28話 『男』の夏祭り 前編
日は落ち、空がやや青黒く染まっている。左右一列にビッシリと並んだ屋台、道の真ん中を神指さんと余計なニカエル三人で歩く。
今回の夏祭りは規模が大きい、普段なら商店街アーケード内で小さく展開されるのが夏風町の夏祭り。だが、今回は海街の海横の道を封鎖し、商店街の人達以外の出店もアリ、そしてラストに花火を大きく上げるといった、今まで以上にない展開をしている。これでは地元の夏祭りでは無く一つの大手会社が提供の一大イベント。――出資元は誰なのだろうか。町民の一人としては気になる。
「お兄様? どうされました?」
「いや、何でもない。――色んな出店あるから遊んでみる?」
「はい。射的に輪投げに型抜き! ……どれも楽しみです」
「はは……全部遊んでみようか」
別に出資元など鼻から気にする事ではない。夏祭りでもお金が出て社会が回るのだから誰にだって得はある。遊んで食べて見て家に帰って思い出になればいいのだ。一日限りのイベントなのだから全力で楽しむ、それだけだ。
「お兄ちゃーん、お金ー」
「はいはい、いってらっしゃい」
食べ物に全力なヤツが一人いるけど、それも夏祭りの楽しみの一つなのだろう……。
「……おっと、神指さんごめん、ちょっとまって」
「はい?」
さて、身動きが取れなくなった。神指さんは不思議に思っているが、これが何を指すのかというと、ニカエルとの距離が15m以上になろうとしているからだ。俺とニカエル二人が別々行動ともなると〈契約の結界〉が常に発動条件に達する。――という事は、この15m圏内を使い如何に楽しめるかという勝負にもなる。ただ単にニカエルが傍に居ればいいだけの話だが。
「ごめんね、ちょっと待たせちゃった?」
ニカエルが一通りの食べ物を買って帰ってきた。わたあめ、焼き鳥、チョコバナナ、口には皿ごと咥えてあんず飴。――買いすぎ。
※ ※ ※ ※
しばらく、神指さんと歩いていると興味があるものを見つけたようで視線の方向に行ってしまった。自分も何を見つけたのかと追いかけると、お祭りの定番である射的だった。景品はピンキリ、お菓子から重たくて絶対に動かなそうな物まで。
「おじさん、一応景品手であげてみて貰えませんか?」
「おう。ウチは一切イカサマ無しだ」
お菓子をヒョイっと上げる店主。神指さんが何を確認したのかは分かる。景品の下に釘が刺さってて阿漕な商売をしてるとでも思ったのだろう。それを確認した後は百円を払ってコルク玉を五個貰う。玩具のライフル銃に弾込めを始めるが中々入らないようだ。
「なんか……おかしいですね……あれ?」
何がおかしいのか横目で見てみると、コルク玉の上底を外側に向け、下底から押し込もうとしていた。これではコルク玉は入らないだろう神指さん……。俺はコルク玉を指差して指先をくるり「回してみて」と無言で送る。
「……入りました。ホント……ドジですね」
「まぁよくあるよ。何狙うの?」
「そうですね……まずは箱のお菓子かな……」
「ほう、お手並み拝見」
胸を付ける程に上半身を台から乗り出して片目を瞑り、本気で箱のお菓子を狩りに行く。四段ある棚の内の一段目、軽々といけるだろう、所詮箱のお菓子なのだから。
ぱしゅっ――
「えっ」
「あっ」
緩い音の通り、玉は真っ直ぐ飛ばず円を描くように落ちていった。勿論、棚まで届かず一玉無駄にした。
「「…………」」
神指さんは少し顔を赤くし、俺も何の言葉を掛ければいいのか困って頬を掻く。どうしてそうなったのかというと、ライフル銃にコルク玉を軽く押し込んだだけで完全に入りきっていなかった。ただそれだけシンプルな原因……。
一回目で神指さんは戦意を喪失してしまって、残りの四玉は俺が打つ事になった。
「神指さん何が欲しい?」
「じゃあ思い切って、あのぬいぐるみとか」
指差したのは手のひらサイズのぬいぐるみ。重みがありそうでコルク玉では弾かれてしまいそうな可愛い虎の人形。指名されたからにはこの虎の人形を落とすしか無い。果たして残り四玉で『男』らしい所は見せれるのだろうか。
コルク玉を詰めてまずは台の上で銃口を下に向けて押し込む。これをする事によって空気の漏れが無くなってほぼ真っ直ぐ飛ぶようになる。これが神指さんとの違い……最初に教えればよかったな。後は神指さんと同じく台からなるべく上半身を乗り出して銃口をぬいぐるみ近くまで寄らす。
「お兄様頑張って」
「うん……」
パシュッ!
虎のぬいぐるみは少し揺らぐが、裏手に落ちる事なくその場で耐えきった。おのれ許さんぞぬいぐるみ。お前が落ちなくては終われないではないか。
「惜しかったですね」
「もう一回狙うから。絶対落としてみせる」
二発目の弾込めが終わって打とうと思った矢先にニカエルに肩を叩かれる。
「ん?」
「ピッと――」
ライフル銃をちょこんと触られ、ニカエルは少し離れる。特に変わった様子は無くただ触られただけだった。何かのチェックでもしたのだろうか。今一度構え始め虎のぬいぐるみを狙う。
「さて、兄ちゃん落とせるかなー? そいつは手強いからなー」
「落とすのが『男』ってもんですよ」
ジリジリと上半身を奥まで乗り出しトリガーを引く。
ドンッ!
「はーっ⁉」
コルク玉は勢い良く飛び出し強烈な反動が腕を襲い、ライフル銃を落としてしまう。そして飛び出したコルク玉は勢いで虎のぬいぐるみを巻き込み、裏手に落ちた。ニカエルの指差しの理由が分かった……コイツ、ライフル銃に魔法を取り込まして威力を倍増させたな。そんなインチキは使いたくなかったが、誰もその様子に気づいてないようだし、神指さんも目が丸くなっている。
「兄ちゃんおめでとう、はい景品だよ」
「あ、ありがとうございます……神指さんあげる」
神指さんに手渡し射的を終了した。イカサマはバレなきゃイカサマではない……天使の仕業だけど、どことなく痛感できた。天使というのはやっぱり何でも魔法が使えるのだろうか。恐らくそれは神とニカエルのみぞ知る事だろう。
寄りたくはなかったが……夏祭りに来たからには強制的に寄る場所である。嫌だが。
「三五〇円でーす、あーいありがとうございましたー……奏芽くぅん……また可愛い『女』の子?」
「またって何ですか……」
今はマカロン屋、本業は商店街のケーキ屋のお姉さんの店にやってきた。一応売れているのか、店前に並んでいるマカロンを包んでいる透明な袋の数は少ない。――多分お姉さんの事だろうから、見せかけだけだろうけど。
「とりあえず、手離して貰えません? あっちに行けないんで」
「いいじゃーん、もう少しゆっくりしていきなよ」
「いや、他に寄る所あるんで……」
「やっぱり好きなんだ? あの子」
「そういう訳じゃ――」
「じゃあ何で一緒にいるの?」
「それは――」
このお姉さん、痛い所ばかり突いてくる。その現場を目撃されて「おーい」と声を掛けられたから来た始末。ちょっとした事で俺の名前とかがバレない様に神指さんには子供の中に混じって輪投げを遊んでいる。というか遊ばせている。この人の前に神指さんを連れて行ったら絶対にマズいし、この人には色んな現場を見られてるからこれ以上迷惑で面倒な事を増やしたくはない。
「それで、どういうなめそれ?」
「なめそれって……別に神社で知り合っただけですよ」
「ふーん、純情だねぇ」
「なんですかそれ」
「もっとこういう――」
指で輪っかを作りそこに指を突っ込もうとしたので自分はその手を掴む。
「あのお姉さん、本当にやめてください。人前なんで」
「ははーっ! まぁ友達が沢山いるのは良いことだよ。毎日違う事が起きるんだから。悪いこともいい事もね」
「はぁ」
「でも、本当に心許せる人は一人でいい」
「え?」
「色んな人に許し過ぎたら、痛い目見るからね……まぁワタシの経験だから気にしないで」
「急に怖い事言わないでくださいよ。それじゃ俺行きますからね」
「はいよ、行ってらっしゃい」
許せる人は一人でいい。
他にこの性転換能力を色んな『女』の子にバラしていかなくてはならない。お姉さんの言葉はキツく刺さり、そして緩く抜けていった。人は強制的な条件を突き付けられたらそういう訳にはいかない、――言葉が頼りにならないのはツラい事かもな。
「神指さんどう?」
「はい、なかなか入らない物ですね。ちっとも景品手に入りません」
俺がケーキ屋のお姉さんと話している間中ずっと輪投げに挑戦していたのか……この輪投げはビンゴ形式で一から九までの英数字が書いてあり、輪っかで数字の棒に一列に入れられたら景品が貰えるというルール。その書いてある板から1mほど離れ投げ入れる。所詮ガキの遊びだと思って遊んでいると神指さんのようにハマってしまうんだな。
「どれ、俺も一回やってみるかな」
百円を渡して四つ輪を貰う。ミスは一回しか出来ないのはちょっと辛いが、大丈夫だ。おまけで飴ちゃんが貰えるから得はする。――百円の飴ちゃんは高いけど、何も貰えないよりかは大分マシにはなる、マシ程度な。
「そーいっ」
三番に入ったけど、出来れば五番に入れて有利にしたかった。残りは横の二番、斜めの五番、下の六番を入れるしか。選択肢が三つしか無いのは難しいことだな。
とりあえず、後が楽になりそうな六番を選択する事になる。
「そいっと」
一瞬外れそうになったが、なんとか六番に入った。
「お兄様いい調子ですよ、後一個入れれば景品貰えますよ」
「頑張ってみるよ」
残りは九番、軽く投げれば簡単に入る程近い。でも、そういう油断によって入らなかったりするからまた物理学としては難しい所だ。どちらにせよ残りの輪は二個あるから一個外しても問題は無い。
腰を降ろしてシュッと投げる。
ギューンッ――
「…………」
「お兄様凄いです! 勢い良く投げ過ぎてまだ輪がクルクル回ってますよ」
そんな勢い良く投げたつもりはないんだけど、もう一人腰を降ろして傍観している天使が居た。そうニカエルだ。またお前の仕業か。俺は別にいいところを見せたい訳でもないのに、こんな遊びで本気で輪を投げる奴がいるか。でも周りは結局未だ回ってる輪を見ても気にもせず店主は景品を持ち出して俺に渡す。貰えたのはお菓子の詰め合わせ袋だけど……。
連戦連勝、何を遊んでも出来すぎている。射的を遊ぶと威力の増幅、輪投げも勢い良く飛び、ボール投げをすると玉がホーミングして、コイン落としをすると水の中の動きを無視してコインを空中で落としたようにストンと落ちる。
「手持ちがいっぱいですね、お兄様」
「景品だらけになってしまった」
縁日の達人になってしまった。別に達人というより、全て天使の仕業で極限までステータスが上がっている。合法ドーミングとでもいうのだろうか、バレなきゃ退場はない。出禁はあるかもしれないけど。
「何か変に思わない? 神指さん?」
「えっ――はい? 何の事ですか?」
一瞬言葉が突っかかったのは何か知っているのか?
「俺出来すぎてない?」
「別になんとも――」
スッと眼鏡を取り上げる。
「わ、わわっ、何するんですかっ」
「その目に誓って何も知らないと言える?」
「はいっ、はいっ、言えます。いい、言えますとも。だからその眼鏡返して~」
「……じゃあ立ち止まって」
眼鏡を両手で持ちゆっくりと元の位置に戻す。しかめっ面な顔をしながらも顔がホカホカなのは今複雑な気持ちなんだろう。
「眼鏡外した時の神指さん結構可愛いじゃん」
「えっ⁉」
眼鏡を付けた後に言うのもどうかと思うけど、眼鏡を外した時の『女』の子の顔というのは新しさもあってそういう面で思えるのかもしれない。
「今度から、外して会いましょうか?」
「いや眼鏡でいいと思うよ」
レアな物というのはレアだからこそ日常にしてはいけない。……と言っても今後に神指さんがコンタクトレンズにしても文句は無い。何故なら人の意思で眼鏡もしくはコンタクトレンズを選択肢ているのだから俺がつべこべ言う必要はないのだ。一つ言うのならば赤い眼鏡以外の眼鏡を見てみたいと言った所だろう、別の色の眼鏡を掛けた神指さんはどう見えるのだろうか。
「次は何して遊ぶ?」
「うーん、遊び尽くしちゃいましたし、このままゆっくり過ごしたいです」
時には騒がしい所でゆっくりするのも悪くない。
……少し話は戻るけど、あの神指さんの様子だと間違いなくニカエルと何か手を組んでいる。そういう話を昼にしたのだろう。しかしニカエルが自ら「天使です」と神指さんに話すような事はあるのだろうか。俺が性転換出来るとバレてからは名胡桃さんや朱音には後からバラした事があるが、俺と居る身でニカエルが天使とバラすのもニカエル自身も危険なのでは? ここ地上では存在してはいけない存在ではあるんだから。今回の意図は俺がカッコいい所を見たいという神指さんの――。まさかそういう点を見たい神指さんの思いから無理矢理カッコいい点を作らされている?
……まさかね。でもそれだったらニカエルの言っていた事と点が繋がるけど、そこまでの意図は俺の考察だけだから上手くは言えない。――まだまだ夏祭りは続く。




