
神指さんは神指さんとは思えない声をだすけど、俺が何をしたのかと言うと全体の泥を落としてお姫様抱っこで持ち上げる。以前に持ち上げたこともあるから問題は無い、これぐらいだったら軽い軽い。
「駄目でずっでぇ……やだっ、やだ顔見られだくないでず……」
「じゃあ見ないです」
「ゔゔぅ……わだじドジだじ……」
「いいじゃないですかドジでも、わざとじゃないんですから」
聞けば聞くほど面倒な『女』の子と思わず、抱っこして花火の音が鳴る方まで近づいてく、神指さんもドジが一つのステータスとして身に付いてしまっているからこればかりはしょうがない事になっているのは俺も重々承知。だからそれなりのアシストをしている。
「……お兄様、嫌いにならないでください……お兄様……」
「嫌いにならないから、むしろ可愛いくらい?」
「冗談でもその言葉は……もっと他の時に……とっといて……ください」
今の言葉で少し冷静さを取り戻したか、嗚咽が無くなり俺の浴衣を片手で握っている。
「あの、本殿の後ろは木が無くて海全体見れるので。そこで二人で見ても……良いですか?」
「勿論、終わるまで見よう」
神指さんをこの為だけに設置しているとでも思ってしまうベンチに降ろす。
二〇〇〇発と聞いているから長い時間神指さんとゆっくり過ごせるだろう。誰にも邪魔されず、花火の音だけ響く今の夏風町で二人っきり。こんなロマンス溢れる場所も中々無い。
「綺麗……ですね……」
「うん」
空に大きく広がる花火に口数も少なくなってしまう。
夏風町でこんな事など滅多だからじっくりと音と視覚で楽しむ。
「今日一日、楽しかった?」
「はい、私凄い楽しかったです。――また機会があれば一緒に楽しめるといいです」
「なら良かった。俺もそう思ってたから」
「ふふ、その時はまた宜しくお願いします」
さっきまでの神指さんの大泣きの姿は無く、また笑顔が見れる顔まで戻っていた。――正直な所、この立ち直りの早さから神指さんと一緒にいるのが止められない所があるのかもしれない。特にそういうフェチでもないが、正直に真っ直ぐな所が可愛いのかも。時折見せる"ドジ"も含めて。
※ ※ ※ ※
花火が打ち終わり、下駄の鼻緒が切れて歩けない神指さんをお姫様抱っこ――ではなく、おんぶ背負いをして神指さん宅を目指す。
「そういえば、ニカエルさんってどうしました?」
「ニカエルは――先に帰ったよ」
というのは嘘で、店の手伝いの後にスマホの中に戻ってもらった。
一番に察し能力が高いのはニカエルなのかもしれない。
「花火も見ずに一人で帰ってしまわれるなんて少し残念です」
「ん? 何か用あった?」
「いえ、特に。ただ私だけ楽しんで良かったのかなって」
「それで良かったと思うよ。元々二人で楽しむ予定だったんだから」
「そうですね」そう声を漏らしてくれるだけでニカエルは喜んでくれるだろう。至福を送るのが天使の役割のハズなんだから、ちゃんと果たして貰わなくては。
「……着いたよ神指さん」
「今日も終わりですか。また神社来て下さいね?」
「うん、また行くよ」
「……ありがとうございました」
一礼して玄関の扉の向こうへと消えていってしまった。俺も見えなくなるまで手を振って途端に力を抜いてブラブラさせる。――俺も神指さんと夏祭りを過ごせて楽しかった。
「ニカエル、帰るか」
「結構、憂鬱気味?」
「そうだな、感無量……とでも言うのかな」
「嬉しいんだー」
今はその感情しか出てこなかった。
もう夏休みも半分切ったけど、楽しんでいかなくてはな。




