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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第三章 神指葵
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27話 『女』で始まり、『男』で始まる

 七月十七日――

 夏祭り当日――


 朝から神指さんに呼ばれた。『女』の性で神社に向かい、夏祭り当日だと言うのに何の話をするのかと歩きながら思う。どうせ俺に関しての事なんだろうけど……最近の神指さんは物恐ろしさを感じているので不安になる。特に四十件以上の着信履歴は一番に恐怖を感じた。

 何がともあれ、呼ばれたからには向かわない訳にはいかない。怖い物から逃げてはいけない、特に女性からは。女性の友情ほど行動指数が特に少なく、男性が絡むと修羅場になる可能性が大。――全部俺調べだけど。


「おはよう、神指さん」

「朝から神社に足を運んで頂いてごめんなさい」


 俺自身『男』としての準備と『女』としての準備があって二倍の行動が必要だから考えるのが面倒だ。はたまた異例が発生するとその分行動が遅れるから止めて欲しい。異例というのを今指すのは神指さんの事だ。


「今日お兄様と行動をお供するんですけど、本人に聞けない事もありまして」

「本人にねぇ……聞けない事って?」

「好きな物は聞いたんですけど、他にお兄様がドキッとする行動とか……そういう好みはあるのかなって」

「行動の好み……うーん?」


 大した答えが見つからない。というより自分に見当たった好みが無い。


「奏芽さん……?」

「いや、ごめん特に無いかな。普通に行動をすればいいんじゃないの?」

「それじゃいけません。何でもいいんです、一つ教えてくれませんか?」


 喰い付いてなかなか離れない。どうしても一つと言うけど相変わらず好みというのが分からない。俺は今までに女性のこういう行動が好きだ。なんていうのが無いし、中学校まで朱音以外に女性というのに触れた事があまりないし、幼馴染との行動なんて慣れ親しんだ物ばかりだから、また無い。


「私なら知ってるよ」

「本当ですか⁉」


 またニカエル。お前が朱音の次に俺の行動を知っている人物だからべちゃくちゃと喋りそうだ。


「ニカエル、喋らなくていいよ……大した物ばかりじゃないから」

「……葵ちゃん……ゴニョゴニョ……」


 また耳打ちしているけど、ニカエルの腕を引っ張って神指さんの耳から離す。


「全然聞き取れませんでした……」

「ごめんね、神指さん。わたしから話す事ないの……」

「……致し方ないですね」

「ん?」


 神指さんが見たことも無い手の形を見せる。

 左右の手を組み、人差し指を立てて合わせている。


「臨、闘、者、皆、陣、列、在、前」


 忍者でこういうのを見たことがあるけど、もしかして神指さんってそういう術を持っているのだろうか?

 ただ俺はその言葉を聞いて棒立ちしているけど何も――


「たあっ!!」


 死角から棒状の物が飛んできて耳の下に叩き込まれる。九字護身法くじごしんぼうの言葉は俺の隙を作るためであまり関係なく本来の目的はこっち、延髄に衝撃が届く程の素早い打ちと死角から飛んできた意外性で倒れる。あの距離だから攻撃をするような手筈は無いと思ってたのに、棒状の物が飛んでくるとは不覚。


「少し眠ってて下さい。それではニカエルさんお話を――」

「はいはーい。あ、奏芽は後で私が連れて行くから気にしないで――」


 気絶したからにはもうどうにもならない……。

 どうにもならないから、せめて俺の体は地面じゃなくて何処かに寝かせて――。




          ※  ※  ※  ※




 次に目覚めたのは俺の部屋。

 あれから一時間程経っていて首筋がまだ痛む。


「おお、奏芽よ! 死んでしまうとは何事だ! しかも呪われているではないか。呪われし者よ出ていけっ!」

「確かにお前の魔法で呪いに近い物は掛けられてるな。お前を殴り倒してやろうか?」

「てへへ~。でも奏芽が有利になるようにはしたから大丈夫~」

「有利? 有利になるんだったら俺を気絶させるような事しなくてもいいじゃないか」

「別にあれ私がやった訳じゃないし」


 ……確かに思い返してみると、ニカエルは一切手を出していなくて神指さん一人が行動していた気がする。以前に神指さんから、剣術や武術を身に備えていると聞いた。古武術の内の弓術と馬術、薙刀術と槍術と様々な術を目の前で見せてくれたような。……いつの日だかは忘れたけど、弓道部に向かう神指さんを見た気がする。


「……それで何を話したの?」

「奏芽には楽しみにとっておいてほしいな。葵ちゃんも楽しみにしてるんだから」

「んん……一個は聞きたいけど変な事は言ってないだろうな?」

「勿論」


 きっぱりと言われ、逆に気が抜ける。夏祭りにそういう変な楽しみは持ち込みたくなかったんだけど、神指さんに呼ばれた事で相談に乗れず、延髄に棒状の物を当てられ気絶し、神指さんはまだ知らないけど俺が倒れたら例の"お兄様"は夏祭りに来れなくなる。女性に延髄当てをされるとはなかなか無い、こればかりは神指さんとの嫌な思い出になった。


「……流石に首元痛めてるから夜まで行動は控えるかな。冷却シートを首元に貼って冷やす事にしよう」

「私がそこキスしてもいいけど?」

「いや、一日寝るから駄目」

「引っかかんなかった……」


 お前は俺をどうしたい。





 延髄当てのダメージはかなり強いのか、キッチンの冷蔵庫にしまってある冷却シートを貼っても回復する見込みはなさそう……薬も何を使えば分からないし、処置の使用が無くなった。こういう時に名胡桃さんに話をしたい所だけど、あっちも東京で休みを取っているのだからゆっくりさせたかった。よってこの痛みのまま夏祭りに向かう。


 ピピッ♪


 珍しい着信、今はもう使われる事が少ないSMS、ショートメッセージサービスの着信音だ。最近はSNSでのメッセージ着信の中で徐々に消え去ったこのSMSは何十年か前、そうガラケーと呼ばれる時代にSNSが登場する前の主力の一つだったらしい。と言っても今は携帯会社のお知らせ等に無理やり使わされてる用だが。


「さて、俺が思い当たる節でガラケーを使っているのは神指さんだけだな」


 スマホの料金は徐々に落ち着いている中で機械音痴と自虐してガラケーを使っているらしい、早速その音痴な手で打ったメールを見てみる事にしよう。


「お兄さまにつたえて下さい。夜の六時に神社の前」


 フローム、神指。

 そういえば時間を聞かされていなかった。俺もすっかり時間を聞く事を忘れていて後からSMSで連絡してもらうとは俺も情けない。――と言っても二日は会ってなかったから話す暇は無いし、今日だって話に来たのに延髄当てをされてまた話す事無かった。話を引き離しているのは神指さんの気がしてきた。


「ニャー、ニャー」


 主人の危機を察知したのか、ニャコが近づいてきた。昨日の一件からニャコの言う通り、夕飯になったらベッドの上で猫の状態で丸くなっていた。どういう状態ともあれ、主人を慕う猫は可愛い。ニャコを持ち上げリビングのソファに座る。


「俺がニャコって名前付けたけど、よくよく考えたら雑魚じゃこに似てるな」

「ニッ……」


 キュッとほんのり猫パンチされる。

 ニャコは少し怒ったようだ。


「悪い悪い、似てるだけで別に後から言うつもりは無いよ」

「にゃあ……」


 腕に顔をなすりつけ、甘えてくる。

 ……というか、人間の言葉が分かるようになったのかニャコ。普通に俺の言葉とニャコの行動が素晴らしく合っている。ニカエルの魔法効果は絶大だった、生態を変える恐ろしい効果をもっている。


「まぁ、夜は空けるからな。留守番頼むよ」

「承知した」


「…………」

「にゃー」


 気のせい……だったのか? 一瞬だけ言葉を喋ったような気がするんだけど、猫の言葉を後に喋ったから大丈夫だろう――きっと大丈夫。




          ※  ※  ※  ※




「時はぁー江戸! 世にも不思議なぁー夏風町夏祭りっ! そこに走り出す、二人のぉー恋心! 果たしてぇー……」

「なんでニカエル一人で盛り上がってるんだよ」


 浴衣姿に変わって、夏祭りの気に成る。既に調子上り坂のニカエルと、神指さんとニカエルが張ったイベントフラグが怖くて仕方がない俺、唯川奏芽。長く感じた執行猶予を今執行する時、内容は未だ知らずギロチンが頭上で待機したまま。


「そうそう奏芽、邪魔はしないから」

「邪魔はしないと言うけど存在が……」

「大丈夫、私が付いていく事は今日話して承諾済み。ピンチの時には手助けに居てほしいんだって」

「よく言いくるめたな、おい。本当は何もしないつもりなんだろ?」


 ……そのふざけた顔は間違いなく夏祭りの出店目当て、一緒にいる口実だけ作って食べまくるつもりだ。しかも俺の財布から……今回ばかりは高く付きそうだ。


「ただいまぁ……お、似合ってるじゃん」


 絶妙なタイミングでお母さんが帰ってくる。俺達がリビングの扉を開けたと同時に向こう側の玄関の扉が開くのだから図ったかのような場面。


「そこに立って、一枚写真撮るよ」

「なんで」

「いいじゃん、浴衣姿なんて滅多にないんだから。ニカエルちゃんも入ってきて」


 という事で、玄関の前で一枚撮ることになった。

 俺がどうして写真を撮りたくないのか、それはウチのお母さんの職業がカメラマンだからだ。でもお母さんにカメラマンと言っても「私はフォトグラファーよ」と頑なに言ってくる。動画の撮影、編集や機材を用意するのがカメラマンで、レフカメラを持ってただ撮影する人がフォトグラファー……らしい。

 それで話が戻るが、何故写真を撮りたくないのかと言うと――


「はーい、いいですよー! 笑ってみて下さーい!」


 完全に仕事状態に入る母親の姿があるからだ。そしてポージングを要求したり、三脚の移動をして別の視点で撮ったりと撮影会が始まる。キャリア二十年のカメラマンはプライベートでもオフィスでもスイッチが入る。


「んーシズル感。ロケーションは悪いけど奏芽達はもうアップしていいよ。あがりは待っててねー」

「俺達に業界用語言っても訳がわからないよ」


 シズル感って何なんだ……。


「写真撮るの久々じゃない? ほら櫻見女の入学式の写真は撮れなかったし」

「中学の時にも撮ったけど、お母さん三脚とかカメラ用具一式持っていくから周りから見て恥ずかしいんだよ……」

「いいじゃない、フォトグラファーなんだから」

「場所をわきまえてくれ」


「それじゃいってらっしゃ~い」撮影会が終わり夏祭り会場に向かう。今こそ俺の写真じゃなくて花火とか激しい写真を撮る気は無いのだろうか。人を撮る以外にもっと幅を広げたら年収も大きくなると思うんだけど……人が何を撮るのかはそれぞれだから提案するのは止めにしよう。


「そういえば何でママ、カメラマンなの?」

「大学の写真サークルに入ってて熱が入って楽しくなっちゃったらしいよ」

「へー……普段リビングでダラダラしてるあのママが?」

「あのふざけたのがね」


 しっかりした母親は何処にいったのか分からないけど、昔から人前以外はあんな感じである。煙草も吸うし、お酒も飲むし――でも少し砕けた姿っていうのが本来の母親の姿……ではないな。俺には父親という姿を見たことがないし、あれが本来だと思ってしまう。――俺の父はしっかりした人なのだろうか? 写真でも顔を見たことがないし、物心付いた後も会ったことも無い。……一度は会う機会はあるのだろうけど、どんな気持ちで会えばいいのか分からない。


「――パパ?」

「ああパパ。……って人の気持ちを読むな」

「あたっ。久々に奏芽チョップくらったー」

「はぁ……」


 今が楽しく過ごせるから子供時代から特に父親の事なんて気にした事は無い。――父の必要あるかもしれないけど、どちらかの愛があれば子供って育つんじゃないのかな。親一人子一人の子一人の気持ちはこう思う。





 確かメールでは神社の前で待っていると言っていたが、時間予定通りで先に俺が着いてしまった。『男』が先に待つのが礼儀とまでは行かないが、デートルール上はバッチリらしい。ニカエルが言っていた。今日だけは夏風町の町民達が海に向かって歩いている。かなり広告費も出したのか、目の前を通る電車の中も意外にギッシリ。七月十七日、本気らしい。

 やっぱり男性で浴衣という人は少ない、これだったら神指さんと友達同士で浴衣を来たほうがそれっぽかったのでは? ――と言っても神指さんが『男』の俺と一緒に行きたいと言ってるのだから仕方あるまし。逆に言うと運の尽きとでも言うのだろうか。


「お兄様ー」


 カツカツと下駄でこちらに走ってくるのは本日を共にする、神指葵さんがやってきた。『男』の状態では奏芽という『女』の兄という設定で神指さんと仲良くなる。いつもお賽銭しに来る人という名前が付きそうだ。


「お待たせしました、着こなしに手間取っちゃって」

「珍しいね、普段から巫女の服着てるのに」

「あの服とは全然違います。巫女服は袴ですし」


 普段は白と赤の服を着ているけど、今回は薄緑色の浴衣を着ている。薄緑色の浴衣もなかなか無い、皆同じ浴衣だとしても特徴を付けるには色しかないと悟っているのだろうか? それほど、浴衣の色というのは気にしてるのだろう。


「そっか。じゃ行こうか」

「はい」


 普段から浴衣というより、この和服というのに見慣れているからか神指さんにいう感想が無い。ニカエルはこの夏祭りまでに何回も見せてもらって特に言えない。だからと言って褒める事も無し、神指さんだって普通に着ているんだし触れる事はないだろう。


「お兄様も……浴衣、私に合わせたんですってね」

「え? ――うん、やっぱり夏祭りは浴衣だし」


 忘れていた。

 この夏祭りの予定にはニカエルのテコ入れが入っていること、シナリオが入っていることに。そしてこの時点から始まっているのだろう。既に『女』奏芽として口に出していない事を神指さんが喋っている。決して浴衣は神指さんに合わせたわけではない。これは多分ニカエルが口出した事だ。

 理解した事は一つ、やっぱりニカエルは余計な口出しを少しどころか、大幅にしている。


「お兄様、今日は一日お願いしますね!」

「あっ、うん。宜しくね」


 適当相槌交わして一夜が始まる。

 どこからがシナリオで、どこからがアドリブか分からないこの夏祭り。

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