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この中に『男』が一人います!  作者: TASH/空野輝
第三章 神指葵
30/91

25話 自転車と猫『女』の不思議な一日

 八月十三日――

 夏祭りまで残り四日――


「奏芽さんのお陰です。お兄様をお誘い出来たのは……お兄様かっこいいですし!」

「うん……良かったね。じゃあわたし電話切るから」

「はい、では」


 神指さんからの電話を切る。――神指さんからの着信が四十件超えている。奏芽『男』の魅力を何度も神指さんに聞かされて自己険悪になってきた。というかこの時間でも巫女の仕事をしてるはずなのに合間を縫って電話をしてきてるのだろうか? 暇が多いとはいえ業務を果たしているのかが不安だ。


 ピロピロピロピロ――


 まーた掛かってきた……。


「もしもし……?」

「あ、奏芽さんですか? 私です。昨日はお兄様と会ってないんですけど体調は大丈夫なんですか?」

「大丈夫だと思うよー……うん、体調管理ね。ご飯も一緒に食べてるし。問題ないと思う」

「なら良かったです。夏祭りのお誘いはもうしましたから! では!」


 今度はあっちから電話を切られる。また着信が一件増えた。別に用が無いのに電話をしてくるから厄介。電源を切ってしまおうかとも考えたが、他の人からの電話を考えたらその行動は出来なかった。――どうかこの最終の着信で会話が終わりますようにと祈るしか無い。


 ピロピロピロピロ――


「あああああああ! もうううううう!」


 ベッドで頭を抱えて耳をふさぐ。そろそろ性転換して『男』の状態に戻りたんだけど、神指さんが許してくれない。よく俺も四十件以上、異常な回数をこなしてきたよ。今回はもう出ない、絶対出ない、一生出ない。止まってくれ、着信音よ。


「お呼び出ししましたが、応答しませんでした――」

「……勝った!」

「ピーッという発信音の後にご用件をお話下さい」

「切らないって事は――」


「もしもし、奏芽さんですか? 私です、お兄様の魅力を分かってもらいたくて電話しました。着信お待ちしてます」

「魅力ってなんだよ、神指さん。妹の設定とはいえ兄が近くに居るのは間違いないのよ……」


 四苦八苦する俺の姿があった。電話との格闘は初めてだけど、神指さんの電話料金は高くなるばかりで明日は会って話すことにしよう……こんなに電話を連打されると俺が一番に疲れる。


「奏芽、随分と苦労してるね」


 ドアから覗き込んでくるニカエル。


「電話でツラい思いしてる。……下で何してたの?」

「これっ! じゃーん」


 気に入ったのか、浴衣を着こなしている。――そういえば、当日は神指さんの浴衣姿も見れるんだよな。俺が『男』の状態で。一体どんな色の浴衣を着て来るのだろうか? ちょっと楽しみが出来た。因みにニカエルのはあまり被らないであろう白色の浴衣、オレンジの髪色とその白色の浴衣は似合っている。


「似合ってる?」

「よーく似合ってる。着こなし上手のようで」

「なんか怒ってる? どうしたの?」

「別に怒ってないよ。ちょっとイライラする事があって」

「そう? ならいいけど」


 ドアを閉めてまた下に行く足音。

 デパートでもその姿は見たから飽きていた所、浴衣姿だって何回も見せる物じゃない。限定する場所で限定の風物詩を見るから魅力に繋がるのだ。――水着だってそうだ、海とプール以外の場所で着ていたらただの痴女にしか見えないだろう。そういうこと。


 ピロピロピロピロ――


「……早く十七日になってくれないか」




          ※  ※  ※  ※




 八月十四日――

 夏祭りまで残り三日――


 久しぶりに家の倉庫から自転車を引っ張り出して向かう事にする。今まで使わなかった理由は倉庫の奥にしまいすぎて取り出せなかった事に原因がある。他の理由はお母さんの物でロードバイクだからだ。車の免許を取るまでだいぶ乗っていたもので約十五年という年季が入っていて不安に感じていたから。


「後ろに乗れない……ママチャリは無いの?」

「お母さんがこれに乗ってたからこれが"ママチャリ"だ。第一スマホの中でゆったりと出来るお前には風も関係無いだろ」

「関係あるよー! 結構まわりの温度に左右されるんだからねー!」

「……しょうがないな、何かスマホスタンド付けてそれで風を感じてくれ」

「じゃあ家から持ってくる」


 今はフレーム磨きと空気圧を指で確かめている所だ。


「奏芽ー! もうちょっと家に移動してもらえる? 〈結界〉がー!」

「分かったー!」


 俺の部屋に迂回するまで15mじゃ足りなかったようだ。

 この制約はニカエルの手で何とかならないのか。





 久々のサイクリング、足腰に定評のある俺はひたすらペダルを漕いで三十キロと原付と差ほど無い速度を出す。夏に出すこの速度は涼しさがある。漕いで漕いで漕いで漕いで――。


「漕いで漕いで。商店街にとうちゃーく。早かったー」


 ピロン♪


 流石に人の前ではスマホから出れないか久々のアプリ『ニカエル』からのメッセージ着信だ。スタンドに挟んでいるスマホの電源を付けて確認をする。


「涼しい♪」

「それは良かった。もっと早くにロートバイク出しとけば良かったな」


 ピロン♪


「とりあえず、アイスクリームは買ってね」

「買った後どう持てと……」


 ピロン♪


「気合い」

「無理」


 顔が怒ったニカエルのスタンプがメッセージ内に貼られる。というか、そういうスタンプあったのね……。初めて見ました。


 商店街のアーケード内は自転車は降りて歩く事をルールで決められている。――今日はやけに静かだな、夏祭りの準備で忙しいのだろうか。


「奏芽くーん」

「おばちゃん、こんにちは。今日は皆海の方に?」

「商店街の人も何人か屋台の設置で行ったよ。私はここでコロッケ売ってるけど当日は旦那が屋台にいるから宜しくね」

「売るんですか……ケーキ屋のお姉さんは?」

「多分海の方じゃない? よく年中無休でやるよねあの人も」

「おばちゃんも……それじゃ、そっちの方に行ってきます」


 いってらっしゃい、と手を振って送られる。

 静かな理由はやっぱり屋台設置とかで忙しいようだ。……ここの商店街が本当の静寂に包まれたら寂しいと思う。近くに敵対するスーパーも無いし、野菜、肉、魚と海街の市場にも負けていない。夜遅くまでやってる店もあるし、無理をすれば深夜でもシャッターを叩けば薬局も開けてくれる。こんなにいい商店街も中々無い。――ただ、平均年齢は高いけど。

 商店街を抜けた所でまたロートバイクに乗り出して、いつもの場所に向かって走る。





「こんにちは」

「あ、あわわわ……よくいらっしゃいました……」


 いつもより緊張気味な神指さん。


「月曜日はお見苦しい姿を見せてすみませんでした……」

「大丈夫だよ、俺は気にしてないから」

「そうですか、ならいいです」

「うん……」


 随分と恥ずかしがっているが、まだ夏祭りまで三日はあるのにそのひしひしと伝わる緊張感はなんだろうか。そして自分も予定が無いのにこの神指神社に来てしまって十円玉を入れる事の他に何をすればいいのか悩んでしまう。


「お兄様は……彼女とかいるんですか?」

「……どうしたの? 急に」

「いえ! 下種(げす)な事を聞いてしまいました。ごめんなさい!」

「敢えて言うなら、いないよ?」


 顔が笑顔に引き締まり、これはチャンスと言った顔をしているけど、彼女は確かにいない。たが(仮)はいるからこれが憎い結果である。


「なら気持ちの阻害無く、夏祭りが楽しめますね! 良かったです!」

「う、うん。楽しもうねー……」


 片手で小さくガッツポーズを取ってこの言葉でその後仕事が捗るようだ。神指さんが元気だったら俺は何よりです。


「……そうだ、神指さん」

「はい、何でしょうか?」

「妹が「神指さんからの電話多い!」って嘆いてたから、程々にね?」

「ちょっと電話した回数多すぎましたか? ……控えるようにします」


 一礼して俺に謝罪をした。……神指さんは知らないけど俺に謝るその行動はある意味正しい。奏芽=俺、俺=奏芽なのだから。


「じゃあ俺は行くね」

「はい、いつでもお待ちしてます」


 三日後にまた会うとはいえ、何度も神社に入っては出を繰り返して少し申し訳ない気持ちになる。神社の下に置いてあるロードバイクに跨ぎ漕ぐ、次こそ海側を走る。





 海の方に出ると既に屋台が設置され、準備をしている。道路を封鎖し、道一列に並ぶ屋台の数は圧巻。去年、一昨年と違って本気のようだ。真ん中をロードバイクで走って様子を伺う。


「……ん? あっ、奏芽く~ん!」


 少し遠くだが、ケーキ屋さんの姿が見えた。ケーキ屋さんの屋台の前に着きロードバイクを降りる。


「こんにちは、お姉さん。中々立派のようで」

「見栄えぐらいはしっかりしないとね」

「他にマカロン屋は無いから売れるんじゃないんですか?」

「そう? だったら今後はケーキ屋を辞めてマカロン屋にしようかな」

「祭りだから売れるんでしょうに……」


 つくづくケーキ屋さんはおかしな事を思いつく。他にケーキ屋を知らないからあなたの所のケーキ屋が無くなったら誕生日ケーキとかで困る人多いのでは? そういう点で軽々とケーキ屋を辞めると言わないでほしい。


「それで、奏芽くんは何しに?」

「地元民として人が集まる前に見ておきたいなーって思っただけです。特にそれ以上の理由は無いです」

「それだったらいいんだけど……屋台を見る楽しみ減っちゃうよ?」

「……それもそうですね。じゃあ帰るとします」

「意外とあっさり、じゃあねー。当日は店来てよー?」

「来ますー!」


 意外とあっさりと言われたが、この今日のお姉さんのあっさりしていたな。日常だったらケーキを買えだの、心配なのか分からない事を喋って来るのに今日は設置で忙しいからかパパッと逃がしてくれた。――約十分以下の会話になって俺一安心、普段は十分以上の会話になる事が多い。


 こうして海を傍にロードバイクを漕いでいると、徒歩では味わえない風と匂いが俺の体に当たって流れる。暑い中でもサイクルジャージを着て漕ぐ人の気持ちが分かる。一方で俺はサイクルジャージ等本格的な装備は持ってないからいつものシャツとカーゴパンツで海を走っている訳だが、プロの人からは「風の抵抗がー」とか「自転車の整備がー」など身なりを言われてしまいそうだ。




          ※  ※  ※  ※




 八月十五日――

 夏祭りまで残り二日――


 夏休みも半分になり、夏祭りまでの日数も残り僅かとなった。一日毎に違う楽しみがあるのだが、二日前あれほどうるさかった神指さんからの電話も縁を切られたかのように着信がなく、ニカエルも新しいスマホゲームを見つけたのか、集中して遊んでいた。


「…………」


 どうしてこんなに暇なのかと言うと、いつものメンバーが集まっていないからだ。今日ばかりは神指さんの所へ遊びに行くのはちょっと控えたいし、朱音は相変わらず合宿中で汗水垂らしていて、名胡桃さんは東京の何処かで涼しく過ごしているのだろう。……他に誰かいるのだろうか? と考えても残念ながらこれ以上に遊べる人が居ない。


「ジュース♪ ジュース♪」


 リビングのソファから立ち上がって冷蔵庫にニカエルが走っていく。そしてその横からニャコが通る姿――って


「ニカエル! 足元!」

「えっ……⁉ わああ」


 足元に気を払ったせいでニカエルが大きく転ぶ。


「でっ――」


 スマホを大きく滑らせ、顎を打ったらしい。天使でも大きく転ぶ事もあれば顎を打つこともある。猿も木から落ちる……というより天使も空から落ちると言った所か。


「全く、ニャコがいるんだからゆっくり歩いていけよ――それで、ニャコはどうなった」

「余はここぞ、主人よ」

「はぁ、良かった。ニカエルに押し潰されてるかと思った」

「余は危機一髪だったぞ。次から気を付けるがよい」


 ニャコに何も無かったのならそれで良かった。ニカエルがニャコの傍で転んで一時期はどうなるかと思っていたが、ニャコが大丈夫と言うのだったら大丈夫なのだろう……。


 …………。


 余はここぞ? 主人よ?

 その声は一体何処から? 聞こえた方向にぎこちない首を動かして確認をする。


「にゃ、ニャコ?」

「ん? どうした主人よ」


 …………。


「はぁぁぁぁぁっ⁉」


 和服を着て、黒髪をしている『女』の子がソファに足を組んで座っていた。……この子は猫のニャコらしい。俺の知っているニャコじゃない、これは多分天使の仕業だ。


「……ニカエルも転んだ時にニャコが人化したと」

「私も油断して魔法が出ちゃった」


「余は別にこの姿でも直ぐに慣れたがの。二足歩行というのは楽でいい」

「はぁ。というか、何で和服?」

「ん? これは恐らく毛皮がこうなったのだろう。余は自然に感じるのだから多分そうなのだろう」

「毛皮……」


 一体毛皮がどうなったら服になるのだろう。


「それよりも主人よ、余を何処かに連れてけ。部屋ばかりで余は飽きるぞ」

「余計なのが増えたな。全く」


 たまには部屋に出ない一日が欲しい。――一日毎に違う楽しみがある、と言ったな? 俺自身に違う災難が掛かると言った方が正しいと思ってきた。天使? 「災難の使い」と書いて災使さいしだな。





 日本猫、灰色縞サバトラのニャコは人化して毛皮と言ったグレーと白の和服を着て黒色の髪の毛をしている。何故か道具に煙管と和傘を持っているのだがこれは毛皮じゃ済まされない気もするが、俺には全く理解できない超常現象が起きてしまったのであまり突っ込めない。


「主人、どうして外というのは暑いか?」

「急に答えにくい事を質問するなー。俺にだってなんで暑いのか分からない」

「ふむ……主人にも分からない事があるのだな。博識な人間かと思っていたが余の思い違いであったか」

「…………」


 まぁ元は猫なのだから気になる事は沢山あるのだろう。

 最も一番に気になるのはこのニャコの事であるが、何か俺が質問したらニャコは答えてくれるのだろうか? 一つ気になる事を質問してみよう。――気になる事と言っても別に煙管の事や和傘の事ではないが。


「ニャコって年齢はいくつなんだ?」

「余は十ヶ月……だったかの、余り歳の事など覚えておらん。生まれた時から歳を数える事など無意味ぞ」

「十ヶ月でこの育ちようか……」

「ん?」


 ニャコは気にしていないようだが、既にDカップ程の膨らみがある。和服で帯が下にあるとはいえ、形はしっかりと出ていた。


「なんだ主人よ、余の裸がみたいのか?」

「馬鹿! それは家の中だけでやってくれ!」

「やはり見たいのか。どれ、家に入ったら余の裸を見せてやろう」

「そういう訳じゃない」


 しっかりしている猫かと思ったら想像から少し砕けている猫だった。どうして俺の相手はどれも疲れる相手ばかりなのだろう。


「……おお、主人が余を拾ってくれた場所に着いたぞ。余をここに連れてきたかったのか?」

「もっと遠くにある。ここはたまたま通るだけだ」


 そういえばニャコを見つけたのはここだったな。いつも商店街から家に帰る時にここを通るから意識をしていなかったが、ニャコはちゃんと覚えていたようだ。


「……どうしてニャコはここにいたんだ?」

「余は公園で昼寝をしていたら子供らに油断を取られて捕まってしまってな。知らぬ間に箱に入れられて怯えてしまった」

「……野良猫?」

「恥な事を言うな主人よ、余にもちゃんと父と母がおる。子の時に針な物を刺されてから逃げたのだ」


 針な物。――注射針の事だろうか? という事はワクチン接種はしたのか。


「あれは余にとって一番に恐怖な物じゃ……主人は余の事を針な物で刺さぬよな……?」

「俺が刺す訳じゃないし……多分その一回で終わりだと思うよ」

「そ、そうか……余は安心したぞ」

「おう……」


 元が猫とはいえ表情が見れるのはなんだか有り難い。普段はニャーニャーしか鳴かない猫が急に言葉を喋りだすと少し嬉しい気持ちもある。


「主人、まだ遠くなのじゃろ? 二足歩行していくぞ」

「何か言葉も地味にズレてるんだな……」


「ん? 余は猫だ。名前は猫子ニャコ


 人というのに慣れて無い猫というのはこういうのばかりなのだろうか。俺はこういう現場にあった事が無いから現実にあった人に小一時間ほど話を聞いてみたい。





 商店街ではたまた色んな質問をされて、駅に着いた。質問に答えると「流石は主人」と言われ、答えられないと「主人でも知らぬのか」と言われる。子を育てる親というのはこういう苦労があるのだと歩いて気付かされる。


「主人」

「どうした猫子?」

「ニカエル氏が持っている白いのは何ぞや?」

「ああ――」


 また勝手にお金を持ち出してソフトクリームを買っていた。それに猫子は興味を持っている。


「あれは食べる物。……猫子も食べるか?」

「食べる物……余はカリカリと柔らかい物しか食べた事がないゆえ、余も食べてみたい」


 という事で猫にソフトクリームというのを分け与えてみる。少し不安に思うがソフトクリームぐらいだったら大丈夫だろう。猫子をベンチに待たせソフトクリームを買い急いで猫子の下に戻る。――俺の仮想であるが、猫だから暇があったら何処かに行ってしまうんじゃないかっていう不安があった。


「そふとくりぃむ……舐めて食べる物であるか。触った感触は随分とざらざらしておるが」

「それはコーンの部分だからね……支える部分だ。主なのは上」

「……他には無い甘さであるな。美味」

「良かった」


 小さくペロペロと舐めて美味しそうに食べていた。


「人というのは猫以上に美食家であるのだな。主人の世界の食べ物の幅は大きい」

「それはコメントに困るな。それが俺達の普通だからな」

「なにっ。……やっぱり余が知らぬだけか」

「……楽しい?」

「主人と居るだけで余は楽しいぞ」


 無愛想な猫だなとは思っていたが真の言葉を受けると恥ずかしくなる。


 食べ終わった後は駅を渡り海街の大きい公園に辿り着く。


「猫子、思いっきり遊んでいいぞ」

「本当か主人。だが暑いからそこの腰掛ベンチに座らせて貰うぞ」

「……そこは猫なんだ、な」


 ずっと傘を刺して歩いているけど、そんな派手に動く事も無く、ただ猫っぽさが出ていただけだ。ただ元の種族としては一緒だからか猫を見たら喧嘩を売るようにフーッと髪の毛を逆立てていたのが印象だった。その時に猫子を止めるのは大変だったが、やっぱり主人が俺だからか何分か経ったら落ち着いた。

 猫子の横に座って俺も傘に入る。


「遠くとはいえ、道路しか歩けないのは苦じゃの。主人は疲れないのか」

「俺は毎日のように歩いているから疲れてないけど、やっぱり猫子は疲れた?」

「二本足でよく主人は疲れぬのな。余はだいぶ疲れたぞ」


 猫子の体力が無いのは普段から外に出ていない影響であろう。猫というのは気ままな性格で暇があれば勝手に外に出ていく動物だし、常に締め切っている俺の家は退屈だし、運動もしないからだろう。


「……人間楽しい?」

「主人と会話が出来ただけ余は楽しい。何も望まぬ」


 俺の肩に頭を乗せて腕に抱きつき、甘えてくる。




          ※  ※  ※  ※




「おお、主人の母よ。猫子じゃ」

「……奏芽、どういう事」


 誰だってこんな『女』の子を連れて帰ってきたら困惑もする。特にウチのお母さんには何の説明も無いから一から説明をしなくてはならない。天使ニカエルよ、やっぱりこれは余計な事だ。


「お母さん、これにはカクカクシカジカで……」

「ほー、普段家にいるニャコがニカエルちゃんのベタな事で人になった。信じられる訳無いでしょ」

「ですよねー」


「まぁ安心せい、主人と母よ。ニカエル氏によると一日で治るようじゃ。今日だけそこのフワフワに余を寝かしてくれ」

「ソファにね――分かった。もし一日で治んなかったら奏芽はどうしてくれるの? 元から『女』の子で連れてきましたーなんて」

「どうして天使は信じてるのに猫の事は信じてないのやらか……」


 不思議体験するのはもうこれだけにしてほしいと思った俺だった。

 ――今日一日だけ猫子と話が出来たのは嬉しいのだが、なるべくなら手間を増やさないでほしいとも思っている。

 そして今日の夜だって何も起こらない訳が無く、俺が直ぐに寝てから始まってしまった。


「主人よ、上いいか?」

「ん……猫子か、少し重いけど……いいぞ……」

「主人の上に乗って一度は過ごして見たかったのじゃ。主人の部屋は初めてじゃが、こんな部屋の形をしてたのだな」

「普段リビングから出さないようにしてるからな。……悪かったな」

「なに、主人がそうしているのなら余は文句も言わぬ。今後ともよろしく頼むぞ」

「ああ、よろしく」


 少し猫の気持ちというのも考え直してみるのも手だな。日中も俺から離れようともしなかったし、命令はちゃんと聞いてるし若干は部屋の開放もしてあげようとも思う。――さて、寝るとするか。


「……そういえば、主人よ。裸が見たいと言ってたようだがどうじゃ?」

「いいや、脱がなくていい。今日は寝かして」

「左様か。では寝るとする」


 主人に従いすぎて俺も困る部分も見せるのが猫かもしれない。

 ……次に猫子が人になるのはいつになるのだろうか? もし次になれる日がまたくるのなら、今日教えられなかった事を教えてやろうと思う。――おやすみなさい。

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